時化の夜(蒼い月明かりの下で)
時化の為漁に出れない
源三は
網元の所で口糊を凌ぐために月が出るまで
仕事をした帰り道。
波打ち際に…
海が割れるかと思うほど
昨夜から時化ている。
漁師の源三はなすすべも無く
網元の元で網の手入れや
鯖鯵等の加工品
塩浸けにしたり味醂干しにしたりする手伝いをしている。
漁に時化で海に出れない時などはその日口に糊する
程度の銭は手に入る。
加工品は明日の日が昇らないうちに
ぼて振り等が買い付け
町へと売りに行く。
源三の母タエも…
日が高く上る前は年老いた体にむち打ちながらも加工場で汗を流す。
源三とタエの暮らし向きは決して楽では無いが
網元より貸し与えられた
小舟で漁に出るようになってから…
僅かではあるが…
母のタエとも
『暮らしが楽になってきた。』と喜んでいた。
昨日もお日様が昇る前には漁師仲間の留吉と作造との
三艘の小舟で漁場へ出ていた。
三人で網を掛け
網を徐々に狭めていく
そんな漁法で鯵や鯖等の青物の魚を主に獲っていた。
今日は…船に寝そべって仕舞いたい程の凪の中
留吉と作造が慌てて網を仕舞い始めた。
『おうい!!留吉!!どうした!!作造までも慌てて!!
何故?…帰り支度を始める?』
『源三!!あの歌声が?
聞こえないのか?
あれは…
人魚の歌声だ!!
これから…海が時化るぞ?
ボヤボヤしてると
波に飲まれてしまうぞ!!』
確かに何処からか美しい歌声が聞こえてくる…
漁師はこの人魚の歌声を
異常に怖がり
喩え大漁であろうと無かろうと漁を止めて浜へ戻って行く。
網元も喩え魚が一匹足りとも取れなくても文句は言わない。
漁師はそれほどに人魚の歌声を恐れているのだ。
しかし…源三は帰り支度の手を止めて
その歌声に聞き入っていた。
何とも美しいのだ…
とうとうふねの縁に腰を下ろして聞き入っていた。
遂に歌が終わった。
源三は高らかに
『綺麗な歌をありがとう!!』と叫び浜に帰った。
その日の夜から海は時化始めた。
母のタエと共に網元の元で仕事をし
昼過ぎにはタエは
家に帰って行った。
源三は蒼い月が昇り始めると
網元より僅かな給金と
鰯の一夜干しを貰い
蒼い月に照らされた浜辺を家路へと急いだ。
月明かりに照らされた浜辺に誰かが倒れている。
慌てて駆け寄る源三は
その倒れて居るのが一糸纏わぬ
若い女だと気づく。
顔を近付けると微かに息はある
女を抱えおこし
『大丈夫か?』と
幾度も声を掛けた
幾度目かに…
女はその長い睫毛の美しい目を開いた。
『やっと…目を覚ました…名はなんと言う?』
しかし…微かに動く女の口からは
声は出なかった。
源三はこのままでは衰弱死してしまう土思い…女に自分の着物を羽織らせ女を背負い…
家路に向かった。
女の顔は月明かりに照らされながらも
幸せそうな表情で源三の肩に顔を埋めていた…
次回をお楽しみに