鈍感関西娘百合
リハビリがてらなんで堪忍したってやー。
幼馴染の沙紀とラーメン食べてる最中のことやった。
「あのなぁ楓ちゃん、うち好きな人いんねん」
そんな大切なことを、どんぶりの方見つめながらぽそりと呟いた。
沙紀は昔からおとなしゅうて、そういう大事なこと私にも言わへんことばっかりや。
「へえ、誰なん?」
「でもな、その人かっこええから不安なんよ」
って、どんぶりから目を離さず、こっち見んと言いよる。
「うん、で誰なん?」
「それにモテはんねん。どうしたらいいと思う?」
「とりあえず誰か教えてぇな」
やっとこっち見たかと思うと、とぼけた態度の割に不安そうな顔で結構真剣に悩んでることが分かった。
昔っからずっと一緒で、こうして大学までおんなじにした私らやからこそ分かる、本当に大事なことを相談しているって顔、私も野次馬精神を押し殺して真剣に考えることにした。
「まずあれやな、その人に気持ち伝えてみたら?」
「それは不安やわ。断られるて」
「アカンアカンそれ沙紀の悪い癖やで。沙紀自分が思とるより百倍かわええから。自信を持たな、自信を。それより、そいつは沙紀と今どんな関係なん?」
まずは地盤固めや。いきなり一目惚れで告白なんちゅー上手い話はこの世にないわけで、ある程度仲良くなってから打ち明けるのがベスト。こんな淑やかな子に告られたらそりゃどんな男でもノックアウトよ。
「ええとなぁ……昔から一緒にいる人やねんけど」
「なんや、そんなんやったら普通に告白したらええがな。幼馴染とかそういうのは突然そういう告白したら意識して、なんか上手いこと行くんちゃうか?」
私も恋愛経験ないけど、耳ざといからなんとなく分かる。
けど、はて、沙紀にそんな親しい男子いたっけな?
まあ私が知らんだけで沙紀も結構交友広いところあるし、深くは気にせん。
「でも、やっぱり断られたら不安やわ……」
いじいじ言いながら、視線は泳ぐし箸は麺をスープからあげたり沈めたり。
物憂げな暗い、長い睫毛に隠れそうな目、こういうヤマトナデシコ、っていうか京美人ってところは、ほんま私には真似できんわ。うだうだしてて堪えられへんって意味もあるけど。
こっちしっかり見て欲しいけど、こういう流し目っていうのも無駄に私相手にも色気出てるしな……、普通に告白したら受け入れられると思うねんけどなー。
「じゃあ、まずその人の趣味見つけ。好きなものの話題で迫れば好感触ってわけや。そいつが何好きか分かる?」
「ええっと、食べ物やとラーメン好きやね」
「ラーメン! ええやん、今からでもそいつと仲良うできる気がしてきたわ。まぁラーメン嫌いな奴の方が珍しいけど」
「やろうね」
沙紀は小さい溜息と一緒の返事やけど、特に気にせず続きを話す。
「じゃ、ここみたいにちょっと高いラーメン屋誘ったりーな。二人きりならたぶん雰囲気出るで」
カウンター席しかなくて狭いここは、隠れ家的ってほどじゃないけど少人数で来るにはピッタリ、チャーシュー麺はローストビーフみたいな肉厚のが山ほど入ってて男性も嬉しいボリューミーな仕上がり。
お客さんも、時間に拠るけど、そんな混む感じじゃないし、店員さんも基本奥にしかおらんし充分二人きりになれる。
実際私と沙紀は今二人きりみたいなもんやし。
「まぁ、告白の流れは掴めたわけや。他に好きなもんは?」
「ああ……えと……ねこ好きやね」
「ネコ! ええやんええやん! ってなんか女々しい男やな。ちょっと心配なってきたわ」
最近はネコ鍋とか、やたらと猫ブームが来てたしそういうん男でもあるんかな。
でもネコはええな……ただ可愛いだけやのうて、人様に媚びひん態度とか、割と野生的な目つきとか。
おっとっと、私にネコ語らせたらそれだけで沙紀の大事な話が潰れてまうわ。
うぅん、っと咳払いして、水をごくごくっと飲み干して、と。
「それやったら家呼ぶ名目できたやろ。ブチャの写真見せて呼んだり」
ブチャは沙紀が昔っから買ってるネコで、もう結構な年やし可愛げないデブネコやけど、それでも家におるっちゅうのは利用せんとな。
「ブチャはもう見せたけど……」
「ああ、そういや昔から仲良い奴やったな。どうなん?」
「なんか、あんまり気に入ってないみたいで」
相も変わらず不安そうな沙紀の言葉に、私も納得するところがある。
ブチャは昔っからふてぶてしいデブネコやから、肉食獣の強さみたいなんがないんよ。そういうの好きな人もおるけど、私はそこにネコの魅力はあんま感じひん。
「なかなかネコ通かもしれへんなそいつ。ブチャ作戦は失敗かぁ」
うーんと考えると、沙紀の首が角度を一つ下げた。すっかり落ち込んでるみたいや。
なんとか沙紀のためになること考えてやりたい。
でも私がしゃしゃり出て、この子良い子やから付き合ったり、みたいなこと言ったら雰囲気台無しや。
今まで浮いた話が一切なかった沙紀が、こんな真剣に恋して悩んでいる。姉御分の私が、沙紀のために一肌脱いだらな。
そんな風に思って考えていると、ふと沙紀がこっちを向いた。
「なぁ、楓ちゃんは好きな人とかおらんの? よぅ男の人に声かけられるやろ?」
「私が男にうつつを抜かして沙紀を後回しにしたらあかんやろ。まず沙紀が大切な人と出会ってから、自分でゆっくり探すわ」
ずっと内気やった沙紀が素敵な人に出会って、そんで元気になってくれれば、って思う。
でも沙紀は憑き物が取れたような顔で、あっさり言った。
「あ、そうなん? それなら、ええよ」
「ええよって何がええねん?」
「気長に待つわ」
「気長て。そいつ気ぃ変わるかもしれへんで」
「変わらんよ。昔っからずっとそんな感じやったし、うちはそういうとこが好きやし」
それは、さっぱり弱気な沙紀にしては、本当に絶対にって確信がある風に見えた。
この子にこんだけ信頼されるなんて、そいつは幸せ者やと思いつつ、なんか少し寂しい気もした。
「……まあ、ゆっくり見守ったるさかい、なんかあったら教えてな」
「うん。あ、そうや、はいあーん」
言いながら、沙紀は肉厚のチャーシューをこっちに向けてきた。
「お、ええん? いやー沙紀の恋人なる奴は幸せもんやろなぁほんま」
不安がなくなって嬉しそう、そんな沙紀の笑顔を見ながら私は肉にがっついた。
産まれたアイデアは大切にしていきたい