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箱の中  作者: 一般人K
6/10

『良い子はもう寝ている時間』








「あぁー、美味しかった」


やっぱり多くの人と行う食事とはいいものだなぁ、と椅子に腰をかけながら再認識する。故郷から遠く離れたせいかこういった行動に感慨深さを感じる。やっぱりというか当然というか、人肌が寂しいのかも知れない。


「……そう考えると、俺は運のいい方なのか」


いかんせん、顔も知らなかった人しかいないものの、同郷の人がいる。一方、知識にある『異世界転移』系の小説では一人だけで召喚されるものがあったりする。他にも学校のクラスで転移するものだったりある訳だが、記憶がないために学校に行っていたかもわからない現状、幸運と思わざるを得ない。


それにしても、とデスクに頬杖をついて考える。先述したように匠海には『異世界転移』系といった小説の中身は(・・・)知っている。それらがどんな主人公の物語でどんな結末を終えるかなどをだ。

しかしながら、それを読んだ(・・・)記憶はない(・・・・・)。あそこの盛り上がりはこう思ったな、あそこは悲しかったな。そんな些細な感想すら、まるで浮かんでこないのだ。あえて言うならば、こう感じていそうだな、という予想のようなもの。


最も的を得ていると表現でいえば「他人事のよう」だろう。だが、もし、本当に、この記憶すら「他人」のもので『箱の悪魔』の仕業なのだとしたら、この記憶に付属する「氷上匠海」という名前はどこから来たものとなるのだろうか。見据えた先は底知れぬ暗闇でしかない。深追いは禁物、と頭をブンブン振ってまとわりつく闇を払った。


自分を自分と足らしめている記憶くらいは疑いたくなかったのだ。


「んー、9時25分か」


良い子はもう寝ているだろう時間だ。ふぁ、と欠伸が出る。しばらく緊張していたのもあって、緩やかな眠気が追ってくる。しかし、寝るにはまだ早いみたいだ。


良い子にはなれないみたいだ、とカラカラと笑いながらぐて、とデスクに体をつっ伏せる。人呼んで「授業中スタイル」のうちの一つだ。前屈みに机に突っ伏し、腕で内臓を圧迫することで血の巡りを悪くし、自然と意識が遠のかせる態勢。授業の面白くなさを足せば効果覿面だろう。本当に寝たくなければ授業中だということも顧みず、伸びをするのが一番らしい。


知識としては知っているが、実践した試しはあるのだろうか。恐らくない。


寝たければ

寝てしまっても

いいのだろう?


ただの辞世の句である。


途端、びくん、と体が跳ねた。これに関しては原理を知らない。ただ、静かな教室の中でこれは中々目立つだろうと思う。したことがある感覚はある。その時の自分に向かってしめしめと思いながら机から離れて、背を伸ばした。


実のところ、寝る気にならなくて暇なのである。何かないだろうか、とテレビのリモコンを探す。


「あっ」


その際にふと、そういえばと思い出す。支給された携帯電話があったのだ。

思わず入学セットか、と突っ込んだ文房具などが一式入ったカバンの中から四角い物を取り出す。───未知の物体だ。もちろん存在は知っているが、個人的に馴染みのあるのはガラパゴス産のものだった。


「………くそ、どこが電源だ」


とりあえず窪みとなっている丸い箇所に指をかける。


「っ!?」


押した感覚もないのに画面に光が灯った。


『Welcome!』


だからどうした。こいつはどこに歓迎したいんだ。四角い物体をとりあえず机に置いて『説明書(せつめいしょ)』と書かれている紙を取り出した。解答があるのだから無駄に悩む必要もない。大人しく従うのが得策なのだ。得意げな笑みを作る。

これでも男なのだ。未知の機械を手にして多少なりとも興奮している。直ぐにでも使いこなしてみせる───!


そんな覚悟は10分後にようやく名前登録までたどり着いたと思った途端画面が真っ暗になり、うんともすんとも言わなった携帯になぜ、となりながら原因を探すために説明書を読み漁っていたところ、『あんま充電してないから直ぐ電池切れると思われ! ごめんネ(てへぺろ)』と紙の端っこに小さく書かれたメモを見つけることで消滅した。絶対にわざとである。


21時45分。


充電器をぶっ刺してからは「今日はこれで勘弁して」と渡されたタオルを濡らして体を拭いていた。匠海個人的には、望ましければ毎日入りたいが、別に我慢できるタイプの人間であるため快く了承した。究極ではあるが、一週間程度は入らなくても気にしないようにすることはできる自信がある。無論、入ることに越したことはないが。


「明日は朝に大浴場が解放されてるんだっけか」


実はというと、この施設の敷地は凄く大きい。どれくらいかというと、大きめの大学が一つ二つは入るほどの大きさだ。聞いた時にはびっくらこいたくらいだ。


日本人用居住区(現在、匠海がいる建物)、病棟区、トリーニングジム、アンドロイドの充電スペース、などなど、匠海含めて5名と1台(+ アンドロイド)しかいない施設にしては些か充実しすぎている。

というのも、一部の施設をこの世界の住民にも解放することでお金のやりくりをしているとのことだ。

大浴場もそれの中の一つでトレーニングルームに併設されているらしい。明日の朝に大浴場に行くつもりなので、そのついでに見に行ってもいいかもしれない。


最も、それらだけではなく他にもPCが単独で色々としているそうだ。それについては教えてくれなかったが。

気にはなるものの、この世界で異物である『日本人』という存在をこのように調和させたメンバーの一人が彼だというのだから、心配は要らないだろう。彼らがPCを先生、と呼ぶ理由もそこにあるらしい。


「あんなんなのになぁ……」


会って直ぐにその人のことが完全に分かる訳がないということだ。第一印象が大事という証左でもあるが、いまでは素直に尊敬している。態度を変えることはないだろうけども。


21時52分


少し、眠気が強くなってきただろうか。気がつけばもう22時に近い。体を拭いた際に、支給された寝巻きに着替えたものの、少し喉が渇いてきた。さっき言ったようにここは結構大きいため、一定区間に自動販売機が設置されている。お金もお小遣い程度の額を頂いているし買いに行ってもいいが、PCから『外出するときは適当にでもいいからそれ(制服)着てくれ! それがこっちでの身分証明にもなるからナ!』と言われているため、着替える必要がある。身分証明書のほうはもうしばらく待ってほしいとのことだった。

少しの距離だがどうしようか、と悩んだ末に、


「…………やっぱ軍服かっこいいなぁ……」


ピシ、と空気を締めるかのような雰囲気がいい。少し手間取りつつも夕飯前に教えてもらいながら着替えさせられた感覚を思い出して、比較的速く着替えることができた。あとは、こう、帽子があれば完璧なんだが、と探すもやはり見当たらない。存在はしているらしいが、匠海の手元にはまだないらしい。残念、と肩を落とす。


21時59分


もう殆ど10時だな、と時計も見る。チクタクチクタク、とリズムを刻む小さな針は2の数字を通り過ぎた。

ふと時計も見ると魅入ってしまうときがある。なぜだか面白いのだ、あぁいうものは。

じ、と横目で見つつ黒塗りのブーツを履く。


コンコン、と真新しいブーツのつま先が床を叩く。

チクタク、と針が9の数字を後にした。


あぁ、けど、やっぱりこういう堅苦しい格好は着なれないためか、肩にくるものがある。肩をぐるぐると回す。けれど必要なものなのだから慣れるしかないのだろう。


ドアに手をかけた。


チクタクチクタク。小さな針が歩く。

チクタクチクタク。小さな針は回り続ける。


ようやく、と心から待ち侘びたかのように不器用な小さな針は、震えが収まることも待たずに、12の数字を迎えた。


「──────」


ごう、と部屋の窓を強い風が叩いた気がした。ただ、気がしただけだ。特に振動があったわけでもなく、音があったわけでもない。ただ、外の空気が(・・・・・)大きく(・・・)変わった(・・・・)気がした。

カーテンを開ける。ぼんやりと見える街灯が点々と並び、誰も歩いていない道を照らしている。

気のせいだろうか。

カーテンを閉じる。振り返る。徐々に閉じていく横開きのドアの先はただ仄暗いだけだ。

ふと、別れる際に修斗が言っていた言葉を思い出す。


【そういや、あれだ。お前もこっちに来たばっかで体に異常起きるかもしんねぇからあんま勝手に出歩くなよ。特に夜なんかはな】


何気ない言葉。それがなんとなく引っかかった。ニヒルに笑って冗談のようにしていたが、そこの部分は椎名と共に、どこか真剣だった気がする。ただ、気がする。

どうしようか。

異世界にきた感覚のない生活のリズムだが、ここは確かに異世界なのだ。常識はずれのことが起こるのかもしれない。実際、それはあの(PC)という前例があるためにここで見逃しても、いつか来る未来の話にあるだろう。それが、今か先か、の問題となるだけの話。


それに、忠告もされている。何があろうと自己責任だ。万が一の時の命の勘定は自分でしなければならない。足が震えていた。

()が怖い。(未知)が怖い。()が怖い。

戸がたったの一枚。ぴしりと閉まり壁となる。踏み出すにはそれ相応の勇気(対価)が必要だ、と嗤っているように見えた。


「……こちとら飲み物一つ買いたいだけだっていうのに」


こんなものに怖気てどうする、と声が聞こえる。否。自分に言い聞かせているだけだ。誰かに煽てられて立ち上がれるほど、俺は強い人間じゃない。

だけど───、と震えた手をドアへと伸ばす。

ずっと震えてうずくまったままでいられるほど、強い人間でもないのだ。


ちっぽけな勇気を片手に、彼は箱の外(異世界)へと足を踏み入れた。







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