2-4
「ふぅ……」
最後の巨大蜂種を斬り捨てて、俺は息を吐く。当たりには、20数匹の引き裂かれた死体が転がっている。
巣を覆う煙や、高速で翅を動かしていた音も消え去り、時折風が葉を擦る音だけが聞こえてくる。
「うおっ!すっげぇ!この数全部お前が倒したのかよ!俺は5、6体しか倒してないぜ?」
いつの間にか此方へ向かってきたカイルが、心底驚いたように当たりを見渡して言う。
「まぁ、俺はレベルもお前より高いからな。こんなものだろうよ」
俺は何でもないように言い、カイルの方に振り向いた。
「ちょっ!エル、その眼……!」
「?」
アシュリーが俺の右眼を指差して、驚いたように声をあげる。カイルも同じ様に驚いているみたいだ。
「おい、大丈夫かよ?右眼が真っ赤だぜ?充血とは違うみたいだけど」
どうやらカイルが言うには、黒目のところだけが真紅に染まっているみたいだ。その言葉を聞いて急いでステータスを確認した。
鑑定
【エルロイド・ウェルズ/人族】
【LEVEL】13【状態】ーー(影の残滓)
【HP】166/125
【MP】0/0
【攻撃】69(+15)〔鉄の剣〕
【防御】35(+20) 〔皮の鎧、皮の兜、青銅の盾〕
【俊敏】24
【運】 18
【特技】
(剣術LV.4)
【特殊技能】
(強奪 鑑定)
流石にアレだけの巨大蜂種を斃したらレベルが上がるな。
リリスが言っていた影の封印時以外の一時的なステータス上昇はこれで確認出来たな。上昇するのはその種族特有のステータス及び付随する能力か。そして、時間経過によりその能力は消失する。後は……。
「影の残滓……」
「え?影の……なに?」
思わず口から溢れた言葉をアシュリーが拾う。
いっその事説明するか?いや、しかし世界の終焉なんて説明した所で信じられるとは到底思えない。やはり止めておくか。
「いや、何でもない。今は何も感じないし問題はない。理由は分からないが大したことじゃないだろう」
「でも……」
「心配してくれるのは有り難いが、今は理由も分からないし、どうする事も出来ないだろう?
とりあえずこの件は、都市に帰ってから考えるとして、今はこの死体と巣を処理しないか?」
都市に帰ったらと無理矢理約束をすると、アシュリーは何処か納得出来ない表情をしながらも引き下がった。
ふぅ。とりあえずは問題の先送りが出来た。帰るまでにどう説明するか考えないとな。
「よし、カイルとアシュリーは巨大蜂種から魔石を取り出してくれ。恐らく胴体の中程にあるだろう。俺は巣を切り取り、蜜と蜜蝋に分離して確保する」
「了解!」
「分かったわ」
カイルとアシュリーから離れ、巣の方へと向かう。
さて、サッサと終わらせてしまうか。先ず巣を適当に切りわけ、蓋がしてある範囲と、そうで無いものに分ける。こういう蜂の巣は上部に蜜が溜まっており、下部は幼虫の飼育部屋となっている。
普通の蜂ならば、幼虫も滋養食材として重宝されるが、巨大蜂種の幼虫はデカすぎて筋張っており、食用に向かない。
そのため、下部で飼育されていた幼虫の死体は、ただのゴミとして処分する。蜜が入っている部屋は蓋がしてあるものは、その蓋を壊し、自重で蜜が落ちてくるモノを容器へと垂れる様にセットした。こうして取れた蜜は垂れ蜜といい、蜜の中でも高値で取引される。
蓋が付いていないものは蜜が未完成のため、糖度が落ちて味も落ちるが、甘味として重宝される為しっかりと回収する。一塊毎に握って蜜を絞り、垂れ蜜とは分けて瓶に入れて混ざらないように区分けする。
握りつぶした巣は、空の袋に入れて持ち帰る。この巣からは蜜蝋が取れるため、巣を重さで買い取って貰えるからな。
たっぷり2時間程垂れ蜜を採取し、まだ巣に残っている蜜を巣を握りつぶし絞り切る。
巣の処理が終わった頃、丁度カイルの詠唱が聞こえてきた。
「我は今ここに願う。熱き力の源を……火魔法!」
積み重ねられた巨大蜂種とその幼虫に、火が燃え移り焦がしていく。
魔物の死体は放置して置くと魔素が溜まっていき、軅そのボロボロの身のままアンデットとして甦る。
アンデットモンスターはその種族本来の特性に加えて、闇属性の魔法や特技を使ってくる様になるため危険度は一気に跳ね上がる。その強さは油断できるもではない。
その昔、魔物の群れを退治したは良いものの、その死体を処理せず放置していたため、甦ったアンデットモンスター達に滅ぼされた集落があったそうだ。
そのため冒険者達は、自分達が討伐した魔物はしっかりと処理することが義務付けられている。
「あー!疲れたぜー!」
カイルが伸びをして愚痴を溢す。
「確かにあの数の巨大蜂種達から魔石を採るのは、少し骨だったわね」
実際、カイルとアシュリーが魔石を採取した巨大蜂種の数は、50を越える。
あの数の魔石を採取するのは、確かに骨だっただろう。
「お疲れ様。少しここで休憩しよう。ほら、これを飲んでゆっくり休もう」
俺は容易していたミルクを容器に入れて2人に渡す。
2人は礼を良い、容器を受け取って口を付ける。
「甘い。暖まるわね。これは蜜を入れたの?」
2人に渡したのはミルクを温めて今採取した蜂蜜を入れただけの、シンプルな飲み物だ。
「その通り。今採れたモノを入れた。それもこっちの垂れ蜜の方だ。この数の巨大蜂種の討伐、採取をしたんだ。少しくらい贅沢してもいいだろう?」
「本当だぜ。今回は大物だったしな!これで何も無しとか鬼だぜ。鬼!」
疲れを大袈裟にアピールするカイルを見て、俺とアシュリーは吹き出した。
「おいおい、笑いすぎじゃねぇか?」
その様子にカイルは拗ねた様に応え、それを見て俺たちはさらに吹き出した。
「さて、十分に休息したしそろそろ出発するか」
俺はそう告げて立ち上がると、カイルとアシュリーもそれに倣う。
「都市に戻った後、ギルドに行って任務達成の報告をする。今回の報酬と買い取りの査定金を受け取って、今日は解散としよう。これからの方針は、明日話し合おう」
俺たちは来た道を同じように辿り、都市へと帰っていった。
都市に着くと門番の担当騎士団に、身分証を提示して門を潜り、ギルドへと向かう。
「ん?なんか騒がしくねぇか?」
カイルが不審そうに言葉を漏らす。
確かにギルドへと近づくにつれて、端々に通り過ぎる冒険者達が騒めく姿が目につく。
開き戸を空け、ギルドカウンターへと向かう。ギルドの中も冒険者達が頻りに何かを話している声が聞こえてくる。内容的に誰かがこの都市にやってきたようだ。
「お疲れ様でした」
笑顔で迎えてくれるギルド職員は冒険者ギルドへと登録した際に担当してくれた女性職員だった。任務達成の報告をするついでにちょっと話しを聞いてみるか。
「有り難う。あー……」
「エミリアです。この冒険者様達の様子のことでしょうか?」
人好きのする笑顔でそうエミリアは応えた。聞きたいことが直ぐに判るのは流石ギルド職員か。まぁこの様子なら直ぐに検討がつくか。
「あぁ、そうだ。エミリア、このみんなの様子は?話を聞く限り、他都市の誰かがやってきたみたいだが」
騒ぎの原因を聞きながら、魔石を入れた袋と蜜の瓶、巣の袋を其々並べる。
「ええ、そうなんです!大賢者と呼ばれる冒険者を知っていますか?
はい。それでは失礼します。エルさん、凄いですね!初クエストでこんなにも魔石を持ってこられた冒険者は初めてです!」
エミリアは返事を返しつつも、魔石の袋の重さに驚いている。
「まじかよ!」
「大賢者がこの都市に来ているの!?」
話を聞いていたカイルとアシュリーが騒ぎ立てる。無理もない、冒険者大賢者といえば数少ないAAAの冒険者で、今最もSランクに近いと言われている冒険者だ。
「あぁ、偶々見つけた巣が予想より大きかったんだ。
これ以上放置していたら、被害が出ていたかも知れないから、見つけられてよかった」
「本当に大きそうですね。この量の魔石と素材を換金するためには少し時間が掛かってしまうのですが、宜しいでしょうか?」
まぁ確かにこの量だと、質を鑑定する為に時間が掛かってしまうのは仕方ないか。
「あぁ、分かっ……」
俺が了承の言葉を告げようとした時、ギルドの扉が開いた。騒がしかったギルド内は打って変わったように鎮まり返り、皆扉を開けて入ってくる人影に注目している。
その人影は真っ黒だった。全身を黒いコートで覆い、深く被ったフードに顔は隠されている。すらりと伸びている銀髪の髪だけがその人影の特徴を現していた。
「大賢者アベル……」
誰かが呟いた声がやけに響いた。
エルが持っていた採蜜や蜜蝋の知識はクエスト出発前に身につけたものです。
一流の冒険者は自分が受けるクエストにて、少しでも報酬を多く得る為に日々知識をつけようと努力します。
何も考えずにただクエストを受けるのは二流、いえ三流の冒険者でしょう。
因みに、現在はSランク冒険者は居ません。
実質AAAと呼ばれる冒険者が現在のトップです。
それも数えるほどしかいません。
だからこそ、AAAでもあり、最もSランクに近いと言われている大賢者は有名であると同時に、憧れや畏怖の対象として存在しています。