プロローグ
ーーーーーーーーーーーー
この世界はまるで総てを呑み込んだかの様な白が一面に広がってた。
否、この光景は見る者によっては黒くも映るであろう。まさに混沌とした世界だった。
否、この世界を侵しているのは所謂白でも黒でもなかった。すべてを虚空へと塗りつぶす虚無だった。
一筋の光明さえも届かないはずのこの世界で、何処からか差し込む光の透過率によって創り出された世界。それは決して美しい色合いはなく深く。そして冷たい氷で覆われたどこまでも無機質で、蒼白い世界がそこにあった。
どこはかとなく朧げで、今にも消えてしまいそうなこの世界に〝○○〟は存在した。この世界を毀損するような圧倒的な存在感が、此の蒼白い世界にある唯一の存在として。
〝○○〟は……否。人を象る〝彼〟はとても美しかった。歴代の著名な芸術家が創造した丹精な彫刻のように、彫りの深い整った顔立ち。象牙とも大理石とも云えない、この世界に倣うかのような、氷のように白く透きとおった肌。そして〝彼〟は、その白に対を成すような漆黒に塗りつぶされた黒を携えていた。流れる様なその漆黒の髪は〝彼〟を覆うように長い。その漆黒は不可思議にも、風すらも届かないはずのこの世界で緩やかに靡かれていた。閉じられた瞼の下には、美しいであろう瞳が隠されているのではないか……そう思わせるほどの美がそこに存在していた。
"白"と"黒"。本来ならば対極に存在するモノが、調和し相互的に作用しあうことでその美しさはより際立った。正しくそれは人々を拐かす、甘美な麻薬といえるだろう……
この薄氷の世界に存在する一糸纏わぬその姿は、まさに脆く儚い氷の彫刻。そんな幻想的なイメージを、見るものに与えるであろうことは想像に難くない。
だが、それ以上に異様な光景が、その儚げな幻想を砕いた。鎖……無数の鎖。鈍色に煌めく数多の鎖が、上下左右、あらゆる方向から無限に〝彼〟の四肢・頸・体幹に幾重にも絡まっていた。それはまさに鎖の牢獄のように。その存在を縛り付けているかのように。
『……』
どれだけの時が流れただろうか。悠久とも思える時の中で、微かな音がこの静謐な世界を壊した。
『……』
美しい旋律を思わせるその音で。
『……』
最後に〝彼〟は呟いた。
『見つけた……我が光よ……』
紡がれた旋律と共にこの無機質な白い世界に光が溢れ、白い筈のこの世界を"白"が、総てを塗りつぶす。
軈て何事もなかったかのように光は唐突に消え失せた。後には囚える〝もの〟を失くした無数の鎖と、氷に覆われた世界だけが、無機質なまま変わることなく存在していた。
この作品を読んでいただき、ありがとうございます。
第4話までは1話毎の文字数が少なくなっております。
以降の話では、大体1話3000字ほど(1話5分程)を目安としておりますので、是非お楽しみ下さいませ。