1-12
いよいよBoss戦です。
俺の振るう剣の刃が牛頭種の皮一枚を切り裂く。
「っーー!」
どれだけ硬いんだ!全然斬れた気がしない!
「くそっ!」
俺は悪態をついて剣を振るったまま、牛頭種の横に滑り込む。
「はぁあっ!!」
そのまま左右に切り返し、二度ほど斬りつける。しかしその刃は牛頭種の身体に生えている黒い体毛に阻まれて殆ど入らなかった。
『グオオォォォオオ!!』
筋骨隆々の俺の胴体ほどはありそうな太い腕で薙ぎはらってくる姿が見える。
地面スレスレを這い蹲るように伏せたその頭の数cm上を牛頭種の腕が通り過ぎる。
危なっ!これを何度も避けるのは、命が幾らあってもたりなさそうだな。そう冷や汗を流しながら考えているとアシュリーの詠唱が聞こえてくる。
「我は今ここに願う。大いなる風よ、今その力を示せ……追い風!!」
風を裂いてアシュリーの射った矢が牛頭種の眼に突き刺さる。
流石はBランクモンスターだ。貫通はしてくれないみたいだな。
『グオオォォォオオオォォオ!!!!』
痛みに顔を抑えて吼える。
体毛に覆われていない部分は少し柔らかそうだな。牛頭種は荒々しく矢を引き抜いた。
俺はその隙に牛頭種の後ろに廻り込み、体毛の薄い部位である、背部を斬りつける。先程よりも深く刃が入り、その身を斬りつける。
よし、やはり毛が薄い部位はまだ刃の入りが良いな。
牛頭種は痛みに呻き、拳を固めて殴り掛かってくる。大振りの拳を地面に転がり込んで避け、直ぐに立ち上がる。拳はそのまま叩きつけられ、大きな音を立てて地面が割れる。
「っ!どんな力してるんだよ!」
俺は思わず言葉にした。地面は文字通り割れて凹みを作り、小さなクレーターを作っていた。こんなものまともに食らったら一瞬で戦闘不能に陥るな。下手すればあの世行きだ。
牛頭種が俺に狙いを定めにきたのか、息も荒くこっちを睨みつけてくる。狙い通り。後ろがガラ空きだ。
「我は今ここに願う。大いなる火よ、収束し敵を撃て……火球!!」
カイルが撃ち出した火の球が牛頭種の背部を焦がし、ダメージを与える。
『グオオォォオオオ!!』
蛋白質を焦がしたような刺激臭が辺りを漂う。それ程ダメージを受けた様子はないが、狙いはそこじゃない。
火に怯んだ牛頭種の胸を突き、意識を俺へと向かわせる。その瞬間、カイルが飛び出し隙だらけの背中を斬りつけて直ぐに後ろに下がる。
『グオォォォオオ!!!』
効いているな。やはり焦げて殆ど体毛が無くなった部位は刃が通りやすくなったみたいだ。
「ヒットアンドアウェイだ!撹乱して、標的にされないように注意しろ!体毛が薄くなっている場所はダメージを与えやすい!そこを徹底して狙え!」
俺はそう叫びながら牛頭種を斬りつけては下がり、奴の攻撃範囲に入らないように繰り返し攻撃する。
『グオォォォォォオ!!!』
牛頭種は怒り狂ったように啼き叫ぶ。
『グオォォォォォオォォオ!!!』
拳を地面に何度も叩きつけ、その度に小さなクレーターを作り出す。
「ねぇ……何か様子がオカシくない?」
アシュリーがそういった瞬間。
『グオオオオォォォオオオオオオォォォオオオオオオォォォオオオ!!!!!!!!!』
一際大きな咆哮が俺達に襲いかかる。俺は背に冷たいものを感じた。カイルとアシュリーも顔を蒼くして震えている。
この感じは。覚えがある。
牛頭種は叫び終えると両手をダラリと下げたまま俺の方へと視線を向ける。
……嫌な予感であってくれ!
そう願う俺の期待を裏切るかの様に牛頭種の身体から太い蛇の様な漆黒の影が伸びていく。凡そ9本の影は、畝りながら牛頭種に絡みついていった。
「なんだよ……あんなもん見たことないぜ」
絞り出したかのようにカイルが呟く。その声は掠れて、やっと聞こえるほどの小さな声だった。
「わからない……分からないけど、何か嫌な感じがするわ」
誰となしに呟いたカイルの言葉にアシュリーは答える。
しかし、俺にはそんな言葉などどうでも良くなっていた。
ーー彼奴だ。
忘れもしない。あの夜の。
ーー彼奴の気配を感じる。ーー
あの影からは確かにあの夜にみた影と同じ気配を感じた。
「うおぉぉおおお!!!」
何もかもがどうでも良くなっていた。
彼奴が憎い!
殺したい!
殺す!
殺ス!
コロス!!!!
俺は駆け出して手に持った剣を牛頭種の頸に向かって渾身の力で振り下ろす。9つの影の蛇が牛頭種を覆い尽くした。
「っつ!!!」
強い衝撃が俺を襲う。
「エルっ!」
「大丈夫か!」
カイルとアシュリーの叫び声が聞こえる。
視界が回る。地面と天井が回転しながら通り過ぎていく。
背中に強い衝撃を受ける。
「エル!大丈夫っ!?」
アシュリーに抱き起こされて自分の状況を確認することが出来た。何かの衝撃で弾き飛ばされた俺は地面を転がり壁に強か背中を打ち付けたようだ。
「ーーっ痛!」
立ち上がろうと足を動かすと、強い痛みが走る。ズボンを捲り上げてみると、足首が2倍くらい腫れ上がって熱を持っている。
くそっ。どうやら、骨折したみたいだな。
我を忘れて無防備に向かっていった代償か。皮肉げに俺は自分を嘲る。
「酷い……。」
アシュリーは腫れ上がった足を診て、そう呟く。
「カイル!何とかして時間を稼いで頂戴!私はエルを治すわ!」
「おう!まかせろ!」
アシュリーはそうカイルにいい、目を閉じて集中する。
「すまない……」
俺がそう呟くと「気にしないで、お礼はここを脱出したらタップリとしてね?」とアシュリーが笑って答えた。
『グオォォォォォオ!!!』
牛頭種が大きな声で吼える。
薄っすらと全身に黒い影を纏ったその存在感は圧倒的な威圧を与えてくる。隻眼となったその右眼はその怒りを表すかのように深紅に染まっていた。
「くそっ!」
カイルは隙を伺いつつ、何度もナイフを斬りつけているがその影は黒い体毛よりも堅牢にその刃を阻み、傷一つ付けることが出来ていない。
「我は今ここに願う。この身に癒しの力を……治癒!」
柔らかな光が腫れた足に降り注ぎ、ゆっくりと癒していく。どんどん痛みが引いてくる。
「ありがとう。もう大丈夫だ。もう暫くしたら動けるようになるだろう」
アシュリーに礼を述べ、カイルの様子を伺う。
カイルは牛頭種の周囲を廻り、視界から斬りつけては離れているが、黒い影を纏ったその皮膚にダメージを与えられていない。
牛頭種は荒い息を吐きながらも、ゆっくりとカイルの姿を目で追っている。
そして幾度目か、カイルが隙をみて斬りつけた瞬間。突如として牛頭種が動きだし、その掌で叩きつける。
その速度は今までよりずっと疾い。
「だめ!危ないっ!」
「くっ!」
カイルは咄嗟に後ろに跳ぶが間に合わずにそのナイフで向かってくる掌を防御した。
カイルは物凄い勢いで空を飛んでいき、勢いよく壁に叩きつけられた。
「く……そ、早ま……よ。エ……」
吹き飛ばされたカイルは、俺を見て、何かを呟いた。そしてグッタリとしたまま地面に倒れ込んだ。
「カイル!」
アシュリーは叫び、飛び出していく。
「駄目だ!戻れ!」
「ーーっ!」
飛び出したアシュリーに牛頭種が返す掌を振るう。
「アシュリー!」
アシュリーは地面を撥ねて転がり、そのまま動かなくなった。
一瞬目の前が真っ暗になった。
ーーアシュリーの地面に伏せた姿が、あの晩のアシュレイと重なるーー
次に何も聞こえなくなった。
ーー俺はまたこの影に奪われるのかーー
心臓が痛いほどリズムを刻む。
ーー何もできないままーー
強い無力感に襲われる。
ーー違うだろ。次は俺が奪う側だーー
“力ガ欲シイカ……?”
ーー欲しいーー
“何故力ヲ欲シガル……?”
ーー決まっている。彼奴から全てを奪う駄目だーー
“力ヲ得ルタメニオ前ハ何ヲ差シ出ス……?”
ーー俺の…総てを差し出そう!ーー
ーー彼奴の総てを《奪う》力をくれるのなら!ーーー
『いいでしょう。差し上げましょう』
突如として俺の頭の中に声が響いた。
ーーそして視界が白く塗りつぶされたーー