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〝大賢者アベル〟いまやこの名前を知らない冒険者は居ない。AAAランクの冒険者であり、今最もSランクに近いと言われている。
大賢者アベルはパーティーを組まず、単独の冒険者というのも特徴的である。
クエストは下位のモノであるならば、一人前の冒険者なら単独でクリアする事は難しくない。しかしDランクとなると厄介な魔物が増えて来るため、相当な腕前の冒険者出ないと、大怪我を負うか下手をすれば死ぬ。Cランク以上になると、ベテラン冒険者でも命の保証はない。
それを単独で、AAAランクという現在の最高峰まで登り詰めている事実は、どれだけ大賢者アベルが、凄腕どころではない実力の持ち主だということが分かるというものだ。
アベルには幾つもの伝説がある。有名に成り出したのは5年程前くらいだろう。
五年前、第二都市マーンをドラゴンが襲った。マーンは自衛の為腕利きの冒険者達を雇いコレを迎え撃った。
その数は100を超える。
遠方から魔法攻撃で撃ち墜とし、剣の腕に覚えがある者たちがその身を削らんとその刃を振るった。しかし結果は惨敗。
撃ち出された魔法はドラゴンに届く前に消滅し、その為剣士達は空高く舞うドラゴンに手も足も出なかった。冒険者達はその身を鉤爪で切り裂かれ、鋭い牙で貫かれ、その息吹で身を焦がした。
マーンも例外でなく、その半分以上をドラゴンの息吹に曝されて壊滅状態となった。
そのドラゴンは、正に天災そのモノであった。人々が嘆き、悲嘆に暮れるしかなかったその時。
何処からともなくやって来た人影がドラゴンを吹き飛ばし、都市から引きづり出した。その人影こそが、当時無名だったアベルだったそうだ。
ドラゴンとアベルの闘いは一方的に圧倒的な力でアベルが捩じ伏せたと言われている。
息吹を風魔法で裂き、冒険者達の魔法が効かなかった事実が嘘のようにあらゆる魔法でドラゴンを蹂躙した。その姿を見たもの達が畏怖の感情を込めてこう呼んだ。
〝大賢者アベル〟
アベルに関する逸話はそれこそ伝説のように語られている。万を超える魔物をたった1人で壊滅させたとか、この世界の所々に存在するダンジョンの一つの最深部到達の偉業を、たった1人でこなしたとか、数えればキリがないほどだ。
こいつ位の力があれば…彼奴を斃せるのかもな。どれくらいのステータスか確認しておくか。
鑑定
【ーunknownー】
「なっ!」
unknownだと!
鑑定が使えなかった事に驚き、アベルを凝視する。そのあり得ない筈の表記について思考を巡らせていると、アベルがゆっくりと此方に視線を向ける。
バレたか!?
アベルの動向に冷や汗を掻いたような気がするが、努めて平静を装う。眼はフードに隠されて、その表情は伺い知れない。
しかしふと視線を戻し、ギルドの奥にある階段を昇っていき、その姿を消した。
「おい、アイツ今こっち見なかったか?」
カイルが興奮したようにそう問いかけてくる。
「いや、気のせいだろう」
確かにこちらに視線を投げたように見えたが、本当に一瞬の事だったので、確かどうかは分からない。
「ふーん。ま、いっか」
俺がそう言うとカイルは残念そうに返答した。
「お待たせ致しました」
そうしているうちに、エミリアの呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら魔石等の素材の鑑定が終了したらしい。
「こちらが今回の報酬と買取金額となります。内訳がまず、クエスト達成報酬が銀貨1枚。
巨大蜂種の魔石はお一つ銅貨6枚での買取で、銀貨3枚と銅貨18枚。
蜜が銀貨3枚。蜜蝋の素材となる巣が銀貨1枚です。
占めて銀貨8枚と銅貨18枚となります」
そう言って袋に纏められた貨幣をこちらへ渡してくる。
「有り難う」
礼を言いつつ受け取り、懐へ仕舞う。その姿を見届けて、エミリアは言葉を続ける。
「初クエストで受領したEランクのクエストを短時間でクリアするその腕は素晴らしいですね!
魔石の数も多かったですし、同時に採取された素材も良好でした。
今回のクエストの報告書を上げる際にEランク昇格への打診をしておきますね! 早ければ明日以降にギルドへお越し頂いた際にお知らせ出来ると思います!」
そう嬉しそうに告げる。そしてカウンターの向こうから身を乗り出して耳を近づけるように手を招いた。
「それに私は貴方を応援していますから」
エミリアはそう一言いうと、乗り出した身を引っ込めてウィンクを一つ飛ばした。
「ちょっ!」
アシュリーは慌てて俺の手を引き寄せてエミリアを睨む。その姿に辟易し、両手を上げた。
「ひゅー。モテる男は辛いねぇ」
カイルが口笛を吹き、茶化してきた。はぁ。こういうのは嫌ではないがどう対応すればいいか分からない。
とりあえず放置だ放置!俺は考えることを放棄してもらった報酬を三等分してカイルとアシュリーに渡す。
「とりあえず今日は解散する。また明日ここに集合して、今後の方針を決めよう」
そう言い残してギルドをたとうとする。
「待って!」
唐突にアシュリーが俺を引き留める。
「どうした?」
「どうしたじゃない。その眼……。都市に帰ってきたら診てもらうんでしょう?」
しまった。完全に忘れていた……。
能力の副作用で紅くなった俺の眼は病気でも怪我でもなく、呪いみたいなものだと考えている。そんなもの、いくら治療者といえども治せるとは到底思えない。しかしアシュリーはそんな事知る由もない。
「アシュリー、心配有り難う。でも大丈夫だ。今の所何も症状は出ていないしそれ程心配しなくても大丈夫だろう。何かあれば直ぐに治療者の所に行く」
「でも……」
それでも言い淀むアシュリーに再度『大丈夫』と声を掛けて、俺はギルドを経った。
もうそろそろ陽は落ち込み掛けている。郊外に行くほどに人気は無くなっていき、静かな帰路に自分の立てる足音以外は聞こえてこない。
だが……。
俺は立ち止まり背後に声を掛ける。
「さっきから、どういうつもりで後をつけている。」
振り向くと、漆黒のフードを被ったアベルがそこにいた。
「どういうつもりとはこっちのセリフだ。人のことを覗き見するとは。とてもじゃないが趣味がいいとはいえないだろうよ」
フードの所為で表情は見えないが、皮肉気な声色が聞こえてきた。
「っ!」
やはりバレていた!しかし、一体どういう方法でステータスを隠したんだ。
「ふんっ。お前の能力をどうやって防いだか気になるようだな。
お前のチカラに秘密があるように俺の能力にも秘密がある」
……能力の事もある程度知っている様だな。
「そうか、すまなかった。AAAであり大賢者でもあるあんたのチカラがどの程度のモノなのか興味があったんだ」
バレてしまったものは仕方がない。どう考えてもこちらの旗色が悪いので謝っておいた方がいいだろう。
「化け物の謝罪なんぞどうでもいい」
「なっ!」
……化け物?どいういう意味だ。
「お前……何時迄そうしているつもりだ?」
何時までだと?
「おい、さっきから何のことを話している?俺にはさっぱり……「その右眼……」」
俺の質問を遮る様にアベルは声を重ねた。その声は驚く程冷たかった。全ての感情が抜けた様な氷の様な声音で俺の耳を貫いた。
「自分の務めを果たせ」
淡々と告げるだけの言葉。
その時、一陣の旋風が吹き抜けて俺たちを打つ。アベルのフードがはためき、その奥から碧眼の眼が覗く。
この眼……。何処かで見たことが……。
フードの奥に見えた眼に懐かしさを感じたような気がした。しかしそれは突如として襲ってきた激しい激痛によって吹き飛んだ。
「がぁぁああぁァァ…………!!」
目の前が明暗する。
痛い……!割れるように頭が痛む!
「グゥウウっ!」
遥か遠くで眼に映るはずがない風景が見えては消えた。
ー月明かりに照らされる森…………。ー
益々痛みが酷くなっていく。
ーその中に割くように流れる川……。ー
光景が拡がり、鮮明になるほど痛みは酷くなっていく。
ーその川辺に突っ伏したように動かない人影が見える……。ー
立っているのも辛くなり、地面へと倒れこむ。
ーその人影は小さく、見逃してしまいそうなくらい矮小だ。ー
ダメだ……。もう堪えられそうにない……。
ーその人影がチカラを振り絞って顔を上げる。ー
痛みは限界に達し、そこで意識を失った。