1 突然の訪問者
可愛い男の子がかきたかった。
全ての始まりは高校2年生のある日。
私こと、湯澤 棗は、約1週間と少しの冬休みを満喫していた。
クリスマスは過ぎたけど、年明けはまだのとある寒い夜。夕方から読み出した約300ページ程度の本を読了したところだった。
読み終えた充足感を感じながら溜息を零して、パタンと本を閉じる。
片付けようと顔を上げた、その瞬間。
ーーーーパアァァッッ
「…っ、な、何…?」
座ったベッドの正面。勉強机との間の空間に、淡いクリーム色の輝きを放つ大きな光の球が突如として出現した。眩しいほどの光が部屋に満ち、私はきゅっと目を細めた。
わりとすぐに光は収まり、私はチカチカする視界に目を瞬かせる。
そして、光の中から現れたそれに、目を見開いた。
「ひ、人…?!」
本を放り出してベッドから降り、床に横たわるそれに近づく。気絶しているのかピクリとも動かないそれは、まだ小学生くらいの子供だった。しかしなぜか泥まみれで、しかも全身ずぶ濡れだ。
髪も顔も泥で汚れ、造形はよくわからない。
背中の半ばくらいまである髪から茶色の雫が滴り落ちた時、私は自分が暫く呆然としていたことに気がついた。
「う、うぅ…」
「……っ!」
不意にその子供が漏らした声にハッとした私は、そっと近づいてその体を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこだが、相手は意識が無いのでなんて事はない。
着物のような服を1枚着ているだけで、下着も履いていないようだった。意外に重いその体を落としかけ、慌てて持ち直す。
なるべく床を汚さないようにしながら、私は部屋を出て風呂場へ向かった。
*
脱衣所で泥まみれの服を脱がせて、そのまま洗濯機へ放り込む。
一糸纏わぬ姿になったその子供が、実は男の子だったとその時気づいた。
それとなーく目を逸らし、抱え直して風呂場へ入る。
私が上がってからそこまで時間の経っていない浴室は、ほんのりと温かい。
シャワーを出して温かいお湯にしながら、抱えていた少年を床に座らせた。
浴室に置いてある椅子に背をもたせかけ、顔を上向かせた。そのうちに温まったシャワーをそっと足元からかけていく。
ざーっ、という音とともに流れていく泥水。そのうちに露わになった肌に、傷口が見え出した。
息を呑み、それを凝視する。細く長く穿たれた、赤い筋。瘡蓋になりかけたものもあれば、未だ微かに血を滲ませているものもある。特に多いのは、お腹と背中の様だ。足首には、何かで強く擦られたような跡があった。
顔は、手桶にためたお湯にタオルを浸して絞り、少しずつ拭っていった。
段々と現れだした肌は、白かった。
健康的、というには些か白すぎる肌色。
青白いとも言える痩けた頬。固く閉じら瞼は、血の気が無い。
髪を梳きながら泥を流していく。そこから現れた色に、私は目を見開いた。
鮮やかな、淡い翠の髪。南海のような色をしたその髪は、とても美しかった。
しかし、そこここで長さが異なっている。ずいぶん雑な切り方だと思った。自分で切ったにしても、あまりにも雑だ。
…それとも、誰かに切られたのだろうか。
シャンプーを泡立てて、髪をそっと洗っていく。
かけ流すだけでは取りきれなかった汚れも、しっかり揉み込んで落としていった。
ボディソープも使って、全身を洗っていく。
もちろん、傷口はできるだけ避けて。
全身をもう1度流して、髪を小さなタオルで纏めた後、体を抱えて風呂を出た。
大判タオルで体を丹念に拭き、髪もできるだけ水気を絞る。
未だ目覚めない彼を新しいタオルで包み直して、私は脱衣所を出た。
*
部屋で箪笥を探り、合いそうなTシャツとズボン、下着はなかったので、隣の部屋から探し出して履かせた。
こんなに動かされても目を覚まさない眠りの深さに、ある意味感心しながらベッドに寝かせる。
救急箱を持ってきて、傷の手当をしていく。
あまり知識は無いから、消毒液をかけてガーゼを貼って、くらいしかできない。
たまに傷口に触れると、眠ったままの彼の眉が微かに寄せられる。
それでも開かない瞼は、それほどまでに疲れている証拠だろう。
一体この子に何が起こったのか、そして、どうして此処にいるのか。
彼が明日目を覚ましたら聞いてみようと思いながら、部屋を出てキッチンへ行き、コップと水差しを盆に用意する。
脱衣所で汚れた服を脱いで洗濯機に入れ、スタートボタンを押した後、電気を消して部屋へ戻り、盆をベッドサイドに置く。
「…………」
そっと顔を覗き込むと、今まで険しかった顔が、いつの間にか穏やかな表情に変わっていた。
その安らかな寝顔に何故か安堵し、私は電気を常夜灯に変えた。
暗くなった部屋の中は、すうすうと微かな寝息が聞こえる以外、音がしない。
ベッドにそっと凭れ掛かった私は、微かなオレンジ色に照らされる寝顔を眺めながら、縺れた前髪を軽く払った。
そのうちに眠くなってきて瞼が下りていく。
目を瞑って、私は眠りに落ちていった。
*
そう、これが始まり。
彼と出会い、運命の歯車が回り出した日。
世界さえも越えた出会いが果たされた時。
ーー温かな日々の始まりが、訪れた瞬間。
1週間おきくらいには更新できるようにしたいと思います。