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サイドシート  作者: ソラヒト
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05 “イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ(If You Could See Me Now)”(4)


「再来週……次の次の日曜の午後イチから、全体ミーティングするんだって」

「でもその日は、先輩方がすごく楽しみにしてらした」


 電話は劇団の人から、それも代表自ら直接、だった。


 劇団の今後についてとても大事な話がある。

 なんとかして全員に来てほしい。

 分かっている人も多いだろうがこの夏の海外公演のことだから、特に舞台に立つものは、万難を排してでも来てくれないと困る。


 代表自身にそう言われて、思いの丈がよく伝わってきた。

 大事なことを、口頭で、直接、伝えられたからだ。

 自分がいくら困惑したところで、私に「出席」以外の返答はありえなかった。


 タマキちゃんまですごく困った顔になってしまった。

 私は心から、タマキちゃんに申し訳ないと思った。


「タマキちゃんにも言ったと思うけど、私、今回の海外公演でそれなりに大切な役をもらってるの。だから」

「先輩……」

「あいつには本当に悪いけど、私はドライヴに行けない」

「でもまだ1週間以上ありますし、調整が」

「ごめん、タマキちゃん。午前の事務所からの電話で、明日からは予定どおりって聞いてるから」


 明日からは予定どおり、というのは、配布されたスケジュール表どおりという意味ではない。

 それはもう無意味になっていた。

 稽古場の壁に貼ってあるものだけが有効だった。

 私は手帳にすべてメモっておいた。

 だからよく分かっていた。

 スケジュールの空白は、代表からの電話でもうなくなってしまった。

 当初配布されたスケジュール表どおりだったら、準備はとっくに終わって、再来週の日曜日になる前に通し稽古まですべてうまくいっているはずだった。

 私の前期試験のことを考慮してくれたスケジュールだったし、私以外のみんなの都合も、できるだけ加味したものだった。

 何日かは休みの日ができるはずだった。

 ところが、現実は当初の予定どおりには進まず、準備すら押せ押せになっていた。

 そうは言っても、誰しもだいぶきつい状態なのは明白なので、過労を感じたなら午前はゆっくり休んでかまわない。

 そういう方針があった。

 逆に、団員の多くが集まれる午後は、もはや休めなくなっていた。

 それでも、再来週の日曜日はまる一日空いていた。

 前日の土曜の午後から空いていた。

 そこの週末でひと息入れようということで、代表が空けてくれていたのだった。

 だから、ドライヴに行けるんだと思っていた。

 連日、私を含め他のみんなも決して楽ではないはずだし、必ずそこで休みが取れる。

 そう思って、ずっと頑張ってきたのだ。

 本当に、ずいぶん頑張った。

 レポートも、バイトも、準備も。

 できるだけのことは。

 試験直前の日曜日……第3希望ならば今度こそ休みになる。

 そう信じていた。

 ついさっきまでは。


 タマキちゃんは黙ったままうつむいていた。

 きっとあいつのことを考えているのだと思った。


 準備は今週いっぱい使えば終わるだろう。いや、終わらせなくてはいけない。

 準備が終われば、すぐに稽古になる。

 本番前の最終チェックでもある。

 みっちりやれば、来週1週間なんてすぐに過ぎてしまうだろう。

 主要キャストの一角である私が休んでしまうと、私のせいで穴が空いてしまう。

 私にはそんなことはできない。

 とても大切な役を任されたのだ。

 休めるはずがない。

 いや、休みたくない。

 そして全体ミーティング、それも出発までにできる唯一の。

 欠席なんて、できない。

 つまり、まる一日休みにできる日はもうない。


 タマキちゃんは相変わらず残念そうな顔をしたままで、上目遣いに私を見た。

 泣きそうな顔だった。

 唇をぎゅっと噛みしめて、またうつむいてしまった。

 私は言った。


「あいつがあんなに張り切って、初めてのドライヴを心待ちにしているのに、中止だなんて、私、言いたくないんだ」

「先輩……」

「第3希望まで考えてみたのに、もう2回も劇団の用事でダメになっちゃったのに、その上、3回目もだなんて」

「でも、佐野先輩と一緒に行くんだって、楽しみなんだって、土井先輩から聞いてます」

「うん。私と行くことに意味があるっていうのは、そうなんだと思う。だけどこれで、私はもういつ行けるのか、まったく分からなくなっちゃった」


    *      *      *


 ちょっと無理をするなら、例えば試験の時間割次第なら、午後から行ける可能性も考えられた。

 試験期間中は、劇団の方は休んでもよいことになっていたから。

 あいつと私が第3希望までスケジュールを立てたとき、時間割は未定だった。

 最近決まったばかりだったのだ。

 あいつと私、ふたりとも空いている日はなかった。

 学科が違うせいか、不思議なくらい重なっていなかった。


── 思い切って、ボクがいくつかすっぽかせば。

── そんなのダメに決まってるでしょ。


 私はあいつに、思わず訊いていた。


── 夜でもいい? ミッドナイト・ドライヴって言うべきかな。


 あいつは「了解」とは言わなかった。


── ボクはともかく、やっぱりキミの成績や、キミの体調に悪い影響を残すようなことはしたくないんだ。そこまでして無理に行かなくても、またあとにすれば。


 あいつの意見にぶれはなかった。


── 若葉マークのボクの運転でミッドナイト・ドライヴなんて、行き先がこの世じゃないかもしれないよ。


 あいつは大げさに手を広げて言った。


── あなたと一緒なら。

── ブラック・ジョークにしたって、笑えないよ。シャレにならないかもしれないぞ。


 私はそれ以上何も言えなくなった。

 どうしようもないと思った。

 前期試験、それにレポート課題もまだある。

 たぶん、あいつも私も、やがて体力的に厳しくなってしまうだろう。

 ふらふらのまま試験には行けない。

 劇団にも行けない。

 それに、居眠り運転の可能性があるままドライヴに行くなんて、私以上にあいつがつらくなってしまう。

 タマキちゃんにだってしわよせが行ってしまう。


    *      *      *


 沈黙の時がしばらく続いていた。

 アルバム最後の曲、“ヴェリー・アーリー”は終わってしまった。


「だからね、タマキちゃん」


 私はなんとか、声を出すことができた。


「はい」


 タマキちゃんは元気のない声だった。


「もしタマキちゃんがかまわないなら、私の代わりに、あいつのサイドシートに座ってくれないかな?」


 今の私をあなたが見たなら、私がどんなにつらそうにしているか、分かるだろう。


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