2-14
「やっと終わったぜー 」
カイルが深い溜め息とともに脱力する。ジャイアントワームが焦げた、土臭さが鼻を刺激する。
「そうね。結構手強い敵だったわね 」
「でも凄いぞエル! アイツめちゃめちゃ硬かったのに、一撃で切り落とすなんてな!! 」
カイルが興奮したように捲したてる。
「あぁ、それは二人のお陰だよ。 厳密に言うと、アシュリーの機転と、二人の魔法のお陰……だな 」
「ん? どういうことだ? 」
首を傾げ、何故なのか分からないと全身で訴えかけるカイルにアシュリーが全力で呆れている。
「ほんっとに、ちゃんと授業聞いてたの?」
「失礼な! 冒険者に関係あるものはしっかり起きてたさ! 」
ちゃっかり、それ以外のモノは聞いていなかったと取れる返しをする辺り、カイルらしい。
「ならその知識と、後は少しの観察でこの問題は簡単に解決するわ 」
ほうほうと、生徒の様にカイルが相槌を打つ。
「先ずは、ジャイアントワームの使用した特技の正体はなに? 」
「んー……クレイ、だったっけな? 」
「正解よ。 そして、土の中を自在に動いたこと。この二つの点から、土系統のなんらかに特化した魔物だと推測できるわ 」
「それは分かる。 だからこそ、あんなに硬かったんだよな 」
そういうことだ。その体躯の硬さと、削れるように溢れたモノから、その体躯の表面が土の様な物質で出来ているんじゃないかと考察したんだろう。
土といっても、その中に含まれる成分は多岐に渡る。ケイ素Si、アルミニウムAl、鉄Fe、カルシウムCa、カリウムK、ナトリウムNa、マグネシウムMg、マンガンMn、リンP、硫黄S、チタンTi。それらの成分が風魔法により威力が格段に上がったファイアボールの高熱によって融解し、元々の洞窟の冷えた空気によって固まり、硝子化した為に脆くなったのだろう。
「へぇ〜! 流石アシュリーだな。 俺はそんな事思いつきもしなかったぜ! 」
アシュリーの解説を聞いたカイルが、目を丸くして言う。
確かにあの緊張感の中での、観察と、知識を応用した考察力は感嘆に価する。
「へぇ〜じゃないわ。 カイルも頑張んなさい 」
呆れた様なアシュリーの言葉に俺たちは笑いあう。
とりあえず、ジャイアントワームの脅威は去った。まだ謎の声とこの空間の問題は解決出来ていない。さっさと魔石を回収して次の行動に移るとしよう。
「よし、それじゃあ先ずはジャイアントワームの魔石を回収する。カイル、回収を頼めるか? 俺とアシュリーはこの広い空間に何か無いか調べてみるとしよう」
「任せろ! 」
「ええ、わかったわ 」
俺たちは気持ちを切り替えてそれぞれの役割を果たす。
とりあえずこの壁の内側を回って何か変わったものが無いか調べてみるか。そんな思考はカイルの慌てたような声で掻き消された。
「おい、どうなってんだよ! ジャイアントワームが消えちまったぜ!? 」
なにっ!どう言う事だ?
素早く視線をジャイアントワームの死骸があった場所に向ける。そこには黒く焦げた土があるだけで、その巨大だった骸は影も形も何も無かった。
「おいおい、一体全体どうなってるんだ 」
俺のこぼした呟きが嫌に響く。
「アシュリー! カイル! 警戒態勢だ!! 意識を広げるんだ! 特に視界に入らない天井と地面に注意しろ! このまま部屋の中央に移動する。壁からも、なるべく距離をとる! 」
何しろここに出てきた魔物はジャイアントワームだ。土のようなもので出来たこの部屋の上下左右、何処から何が出てきても可笑しくはないからな。
ジクジクとした空気が肌を刺激する。おそらく湿度が高いのだろう。じんわりと嫌な汗が滲み出してくる。
隣ではカイルがズボンで掌に滲む汗を拭いている。
「!」
研ぎ澄まされた感覚が、何かを察知する。これは……
「くるぞ! さっきと同じ下だ!! 」
俺の言葉が終るや否や、勢いよく地面が割れてジャイアントワームがその身体を覗かせた。
「ギィィイイィィイィイイ!!」
「またお前かよ!! 」
カイルが心底嫌そうにダガーを構える。だが、さらなる脅威が俺たちを襲った。
「ギィィイイィィイィ!! 」
『ギイィイィイイィィイィイイィ! 』
『ギイィイィイイィギィィイイィィイィィイィイイィ!!! 』
2匹や3匹じゃない。地面だけでなく、壁や天井からも無数のジャイアントワームが土を食い破り、蠢いている。
「な……何よこれ…… 」
震えたアシュリーの声が虚しく響く。
流石に、これは不味い。只でさえ俺たちよりもLevelの高いジャイアントワームだ。さっきは1匹だけだったから魔法で対処することが出来た。しかし、これ程の数……。無理だ。普通に戦闘しても勝てる見込みはゼロだろう。
この圧倒的な不利を覆すには……使うしかない。
「二人とも。俺の後ろに来るんだ 」
俺はジャイアントワームを刺激しないように静かに告げる。
「エル、まさか……駄目よ!あのチカラは! 貴方にどんな影響を及ぼすか 」
「いや、でも仕方ない。 ここで全員が生き残る道はそれしかない。 大丈夫、すぐに如何にかなるわけでもない 」
無意識に右眼に手をやる。その動作に呼応するように紅く染まった瞳が熱を持った気がする。俺の中の何かが、その力を使えと訴えかけているような感覚に襲われる。
左手を1匹のジャイアントワームに向かってゆっくりと伸ばす。
「〝奪われ〟……? 」
最後まで言葉は続かなかった。何やらジャイアントワーム達の様子がおかしい。
「なんだよ……これ…… 」
思わずカイルが後ずさった。
「ギィィイイ…… 」
ジャイアントワームがみるみる小さくなっていく。いや、表面がボロボロと崩れていく。大量に溢れたそれは、犇めいている。
「もうホントやだぁ…… 」
アシュリーが泣きそうな顔で俺の裾を掴む。そう、ボロボロと崩れたアレは洞窟で湧き出していた小さな蛆虫だった。
ボロボロと溢れるように蛆虫が湧き、それに比例するようにジャイアントワームの体躯がみるみる小さくなっていく。
全く、何がどうなっていやがる。
これは幾ら何でも普通じゃない。いや、普通じゃないどころじゃない。異様すぎる!
「アシュリー、カイル!! ぼーっとしているのは不味い気がする! もう一度連携して魔法を頼む!! 」
「ええ! 」
「そうだな、任せてくれ! さっきの戦闘でまた火魔法のコツを掴んだ気がするんだ。 一気に燃やし尽くしてやる!! 」
二人は何とか気持ちを切り替えて、魔法を詠唱する為に魔力を充填する。
「我は今ここに願う。大いなる火よ……拡散し、我に立ち塞がる障壁を燃やし尽くせ! 火風!!」
気合を入れて詠唱を終えたカイルが火魔法を放つ。火球とは違い、扇状に火が拡がり、蛆虫に向かっていく。
「我は今ここに願う。大いなる風よ、今その力を示せ……追い風!!」
蛆虫を燃やす火が、アシュリーの風の加護を受けて更に大きな炎となって、その全てを燃やさんと勢いよく燃え広がっていく。蛋白質を焦がしたような臭いが辺りに広がっていく。
しかし……いかんせん数が多すぎた。
「くそっ! 駄目だ…… 」
「数が多すぎるわ…… とてもじゃないけど、全てを燃やし尽くすのは無理よ!! 」
蛆虫たちを呑み込んでいる筈の炎を上回る数の蛆虫たちが、その炎を覆っていく。
「おいおい、マジかよ 」
犇めき、蠢いている蛆虫たち。地面で黒焦げに燃やされた蛆虫たち。その総ての蛆虫に異変が訪れる。それは小さな異変だった。黒く、黒く変異していく。一つ。また一つと黒い影が洞窟を飛ぶ。
「今度は蝿かよ! 殻すっ飛ばして成体になるって本当にどうなってんだよ! 」
怒鳴り声をあげるカイルの声を掻き消すように羽音が轟音となって鳴り響いた。
小さな幾つもの影は収束し、一つの巨大な圧縮された影へと形取っていく。
頭の中で警鐘が鳴り止まない。不味い!全てが終わる前に仕留めなければヤバイ!!
「アレはヤバイ! 全力で止めるぞ!! 」
俺の焦った言葉に何かを察したのか二人が魔力を充填し始める。
「きゃっ!! 」
しかし何処からとも無く吹き荒れる突風に邪魔されて魔力が霧散していく気配がした。
「ぐっ……遅かったか 」
影は更に収束し、暗い闇を纏う。一瞬、視界を暗闇が支配し、俺たちの目の前には途轍もなく強大な気配を纏った蝿の魔物が空中に音もなく鎮座していた。




