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五話 日常

 町に戻った翌日、初めのダンジョンアタックに出る前、準備している間も常宿にしていたドワーフとエルフの友人二人組が経営する宿、運命の歯車亭の二階、一番安い一人部屋で目を覚ました。

 今日の予定は少なからず消費した消耗品の補充に、ギルド以外での仲間の捜索。

 普段着に着替え、腰に長剣を提げ、ギルド章の付いた腕輪を右腕に着ける。

 ギルドカード以外での身分証の一つだ。

 町の中ならば、そんなに必要無いのだが、厄介事に巻き込まれて身分証が無いのも困る。

 ギルドカードの場合は普通であれば、隠すべき能力値や技術が常に表示されているので、町中の冒険者にはこの様なカード以外の身分証が好まれている。


「おはようヒビキくん、朝食かい?」

 下に降りた所で宿の主の片割れ、エルフのディルさんに声をかけられる。

「あー……朝食はパスで、ソロで潜ったから余り稼げて無いんですよね」

 今回俺は素泊まりで取り敢えず一週間分先払いしている。

 つまり、宿で食事をする場合別料金がかかる。

 消耗品の補充も考えると、余裕は無いので何らかの町中でこなせる依頼も視野に入れなくては。

「そうか、僕らは君ならツケでも良いんだが?」

「後が怖いんでやめときますよ」

 表向きには非常にありがたい提案に苦笑して、宿を出る。

 運命の歯車亭のツケ、それは代償として恐ろしい事態を引き起こす。

 その惨劇に巻き込まれない為に俺が取ったのは戦略的撤退だった。



「よう、アリーシャ」

 逃げ出した俺がたどり着いたのは、馴染みの錬金術師の店――とは言っても露天だが――に来て、店主の少女に声をかける。

「……珍しい」

 口数の少ないキャスケットを常に被るジト目少女、錬金術の先天技術を持つ冒険者だ。

 彼女は回復薬以外にも爆薬、あるいは調合調味料等も取り扱っている。

「ようやく一回目のダンジョンアタックが終わったからな、消耗品補充だ」

 彼女の言った珍しいとは、『準備を整えていた間毎日の様に冷やかしていたのに二、三日空けて来るなんて珍しい』の略だと思われる、多分そこまでは外していない。

「買え」

 彼女が俺に、三本の試験管に入った薬品を差し出してくる。

 三本中銀貨二枚と値札が貼られている。

「いや、そんなに金無いから」

「ツケ」

 首を横に振った俺のポケットに無理やり試験管を入れてくる。

 宿とは違い、強制的にツケさせられたらしい。

 彼女は彼女で、ある程度問題はあるが、恐らくは生還した祝いと言う事だろう、蘇生代には最低でも金貨な訳だから。

「トイチ」

「そんな金ねぇよ……」

 苦笑しながら試験管をポケットから出す。

「冗談、ある時払い」

「了解、ついでに調味料を頼む」

 剣帯の薬品入れに差し込みながら、少女の取り出す調味料を選んだ。



 気付けば昼過ぎ、アリーシャと別れた後屋台で昼食を摂ろうと屋台通りまで足を伸ばす。

 馴染みになっているスライム娘のスラちゃんが営む屋台で粥を頼む、今日は魚の干物入り。


「じー……」


 口を付けようとした時に、そんな言葉と不穏な視線を感じて横目で見る。

 近くの建物の陰からこちらを覗いているのは、純白の衣に金糸の刺繍と言うファンタジーな服装ながら、腰まで届く様な黒髪で黒目の和風美幼女の姿、但しまな板。

「あー! 今不穏な事考えましたね! 私非常に傷付きました、謝罪としてそのお粥を所望します!」

「……珍しい所に居ると思ったら、曲がりなりにも信者から昼飯奪おうとするなよ」

 粥を要求するこの幼女は、普段中央広場で説法をしている女神の一柱、まな板だが。

「また不信心な事を考えましたね!」

 俺の心を読んだ上で、昼飯の粥を奪おうとしているこの幼女は数多に存在する神々の中でも、大神八柱あるいは八大神と呼ばれる内の一柱、生命と死を司る女神タマヨリ、おそらくだが漢字で魂依では無いかと密かに考えている。

「信徒を名乗るならば私にその粥を捧げ私を崇めるのです!」

 一応ながら、俺が信仰する神でもある。

 信仰による恩恵は再生力の向上、肉体回復系の魔術、攻撃系の魔術として、回復反転だの即死魔術だの物騒な魔術が揃っている。

 ただ、俺は先天技術からか、回復系の魔術を使えないので、信仰する義理は半減している。

 だが、ミノタウロスをしとめた必殺技はタマヨリの力を借りて使用しているので、全くの無意味では無い訳だ。

「しゃあない、スラちゃん粥もう一杯頼むわ」

 苦笑しながらスラちゃんに頼む、折れるのは判っていたのかすぐに粥の椀が出される。

「よきにはからえ!」

「それじゃ王様かなんかじゃないか? 今日はどっちだ?」

 椅子が高くて座れないタマヨリを持ち上げた所で「ひざ!」と元気な声を出す幼女神様を俺の膝に乗せる。

 信仰しているだけあって、タマヨリの事は嫌いでは無い。

 木で出来た匙を一生懸命動かして、はぐはぐと粥を食べている姿に癒される、俺はロリコンでは無い、良いね?

 偉ぶっているが、実際には生命の神として生きとし生ける者達を慈しみ、なおかつ生命の終わりである死も司る彼女は、全ての生き物と仲良くしたいと考えこの姿で顕現している……と言われる。

 話を聞いた時に、目がバタフライをするくらいに泳いで居たので、八割以上の確率で嘘だが。

 仲良くする中でも、何故か俺は気に入られており、町に居る時にはこうやって引っ付いてくる。

 名前も呼び捨てで良いと言われる程だ。

「タマヨリ様!」

 後方から聞こえてきた透き通る声。

「む! いかん、私は逃げ……離さんかヒビキ?」

「顕現している以上、仕事はしような? それにまだ粥が食べ掛けだろ」

 逃げ出そうとしたタマヨリの脇を掴んで、逃走を防ぐ。

 たまには休むのも良いだろうが、人の奢りの食事を残すのは許さない。

「ヒビキ殿、助かったで御座るよ、さぁタマヨリ様説法のお時間で……」

 駆け寄ってきたのはリンデと言うエルフ。

 御座る言葉なのに、タマヨリの聖印を刻んだフルアーマーと言う、聖騎士の称号を持つ者。

「リンデ、タマヨリはまだ食事中だ、判るな? 俺の奢りの食事だ」

 にっこりと笑って言う。

 理解してくれたのか、凄い勢いで頷いて待っててくれるらしい。

 タマヨリまで凄い勢いで頷いたのは不思議だが。



 食事を終え、タマヨリ達と別れた後はギルドに向かう。

 今日中の仕事は無いだろうが、仲間が見付かるまでの仕事を見に来た。

 ギルドは良くあるテンプレ的な作りになっていて、入って正面が受付、左手側が各ランクに別れた依頼掲示板、右手側がテーブルが置かれており、酒場となっている。

 もうすぐ夕方だからか、早めに仕事を終わらせてきた冒険者達が酒盛を始めていた。

 そんな中に、一人だけ静かに木製のカップを傾けている人物が居た。

 日本人の勇者の仲間であり、この世界の勇者の一人である。

 この世界には神々が実在し、それぞれのお気に入りを勇者としている、更に偉業を成し遂げた者を、血筋により認められた者も勇者と呼ばれる。

 冒険者ギルドでは勇者ランキング何て物も表示される位だ。

「ようモモ、もう戻ってたのか」

 顔見知りの勇者、ヨトの血筋により勇者と呼ばれる彼女、モモ=ヨトに話しかける。

「はい」

 微笑み返事を返してくる少女。

 血筋の呪いなのか、表情はアリーシャより良く動くが、はいかいいえしか喋らない。

 あるいは喋れないが正解だろう。

「あれ、ヒビキさん戻ってたんすか?」

 酒盛の中から逃げ出して来た少年が、俺を見て声を上げる。

「おう、今回は様子見だったからな」

 軽く手を上げて挨拶を返す。

 日本人であり命の神タマヨリの勇者、妙法院悠間みょうほういんゆうまである、皆ユーマと呼ぶ。

 口調こそ軽いが、元々良いとこの生まれなのだろう、この世界では15から可能だと言われている飲酒を逃げる元高校生だ。

「なら、明日辺り一緒に潜りませんか?」

「ギルドに仲間の斡旋頼んでるからなぁ、それの連絡待ちだな」

「そっか、それなら町中の仕事っすか?」

「おう、今明日何かありそうか見に来た所だ……ん?」

 と、掲示板の方を向いた所で袖を引っ張られる。

 モモである。

「どうしたんすか? ははぁん、さてはヒビキさんと一緒に仕事したいんすね?」

 ぶんぶんと首を縦に振って、満面の笑みを浮かべる。

「ん、じゃあ明日は休みにするっすか、自由行動っす」

「簡単に決めて良いのか?」

 あまりにも簡単に決めてしまったので、真意を問う。

「全然構わないっすよ、俺も行くっすから」

 一応勇者としてパーティーのリーダーだった筈なのだが。




 ギルドで明日の事を軽く話し合い、運命の歯車亭に戻って来れば、こちらでも冒険者達の宴会である。

 顔見知りの連中に挨拶して部屋に戻る。

「まぁ……向こうに居た時より、充実してるよなぁ」

 ベッドに横になってしみじみ呟く。

 明日は町中の仕事だ、早めに休むとしよう。

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