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サイドシート  作者: ソラヒト
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08 『ワルツ・フォー・デビイ』(1)

 

 ドライヴ前日の夜、レンタカーを借りてきたボクはキミに電話した。

 1時間おきに、計3回。

 22時を過ぎても留守番電話だった。

 1回目の時にメッセージは入れておいたので、2回目からは入れずにおいた。

 帰宅が遅くなっているのは聞いて知っていたから驚くことはないけれども、キミの体調が心配だった。

 23時になろうとするとき、ボクは4回目の電話をした。

 まだ留守電の応答だった。

 疲れて眠っちゃって、電車を乗り過ごしているのかもしれない。

 大丈夫かな、と思っているときに、コール音が鳴った。

 キミからだった。

 時刻は23時をまわっていた。


── 何度もごめんね、せっかくかけてもらったのに。

「忙しいのは分かってるし、疲れてるんだろ。気にしないでいいよ」

── うん、ありがと。

「ところで」

── ところで?

「今から行ってもいいかな」

── え、どうしたの?

「キミに会いたいから」

── ホント?

「ホントさ」

── 嬉しい。でも、私へとへとだから、来てもらっても何もしてあげられないかも。

「なんだよ、おかしなこと言うなよ」

── だって。

「なんかしてもらうために行くんじゃないし、ただキミに会いたいって、それだけだって、充分大切なことだと思ってるよ」

── ありがと。なんか、疲れてるからかな、あくびしたつもりでもないのに、ちょっと……嬉し涙。

「おおげさだなあ」

── うるさい。

「実はもうひとつ、用事があって」

── 何?

「せっかく車があるんだから、運んじゃおうと思うんだ、プレーヤー」

── あ、そっか……でも。

「キミさえよければ、ボクは大丈夫。むしろ遅い時間の方が他の車が少ないだろうから、ボクはちょっと安心だよ」

── だったら、お願いしちゃおうかな。

「ちゃんと『ワルツ・フォー・デビイ』も持っていくから」

── 覚えててくれたね。

「当然。あと、ボクが選んどいたヤツもね。しかし」

── しかし? え?

「問題は駐車場だ。キミの部屋の近所にあったっけ?」

── う~ん、どこかで見た気がするけど……自分が使うことないから、今ひとつ自信ないなあ。

「キミのアパートの前の道、割と広かったよな」

── うん、そうね。

「なら、いざとなれば短時間路駐でしのいで、即行で運んで、すぐ帰ってくれば大丈夫、か。深夜だし」

── でもそれじゃあ……泊まっていかないの?

「一緒にいたいとは思うけど、免許取り立てで駐禁で怒られるのはカッコ悪いし、キミだって早く眠った方がいいと思うし」

── レコード、一緒に聴こうって言ったのに。

「当然忘れてないよ。けど、それはあとでのんびりできることだから。今はプレーヤーを運ぶことと、キミを早く休ませること、このふたつが大事だよ」

── あなたって、すごく優しいんだね。

「まさか、知らなかったのか?」

── うん。

「チェッ、なんてこった。じゃあ、すぐ準備していくから。キミは眠れるように準備してて。時間が遅いから、道はいてると思う。意外と早く着くかもしれないよ」

── 分かった。

「ボクが道に迷わなければ、ね」

── 迷路みたいだもんね、この辺の路地って。

「それと、居眠り運転で事故らないように祈っててくれ」

── 冗談でもそんなこと言わないでよ。

「ごめんごめん」

── ドアにチェーンかけて、とっとと眠っちゃうんだから。

「え、それはないよ」

── フン、だ。


    *      *      *


 ボクは路地を1本間違ったために危うく「かくざと」に行きそうになってしまった。

 それでもなんとかキミのアパートの前に着いた。

 ハザードを点滅させて、と思ったけど、住宅密集地で深夜にチカチカさせておくのはどうかな、と思いつき、やめておいた。

 とりあえず運転席を出て、ロックもせずに手ぶらでキミの部屋へ向かった。

 チャイムを鳴らそうとする前に、キミがドアを開けた。


「いらっしゃいませ」


 キミはいつもの部屋着、白い「簡単服」を着ていた。


「あなたが言ったとおり、思ってたより早かった」

「よく分かったな」

「今みたいに街が静かな時間だと、エンジンの音ってけっこう聞こえるから」

「なるほど」

「でも、実はこれで5回目」

「5回?」

「あなたかな、と思ってドアを開けたのが、電話を切ってから5回目」

「他の誰かのエンジン音で、か」

「うん。早すぎるなあ、と思ったけど、飛ばして来ちゃったかも、なんて思って」

「飛ばさないってば。制限速度を守る優良ドライヴァーなんだ」

「そう、だよね。なんか、気がいちゃって……早く来ないかなあって」

「なんだか妙にしおらしいな。怪しい」

「そう言われても、突っ込む元気もないっていうのかしら、今の私って」

「ああ、確かにひどくお疲れのようですね。少し隈が出てるかも」

「え! それはやだ。これでも女優さんなのに」

「女優さん、ねえ」

「それより、大丈夫とは思うけど、急いだ方がいいんでしょ」

「そうだった。車から運んでくるから、置き場所とか、準備してて」

「それはもうできてるから、私も手伝う」

「いいよ、ひとりで。女優さんはそんなことしちゃダメだよ」

「今は女優さんじゃなくて、あなたの彼女としての行動」

「そうですか」

「そうですよ」

「では、後部座席から、スピーカーやケーブルなどの軽いものをお願いします」

「では、重いものはあなたにお任せします」

「了解」

「私も、了解」


 キミとふたりで運んだので、短時間で搬入は終わった。

 プレーヤーはけっこう重いから、ボクは階段を上るとき気合いを入れた。

 でも実際は、ボクの部屋から持ち出して階段を下りた時の方がよっぽど緊張した。

 部屋に入ると、キミが空けておいたスペースに、ボクはレコード・プレーヤーを置いた。


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