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原初の罪  作者: EVE
第一部 降魔の儀式
2/32

1-1

 今日も何時もと変わらない心地良い陽射しが、昼下がりの教室に降り注ぐ。俺を含む幾人かの生徒は暴力的なまでの睡魔と格闘しながら、基礎となる暦学を学んでいた。まぁ厳密にいえば、さらにごく数名の生徒はあちら()の世界へと旅立っていったが……

 俺は睡魔を振り払うかのように被りを振って、講義に意識を戻す。


 「『グラウンド』。この言葉は皆さん、聞き憶えがありますよね 」


 きっちりとした七三分けの眼鏡をかけた柔和な表情の男が教鞭に立ち、生徒たちに質問を投げかけている。丁度今はこの世界の成り行きについてのお浚いをしている。

 講師であるロイド先生は、振り返り、生徒たちの様子をみて少し呆れたように溜息をついた。

 クラスの凡そ3割が睡眠と格闘しており、起きている生徒達も授業に積極的に取り組んでいるとは言い難い様子だからだ。かく云う俺も答えられない事はないが、積極的に発言し目立ちたいタイプかと言われると……答えはNoだ。


 「まぁ、仕方ないですね。では……アシュリー、説明しなさい 」


 ロイド先生はクラスを見渡した後、困ったような表情を作り、比較的話を聞いていた女生徒に質問を投げかける。


 「はい、先生。《グラウンド》とは私たちの棲む地上のことです。 遥か昔にこの世界が創造されたとされる頃、世界は天界と地界、そして地上で世界は構成されていたと云われています。しかし最終戦争(ラグナロク)と呼ばれる争いが起こりました。天界と地界は何処かに消え去り今でも残されたこの世界こそが、私達の住む世界、地上(グラウンド)である、と教えられています 」


 アシュリーは当てられた緊張もどこ吹く風といった様子で、淡々と応えていく。


 流石、優等生だな。


 「まさにその通りです。ありがとう、アシュリー座ってよろしい。さて、今まさにアシュリーくんが説明してくれていたように、現在世界はこの地上(グラウンド)のみが存在しています。しかし今でもこの地上(グラウンド)と地界は大きな繋がりが残されていることが、長年の研究によって証明されています 」


 ロイド先生はここで話しを一旦区切り、教室を見渡す。先生と俺の視線が合い、にっこりと笑みを浮かべてくる。

 やめてくれ、嫌な予感しかしない。


 「はい、エルくん。キミなら答えられますよね?」


 面倒くさそうな雰囲気を気にした様子もなく、ロイド先生は俺に声をかける。


 まぁ、当てられてしまったものは仕方ないか。そう諦め、立ち上がる。


 「あぁ、それはモ……」

 「魔物(モンスター)だろ! 先生!」


  返答をする俺の声に被せて、元気で溢れた声が後ろから飛んでくる。振り返ると金髪の美丈夫が満面の笑みでサムズアップしていた。俺は軽く肩を竦めて、席に座る。


 「その通りです。カイルくん 」


 その元気な答えに満足そうに頷き、ロイド先生は話しを続ける。


 「所謂、魔物(モンスター)と呼ばれる怪物。その繋がりは我々にとって喜ばしいものではありません。魔物(モンスター)はこの世界の至るところに、独自の生態系を築いています。 」


 魔物(モンスター)。ロイド先生のその言葉を心の中で復唱する。俺は心に押し寄せてくる暗い感情を咄嗟に抑えるように拳を強く握った。


 「しかしこの繋がりは魔物(モンスター)を派生させただけでなく、私達人族にも力を与えてくれています。その説明をする為に、少しお浚いをしましょうか。はい!皆さん起きてください。ここからのお話はいま正にあなた方にとって大切な知識となります 」


 ロイド先生の一拍手により、あちら()側へと旅立っていた生徒たちが微睡みつつも目を覚ます。


 「この世界は七つの都市国家が存在しています。そして、それぞれが一つの『魔』と呼ばれる主を信仰していることは皆さん、先日の授業で話しましたね。私たちの住むこの第一都市は皆さんご存知の通り『ルシフ』といい、我等が信仰する魔はルシファーと呼ばれる主です。

 その他都市にも、第二都市『サターナ』、第三都市『ベルフ』、第四都市『ゼブブ』、第五都市『アスモデル』、第六都市『レヴィア』、第七都市『マーン』とそれぞれの主に因んだ名がつけられています 」


 ロイド先生が、話を区切ったタイミングでチャイムの音が鳴り響いた。


 「おや、鳴ってしまいましたね。それでは今日の授業はこれまでです。みなさん今週末にはいよいよ降魔の儀式ですね。それまでに各自、しっかりと予習・復習をしておくように 」


 そう言い残して教室を去っていくロイド先生を、俺は何処か遠い目で見ていた。


 〝降魔の儀式〟それはその名の通り、嘗て地界を治めていたとされる七王に、降魔と呼ばれる儀式を得て力を借りるための試練のことを指す。どういった理屈かは殆ど解明されていないが、降魔の儀式を通じることで、それぞれの王に力を借りることが出来るらしい。尤も正確には、この儀式で力を貸してくれるのは《王の眷属》とされているらしいが。



 「エル! どうしたんだ?ぼーっとして 」


 ロイド先生の講義を振り返っていると、不意に誰かが話しかけてくる。振り返るとそこには先ほどロイド先生にカイルと呼ばれた金髪の男子生徒が俺に向かって心配そうに声をかけてきた。


 「また起きたまま夢でもみてたのか?ほら、最近よく見るって言ってただろ?」

 「カイル。いや、そんなんじゃない。さっき先生が言ってた話を考えてただけさ 」


 俺が何でもないようにそう言うとカイルが身を乗り出して興奮したように話しかけてきた。


 「あぁ、あれだろ?降魔の儀式!いよいよだもんなぁ。俺もやっと魔法が使えると思ったらここんとこずっとワクワクしてるぜ!」


 カイルが何処か気合の入った声でガッツポーズを決めている。


 「あぁ、俺もここ暫くそればかり気になっている 」


 そう相槌を打ち、カイルに同意しながら先程の授業を振り返る。


 この世界は魔力が満ち溢れてモンスターが蔓延(はびこ)っている危険な世界だ。因みにモンスターとは、魔石とよばれる魔力の核を体内に持つ生物を指す。

 俺たち人族は昔からこのモンスターに悩まされながら生きてきた。なにしろモンスターは人族にはないその鋭い爪や牙を持ち、襲いかかってくる。更にランクが高いモンスターになると、魔界から溢れ出した魔力を使うことで、様々な攻撃方法で人族を襲う。それは毒や麻痺だけでなく、燃え盛る炎や鋭い石を飛ばしてくるものなど厄介な攻撃をするモンスターもいる。

 もちろん人族にはそんな牙や爪などない。その為人族は剣や槍、斧といった武器を操る術を磨き、モンスター達に立ち向かってきた。そのなかでも特異的なものに、魔法とよばれるものがある。

 モンスターと異なり、魔法は本来人族には扱えない。なぜなら人族には魔力を扱うための核となるべき〝魔石〟が体内にないからだ。

 では人族は魔法が使えないのか、と問われればそれはすぐさまに否定されるだろう。

 その理由として挙げられるのが《降魔の儀式》というわけだ。人族は15歳まで成長すると七つの都市に居るとされる七王の眷属の力を借りることで、降魔の儀式を経て体内に魔石を生成することができる。

 何故15歳というボーダーラインが設定されているのか。それは15歳とは基本的な運動が行えるくらいに身体が出来上がる時期と考えられているためだ。それよりも幼い年齢で降魔の儀式をしてしまうと、肉体がその魔力に負けてしまい十分な魔石が生成することが出来ずに朽ちてしまうという研究データがある。

 そうなってしまうと、生涯魔法が使えなくなってしまうらしいし、勿論そんな事になってしまうのは御免だ。

 一方で上手く魔石が生成することが出来ると魔法が使えるようになり、〝モンス()ターを討伐()するものとして()〟一人前とされ、最低ランクのギルドカードがその都市のギルドから発行される。俺やカイルをはじめとした、この学園生の殆どはその冒険者を目指している。


 「そのために俺は、というか皆んな、この学園で身体を鍛えているからな 」

 俺はまだガッツポーズをしているカイルにそう応える。


 「そうだよな、俺もできるだけ大きな魔力に身体が馴染めるように頑張って鍛えたんだぜ 」

 「カイルはまだまだだけどな 」

 力こぶを作って自慢げに言うカイルに切り捨てて言うと、恨めしげな目でこちらを見てきた。


 「いや、お前は鍛え方おかしいから、誰もついていけねぇから 」


 ため息を吐きながらカイルに反論する。


 「そんなことはない。冒険者を志すものなら誰でもしているろ 」


 「いや、エルはやりすぎだ。限度知らねぇだろ。お前睡眠時間も削って鍛えてるだろ、知ってンだぞ。ちゃんと寝ないと身体は成長しないんだぜ? 」


 呆れたようにカイルが言う。失礼なやつめ。成長のために必要な睡眠はある程度確保できている。たしかに鍛錬は大切だ。だが、何より大切なのはその理由だ。そうしなければいけない理由がある。その為に俺は今日まで……


 「身体を鍛える必要性は、お前も理解できるだろうが 」


 呆れたようにいうカイルに言葉を投げかける。


 「もちろん魔物(モンスター)と戦闘するときに上手く立ち回るためだろ!! 」


 自信ありげにピースサインをしたカイルが力強く答える。


 「その通りだ。魔物(モンスター)と戦闘するときに大切なのは鋭い一撃と、相手の動きを読み取り行動すること。そのためには身体(スタミナ)を鍛えておく必要がある。しかしそれだけじゃない」


 大きく頷くカイルに指を指し、前置きをする。しかし続く言葉は隣からの声に遮られる。


 「そして、なにより大切なのは魔法の素養を上げるために必要となるのよね。魔法とは魔力によって発動されるわ。より多くの魔力を持つという事は、たくさんの魔法が使えるということに他ならない。

 さらに付け加えると魔法は契約する眷属によって使える種類に差異が生まれるためね。火を特異とする眷属の場合はより強大な火魔法が、水を特異とする眷属ではより強大な水魔法が使えると言われているわ。その眷属が不得意な魔法は、習得が困難となり、例え習得することができてもその威力は大幅に変わることからそう考えられているそうよ。

 たくさんの魔力を持つことで、少しでもその差異を、限りなく小さくすることが理想的ね 」


 「その通りだアシュリー。流石優等生 」

 いつのまにかそばにいたアシュリーに声を掛ける。


 「もちろんよ。知識は誰にも負けたくないもの 」


 貴方にもね。と腰に手を当てて、当然とばかりにアシュリーは答える。

 強大な魔法やたくさんの魔法を行使するためには強大な眷属と契約することが望まれる。強大な眷属と契約するためには、強大な魔力を宿せる強靭な肉体が必要となる。

 ならば15歳ではなく、更に歳を重ねて契約すればよいのではないかと考えられていた時代もあったそうだが、成長するにあたり、自我(アイデンティティ)が確立すると契約が上手く出来なくなるという研究結果があったそうだ。

 そのために肉体的にも魔力に耐えることが出来、精神が未熟で己以外の異物を受け入れることが出来る年齢が、15歳。ということらしい。

 学園では、冒険者を目指す子供たちが身体を鍛えたり、基本的なモンスターの生態系や身体構造の学習をする教育機関だ。冒険のための生活学やその他にも冒険者にとって必要な事を学ぶ場である。

 昔は学園なんてものは存在していなかったそうだが、その時代の冒険者の死亡率は高かったそうだ。冒険者は誰もが憧れるような一攫千金を狙えるが、当然危険が伴う。その時代の冒険者達が、当時あまりにも高すぎる死亡率をなんとかしようとしたのが学園の始まりといわれている。


 話題閑休。


 だからこそ俺は可能な限り、身体を鍛え続けた。強大な眷属と契約するために。


 「それじゃあまた明日ね。お二人さんよろしくね 」


 俺たちはそのままアシュリーと別れ、カイルと降魔の儀式についていろいろと喋りながら、帰路についた。


 誰もいない時間は好きじゃない。色々な考えが頭を巡り、静まらない興奮が胸の中で疼いたようにその存在を訴えかけてくるからだ。


 もうすぐだ……もうすぐ〝ヤツ〟を殺すための力が手に入る。


 俺は他に誰もいない孤独な家の中で、暗い感情を押し殺した。


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