十二話 砕ける剣
迷宮4階層の部屋の一つ、石畳の世界を仄かな灯りが照らす。
相対する魔物の姿、表層に於いて最強に近いと言われる、ゴブリン達の王――ゴブリンより一回り巨大な肉体、引き締まった筋肉、強大な力を持つ、ゴブリンロード。
知能が低く数さえ居なければ敵では無いと、言われるゴブリン種の中で、ロードだけは別格であり、単独でも4階位、現状のゴブリン部隊を率いた状態で5階位……軍と呼ばれる程のゴブリンを率いていた場合6階位にもなるらしい。
鉄格子の扉を使い、俺と仲間を分断、扉の解錠をら狙えば、後ろから表層最強の名に違わない膂力を持って、ゴブリンロードは俺に切りかかって来るだろう。
仲間達がゴブリン相手に奮戦するのが聞こえる。
本当なら、ニケリアの訓練予定だったのだが、大分予定とずれてしまった。
手に握る剣の柄が滑る、相手は魔術を扱う相手では無く、純粋な力と技術で戦う戦士だ。
相手の得物は両手剣、小手を使って受け流すのはともかく、受け止めるのは辛い。
だが――
「やるしか無いって所かな」
気負い過ぎても結果は出ない、何時も通りに戦うしか無い。
「疾……ッ!」
先手は此方、一気に駆けて胴薙ぎの一閃。
ロードは両手剣を盾に防ぎ、そのまま力で押し返される。
「Ghhaaa!」
雄叫びと共に空いた距離を物ともせずに縦の一撃、後ろに跳び回避する。
地面が砕け、欠片がこちらにも飛び頬を傷付ける。
内心で舌打ちを一つ、右手だけで突きを放つが当たらない。
突きを避けたロードが内側に踏み込んでくる。
「そこは俺の――」
左拳を握る。
「――距離だッ!!」
右手を引き戻すと同時に相手を掴む。
――力業で上に投げ、引き戻した右手で落ちてきたロードの身体に、袈裟の一撃。
【格ゲー機動】、【格闘】と【上級剣術】の三つの技術による補正の入った一撃で、ロードが壁まで吹き飛ぶ。
だがまだ健在、流石にこの程度じゃ倒れる気配は無い。
いわゆる投げ技一発で相手をK.O.出来る程この世界は甘く無い。
起き上がりを狙って短剣を投げるが、弾かれ無傷。
睨み合う、お互いに油断は出来ない勝負。
だが、睨み合うだけでは後ろの仲間達が危ない。
なるべく速くケリを着けなくてはいけない。
――格闘ゲームに於いて、最も人間を越える動きとは何だろうか。
前ダッシュ、バックステップ?
それとも攻撃全般?
俺はこう考える――宙を蹴る二段ジャンプ、或いは空中ステップだと。
跳ぶのでは無く、ロード目掛けて前方に跳んだ頂点から、更に飛ぶ。
「一つ……ッ」
短剣を投げ牽制、更に前に飛び対地の前方落下突き。
突きはマトモに当たりバランスを崩すが、まだ浅い。
地面に降り立った所からショートアッパー、ロードの身体が浮く。
「Gaa」
追撃――袈裟、フック、突き。
壁に縫い留め、顔面目掛けた大降りのフック。
ロードの身体に蹴りを入れつつ、剣を抜いて距離を取る。
普通のこの階層の魔物ならば、此れだけ与えれば死ぬのだが、流石は単独4階位。
傷がジワジワと治り立ち上がる。
「ちっ、どれだけ強いんだよ」
後方から聞こえる爆発音が減ってきているのが気になるが、振り返る余裕は無い。
出来る事は変わり無い、駆けて上段からの唐竹割り。
肩口に刃が入り――
『Ghaaaaaa!』
ロードの咆哮、衝撃波が生まれ身体が壁まで吹き飛ばされる。
「くそっ……なん、だよ」
すぐに立ち上がりロードを見れば赤いオーラを纏う姿。
肩口には衝撃と汗のせいで放してしまった剣。
「ゲームとかなら、瀕死で能力アップとかありそうだけど……」
ロードが肩の剣を抜き投げ捨てるのを見て、宙を蹴る。
反応したロードの一撃は先よりも遥かに速く、左腕で防ぐが叩き落とされる。
続けて放たれた突きは避け、転がりながら剣を回収。
即座に振り返れば、今まさに振り下ろされんとする両手剣。
立ち上がるには遅い、転がるにも同様、ならばと剣を盾にと掲げる。
響く甲高い金属音――飛び散る刃の破片、続いて感じるのは熱、左の肩から腹部まで、直線で感じる痛み。
――切られた。
行動は思考よりも速く、バランスを崩しながらも後ろに跳ぶ。
立ち上がろうとするが、力が上手く入らない――近寄ってくるゴブリンロード。
「――『銀の腕』」
無意識の呟きと共に俺の意識は暗転した。
続く。