04 チーズケーキ(3)
* * *
私はタマキちゃんに伝えた。
ドライヴの日程については第3希望まで考えてみたこと、でも、既に第2希望まではダメになってしまったこと、残すところはあとひとつしかないことを。
「それが、この日なの」
私は自分の手帳のスケジュール欄を開いて、タマキちゃんの方へ向けた。
そして、肝心の日を指さしてみせた。
「前期試験が始まる直前の、日曜日なんですね・・・」
そう。つまり、再来週、次の次の日曜日。
その日ならぎりぎり試験の前に行くことができる。
それが第3希望の日だった。
── テスト期間中はダメ。
── レポートだってあるし、いくら行きたいとしても、それで成績を落とすようなことはしたくない。
── まして、自分はともかく、キミにマイナスになることはしたくない。
あいつが決めたこと。
私が了承したこと。
そして私は、試験が終わってしまえばほとんど間を空けることなく、日本を出ることになってしまう。
あいつにまだ、伝えられないままのこと……。
タマキちゃんも自分の手帳を開いた。表紙は明るい緑色だ。
「私は……」
「どう、空いてる?」
「はい、大丈夫です、問題ありません」
「よかったあ~」
私は心底ほっとした。
最悪の事態はこれで絶対に避けられる。
思わず全身から力が抜けそうだった。
「でも、タマキちゃん試験勉強は?」
「そんな……おおげさですよ、先輩。私、オールAを狙っているわけじゃないです」
ひとまず、チーズケーキ作戦は成功と言ってよさそうだった。
「タマキちゃん、今日、このあとは、予定……ある?」
細かく区切りながら言うと、私は会計で代金を払った。
バイト代が入ったばかりだからなんの問題もない。
BGMは今も弦楽四重奏だった。
まだハイドンなのかもしれない。
「あ、先輩、私の分……」
私はお財布を出そうとするタマキちゃんの目の前で、右手の人差し指を立ててちっちっちと左右に振ってみせた。
「私はタマキちゃんの先輩、タマキちゃんは私の後輩。こういう時、後輩は先輩に従う。そのかわり先輩は、後輩におごる。いい?」
「でも、そんな」
「違うよタマキちゃん。答えはふたつにひとつ、イエスかノーか。はい、どっち?」
タマキちゃんはひどく申し訳なさそうにしていた。
「3、2、1、ハイ、時間切れ」
「え?」
「時間切れということは反対意見がないとみなされるのよ」
「……すみません」
「タマキちゃん、こういう時は謝るものじゃないよ」
「あ……ごちそうさまです」
「うん。どういたしまして」
お店を出るとすぐ、あらためて私は訊いた。
「それで、タマキちゃん、今日はこのあと、予定ある?」
「いえ、特にはないです……うん、大丈夫です」
「何? なんかあるんだったら、私に遠慮しちゃイヤだよ」
「あ、そんなことないです、ないんです。全然急がないことなので……」
「じゃあ、その全然急がない用事から片付けましょ」
「えっ! でも、そんな」
「タマキちゃん」
「はい」
「私はタマキちゃんの先輩、タマキちゃんは私の後輩。こういう時、後輩は先輩に従う。そのかわり先輩は、後輩におごる。いい?」
「先輩、またそんな、申し訳ないです」
「違うよタマキちゃん。答えはふたつにひとつ、イエスかノーか。はい、どっち?」
「イ、イエス」
「決まり。さ、タマキちゃん、その用事を片付けて、そのあとは私の部屋に来ない? 飲食費は私が持つから」
「いいんですか?」
「いいに決まってるわよ、タマキちゃんならいつだって。そのかわり、というのもなんですけど」
「はい」
「今日は泊まりだからね、タマキちゃん。“ガール・トーク(Girl Talk)”ってヤツをするわよ」
ふたりきりだし、「パジャマ・パーティー」というよりは、“ガール・トーク”の方がしっくり来る。
それに、タマキちゃんも持ってるというアルバム『スピーク・ラヴ』で、エラ&ジョーも演っている曲でもあるんだよ。
「あの、それはかまわないんですけど、その」
「ああ、あいつなら大丈夫。そんなに心配だったら、そこの緑電話から連絡しとこ」
私はテレフォン・カードを出して、タマキちゃんに渡した。
「どうせ、部屋にいたって出やしないわけだし、留守電に入れておけば文句も言えないんだから」
私はタマキちゃんを促してカードをスロットに入れてもらうと、受話器をタマキちゃんに任せてあいつの番号をプッシュした。
「え? 先輩は? 私ですか? いいんですか?」
タマキちゃんはクエスチョン・マークをたくさん並べていた。
「ダメ?」
「いえ、そんなことは。でも、なんて言えば」
そうこうしているうちに、緑電話からひとつカタッと音が聞こえた。
つながったようだった。
タマキちゃんが持っている受話器に耳を寄せると、案の定、芸のかけらもセンスもない留守電の固定メッセージが聞こえた。
「ならタマキちゃん、セリフは私がうしろから教えるから、そのとおりに言ってみて」
「は、はい」
ピー、という音が聞こえた。
「おまえのとってもかわいい彼女は、オレ様が預かった。ハイ」
「え! 土井先輩の、とってもかわいらしい彼女さんは、わ、私が預かります」
タマキちゃんの様子があまりにかわいくて、あまりにおかしくて、私はつい笑ってしまった。
「そんな、先輩、笑わないでください……あ、これも録音されちゃう」
私はなかなか笑いがおさまらなかった。
「だいじょぶよ、タマキちゃん。もう充分すぎるくらい伝わってるわ」
「でも……あ」
再び、ピーという音が聞こえた。
録音終了。
あいつがバカでなければ、このときの録音はマイクロ・カセットごと永久保存するべきだと思った。
「もう、先輩ったら。いたずらしすぎです」
タマキちゃんは肘を脇に寄せた格好でゲンコツを握り、思わず上下に振ってしまったように見えた。
このときようやく、私はタマキちゃんと本当に仲よくなれたと感じた。
とても遠慮がちにではあったけれど、うつむいてではなく、正面からストレートに、初めて私に怒ってくれたのだから。
「ごめんねタマキちゃん。でも、すごく嬉しいよ、そう言ってもらえて」
「え?」
「さ、今度こそ行きましょ、タマキちゃん」
用事を片付けて、買い出しをして、私の部屋に行って、そのあとは……。