04 チーズケーキ(2)
「タマキちゃんは、いつからあいつのことが好きなの?」
「え! そ……ええっ?!」
私はタマキちゃんの気持ちを確かめておきたかった。
そうしておかないと、後悔しそうだと思っていた。
タマキちゃんがあいつのことを、ただの先輩だと思っているだけなら、それでいい。
でも、そうではなく、ひとりの女の子としてあいつを見ているとしたら……。
だから、私らしく、何のひねりもなく、シンプルに、真正面から訊くことにした。
タマキちゃんは右手にフォークを持ったまま、急に真っ赤になってしまった。
耳まで。
フォークを慌ててお皿に置くと、上気した両頬を手で覆い、下を向いてしまった。
なんて素直なの、タマキちゃん。
やっぱり、そうなんだね。
気がついちゃったら、私、知らんぷりなんてできないよ。
「大丈夫?」
「は、はい……大丈夫、です」
タマキちゃんはハンカチを取り出すと額をそっと押さえた。
そのあと、自分のダージリンに口をつけた。
ちょっぴり、カップを持つ手が震えていた。
3分の1くらいはあったはずなのに、何度も口を運ぶうちカップは空になってしまった。
私も残り少ないダージリンを飲み干すと、タマキちゃんに訊いた。
「ねえ、もう1杯飲もっか?」
タマキちゃんはぎこちなく頷いた。
「すいませーん」
私はお店の人を呼んだ。
「タマキちゃん、本当に隠せない人なんだね」
「先輩……」
「とても素直なんだね。すごくピュアで」
「先輩、ひどいです」
タマキちゃんはうつむいてしまった。
「ごめんね。直球過ぎたみたいで。剛速球で」
「なんで……どうして、先輩は」
「分かっちゃうよ、タマキちゃん」
「え?」
「去年、『西洋音楽史』で一緒だったとき、私、CDを眺めてにこにこしているタマキちゃんに声をかけたでしょ?」
「にこにこ、してたんですか……」
「うん。それはもう」
私はちょっといたずらっぽく言ってみた。
落ち着きそうだったタマキちゃんのほっぺは、また赤くなってきた。
「そのときね、ああこれはきっと彼氏か好きな人かに、貸してもらったんだろうなって、実は感じてた」
でもそのときは、私があいつのことを好きになるなんて、想像もできなかったんだよ……。
タマキちゃんはハンカチを口に当て、両手で押さえていた。
「そのあとだって、私から見ると、タマキちゃん、いつだってあいつを見るときの目は」
「あ、もう、もういいです、言わないでください」
タマキちゃんは泣きそうになってしまった。
いじめちゃったかな、と思った。
タマキちゃん、自分では気がついてなかったみたいだけど、私よりタマキちゃんの方がたぶんずっと先に、あいつを好きになっていたはずなんだよ。
ただ、私の方が自分の気持ちに先に気がついて、自分に素直だっただけ。
タマキちゃんの気持ちに気がついたとき、私は切なかったんだよ。
だって、タマキちゃんの応援、できなくなってたから。
私、タマキちゃんの恋なら精一杯応援したいって、心から思ってた。
なのに……。
「そう、ですよね」
タマキちゃんは静かに言った。
「なあに?」
「私、このところずっと考えていたんです。何か、自分ではよく分からないモヤモヤした気分が続いていて、どうしちゃったんだろうって思って」
「タマキちゃん……」
「先輩がずばり言ってくださって、私、自分でも驚くくらい反応しちゃって、それで、ああそうなんだって、ようやく認める気になりました」
タマキちゃんの声は普段より小さめだったけれど、しっかりした口調だった。
「私、土井先輩のことが好きです。佐野先輩がおっしゃったとおりです」
やっと、だね。
「うん。でもタマキちゃん、それは私じゃなくて、あいつに言わなくちゃ」
タマキちゃんは少し驚いたようだった。
「ですけど」
「どうかした?」
「佐野先輩は、それでもいいんですか?」
私はタマキちゃんが何を言いたいのかよく分からなかった。
「私が、その……土井先輩を好きでいても」
「タマキちゃん」
「はい」
「タマキちゃんは、私のこと気にしすぎだよ」
「でも……」
「人が誰かを好きになる気持ちを、別の誰かが止められるはずないよ」
「え」
「それがタマキちゃんだって、私だって、おんなじだよ。私がタマキちゃんの気持ちを止めることなんて、できない。もし仮に、止めることができちゃったとしたら、それはタマキちゃんの気持ちがいい加減だってことになるよ」
タマキちゃんは黙ってうつむいていた。
しばらくすると、私をまっすぐに見て、まだ小さい声だったけれど、しっかりと言った。
「私は、土井先輩のことを、男の人として好きになったんだと思います。モヤモヤしていたのは、今までこんな気持ちになったことが、なかったからです」
「タマキちゃんもしかして」
「はい」
「これまでに誰かを好きになったこと、なかったの?」
「……ありませんでした。私、男の人、ずっと苦手だったんです」
タマキちゃんから意外な言葉が出てきた。
タマキちゃんならすごくもてるはずだから、私よりもいろいろな経験があるのではないかと思い込んでいた。
お互い歩いてきた道は違うのに、タマキちゃんまで……。
どうして、似たようなことになっちゃったんだろう。
それに、タマキちゃん、自分の気持ちにうすうす気がついたのはいつなんだろう。
そのときにはもう、私はあいつと一緒にいたのだろうか。
私は敢えて明るく言った。
「私、やっぱりタマキちゃんのこと、大好きだなあ」
「え」
タマキちゃんはハンカチを口元から話すと、私を見つめた。
「愛しくなるくらい、大好きだよ、タマキちゃん」
私は見つめ返した。
本当に、大好きなんだよ、タマキちゃん。
「これはタマキちゃんへ、私からの愛の告白と考えてもらっていいわ」
「佐野先輩……」
タマキちゃんは少しだけ、くすりと笑った。
「あ、冗談だと思ってるでしょ。告白したのに。ひどいよ、タマキちゃん」
私が告白するなんて、タマキちゃんでふたり目だった。
もちろん、ひとり目はあいつだ。
お店の人がいれたてのダージリンを持ってきてくれた。
ありがとうございます、と、自然にタマキちゃんは言った。
そう、タマキちゃんは自然にこう言えるのだ。
なんでこんなにいい子が、あいつのことを……。
私はそう言える立場ではないけれど。
タマキちゃんの素直さ、かわいさには、私は勝てる気なんてこれっぽっちもしない。
「私ね、タマキちゃん」
「はい」
「タマキちゃんのことも、あいつのことも、ものすごく大好き。ものすごく大切。このことは冗談なんかじゃないよ。だから、きちんと覚えててね」
「そんな……先輩」
タマキちゃんはどうしていいのか分からないみたいだった。
「タマキちゃんも、あいつも、ホント、私にはどうしようもないくらい面白い人なんだから」
私は最高の誉め言葉を添えて、タマキちゃんに微笑んだ。
嘘偽りなく、とてもいい笑顔をタマキちゃんに見せていたと思う。
だから、大切な人と大切な人が仲よくしている、そんな場面を見ていられたら、それは、本当は、とても嬉しいことだよね。
たぶん、タマキちゃんもそう思ってくれているんだ。
私はそう感じていた。
「そんな、私なんか……もったいないです、そんなに」
「だめだよタマキちゃん」
私は言った。
「本当に大切だと思ったなら、どんなときでもまっすぐ向き合わないと」
「先輩……」
「私、タマキちゃんには嘘なんてつかない。約束する。……あいつにはしないけど」
あいつには、のフレーズをぼそぼそっと言ったことが、タマキちゃんに受けたらしい。またくすっと笑ってくれた。
こんなにかわいいんだから、タマキちゃんさえその気になれば、やっぱりすごくもてるに違いない。
それにとっても素直で、優しくて。
あいつがタマキちゃんとばかり仲よくしているのも、無理はないよね。
他の子とも少しは仲よくしろよって、思うけど。
タマキちゃんならたくさんの選択肢が、待っていても向こうからどんどん来てくれると思うのに。
タマキちゃんなら……。
タマキちゃんなら。
なのに。
タマキちゃんと私は、同じ選択肢を選んじゃったんだね。
とってもおかしな、不思議な、普通なら選ばれそうにない、ヘンな選択肢なのにね。
だったら、私には見て見ぬふりなんてできない。
このまま、タマキちゃんがあいつに黙っているのをいいことに、素知らぬふりで逃げ切るようなことなんて……そんなことしたら、私は絶対に後悔してしまう。納得だってできはしない。
後悔しないこと。
納得できること。
あいつとの約束。
ごめん、タマキちゃん。
私は、あいつを、このまま諦めることはできないよ。
諦めたりしたら、きっと一生後悔するから。
だからね、ひとつだけ、あいつに訊いてみたい。
あいつの気持ちを確認してみたい。
あいつは、タマキちゃんの気持ちを知ったあと、どうしたいと思うのか。