2-17.5
『グオォォォォオオ!!!!! 』
影は宙を仰ぐように吠え……糸が切れたように崩れ落ちた。後にはエルだけが残っており、影は嘘のように消え去った。
アベルはそれを見届けて、荒い息を無理やり整える。
「エル!! 」
「大丈夫か!? 」
崩れ落ちたエルに駆け寄るアシュリーとカイル。
「うっ…… 」
アシュリーに抱き起こされたエルは、朦朧とした様子で目を醒ます。
「だ、大丈夫……だ。 心配かけて済まない 」
「馬鹿! 馬鹿!もう駄目かと思ったじゃない!!! 」
堰を切ったように涙が、アシュリーの視界を滲ませる。
「馬鹿野郎!ほんとにお前はいつでも心配させやがって! 流石に今回は肝が冷えまくったぜ! 」
カイルは何処か戯けているが、安堵した表情を隠しきれず、嬉しそうに言葉を掛ける。
「ふん……漸く正気に戻ったようだな。そのままくたばったら清々したんだがな 」
皮肉げな声にエルは反応する。
「どうやら助けて貰ったみたいだな。礼を言う。すまない 」
エルはまだ痛む身体に若干顔を苦痛に歪めながら、アシュリーの助けを借りて立ち上がる。
「アベル、お前には聞きたいことが沢山出来たみたいだ…… 」
「ふん、何度も言わせるな化物に礼を言われる謂れはない 」
「それにだ……お前が知りたいことは、解っている。例えばこの顔のことだろう? 」
アベルは自身の白銀の髪を掻き揚げる。今だにぽつりぽつりと辺りを照らす光苔がその顔を照らす。
「なっ!! 」
「嘘でしょう!? 」
初めてアベルの顔を見たカイルとアシュリーが驚きの声を上げる。 照らし出された表情は苛立たしく歪められていたが、其処にはエルと瓜二つの眼が、鼻が、口が、顔が在った。
「いいだろう。何も教えるつもりはなかったが気が変わった……もっとも、凡てを答えるつもりはないがな。何も知らないお前を見ていると本当に苛々するぜ 」
宿で待っていろ……そう言い残したアベルは仄暗い洞窟から消えた行った。
「一体全体どういうことなんだ? 」
混乱を隠さずカイルが問いかける。その声を耳にしながら、思案気な表情をするエルに、アシュリーは声をかける。
「ねぇ。色々大変な事だらけだけど、取り敢えず今は…… 」
「あぁ。帰ろうか 」
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『こうしてまた一つ、運命の歯車は回り始めた 』
神々の庭からエルたちの様子を窺っていたメタトロンは、筆を進める。
何故ならここはーーーー
「あぁ、そうだよ。その通り!ここは神々の庭じゃない 」
無機質で剽悍な声が響き渡る。
唐突にメタトロンが手を叩く。するとどこからか黒い火が灯る。その火は徐々に大きくなり、やがて幻想的な景色が静かに炎に呑み込まれた。炎はどんどん激しさを増して総てを呑み込んだ。まるで凡ての罪を焼き尽くす様に……
その焔はメタトロンを舐めるが、彼は微動だにしない。だが、その瞳にははっきりとした憎しみの炎に焦がれていた。
「お前たち人間が堕ちた光の戦争によって、ウリエルの炎に呑まれたように、僕はあの日から、我々の主によって煉獄へ堕とされ、今もなお責め苦の炎に焼かれている 」
「人間たちを見守るのは、凡ての書記である僕の役目。その人間たちを闇に染め、僕の兄弟を貶めた罪……その身で贖ってもらうぞ蛇め!!! 」
其処には飄々とした天使は存在せず。怒りに満ちた神の戦士が存在していた。




