『夜の世界』
『まず、『夜』について話そうか』
「夜……?」
『そう、夜だ。日が落ち世界が闇に墜ちる時間……』
「……」
『変な言い回しするなというのが顔にでているぞ。ポーカーフェイスはしっかりしたまえ。私が傷つく……ほら、なら問題ないじゃないかという顔をするでない』
「早く説明してくれ……」
無理を強いているのはこちら側であるために我慢しようとしたが、馬鹿馬鹿しく感じてつい言葉が出てしまう。仕方ないナァとどこから見ているかもわからないPCは言葉を繋げた。
『この世界で、我々がいう『夜』は22時00分から5時00分までの時間のことを示している』
「22時から……」
ちょうど外に異変が起きたような感覚があった時間帯だ。たまたまその時、妙に時計が気になって見ていたから覚えている。それがなんだというのだろうか。
『その時間帯、この世界は異世界になる』
「は……?」
『いや、わかりにくくてすまない。これ以外の表現がわからないのだ』
「じゃあ、どういう……?」
『この時間帯になるとね、我々日本人以外の生物がいなくなり、私たちの拠点以外の建物すらも作り替えられるのだよ。そして5時00分ちょうどにそんなことは無かったかのように元の状態に戻る。これを異世界になると表現する以外に最適な言葉があるだろうか』
「────」
規模が大きすぎる話に頭の処理が追いつかなくなりそうだった。なぜその時間帯で、なぜ日本人だけが残るのか。その時間のあいだ元の世界はどうなっているのか。疑問が湧いてくるが取りあえず話を聞くことにした。まだ、戦っているであろうナニカの言葉すら出てきていないのだ。
『とまぁ、それだけなら特に問題もない話だ。この世界元々の建物に観測装置をつけたところ、夜になっても異変はなかったからね。出歩かなければ私たちの生活にもさして影響はない、はずだった』
「…………」
『察している通り、そうもいかなくなった原因が先から戦闘をしている敵───我々はマリグナントと読んでいるものだ』
「マリグナント……」
『読みやすくしてマリーと呼んでいる者もいるみたいだね』
「マリー……」
女性名みたいになってしまった。
『話がズレてしまったね。では先の話の続き、マリグナントを倒す目的についてだ』
ズラしたのはあんただろう、という言葉を飲み込みわかった、と告げるとよろしい、と返ってくる。巻いていくよー、と話を再開する。
『あぁ、先に定義しておくとこの夜になる前の状態の世界を「箱庭」、さっき言った時間帯のことを『夜』と私たちが呼んでいるってことを認識しといてね』
こくり、と頷く
『夜になるとマリーちゃ…………マリグナントが出てくる訳なんだけど』
あんたかい、と突っ込む。
『厄介なことに、彼らは『夜』が明けてもその座標に残っちゃうんだ』
「っ、じゃあ、えーと、箱庭? でそこにいた人たちは?」
『死ぬ』
「────っ!?」
『奴らは結構な質量を持っているからネ。それに押し潰される形で圧死だ』
「…………」
思わず黙り込んでしまう。当然といえば当然だろうか。寸分違わず自分と同じ場所に物体が現れたとしよう。この時点でなかなか非現実的な事柄だが、まぁ想像はそんなに難しくないだろう。潰されるか埋まるか、物体が自分に埋めこめられるか、だ。碌なことは起きない。
「マリグナントは毎日……?」
『いや、二日に一回のペースだね。つまり明日は出ないってことになる。予定では明日にでも口頭で説明だけしようと思ってたんだけどね、やってくれたから急遽実施演習だ』
「いやほんとに、すみません」
『言葉だけの謝罪は必要ないゼ! じゃあ次に、彼らの身体能力について説明しようか。ざっくりいくよ』
こふ、と胸に痛みを感じながら耳を傾ける。わりと気になっていたところだ。見るからに瞬間移動、もしくはワープを行う修斗に、超人的な身体能力で大剣を振るい、匠海を背負ってビルを駆け上がった椎名。鍛えてどうにかなるものでは決してない。明らかな異常だ。
『人狼、というものを知っているかい?』
「人狼……あの満月の夜に狼男になるってやつか?」
『そうだ、その人狼であっている。イメージとしてはこれが一番なんだ』
「……夜になると、ってことか?」
『Exactly』
つまり夜になると身体能力が馬鹿みたいに上昇するということだ。やけに夜なのによく見えるのもこれの恩恵だろう。しかし、それは
「…………都合が、良すぎないか?」
『hmm......変なとこを突っ込むなキミは。まぁしかし、肯定しよう。この条件、というかこの『世界』はあまりにも都合が良すぎる。私もそれが気になって調べたことがあったがー、原因不明だ』
「…………」
『まぁ一つ、妄想の域を出ない仮説はあるがね』
「どんな?」
『それはちょーと話が長くなるから明日にするとしよう!』
「えぇ……」
がくん、と肩を落とす。
『次、は…………と、ふむ。あまり時間もないようだ。移動しながら行こうか』
「え、あぁ。わかった」
『とりあえず向こうのビルの屋上に飛び移ってくれ』
「…………はぁ!?」
『なに、簡単なチュートリアルサ! これくらいこなしてもらわないとね!難易度「easy」ィ! その高い身体能力に慣れよう!』
高低差6階分ほどの大きなビルをインカムから投影した矢印で指しながら、そう言い放った。