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サイドシート  作者: ソラヒト
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05 “イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ(If You Could See Me Now)”(2)

    *      *      *


 私はタマキちゃんにパジャマを貸すことにした。

 私自身は寝間着代わりに、インド製ということになっている白い簡単服……ただかぶって着るだけの薄地ワンピースにした。よく部屋着にしているものだ。


「さっき、お風呂で思ってたんですけど」

「ん? 何?」

「先輩って、身体からだまでとってもきれいで女性らしいですね」

「は?」

「とてもプロポーションがよくて、曲線美が……」

「タマキちゃん待って。なんで私」


 タマキちゃんは最後まで言わせてくれなかった。


「私、先輩に比べたら、バストだってヒップだってないですし、あまり女の子らしく見えないですよね」

「タマキちゃんもしかして、さっきの……1年生のときにあいつに言われたこと、ものすごく気にしてるの?」


 タマキちゃんは黙ってもじもじしていた。

 どうして自然にふるまっているのに、こんなにかわいいんだろう。

 それにしても、あのバカ。

 タマキちゃんがこんなに、しかもずっと気にしているなんて、私が黙ってたらきっと永遠に気がつかないんだわ。

 もういい、あいつの目はただのフシアナと決定だ。


    *      *      *


「さて、と」


 首にタオルをかけたまま、私は1枚のCDをラックから取り出した。


「とりあえず、今回のイントロに1曲聴いちゃおう」


 曲は“ガール・トーク”。

 今こそ聴くべき曲。

 “私たち、今夜着るドレスのことについておしゃべりするのが好き”。

 女の子のおしゃべりについて歌う曲。

 既にけっこうお歳を召していたエラ・フィッツジェラルドが、かわいらしく、猫のまねを交えて聴かせてくれる。

 にゃお。


「私も、実は持ってたんだ」


 私はタマキちゃんに、ブックレットの表を向けて見せた。

 私たち3人とも入手しているアルバムの。


「土井先輩お薦めの」

「うん。『スピーク・ラヴ』。私も大好きなんだ、このアルバム」


 でも私は“ガール・トーク”が終わると、あっさりこのCDの再生をやめた。


「このアルバム、今日はここまで」


 『スピーク・ラヴ』を片付けたあと、私は最近お気に入りのアルバムを手に取った。


「替わりまして、ビル・エヴァンズの『ムーン・ビームス』、いきます」


 私はリモコンの「プレイ」を押した。


「あ、先輩、そのCDって……ブックレットを見せていただいてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 タマキちゃんは何かピンと来たらしい。


「しっかし、いつ見ても怖いなあ、このデザインは」


 タマキちゃんにブックレットを渡しつつ、私はつぶやいていた。

 仰向けに横たわったように見える女の人が、薄笑いを浮かべてこちらを見ている。

 他のデザイン案はなかったのだろうか?

 アルバムの内容は私にとって絶品なのだが、この女の人の顔は、怖い。

 メイクも、怖い。

 同時期のセッションをまとめたアルバム『ハウ・マイ・ハート・シングス』のジャケットのように、デザインがエヴァンズの写真をあしらったものだったなら、もっともっと有名なアルバムになっていたのに。

 と、いつも思ってしまう。


「やっぱり、ですね」

「何が?」

「いえ、土井先輩が作ってくださったお薦めアルバムのリストに、この1枚もあったんです。ビル・エヴァンズの『ムーン・ビームス』」

「そっか。なるほどねえ」


 私がこのアルバムを手に入れたのも、あいつがきっかけだ。

 初めて聴かせてもらったときすぐに気に入って、この7月にはとにかく何回も何回も、あいつの部屋で聴いた。

 かろうじて聞こえる程度までヴォリュームを絞ってリピート再生し、ベッドに寝転がったままで聴き流してもいた。

 外出の時以外は、ほぼずっと再生しっぱなしと言ってよかった。

 そのうちエヴァンズのピアノが部屋の空気のように透明になって、私の中にしみこんでいた。

 おまけに、ふとしたあいつの顔まで思い浮かぶようになってしまった。

 間もなく、『ムーン・ビームス』は私のささやかなライブラリに加わった。

 実はあいつからもらったものだった。

 ずいぶん遅れた誕生日プレゼントとして……。

 私は特にアルバム最後の曲、エヴァンズ作曲の“ヴェリー・アーリー(Very Early)”に惚れ込んでいた。

 ワルツ・テンポの曲だ。

 しかも、これ以上ないくらい美しい演奏。

 エヴァンズはこの曲のライヴ録音もいくつか残しているけれど、あいつの部屋で聴かせてもらった限りでは、オリジナル・ヴァージョンである『ムーン・ビームス』収録の演奏が最も静謐さを感じられて、私好みだった。。

 エヴァンズのアルバムだと、私は『ポートレイト・イン・ジャズ』と、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音である『ワルツ・フォー・デビイ』の2枚がとても好きで、折にふれてよく聴いているけれど、『ムーン・ビームス』を知ってからはこればかり再生するようになっていた。

 とにかくリリカルで、素敵なアルバムなのだ。

 ……ジャケット・デザインを除けば。


「ああ、すごくいいですね、このアルバムも」


 しばらく耳をすませてから、タマキちゃんは言った。


「そうでしょ。朝聴いても、昼に聴いても、もちろん夜だって、いつ聴いても素敵なのよね」

「そんなに、ですか? だったら私もすぐ買いにいかなくちゃ」

「服を着ていても、着ていなくても、どんなときに聴いても素敵」


 タマキちゃんは突っ込んでくれなかった。スルーされてしまった。

 目が点になっていたかもしれない。

 私は実際に試してみたのにな。


「ずっと気にはなっていたんですよ、この女の人の顔のアルバム」


 タマキちゃんが怖いことにふれた。

 これ、顔と言うよりは、頭部、だよ。しかも薄笑いを浮かべてるんだよ。


「でも何故か、私がいつどこのレコード屋さんに行っても在庫切れで」

「じゃあ次なら、きっと入手できるよ。私がその呪いを解いてあげるから」

「呪いだったんですか!? 私が手に入れられないままなのは」

「きっとそうよ。でも、もう大丈夫。私の“魔法”で、その呪いを木っ端みじんにするわ」


 私は左の掌を上にしてからゲンコツを握り、勢いよくパッと開いて見せた。


「こんな感じよ」

「魔法、なんですね」


 タマキちゃんは何か思うところがあるようだった。

 曲は3トラック目の“アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー(I Fall In Love Too Easily)”になっていた。

 “私は簡単に恋に落ちてしまう”。


 タマキちゃんも、私も、違うけどね。


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