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ーー果てしない草原が其処には広がっていたーー
青々とした草々は風に揺れ、小々波は心地よいリズムを刻み出している。
草原を割るように大きな川が流れている。それは正に命の水源と呼べるような大きさを誇っていた。川はそこから四つに別れてこの楽園の総てを包み込み、それは正に美しい自然を潤しているかのように感じる。
その楽園には二本の立派な木が立っていた。
どちらも壮大で、其のどちらも素晴らしく厳かで、其のどちらもが幾つかの実を付けていた。
一つは赤く、まるで見る者を引きつける様な妖しさを持っていた。
一つは清く、何処までも澄んだような輝きを放っていた。
楽園には光が舞っていた。途方もなく大きく強く光り輝く一つの輝き。其れを廻りを更に沢山の光が近づきは離れ、離れては近づき。
まるで光のダンスを踊っているかのように幻想的な風景が其処には広がっていた。
ある時、途方もなく大きく強い光は二つの形ある者を創り出した。光は其れをヒトと呼び、この地に住まわせた。
一つは『アダム』
一つは『エダ』
二つは寄り添い、幾年も互いが片方の側を離れることは無かった。そして二つはとても、美しかった。
そのどんな光よりも、大きく強く光り輝く一つの光に一番近く、美しかった。
しかし二つは何も無かった。
其処に存在し、其処に居るだけだった。
ーーー二つは何時までも、ただ其処に居るためだけの存在だったーーー
ーーーーーーーーーーー
『力をあげましょう』
ーー誰だ……?ーー
『私の名はリリス。一の対なる存在』
ーー……対なる?ーー
『力を欲しているのでしょう?』
ーー欲しい。彼奴の総てを奪う力がーー
『さぁ、目覚めない。貴方にはもうその力があるはずです』
『さぁ! 目覚めなさい!!』
徐々に視界が戻り辺りが鮮明になる。牛頭種が纏っていた影が恐れを抱いたかのように揺らめく。
力を感じる。そして、どこか懐かしい感覚がする。
まぁいい。今はしなくてはいけないことがある。俺はそう思い直し、思考を打ち切った。
『〝奪われろ〟』
俺は掌を牛頭種に向ける。牛頭種から一匹の影で形取られた蛇が這い出て俺に巻きついていく。
蛇は背中に喰らい付き、俺の身体を這い回っていく。蛇が這った路は刺すような冷たさを感じるが、不思議と不快感はない。
その冷たさが嫌に心地よい。
『グオオォォォオオオォォオ!!!!』
ミノタウルスが痛みに身体を捩らせて哭く。
軈て影蛇は俺の右眼に喰らい付き、其のまま吸い込まれるように消えていった。
ーーいい気分だーー
途轍もない高揚感が俺を包む。
「……ハハッ」
「アハハハハハハッ!!!!」
俺は嗤いながら拳を固めて牛頭種に向むかって脚を踏み抜いた。地面が割れて宙に浮く。一瞬で肉薄し、その拳を振り抜いた。
『グゔぉッ!!』
牛頭種は吹き飛んでいき、壁に叩きつけられ、背中が壁にめり込む。
「感じる。魔力を感じるぞ……」
さっき迄は感じることすら出来なかった魔力を身体の中に感じることが出来る。
「あぁ……。心地いい……。なんていい気分なんだ」
『グオォオォオオオ!!!』
咆哮が聞こえる。
なんだ、彼奴まだ居たのか。暗い気持ちが込み上げてくる。
丁度いい。もっと魔力を寄越せ……。
俺はゆっくりと牛頭種に向かって歩いていく。
『グオォオォオオオ!!!』
牛頭種は咆哮をあげて突進してくるが、俺は片手で角を掴んで地面に叩きつける。
『グモッッ!!』
呻き声を余所に俺は牛頭種を睨めつける。
感じる。此奴から魔力を感じる。
『寄越せ……』
掌から魔力が吸い上げていく。
『ォォオォォ!』
抵抗していた牛頭種の力がだんだん抜けていき、呻き声を上げるだけとなった。
ダラリと腕を垂らし、這いつくばっている其の姿は現れた時の凶悪な存在感が嘘みたいに感じる。
「こんなモノか」
握っていた角が音を立てて割れる。
『グォオオ!!』
俺の手から逃れた牛頭種は力を振り絞り、立ち上がった。天を仰いで哭き、俺に一撃を加えようと腕を振り下ろしてくる。余りにもお粗末な唯の振り下ろしだった。
俺は其の腕を潜り抜けて硬く握り締めた拳を振り抜く。その拳は胸を深く貫いた。
牛頭種は呻き声もあげずに大きな音を立てて崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
そして同時に陶酔感も消え去った。
「っ!カイル!アシュリー!」
俺はカイルとアシュリーの元へ急ぎ、状態を確認した。
2人とも身体を強く打ち付けられ、あちこちに擦過傷や創傷があったが、命に別状は無さそうだ。俺は2人を楽な体勢で寝かせると、牛頭種の死体へと向かった。
怒張した筋肉は痩せ細り、一回りほど小さくなっている。
魔石は……。駄目だな、胸を貫くんじゃなかった。粉々に割れてしまって使い物になりそうにないな。それにしてもどういう事だ。何故この牛頭種から彼奴の気配を感じた?
いや、少し違うな。何故コイツはあの気配を持つ影を纏っていたんだ?
それに……。
『その疑問については私が応えましょう』
「っ!」
突如背後から声をかけられ後ろを振り向くと、其処には美しい女がいた。白金の緩やかなウェーブのついた髪を靡かせて、この場所には似つかわしくない飾り気のない黒いドレスを身に纏っている。
「私の名は〝リリス〟。一の対なる存在。第一都市ルシフの主で、この塔の主でもあります」
リリスは微笑みながら俺にそう言った。
ーーーーーーーーーー
「始まってしまいました」
美しい銀髪の男が呟く。その呟きはまるで旋律のようにその声を聴くものを魅了する音であった。
「フンっ、いよいよか。精々足掻くといい」
白銀の髪の男がその声に応える。
黒いローブを深く被っている為、その表情は伺い知ることは出来ないが、その声は不愉快そうな感情を隠そうともしない。
「まぁ良い、俺は俺の成すべきことを果たすだけだ。俺自身を取り戻す為に……」
「分かっています。その為に私が居るのですから」
男はその声に応えず、踵を返して立ち去っていく。
これにて1章終了です。
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