準備
朝露がチカチカと陽光を反射して、肌に流れる空気はまだ冷えている。
「今日はあっちに行ってみようかな⋯⋯」
俺は今、家の近くの山の中を疾走している。
別に誰かに追われている訳でも、追いかけている訳でもない。
身体強化の魔法が上手くなるには、実際に体を動かしながら魔法を維持することに慣れるしかないという結論に達してからもう10年も続けている。
最初は身体強化を上手く制御するためだったが、今ではすっかり日課になってしまった。
そう、俺は15歳になった。
魔法が出来るようになったあの日からいろいろと試して来た。
そしたらいつのまにか、各種属性魔法は大体出来るようになっていた。
一部出来ない⋯⋯正確には、試してない魔法もあるけど。
まぁ、概ね高いレベルで魔法を修得していると思う。
多分。
⋯⋯実は俺がこれほど魔法が使えることは家の人達は知らない。身体強化以外だと、土と水の属性ぐらいまでしか使えないと思っているだろう。
なんで隠しているかと言うと⋯⋯まぁその、あれだ、恥ずかしいのだ。
俺が新しい魔法を覚える度に驚き、喜んでくれる家族がいて嬉しい限りなのだが、町の人にも言いふらしているので、用事で外に出るとあちこちから声をかけられて大変なのだ。
なんていうか⋯⋯親バカ?
他にも魔法が使え過ぎて距離を置かれないか心配だったりする。ただでさえ魔法反応がなくて特殊だと思われてるのに。
とは言っても魔法への興味は尽きないもので、ちょうどいい練習場所はないかと探した結果、町の近くのこの山が立地的にも条件的にも良さげだということになった。
山には魔法の練習のためだけに来る訳ではない。山菜を採ったり、動物を狩ったり、魔物を狩ったり⋯⋯⋯⋯
そうだ、この世界には魔物がいるのだ。凶暴で人を襲う奴らだ。
しかし、魔物といってもこの田舎にはウサギの魔物しかいない。確かに人間に襲いかかるけど、木の棒とかでも撃退できる弱い奴。寧ろ普通のイノシシの方がよっぽど危ない。
ともかくそうして採った山菜は露店で銅貨と交換してもらい、狩ってきたのは肉屋に売っている。
ちなみに魔物もちゃんと食える。それなりに美味い。
今日も山菜を探しながら走り抜けていると⋯⋯
「おっ!この辺いっぱい生えてるじゃん」
少し開けたところにたくさんの山菜が群生してた。
「大量だな、こんなにきれいに残ってたとは」
このように密集して生えてるのは、よく野生動物に食べられたりしているのが多いのだが⋯⋯
「よし、これくらいとれば十分かな。そろそろ帰るか⋯⋯」
ある程度残して採取した後、来た道を引き返そうと振り返って目の前にある草薮が⋯⋯
ガサガサ、ガサガサ⋯⋯
「んっ?」
明らかにそこに何かいる音がする。
「うーん、草薮の大きさ的にイノシシかな?だったらこのまま少し迂回して静かに立ち去ろう⋯⋯」
もういっぱい山菜を採ったので余計なことはせずに帰ろうとしたところで、ガサガサと藪を掻き分け勢いよく出てきたものと目が合った。そこには⋯⋯
「えっ⋯⋯クマ?」
こちらに突進してくるクマがいた。
「ちょっと⋯⋯ってあぶねっ!」
ギリギリ突進をかわして体勢を直す。
「こんなところにクマがいるなんて⋯⋯いや、けど不思議ではないか」
日々の日課となった駆けっこだが、慣れてきて日に日に山の奥へと来ていた自覚はある。クマくらい出るだろう。
それに山菜があまり食べられていなかったということは、草食動物が少ないということだ。
ここはこのクマの縄張り、特にこの山菜の群生地は草食動物がよく来る良い狩場なのか。
「どうりで山菜が綺麗に残ってると思ったよ⋯⋯」
目の前のクマは結構デカイ。四つ足地面についていても俺の肩くらいまである。二本足で立ったら2mは余裕で超えるだろう。
「でっかいなぁ、どうやって逃げるかな」
倒すことは考えない。山菜採りの目的は達成しているからだ。
かといってこのまま逃げると追ってくるだろう。最悪町まで案内してしまうかもしれない。
「身体強化使って走ればいけるか?でもクマって結構速いって聞くしな。」
確かに身体強化使って全力で走れば余裕で逃げ切れる。しかし、あまり速いと止まりにくくなるので木に激突してしまう。知ってる道ならともかくこの辺のことはよく知らないので危ない。
グルアァァァ!
考えているうちにまた襲いかかってきたので、今度は余裕を持ってジャンプで回避した。身体強化様々だ。
「よし、決めた」
周りにたくさん落ちている砂、これを利用することにした。
土属性魔法で一箇所に砂を集めてスタンバイ完了
振り返ってこっちに来るクマの目元めがけてブワァッと、大量の砂をかけてやった。
グルゥ!?
突然かかった砂に驚いている。どうやら狙いどうり目に砂が入ったようで、前足で顔を抑えてブルブル振っている。
「今のうちに!」
こうして特に問題なく山を降りることができた。
今の俺は野生動物から逃げ切るくらいの実力をつけていた。
町に着いてからは山菜を銅貨と交換してきた。
そもそもなんでこんな小遣い稼ぎをしているのかというと、家を出ようと考えているからだ。
もうすぐ俺は王都の学園に行くが、そこでは伯爵家のディレクではなく、平民として生きていきたい。
そっちの方が気楽そうだと思ったからね。
家は兄さんが継ぐのでなんの問題もない。家族も了承してくれて、お金が必要だろうと幾らか渡してくれたが断っておいた。自分で稼がないと独り立ちした意味がない。
みんな心配してくれたが俺ももう15歳だ。15歳はまだまだ子供と思うかも知れないが、前世も合わせれば33歳、流石に自立しないとね。
というわけでコツコツやって来たおかげで資金は十分溜まった。
王都へ行く準備は全て整った。