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煌めく君と、永遠の祈りを  作者: 春草 鏡
第1章 翠の萌芽
7/15

7 新学期

1週間と1日遅れですね、すみません




「じゃあ、行ってきます」

「…はい」

肩から下がる鞄を掛け直して、ドアノブに手をかける。声をかければ、玄関に立つ彼が返事を返した。その声がなんとなく戸惑っているように聞こえて、私は振り返る。

「どうしたの?」

不思議に思って聞くと、「なんて言ったら良いのか分からなくて…」と彼は睫毛を伏せた。

そういえばこの数日、出かける時は一緒だったから言わなかったのだったと思い出した。

こっそり笑った後、教えてあげる。

「”行ってらっしゃい”、だよ」

途端にこちらを向く瞳。開いた唇は、「帰ってきた時は?」と尋ねてきた。

「その時は、帰ってきた人が”ただいま”。それを迎えた人が、”おかえり”って言うんだよ」

そういうと、彼はどこか嬉しそうに微笑んだ。「行ってらっしゃい。ナツメさん」


軽く頷いて、ドアから出る。


「行ってきます、アディくん」






「……はあ」

憂鬱な気持ちを堪えて、小さく溜息を零す。

その音は誰にも聞かれることなく賑やかな教室の中へ吸い込まれていった。


 今日は始業式しかないので、早く帰ることができる。

彼のはにかんだ笑みを思い出しながら、私は顔を外の景色へ向けた。

窓の外には桜の木があり、今はごつごつした幹しか見えないが、春になればピンク色の柔らかな花びらが風に舞うようになる。


「では、始業式に遅れないように」

不意に聞こえた担任の声で我にかえる。

視線を前に戻せば、担任の先生が出席簿を脇に抱えて教室を出て行くところだった。

続くようにがたがたと席を立つクラスメイトを、何とは無しに眺める。

襟を緩めた長袖シャツ。校則に反した短いスカート丈。

ああ、どうしてだろう、と、思う。

短くしたら階段を上るときなど、下から見えたって仕方がないというのに。まだ学校で決まっているルールに反してまで、そんなに短くしたいものなのだろうか。それに、そんなに短くてはこの冬の寒さでは耐えられないと思うのだが…。その感性がよくわからない。


 また視線を窓の外へ戻す。窓のすぐ外でひらりと枯れ葉が舞い、その光景になぜか家にいる少年のことを思い出した。


 さらさらとした翠の髪。最初は無表情しかなかったが最近少しずつ笑ってくれるようになった幼い顔立ち。

年齢は12だと言っていた。その年齢にしては落ち着きのある佇まいには、驚かされた。

最近は徐々に甘えてくれるようになって、懐いてきてくれているような気がする。

初日に見た傷は、毎日薬を塗っているせいか色がかなり薄まってきていた。

けれど薬を塗るためとはいえ風呂上がりに肌を晒すのが恥ずかしいらしく、彼はほぼ毎回頬を染める。その愛らしさに思わず頭を撫でれば、彼は照れたように微かにはにかむ。


 彼の、まだ笑みと言うには惜しい笑顔を思い出すと、自然と口角が上がる。

少し冷えた空気が頬を撫で、結わえた髪が風に煽られる。髪を押さえて立ち上がると、身を翻す。

穏やかに凪いだ気持ちのまま、講堂へ歩いていった。







「おはよう、湯澤さん」

「…あ、お、おはよう、ございます…」

クラスの列に並んだ私。最初の字が「ゆ」なので一番最後尾だ。

出席番号が1〜20までの列と、21〜40までの列、計2列で並んでいる。

なので、私の右側には同じクラスの出席番号20番の人がいた。

その人が私に話しかけてきた。

名前は、立花たちばな萠夢めぐむ

学年一の秀才で、更に顔良し、運動良し、性格良しの完璧な人だ。


 陽に当たるときらきら輝いて見える柔らかそうなミルクティー色の髪。

美しい曲線を描く形の良い眉。

涼やかな印象の琥珀色の瞳。

すっと通った鼻筋の下にある唇は、常に微笑を湛えている。

身長は中の上。がっしりしてるわけではないが、程よく筋肉のついた体。

姿勢良く立つその姿は、まるで1枚の絵画のようだ。


 そんな感じの評価から、彼は密かに「王子」と渾名されていた。

見目の良さから女子に人気があるが、彼は性格も優しく穏やかで、かつユーモアがある。男子とも仲が良く、どんな人とも良い関係を築いていた。

誰もに分け隔てなく、平等に対応する。

私は2年になってから初めて彼と同じクラスになったが、彼の男女問わない人気っぷりを毎日見続けている。

…正直飽きるほどに。


 なぜかは分からないが、私はそんな彼が少し苦手だった。嫌いなわけでは無いのだ。自分から話しかけたいとは思えない、という程度。

こんな朝礼の時など、いる場所が近くなるとどうしてか私に話しかけてくる。

話題は他愛もないものばかりだが、彼が私に話しかけるたび、周囲から視線が痛いほど突き刺さってくる。

けれど彼はそんな空気に気づく様子もなく、私に笑いかける。

よって、私の彼への対応はそんなことが起きるたびに、ぎこちないものになっていた。


「今日は晴れたね」

「そうですね」

けど、今の私には気を逸らす術がある。

それはアディくんを思い出す事。

彼の微笑を思い出すたびに、周りの視線や喧騒が瞬く間に意識から遠のき、心がほんわかとしてくる。

私に話しかけてくる立花くんへの対応も、いつもよりずっとマシになっていた。

周囲の視線には鈍感な彼でも、そんな私の変化には流石に気づいたようだ。

「何か、良いことでもあった?」

好奇心を混ぜた表情で、尋ねてきた。

アディくんの事をあまり言うわけにはいかないので、誤魔化す事にした。

「ううん、別に」

それでも、多少口元が緩んでしまうのは見逃して欲しいと思った。


 不思議そうな顔をした彼に温まった心のままに笑んで見せると、どうしてか彼はうっすら頬を朱に染めて顔を逸らした。

首を傾げてどうしたの?と尋ねると、彼は何でもないよ、と言いながらちらりと此方を振り返った。

「今日は、なんだか雰囲気が違うね」

「そう、かな?」

「うん」

にっこりと頷いた彼は、その後前に向き直って、「もう始まるみたいだよ」と呟いた。


 その時丁度チャイムの音が講堂に響き、私も前に向き直った。






来週からテスト2週間前に入ります!

特に何もないですが、ちゃんと更新していきたいと思います。

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