『歯車の奴隷』
「────っ!」
跳ぶ。押しとどめんとする空気が全身に纏わりつき、直ぐに強い浮遊感が現れ始める。みるみるうちに地面が近づき、足が着くと同時に膝を曲げ転がることで衝撃を逃す。
『Goodだ、匠海くん! その調子!』
内心で絶叫しながらビルの間をジャンプする。尻目から涙くらいはでているだろう。小心者である匠海にとって、見ず知らずの身体能力と体験したことのない速度や高さは、喉から心臓を出すのには十分すぎるものだった。出てくるなよ、と唾を飲み込んで次の矢印が指すビルへと飛び移る。
『オーケィそろそろ慣れてきた頃合いカナァ!? では彼らの使う「武器」について説明を入れようか! ソシャゲのチュートリアルのように聞き流して理解してくれ!』
んな無茶な、と泣き言を毒吐きながら勢いが死なない内に再び跳ぶ。
『まず最初に言っておくと、彼らの使っているような「力」をまとめて『幻装』と我々は呼んでいる! 色んな案があったけど語呂の良さから決まったぜ! ちなみに私の案だァ!』
後半の情報は要らないだろう、と叫びながら駆ける。最終目標まであと半分ほどの距離だ。
『幻装とは、この『夜』の時間にだけ宿る人知を逸した謎の能力だ! 基本ステータスが子供が夢見るヒーローのように底上げされるのが、全員に共通する能力! これは先程言った通りだネ! そしてぇ、人によって変わる、ユニークスキルが存在する!』
「椎名の剣、とか、修斗さんの瞬間移動とか、か?」
『Exactory! ちなみに修斗くんのは座標移動と訂正させて貰おうか!』
「……? なにが違うんだ?」
『それはいま関係ないし難しい話でもないから、明日個人的に聞いておくといい!』
「なら今言わないでくれよ……」
気になって仕方ない、とケラケラ笑うインカムに棘を飛ばす。気にもとめずソレは話を続ける。
『ユニークスキルは完全にランダム! 今のところその人との関連性が見当たらないため、ガチャと呼ばれている節がある!』
「ソシャゲ要素来ちゃたな!?」
『引き直しはなし! つまりリセマラなど以ての外! できたら誰でもやってる!』
「世知辛い……!」
『ちなみに星1は私のように機械になるゾ』
「あんたのソレ幻装だったのかよ!?」
踏み入るのが怖くなってきた。しかし、この場に立っているのが既に博打のようなものなのだから、賽は既に投げられている。
また、幻装が『夜』だけの能力ならばなぜ昼に解除されてないのか、などという疑問が浮かぶが、どうせ原因不明だと返されるのが目に見えている。その言葉を飲み込んで、駆ける足の力を強めた。
『勿論! こんな都合のいい力であれど、都合よく得られるものではない! 得るためにはこの『世界』に勇気を示す必要がある!』
「勇気………」
『どうだっていい! 覚悟と置き換えても良いかもしれないなァ! この未知の世界でやっていく勇気! 必ず元の世界に戻ってやるという覚悟! 大いなる敵を倒さんとする勇気! なんだっていい、どうやったっていい! この世界が認めるのならば───!』
矢印が消える。そこはもう騒動の中心部だった。修斗が現れては消え、現れては消え、あらゆる兵器を用いて『ヤツ』を牽制し、椎名が剣を振るい『ヤツ』のカラダを削ぐ。
しかし、彼らは匠海の視界に捉えられていない。彼が捉えているのは、迎え撃つ形で佇むビル四階分の巨躯を誇る───マリグナントだ。
ヒトをそのまま巨大化させたかのようなホネで出来たカラダが無数の鎖で縛られおり、至る所に錆びた歯車が埋め込まれていた。四肢が縛られ動けないソレはどこかを目指しているのか、埋め込まれた歯車を駆動させて這うようにして動いていていた。
あまりに歪。地面を、そして自らの骨をも削って回るソレからは悲鳴のような音があがっていた。
匠海にはそれが───奴隷のように見えた。身が落ちようと四肢が縛られようと、歯車によって進むことを強いられている。ただ進むことを義務とされた、破滅だけが約束された歯車の奴隷。
目を、逸らしてしまいたい感情に襲われる。それがナニかはわからない。恐怖なのか、憐憫なのか。どの色にもなってしまいそうな形容のし難い感情が彼の胸に巣作っていた。
『さぁ難易度は「hard」だ。戦い方を教授していこうか!』
隣から発した衝撃に顔を上げる。彼の近くには片手剣が突き刺さり、付き添うようにして円形の盾が転がっていた。
その剣はどこか機械的で無機質な印象があり、灰色の腹を持って剣先がなく、どこか十字架のようにも見えた。勿論そんなものを見たことも触れたこともない彼は、困惑しながらもそれを手に取る。
『幻装を開放するまではそれを使うといい! 使い方はなんとなくの理屈なしで動けるはずだ』
「は……? なんだそれ」
『言っただろう? この『世界』は些か都合がよすぎると。武具の心得がなくとも、ある程度までは想像通りに剣を振るうことができる。全く、まるで中学生の作った拙い箱庭だ。世界と形容するのも甚だしいほどにメチャクチャ過ぎる』
無機質ながらに、どこか怒りを含んだ音に思わずゴクリと唾を飲んでしまう。
『おっ、と。話がズレてしまったようだネ! マリグナントについてのレクチャーを再開しよう! 彼らは基本的にどれだけ壊されようと再生するが───』
「再生!?」
『マリグナントによって場所が違う心臓部がある! それを壊せばヤツらは機能を停止させ、元の世界に現れる事もなくなる』
「なるほど……」
つまりアレは再生している自分の体を削っているのだろうか。そう考えていると、マリグナントの根幹が気になり始めた。
先までは漠然とこの世界の敵だと解釈していたが、あまりにも存在自体に疑問点がありすぎる。どこまで解明されているのかは、明日にでも聞けるのだろうか。
『つまりすることは簡単! 心臓部を発見し、そこを叩く! 今回は隠れていたために発見が困難だったが、椎名くんと修斗くんが頭蓋骨に反応があることを突き止めてくれた! 後は掻い潜り切り刻むだけだ!』
持ったことがない筈なのに、やけに手に馴染む片手剣を握りしめる。
怯えはない。重ねられたメッキは伊達じゃない。力も、未知も、怖くなんかなかった。剣から伝わる愚直な意思が、盾から伝わる硬い意思が、心の炉心に薪を焚べてくれるようだ。カラダに熱が走る。軽い。思い通りに動けてしまいそうで、夢でも見ているかのような感覚に陥ってしまう。
『夢のヒーローには成れたカナ!? よろしい、その感覚が『幻装』への鍵となることもある! まぁ正直なところ今回は開放されるレベルでもないと思うんだけどネ! ではではそろそろ参戦しようか! メインはキミだ。彼らは十全に援護してくれるから安心したまえ!』
その言葉とともに、右に黒い羽根が舞い降り、左に強い衝撃が走った。
「さて、気張っていこうや。なに、フォローはしてやる」
「別に帰ってもいいんだからね? 私たちだけでアレの相手は十分なんだから」
今度はチェーンソーを肩に担いでいる修斗と、変わらず大剣を構える椎名がそこにいた。
「───。いや、ここまで来たんだから最後まで付き合わせてく、下さい」
「20点」
「0点だよ!」
「えぇ……」
ボヤくようにいった修斗に噛み付くかのような勢いで言う椎名。思わず肩をがくりと落としてしまう。しかしながら、それほどのことをやらかしているという事であり猛省するべきだということは自覚している。
「100点が欲しかったらいますぐ尻尾巻いて逃げるこった。正直足手まといだ」
「否定しないけど、言い方を考えてよ! それじゃあ匠海くんが意地はっちゃうでしょ!?」
自分越しに行われる口論にコフッ、と胸に刺さるものを感じる。逃げるようにして眼前、何百メートルと先にいるマリグナントに目をやった。
いまだこちらに気づいていないかのように、ただただ、ある一点───方角的に恐らく『久恵支部』へと這いずる、巨大な頭蓋骨。何を考え、何のためにこんな事をしているのか。不毛なものかと思いすぐにそれを頭の外に追いやった。
「先生がなんも言わない以上、何か考えがあっての事だろうからオレからはなんも言わねぇよ。正直、自殺志願者にしか見えねぇけど」
「うん、私も同意見。まだ間に合うから、いまから帰ろう? ね?」
「無駄だ。ここまで来たらテコでも動かねぇよこいつは」
当然だ。ただでさえ無理言ってこんなとこまで来ているのだ。なにより、ここで後ろに退いてしまえば、致命的なナニカが崩れ落ちてしまう気がする。それは決してプライドなどといった、小心者の匠海からしたら掃いて捨てるようなものでは決してない。敢えて言うならば使命感と言ってもいいかもしれない。
これだからオトコは、という椎名がため息を吐き、バツが悪そうに修斗が整えられた髪をくしゃくしゃと掻き上げた。どうして彼も同じような表情をするのだろうか、と疑問符を浮かべながら息を吸い、中の悪い物を吐き出すように空気を外に出しす。それは夜の外気に触れ、白に彩られた。
「さて、まずは作戦からだ。といっても簡単なもんだがな。ヤツは動きが遅く、オレらに目もくれず『久恵支部』に向かっている。さっきから足止めしつつ心臓を探してたんだが、攻撃され始めたのは心臓辺りだけだった」
「だから、私たちが露払いして、君が突っ込んで、頭蓋ごと中の心臓を斬る。簡単だね」
「簡単なのか……?」
要領を得られないために、簡単なのかはわからない。しかし、やることはわかりやすいはずだ。
それからいくつかの情報を受け取り、目を瞑ってマリグナントの情報、自身のすることを整理してみることにした。
───ヤツは鈍い。
心臓は頭蓋にありそれを斬れば倒れる。
心臓に近づけば体表の歯車が動き出し迫って来る。
頭部が高い位置にあり、跳ぶと高確率で歯車が射出されるために、低い位置から頭部へ辿れる背後から回る必要がある。
いずれに関係なく、地面と接する歯車は止まらず支部へと這いずり続ける。
そして、PCが言ったように、幻装の開放まで行かない可能性が大きいというのは、経験がない匠海以外全員で一致した意見である。それほどまでに彼のすることは少なく、簡単な任務となっている。
全ての情報を合致させて出した結論。
「後ろから寄って斬ればいいんだな?」
「違いねぇな」
「まぁ問題ないね」
ある程度、脳筋で大丈夫だということだ。思考を放棄した訳ではなく、考えるべきことが少ないために、考えすぎては逆に自分の足を引っ張ることになりそうだ、という立派な作戦だ。思考放棄ではない。
作戦の通達も終わり、「あぁ、始まる」と意識した途端、空気がピリとしたものに変化した。
視覚の強化のおかげで、夜でなお遠くまで視界が広がっている。何百メートルと先にいるマリグナントが、自らの身を削ってはそこから再生させている光景が目に見える。それだけでさえ不気味で冒涜的に感じるのに、夜の闇を纏うとよりおどろおどろしく見える。さながら恐怖の権化だろうか。ヒトが恐れ、忌避するもの。背筋にナニカが触るようなものを感じる。
ふぅ、と長めの息を吐く。
「2314、オペレーション再開1分前。逃げられるだろう最後のタイミングだ。本当にいいんだな?」
「───、あぁ、大丈夫だ。ここを逃してしまったらダメな気がする……から」
「なにそれそんな理由!? ほんっとうにもう…………どうなっても知らないんだからね!?」
「二人がいるから安心できる、ってのもあるからな? うん、心配ありがとう」
「礼を言うくらいなら帰ってよぉ……」
「それはしたくない」
「何があなたを駆り立てるの……!?」
わかんない! と頭を抱える椎名に苦笑いを送ることしかできない。自分でもどこから来ているのかわからない使命感に駆り立ているのだから。
「2315、刻限だ。腹は括ったな?」
「あぁ」
「はぁ……はい。……………匠海くんは終わったらオハナシね」
「ッ!?」
なんと言ったか聞き取れなかったが、椎名の呟きに思わず背筋を震わせる。これは何としても、キチンと生き残ならければならないらしい。
よし、と匠海は勇気を握りしめ覚悟を固めた。
『───よろしい。では、オペを開始しよう。各員、不注意のないようにな』
「おうよ」
「はい!」
「了解……!」
マリグナントに向かって一斉に走り出した。
───あぁ、キミは何回間違えるんだ。
ドコカでダレカが言葉を落とした。
@Khakonaka
一般人Kって名前でツイッターの告知アカあります('ω'`)よろしければフォローどうぞ(* 'ω')