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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
1日目 まずはメンバーの把握からいこうじゃないか!
8/62

見習いボーイの魔法のカバン

「ご飯が済んだらすぐに出かけましょう。あ、でもレレメンドさんを待ってからですよ」


 不在のレレメンドを除く三人の勇者は美羽の言葉に頷いている。

 素直な反応は意外だし、ほんの少しだけ、腰砕けでもある。

 

「さっさと行って、魔王とかいうやつを倒しちまおうぜ」

 ヴァルタルは中指と小指だけを立てて拳を振り上げている。


 朝食を共にしていたユーリは驚いたようで、小さく息を吐き出すと美羽へ向けて微笑みを投げかけてきた。

「どうしたんですか……。すごいです、ミハネ様。何かなさったんですか?」

「別に、ちょっと話しただけ」


 ブランデリンについては寝起きに突撃して泣かせただけであり、とても「話した」とは言えない。しかし全体的に結果オーライ。後はレレメンドがうんと言ってくれさえすれば、すぐにでも出発できるだろう。


 朝食はひたすらにエレガントなムードだった。

 長い長いテーブルにかかった清潔な白いクロスの上に、焼き立てのパンと温かいスープ。卵料理っぽい何か、多分お肉をどうこうしたであろう物が並んでいる。

 一見しただけではよくわからない異世界料理だけれど、口に入れると結構おいしい。ちょっとばかり塩味が足りないし、コショウのパンチもないけれど、お城の中なだけあって料理はちゃんとしていた。食器類も美しく磨かれており、シンプルながら上品な形のものが揃えられている。


 お城の一室で、騎士や王子様とのビューティフルモーニング。ただし、囚人を含む。


 異世界だのう、異世界だのう、と美羽はご満悦だ。


 向かいに座るヴァルタルはメニューの一つ一つに「何だこれ」を連発している。

 ブランデリンは何も言わないが、静かなフリをして大量に食べている。

 レイアードは食欲がないのか、スープを半分飲んでもうおしまいらしい。


「レイアード殿下、もういいんですか?」

 ちゃんと食べないと歩けない。美羽がそう告げると、王子様は長いまつげを伏せたまま小さく首を振った。

「殿下と呼ぶのはやめてくれ」


 綺麗な青い瞳は睫毛の影に隠れてしまって、見えそうで見えない。

 そういえば王位継承権が一番最後にまわされていると「書」には書かれていた。その辺やっぱ複雑なの? と美羽はレイアードの様子を窺う。


「じゃあ、なんて呼んだらいいでしょう?」

「ウーナ、で結構だ」

 そっちが名前だったんかと感心しつつ、頷いて答える。

「わかりました、ウーナ様」


 物憂げな瞳がちらりと美羽を見たが、それ以上の声はない。ウーナ王子は水を少しだけ麗しい唇に含むと、窓の向こうに広がる風景を見つめた。


 物憂げな美青年って絵になるなあとうっとりしている美羽の隣を、ようやく姿を現したレレメンドが通り過ぎていく。

 挨拶の言葉を投げかけられても、相変わらず何も答えない。

 でも、空いている席について食事をし始めている。


「ねえねえユーリ」

 邪神の祭司を待つ間に出発の準備をすすめておくべきだと判断して、美羽サポート役の少年にこう声をかけた。

「なんですか、ミハネ様」

「紙とペンが欲しいんだよね。色々、書き留めておきたくって」

「紙とペンですか」

 すぐに持ってきます! と少年は走りだし、すぐに両手いっぱいの荷物と共に部屋へと戻ってきた。

「これでいいでしょうか」


 古めかしい羊皮紙っぽい紙と、多分巨大な鳥類の羽根、そして黒い液体入りの小瓶。


「だよねー」

 確かにこの異世界には、こんな筆記用具がお似合いだ。

 憧れていたファンタジー風メモ用紙セットをゲットして、美羽はうふうふと笑っている。

「ありがとうユーリ」

「他に必要な物があるなら、用意しておきます」


 基本的な荷物はちゃんと用意してありますので、とユーリは話した。



 そのはずなのに、出発前に城の大広間にやってきた彼は小汚いグレーの肩掛けカバンしか持っていない。


 魔王討伐隊のメンバーは全員、それぞれ旅支度は済んでいるようだった。

 王子だけは服を借りたのか、昨日とは違う衣装に身を包んでいる。青い長い上着に、白いズボン。革のブーツに、水色のマントを羽織っている。

 他の面々は召喚された時の格好のままだ。もしかしたらブランデリンの鎧の中は着替えているかもしれないが、ガワの鎧姿に変化はない。


 彼らについてはいい。問題は、サポートをしますと宣言をしていたはずの少年の身軽さだ。


「ユーリ、そんな恰好で大丈夫なの?」

「大丈夫です、問題ありません」

「本当に?」

「ええ、本当に大丈夫です」

 軽装過ぎるだろ、と美羽は思い切り顔をしかめてみせる。

「大丈夫ですってば」

「どの辺が?」


 森を抜けて、山を登り、何日もかかる行軍なんでしょう。

 美羽が言うと、レレメンドを除く勇者たちも問題に気が付いたのか、じっとりとした視線を少年へ向けた。

「んもう、ミハネ様……。説明は後にとっておきたかったのに」

 ユーリは唇を尖らせて、渋々といった様子で話し始めた。

「これはリーリエンデ様のお師匠が作った魔法のカバンなんです」


 どうしよう。

 美羽は迷った。

 どういうアイテムなのか知りたい。聞きたい、……でも!


 ユーリが話さずにいた理由がよくわかった。確かにこれは「ここぞ」という時に「ジャジャーンって感じ」で聞きたかったと思う。だって「魔法のカバン」だ。ネーミングはもう少し凝っていてもいいが、なんという心ときめく響きだろう。魔法のカバン。魔法のカバン。


 魔法のカバンだなんて!


 今ならまだ、聞かなかったことにして出発できる。でも知りたい。

 今聞くか後に回すか。真剣に悩む美羽の右肩の上に、ヒョイと顔を出した男がいた。


「なんだよ、魔法のカバンって。聞かせてくれよ! 聞きたいよなあ、ミハネ」

 既にズッ友認定済みなのか、ヴァルタルはなれなれしく、美羽の肩や背中をバンバンと叩く。


「すごく便利なものなんですよ」

 ユーリは思いっきり背を反らして、えっへんえっへんと得意げな様子だ。

「この中は僕の部屋に繋がっているんです」

「お前の部屋に?」

「そうなんです。ただのカバンに見えるでしょう? 違うんですよ、このカバンは『主の空間』に通じるようになっていて、持ち主の部屋に置かれている物ならなんでも取り出す事が出来るんです!」

「なんて便利な代物なんだ!」


 サクラか、と言いたくなるほど大げさにヴァルタルものけ反っている。

「すげえな、そんなの見たことも聞いたこともないぞ」

「そうでしょうそうでしょう」


 では、実際にやってみますね、とユーリはかばんに手を突っ込んだ。

 取り出された手の中には、白い小さな包みが握られている。中身は長い布で、一メートルくらいはありそうだ。カバンはペシャンコであり、中に入っていたとは思えない。


「それなあに?」

「着替えです。替えの下着ですね」


 どの辺が下着? 美羽は悩んだが、一瞬で何か想像がついた。多分ドシフン。きっとドシフンだ。ファンタジー世界の容赦ないリアリティに、ドキドキは加速していく。


「どうです、すごいでしょう? これから先、食事などはすべてこの城で用意します。僕たちはその都度、カバンから取り出せばいいんです。夜になれば寝具を用意しますし、着替えや防寒具なんかも必要な時に出していくんですよ!」

「魔法ってすごいなあ!」


 これですっかり打ち解けたのか、ユーリとヴァルタルは笑顔でハイタッチをかわしている。

「いつ何が必要か、連絡する方法はあるんですか?」

 くぐもった声の質問は、どうやらブランデリンからされた物のようだ。朝食が済むなりすぐに兜をかぶってしまって、カッコいい顔は封印されている。

「それはもう、僕の師匠は優秀な術師なんですよ。それに、ミハネ様もエステリア様と交信できる水晶をお持ちです」


 そういえばそうだった。ちゃんと入れたっけ? と美羽は自分のカバンの中を探った。

 バサバサと邪魔をする羊皮紙をとりあえず床に置き、みっともなくしゃがみこんで持ち物の確認を進めていく。


 そこに、パタパタと足音が響いてきた。


「皆さん申し訳ありません、お待たせいたしました」

 

 美羽は慌ててカバンをひっくり返すのを中止して、立ち上がった。

 「忙しい」という理由で朝食の時に姿を見せなかったエステリアが、軽く息を切らせながら微笑んでいる。


 女王様なのに走って来られたんですね、と美羽はだらしなく頬を緩めてニヤニヤしている。

 四人の勇者はそれぞれ、何も言わないままエステリアの方を向いた。


「皆さん、魔王討伐の為に旅立って頂けること、本当に、本当に心から感謝致します。私たちのした勝手な召喚については申し訳なく思っておりますが、皆さんのお慈悲にすがる以外、道は残されておりませんでした」


 どうしようもなくなって、安易に「召喚」という方法を選んでしまいました。

 エステリアの声は震えて、小さく消え入っていく。

「召喚した後に、自分達はどれだけ身勝手だったのかと……」

 言葉はとうとう途切れ、美羽は息を呑んだ。


 申し訳ない気持ちと、国を守りたい気持ち。どちらも真実なんだろう。心優しく、突然父を失って止む無く王位についたまだ若い、少女といっていいであろう歳のエステリア。しかも可憐な美少女。真っ白無垢無垢な彼女のその苦しみはいかなるものか!

 勝手な想像に感情移入して、美羽は手足を震わせながら悶えている。


「どうか、リッシモを、この世界をお救い下さい」


 勇者たちは何も答えない。

 大丈夫、召喚とか超エキサイティングだから! と思っているのは美羽だけだ。四人が何をどう思っているのか、ヴァルタル以外についてはわからない。

 エステリアから最初にどのような説明がなされたのかも、美羽は知らない。

 様子をうかがっても、レレメンドとブランデリンについては外見からではさっぱり読み取れなかった。


「倒さなければ、帰れないのだろう?」


 代表して答えたのは、ウーナ王子だ。金髪をサラリと揺らし、物憂げな瞳は遠くに向けたまま、麗しい唇から小さなため息を漏らしながら。


「行くしかないのなら、仕方がない」

「本当に申し訳ありません。でも、術師はハッキリと言いました。あなた方には魔王を倒す力があると。四人いれば必ず、魔物たちの主を倒して世界に光を取り戻せるのだと」


 美形王子と超絶ラブリーなお姫様の会話イベントに、美羽はただただウットリだ。今すぐ録画できればいいのに。この動画なら何千回リピートしても飽きない自信がある。

 よだれを垂らしながら「早く結婚の約束しちまえよ」と妄想を深めていった結果、生まれてきたロイヤルベビーはあまりにも輝かし過ぎて、どんなお顔なのかは確認できなかった。


 こんなやり取りが終わって、とうとう出発の時が来ていた。

 メンバーについての詳細はまだまだ不明な部分が多い。


 でも、とにかく行くしかない。行ったらいいじゃん、行けばわかるさ! イベントが順繰りに起きて、四人の勇者さんたちとの絆も深まっていくだろうさ。美羽の中ではこんな言葉が弾んで飛び跳ねている。

 オマケに可愛い魔法使い見習いの少年もついて来て、これでワクワクするなという方が無理。

 美羽は拳を握りしめて、気合の雄叫びをあげる。


「いせかーい、ファイト!」


 オー、でジャンプ。運動神経が良くない美羽は大して飛べなかったが、ヴァルタルは笑ってくれた。

 うん、いい。エルフ耳のイケメンがニコニコしてくれるなんて、マッハでときめく。これだけで心のエネルギーは満タンを超えて、大体二〇〇パーセントくらいまで充填された。


 目指すは北の山、復活した伝説の魔王がいるという城。

 距離はそんなに遠くない。


 あっという間にクリアしてエステリアを救いたい。

 でも、この異世界体験はなるべく長くしていたい――。


 こんな葛藤を抱えながら、美羽は五人の仲間と共にリッシモ城から旅立つのであった。

 

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