05 “イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ(If You Could See Me Now)”(1)
「さ、狭くて汚いけど、遠慮なく入っちゃって」
「そんな」
タマキちゃんは懸命に否定しようとしてくれた。
こんなときも、タマキちゃんはかわいい。
「いちおう冗談のつもりだよ」
私は言った。
タマキちゃんは肩の力が抜けたようだ。
おじゃまします。
そう言って、タマキちゃんはドアの向こうから私の部屋の玄関に入ってきた。。
* * *
私とタマキちゃんは、道すがら買い出しをすませてきた。
今日は「黒薔薇」ではなく、「七面鳥」にした。
お店でウイスキーを物色していたとき、タマキちゃんは七面鳥が描かれたラベルを見てにこっとした。
こんな面白いデザインのものがあるんですね。
タマキちゃんはそう言った。
「私、ワイルド・ターキーって、飲んだことないです」
このひとことで決まりだった。
* * *
留守番電話が点滅していた。
見ると、4件のメッセージがあるらしい。
「タマキちゃん、どうぞ、こっちの部屋まで入ってきて」
私はそう言いながら、再生ボタンを押した。
ひとつめは、劇団の仲間で5つ年上のYさんから、飲み会の誘いだった。
── せっかく時間が空いたから、佐野にも来てほしかったんだけど、タイミングが合わなくて残念だ。
また稽古で、と言うよりも準備でな。
そのひとことで終わっていた。
確かに、稽古と言うよりは準備だろうなと私も思った。
ふたつめは、どこかで聞いたことのあるおっさんの声だった。
── おつかれさま。当日の予定はばっちり組んだから、楽しみにしてくれていいよ。がっちり組みすぎた気もしなくはないけど……まあ、いくつか抜けたとしてもずいぶん楽しいと思うな。事故りさえしなければ。
不吉なことは言わないでほしいんだけどな。
── それと、少し早めだけど、レンタカーの予約はしといたから。予算の都合で小さいやつだけど、軽じゃないよ。前の日の夜にとって来るから。
朝早くに出かけたいって、言ってたもんね。
── 留守電は聞いたよ。キミの部屋にタマキもいるってことだよな……タマキ、その人が酔って暴れないように、充分に気をつけてくれよ。じゃあまた。
「暴れないってば、もう……まるでいつもそうしてるみたいじゃないの」
タマキちゃんが私のそばまで来ていた。
右手を握り、唇に軽く当てて、くすりと笑った。
あいつからのメッセージはタマキちゃんにもきちんと聞こえたのだ。
「適当に座ってくれていいよ」
みっつめは、劇団の事務所からだった。
── 留守のようなので、かけ直します。
全体ミーティングのことに違いない。
メッセージをそれだけしか入れてないのは、「大事なことは必ず口頭で、直接伝えること」、そういう鉄則が劇団にあるからだ。
よっつめは、母からだった。
── 夏休みには帰ってくるの? 連絡ちょうだいね。
おとうさん、会いたがってたわよ。
母の声はそこで終わっていた。
うーん。
正直なところ、参ったな、と思った。
私は海外公演のことを、両親に言い忘れていたのだ。
それに、ひとつき以上留守にするであろうこと、公演は海外でになること、この2点についてはあいつにも言いそびれている。
少しだけうしろめたい気持ちがあった。それは否定できなかった。
私が留守にしてしまうのは、8月から9月にかけての予定になっている。
その間、1か月から1か月半程度。
状況次第で変わってしまうらしいけれど、「8月中に戻ってこられることはないだろう」、というのが、代表をはじめ、海外公演の経験がある劇団の先輩方の意見だった。
私にとって、8月はあいつの誕生月。そしてその月末はあいつの誕生日。
でも、今年は……。
「さて、留守電も聞いたことだし。始めるとしますか」
私は少し汗ばんでいたので、タオルを2枚出して、1枚をタマキちゃんに差し出した。
「あ、それとも先に、お風呂に入ろっか?」
私は思い立ってタマキちゃんに言った。
「ちょっと待っててね、用意しちゃうから」
タマキちゃんは少し慌てていたようだった。
でも私は、間髪入れずにこう言った。
「もちろんふたりで、日本の古式ゆかしい伝統に則って、裸のつきあいよ」
* * *
……何よあいつ、嘘ばっかり。
タマキちゃんのこと、なんにも分かってないのかしら。
タマキちゃんはグラマーではないけれど、やせているわけでもない。
要するに、私よりずっとスタイルがいいよ。
「均斉がとれた」っていうのは、タマキちゃんみたいな人のことを言うんだよ。
すごく肌もきれいだし。
何が「体型の起伏をあまり感じない」とか、「興味がない」とか。
本当は私の前だから繕って嘘ついてたんじゃないかしら。
そうじゃないなら、あいつの目はただのフシアナだ。
タマキちゃんとのつきあいは私とのつきあいより長いんだし……。
なんか、ちょっと妬けちゃうよ。
「先輩?」
「え?」
「今、私に話しかけてくださいませんでしたか?」
「あれ……私、なんかしゃべってた?」
タマキちゃんは小首を傾げた。
それはそうだろう。
私が思ったことを、独りごちてしまっていたなら。
「あの……体型の起伏が、どうとか」
「あ、それはね、私がそう思っているんじゃないのよ」
と言ってから、しまったと思った。
「……土井先輩が、なんか言ってたんですね」
あいつのまねをしたいわけではないけれど、私は苦笑いをしていた。
ごめん、内緒のはずだったのに。
タマキちゃんはちょっぴり頬をふくらませた。
「あの、先輩」
「ん? どうかした?」
「あの……そんなに、見ないでください」
「あ、ごめんね。じろじろしちゃって」
「いえ……なんだか恥ずかしくて」
「ええっ? 水くさいこと言っちゃって。見とれてたのよ、私」
「そんな。そんなこと、ないですよ。とてもお見せできるようなものではないと」
「タマキちゃん」
「はい」
「バチが当たっちゃうぞ」
「え?」