九話 執事とお嬢様
日帰り迷宮探索から帰った俺達は、ギルド併設の酒場で食事を取る事とした。
今回の探索結果は大銅貨2枚と言う少ない額だが、酒場での食費に充てる。
酒場はそこそこの客入りだが、俺の知り合いは居なかった。
「やはり、運荷職は必要だな」
先に注文したエールを一息で半分程飲み干して言う。
アリーシャも必要性を感じて居るのか、特に何も言わずに頷く。
問題は俺はともかく、彼女と意志疎通を図れる事が前提となるが。
運荷職とはその名の通り、荷物を運ぶ冒険者のサポーターとも言われる職業の者達である。
専門職で無くとも、パーティーの新人や、盾役あるいは鍵開け等を専門とする盗賊が行う事も多い。
この町には表向き居ないが、運荷職を下に見る様な冒険者も居る。
戦わず、分け前を掠める連中だと言う言い分だが、戦わずとも命の危険は変わらない。
戦いの代わりに荷物を運ぶ事に命を賭ける者達。
食料や魔素変換の素材、人それぞれではあるが料理等の技術を持ち、迷宮内でのキャンプを取り仕切る。
それは迷宮内でのもう一つの戦いである。
「お待たせ致しました」
等と考えていたら、注文していた食事がテーブルに来る。
運んで来たのは、見覚えの無い老紳士。
「……新人?」
アリーシャも見覚えが無いらしく、老紳士に尋ねる。
俺もアリーシャも、それなりにギルドの酒場は利用する。
ギルドの酒場は冒険者への食事と酒の提供をするだけあって、それなりに腕の立つ者で、信頼がある者でなければ雇われない。
つまり二、三日通えば全ての店員に会う事が出来るのだが。
「新人と言う訳ではありませんが、こちらで御世話になる事となりましたミシェルと申します」
ミシェルと名乗る見事な一礼をする、燕尾服の老紳士には全く見覚えが無かった。
「ミシェル……冒険者?」
「えぇ、一応ながら冒険者をさせて頂いています……あくまで、執事と言う一般職ではありますが」
勤務時間も終わりとの事で食事を一緒に取る事になったが、どうやらこの老紳士は迷宮探索の仲間探しを兼ねて、酒場での日雇いをしていたらしい。
一般職とは冒険者以外の職、例えば料理人や鍛冶師、服職人等非戦闘職の職人系、商人や給侍、あるいはこの老紳士の就く執事と言った職業の事である。
勿論一般職だからと言って、戦えない事は無い。
場合によっては、下手な戦闘職より強い一般職の連中だって居る。
「へぇ、執事って言えば貴族付きの事が多いんだが……珍しい」
「お恥ずかしながら、仕えていた家が没落致しまして、復興の為私が資金稼ぎに出ている有り様」
「よっぽど出来た主人なんだな、そこまで親身になれるって事は」
「いいえ、逆で御座います、何も出来ない主人なので見捨てれ無いのですよ、ただ商才だけはあるので資金さえあれば復興も夢では無いのですが」
どうやらダメンズな主人らしい。
「えぇ、まさか婚約者だった王子に想い人が出来たからと言って、下らない策を弄して国家転覆を狙い、国外追放を受けるとは」
ダメンズならぬ、悪役令嬢あるいは悪徳貴族だったらしい。
「た、大変だな……その主人は何処に?」
「基本的に動かぬ様言い付けて、運命の歯車亭と言う宿に……ヒビキ様如何なさいました?」
まさかの同じ宿である、確かに料金の割にサービスが良い為、ベテランが揃って居るので安全ではあるが。
しかし主人に言い付けるとは、以外と偉そうな事をする執事である。
「ヒビキと同じ宿」
「左様で御座いましたか……宜しければヒビキ様、私と主人を仲間に加えては頂けませんでしょうか?」
「……何が出来るかってのと、その主人に会ってからだな」
アリーシャにも視線をやったが、頷くだけで何も言わなかった。
「ワタクシが当代フォン・マルセ当主、ニケリア・フォン・マルセですわ……と言う形で宜しかったかしら」
立派な金髪縦ロールのお嬢様が、運命の歯車亭の一階にある酒場で高らかに名乗りを上げて、周りの冒険者達に囃し立てられていた。
「ミシェルさん、もしかしなくても彼女ですかね?」
「えぇ、アレが私の主人ニケリア様で御座います」
時折毒を吐く燕尾服の老紳士、仮にも主人をアレ呼ばわりである。
「あら、ミシェル帰ったのね……そちらの方々は?」
「役立たずなニケリア様と私を仲間に加えて頂けるかも知れない方です」
役立たずを自分込みで言った様に見せて、主人にだけ付けたぞこの執事。
「面接から」
スッとアリーシャが言う、一語二語しか喋らない割にまともな事を言う少女である。
ただ、それで商売出来ているのかは知らないが。
「勿論ですわ、ワタクシは……」
「突っ立って面接するのもあれだ、席着いてからな」
お嬢様の言葉を遮り、空いている席を指差す。
周りの冒険者達も興味津々で俺達を見るが、仲間入りの挨拶と言うのは大切だと判っているので口出ししてこなかった。
「まぁ、自己紹介から行くか……俺はヒビキ、見ての通り前衛をやってる」
剣を見せて名乗る。
「アリーシャ、錬金術師」
アリーシャは何時も通りに、非常に短い自己紹介である。
「あー……アリーシャは火力もある副回復職だと思ってくれ」
一応ながら、追加で紹介しておく。
「ワタクシはニケリア・フォン・マルセ、皇国男爵家の当主ですわ」
「現状では元と付きますが」
ニケリアの自己紹介に間髪入れず、ミシェルが言う。
「おほん、ワタクシこれでも貴族と魔術師の職を持って、属性は光と水の二属性ですわ」
一般職である貴族はともかく、戦闘職である魔術師の二つの職持ちであり、二属性持ちと言うのはそれなりに優秀である。
属性とは、光闇火水風地命の七つの属性の内、それぞれが持つ物である。
八大神がそれぞれ司る属性からとられており、基本的には信仰する神により変動すると言われている。
ちなみに二属性持ちは三十人に一人程度の確率で存在するらしい。
「しかし、お嬢様の基本属性は無になりますので、余り相乗効果は無いのですが」
扱う属性魔術と術者の属性が合った時には効果があがったり、消費魔力が下がったりするのだが。
「改めまして私はミシェル・アイオリオ、一般職の執事ではありますが、ヒビキ様達がお探しの運荷職の真似ならば出来ます」
「まぁ、基本的には大量の荷物持つ事がメインだしな、他には何が?」
「料理に野営地点の設置、戦闘も嗜む程度には可能ですな」
万能型執事であった。
料理まで出来るならば、俺の料理技術の変更も視野に入れて、戦力の増加が可能だろうか。
アリーシャに目配せすれば、頷き返される。
「まぁ、こちらとしてもそれだけ出来るなら歓迎だ、迷宮じゃ無くてまずは外で連携を確認しよう」
順当に仲間が増えると言うのは良い事だ。
だが代わりに、回復職が必要となって来たな、流石にアリーシャの回復薬だけでは最深部を目指すには辛いだろう、ニケリアにミシェルは金目当てな訳だしな。




