04 チーズケーキ(1)
タマキちゃんがドライヴに来てくれることを快諾してくれて、私は少しだけ安心した。
最悪の事態はこれで避けられる。
タマキちゃんがいてくれればすごく頼もしいし、何しろ私はすごく楽しい。
あいつは私とふたりきりじゃないと、へそを曲げたりするのだろうか?
他でもない、私たちにとっていちばん大切な後輩のタマキちゃんが一緒だとしても……。
日程のことでまたタマキちゃんに連絡しなくちゃ、と思っていたところに、私はタマキちゃんがひとりで研究棟の方から歩いてくるのを見つけた。
「おーい、タマキちゃん」
私が大きく手を振って呼ぶと、タマキちゃんは少し照れくさそうに、胸の前で小さく手を振ってくれた。
「あ、タマキちゃん、急がなくてもいいのよお」
タマキちゃんは中庭を通り抜けて、小走りで私のところまできてくれた。
「すみません。お待たせしました」
タマキちゃんはちょっと息をはずませていた。
「なんかごめんね。急がせちゃって、突然呼びかけたりして」
「そんな、声をかけてくださって嬉しいです」
「タマキちゃん」
「はい」
「なんてかわいい後輩なの」
私は思わずタマキちゃんに抱きついてしまった。
そして、びっくりした様子のタマキちゃんにかまわず、ほっぺにすりすりしていた。
「ねえ、タマキちゃん」
「は、はい?」
「このあと、時間ある?」
「あ、はい。私は今日、午後はひとコマだけなので、帰ろうかと思っていたところですから」
「それはよかったわ」
「何かあるんですか?」
「行こうか?」
「え?」
「チーズケーキ」
「チーズケーキ?」
「チーズケーキ」
「はい、もちろんです」
私はタマキちゃんを誘って、学校のそばにできたケーキ屋さんに来た。
もちろん、私とタマキちゃんにとって大切な使命を果たすためだ。
まず最初の難関と考えられた、ベイクドとレアの2種類をゲットすることは、運よく一度目のアタックで達成できた。
次の難関は、席が確保できるかどうかだった。
このお店では1階でオーダーしたものを2階で食べていけるようになっていた。
しかし、私たちがお店に着いたとき、時刻はもうすぐ午後3時になろうかというタイミングだった。
ティー・タイムにケーキを楽しもうという、私みたいに考える人が他にもたくさんいるのではないかと思えたのだ。
でも、私の危惧は取り越し苦労だった。
2階はやはり混んでいて、窓際の席も含めほとんどは埋まっていたのに、中央のふたりがけの席にはわずかに空きがあったのだ。
窓際の席だと通りから見えてしまうので、むしろ好都合だった。ヘンに目敏いあいつが通りかかったとしても見つからないし、あいつがひとりでここに来ることはまずあり得ないからだ。
タマキちゃんの日頃のおこないが如何にいいかがよく分かった。
私だけならこうはいかないに決まっている。あいつと一緒でも、きっとそうだ。
ただ、あいつと一緒だったら、静かに流れているBGMが誰のなんという曲なのかきっと分かっていただろう。私には弦楽四重奏だということしか分からなかった。
ということで、私は今、タマキちゃんのおかげで数々の難関を無事にクリアして、2種類のチーズケーキを目の前にダージリンの到着を待っていた。
タマキちゃんも私と同じくダージリンをオーダーしていた。
間もなく、私たちのダージリンは無事に到着した。
これで攻撃準備は整った。
「記憶が薄れないうちに、まずはレアチーズからだよね」
ダージリンにかまわず、私はレアチーズに攻撃を開始した。
タマキちゃんはそんな私を見て、くすりとした。
私はひとくち目の攻撃を終えるとすぐにタマキちゃんに言った。
「タマキちゃん」
「はい」
「いい勝負だわ」
「そうなんですか」
じゃあ、私も。
そう言ってタマキちゃんも攻撃を開始した。
「うんうん」
「どう、タマキちゃん? タマキちゃんの味覚センサーの分析結果としては?」
「はい。私は……」
「タマキちゃんは?」
「ここのお店の方が好みです」
タマキちゃんはどことなく苦笑いをしてるように見えた。
「そうきたか、タマキちゃん」
「え?」
「私のセンサーはね、タマキちゃんのより少しくたびれていると思うんだけど」
「先輩って、楽しい話し方をされますよね」
「ん?」
「私、先輩のそういうところも、大好きなんですよ」
「あら」
私はなんだか調子が狂いそうになった。
「タマキちゃん」
「はい」
「もうひとつ、追加する?」
「それはさすがに無理ですよ」
私もタマキちゃんも愉快に笑っていた。
「おっと、いけない。私のセンサーはね、タマキちゃん」
「あ、はい」
「タマキちゃんがおみやげを買ってきてくれた、あのお店のやつ」
「はい、私の最寄り駅のそばのお店です」
「そこのデータが足りなくて、まだ判断ができないらしいのよ」
タマキちゃんは今度は左手で口を押さえて、くすくすと笑ってくれた。
「分かりました。秘密任務として、また買ってきます」
「さすがタマキちゃん」
私たちはまたふたりで笑っていた。
なんて楽しいひとときだろう。
こんなに楽しいのなら、あいつにもちょっと分けてあげたいな。
私はそう思った。
この時間を切り取っておみやげにできたら、あいつもすごく喜んでくれると思うのに。
でも、もし3人で来ていたら、きっとこういうふうにはならないで、また別の雰囲気になっちゃうのかな。
「あ、先輩、この曲……」
タマキちゃんに言われて、BGMに耳をそばだててみた。
「“ひばり”、だね」
去年「西洋音楽史」で聴いて印象深かった、ハイドンの『弦楽四重奏曲第67番“ひばり”』の第1楽章が、静かなヴォリュームながら耳に入ってきた。だったら、さっきから聞こえていた弦楽四重奏はずっとハイドンの作品だったのかもしれない。
「ねえタマキちゃん」
「はい」
私はダージリンをひとくち飲んでから、フォークを器用に使うタマキちゃんにこう言った。
「タマキちゃんは、いつからあいつのことが好きなの?」