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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
帰還の日 もとの世界へ
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宴と帰還のスケジュール

 リッシモの城に、久方ぶりの浮かれた空気が満ちはじめていた。


 見た事のない巨大な怪生物が飛来してきてパニックになり、それが「勇者御一行様」だと気が付かれたのは夜になってから。そこからさすがに即宴会、とはいかず、その日はとりあえずぐっすり休んで、あくる日のお昼から盛大なパーティが催されてることになっている。


 ケレバメルレルヴはお城の召喚術師の指導のもと、既に元の世界へ一足先に返されている。

 可愛いドラゴンとの別れはとても惜しいもので、美羽は首に抱き付いて思わず泣いた。

 そんなにも竜を愛しているとは、とウーナ王子はご満悦で、必ず共にミハネの世界を訪れるぞと言い出し、それはちょっとヤバいかもと慌てる一幕なんかもあった。


 そんな小さな別れを終えて、次の日。


 魔王を飲み込んで新しくホーレルノ山の主になった竜は、城の中には入れず、外の森付近で待機している。

 人間とは違った容姿になってしまった十二人の少女たちは、なんとか理解を得て城の広間の隅にいた。見た目は邪悪極まりないが、そこに流れる空気は完全に女子会のそれだ。あの兵士がイケてるだの、大臣の胸についているブローチが高そうだの、十二人という数を武器にして好き勝手に騒いでいる。


 魔王の脅威が消えた記念の大宴会が始まる。

 主賓は、異世界からやってきた四人の勇者と一人の無料オプションだ。

 女王の隣に設けられたそれぞれの席に座って、落ち着かない様子で飲み物を口に運んでいる。


「皆さま、本当に、本当にありがとうございました」


 麗しのエステリア様は杯を持って微笑み、涙ぐみながら「魔王を片付けた」勇者と美羽へ一人一人礼を述べていった。

 そして臣下たちに向け、魔王の脅威は去ったのだと告げる。

 大臣も騎士も、兵士も下働きの者達も、みんなが歓喜の声をあげ、勇者たちの功績を褒め称えた。ありがとう、ありがとう。幸せと感謝が満ちて、後は飲めや歌えやの大騒ぎだった。


 未成年だし、と美羽は一人、ガツガツ食べてはお茶をがぶ飲みしているが、他の四人は全員が酒を口にしている。

 最初は一人だけのけものにされていたレレメンドが、いつの間にかご機嫌なブランデリンと肩を寄せ合って笑っている。ヴァルタルもそこに加わり、この野郎勝手なことばっかりしやがったなと頭をぐりぐりし、ウーナ王子にもちょっかいを出していく。


 テーブルの上には次から次へ、食べきれない量のごちそうが並べられていく。

 妙な味わいのものもあったが、時にはおいしさ爆発の料理もあり、美羽は舌鼓をうち、エステリアたちからの質問に答え、旅のあれこれについて語り、共に旅をした四人が和気藹々としている様をニヤニヤと見つめた。


 日が暮れて、夜になり、勇者さんたちは酔いつぶれてすっかり夢の中。

 エステリアと美羽が談笑する横で、四人は顔を真っ赤に染めて、互いにもたれかかってぐうぐうと眠っている。


「ミハネ様……、大切なお話をしなければなりません」


 主賓が寝落ちしたんだから、宴会はもう終了だ。

 酒を飲んでいないだけで、美羽も相当に疲れている。はしゃぎすぎたし、しゃべりすぎたし、興奮しすぎた。隣にイケメンの園があって、素敵な四色のバラが咲き乱れているんだから、興奮するなというのが無理なのだ。


「なんでしょ、大切な話って」


 感謝の言葉と、冒険譚については散々話した。

 これ以上話すことなんてあるだろうか、と美羽は眠気に支配されつつある頭を動かしていく。


 斜めになった視界には、十二人のガーリーたちが本格的に魔物と化した姿が目に入ってきて、焦る。新生十二選の皆さんはあぐらをかいて広間の一角を占領し、酒をラッパ飲みしては給仕の男性に絡んでいるようだ。


「ごめんなさい、あの人達も長い間苦労してきたんです。一応、みんな女の子なんですよ、見た目はああなっちゃいましたけど」


 中には「前回の魔王討伐隊」も混じっているんですよ、と慌てる美羽に、エステリアは違うんです、と穏やかな声で答えた。


「あの方々については承知しております。民へは私から説明をして、どこかで受け入れるように致します」

 やっぱホンモノのお姫様は違うわー、と美羽はニヤついてしまう。

 見た目で判断しない、本物の品の良さがございますなあ、とへらへら笑う救世主に、エステリアはほんのり不安の色を浮き立たせながら告げた。


「ミハネ様の帰還についてです。明日の午後、それぞれのもとの世界へと戻させて頂きますので」


 美羽の口から、えっ、と小さな声が漏れた。

 

 帰らねばならないのはわかっていたのに。

 それなのに、急な話のように思える。


 美羽はふふっと小さく笑ったが、すぐに顔をひきつらせて、目を伏せた。


 別れの時間。

 ウーナ王子と、ヴァルタルと、ブランデリンと、レレメンドと。

 ユーリとも、エステリアとも、ベルアローともリーリエンデとも、噂のバッキャム様と寝た切りじいちゃん師匠ともお別れになってしまう。


「もう……ちょっと、一日くらい、伸ばせませんかね?」


 素直な気持ちがぽろりと、口をついて出てくる。

 エステリアは優しく微笑み、申し訳なさげに美羽にごめんなさい、と答えた。


「わたくしたちも皆様ともっと過ごしたいのです。ねぎらいたいし、お話を聞きたいし、大勢が皆さんの姿を見たいと願っています。ですが」


 女王のクルミ色の髪が揺れ、煌めく。

 女王様はどんな動作をしても、キラキラのエフェクトがつくらしい。ウーナ王子もそうだったが、美形王族のパワーやオーラは、基本的に半端ねえなと美羽は心の中でよだれを炸裂させている。


「リーリエンデがもう、限界なのです」

「リーリエンデが?」


 あいつはいつだって限界だったッスよ、と美羽は思う。

 ユーリのピンチに駆けつけて以来、戦わない、もしくは逃げるの選択を続けてきた男だ。ぽんこつだったし、ぼんくらだった。


「召喚には大きな力が必要です。呼び出すだけではなく、帰還にも力がいるのです。そして、呼び出した皆さんをこの地に留めるためにも」

「留めるために……」


 自分たちがこの場所にいるだけで、リーリエンデを消耗させているのか。

 美羽のこの問いに、エステリアは静かに頷いてみせた。


「リーリエンデはこの城に留まっているべきだったのです」

「もともとは同行する予定だったんじゃなかったでしたっけ?」

「リーリエンデはとても臆病で、でも、お調子者でもあるのです。今回の召喚をすることになり、大勢の人間が彼を称えました。それで調子に乗って、責任者として同行すると言い出したのです。実際には召喚の儀式で腰を痛めて取りやめたのですが、でも、ユーリが捕まったと知ったら飛び出していってしまって」


 的確な評価をされてるなあ、と美羽は思わず笑ってしまう。

 そんな美羽を見て、エステリアもうふふと愛らしく笑った。


「召喚で消耗したまま旅を続けるのは大変だったでしょうに、皆さんの手前その話をできなかったようです。いいところを見せたいし、でも体は思うように動かないし、前線に立つタイプではないから戦いは怖いし、でも負けず嫌いなところもあって」


 大人げない、少年のような人なのですよ、とエステリアは言う。

 リーリエンデのぽんこつ事情がわかって、美羽はほんのりと反省をした。


「そういえば、宴にもいなかったような」

「そうなのです。過酷な旅で疲れ切ってしまっていまして」


 それで自分の体力を優先していたのか、と深く納得。

 逃げ出そうとしたり、動かなかったり。勇者たちを留めるためにはそうせざるを得なかったのだろう、と美羽は結論を出した。それにしたって、不甲斐ない発言ばかりを繰り返していて、もうちょっとうまく取り繕えばいいのにとは思うが。


「でも最後は、召喚の魔法を使ってくれて、それで……助かったんです」


 最後の最後、リーリエンデが呼び出したのは彼のお師匠様で、まったく意味はなかったけれど。

 でもあの円があったから、ケレバメルレルヴが来てくれたし、ベルアローがいいところに収まってくれたわけで。


「リーリエンデも頑張ってくれたのですね」


 エステリアの方がずっとずっと年下だろうに、あの子がやってくれるなんて的な涙を流されるリーリエンデって、と美羽はニヤニヤと笑った。

 いや、逆だ。あんなどうしようもないキャラクターなのに、重用されているのだから。彼の力はきっと、多分、かなり、すごいんだろう。ということに、しておこう。


「とにかく、旅の疲れがどっと出てしまったようで。このままでは術の効果が切れてしまいます。そうなれば、皆さんはもう元の世界へ戻れなくなってしまいます」

「え、そういうシステムなんですか?」

「ええ、召喚は呼び出しから帰還まで、途切れさせてはならないのです」


 体が消えて、ユーリになってしまっていた間も、召喚術自体は使っていたというのか。

 リーリエンデ、実は恐ろしい子! なのか。イマイチ確信はもてないが、エステリアが嘘をつくとは思えない。



 帰還は、明日の午後。

 お昼になって準備をしたら、それぞれが元の世界へ戻る。

 

 勇者たちは用意された部屋へ運ばれていく。

 兵士たちに抱えられる四人を追いかけ、美羽は自分の部屋へと戻った。


 旅はおしまい。

 お星さまに願ったら、なんかしらんけど叶っていた、異世界召喚というトンデモ話。


 もしかしたら夢だったのかな、と美羽は自分の頬をつねった。痛い。

 そういえば召喚された時も、バシバシと頬を叩いたんだったと思い出し、ニヤニヤと笑う。


 仲が悪くてどうしようもなかった初日。

 イケメンだらけでウハウハしながら進んだ二日目。

 ほんの少しだけ仲良くなり始めた三日目。

 強敵が現れた四日目。

 ウーナ王子が薔薇を咲き乱れさせた五日目。

 へんてこな魔物と出会った六日目。

 レレメンドと走り抜けた七日目。

 そして戦って、戦って、魔王討伐は終わった。いや、魔王は特に倒してはいないのだけれども。勝手に飲み込まれて、勝手にベルアローになってしまっただけなのだけれど。


 カバンにいれていたはずの妄想ノートは、いつの間にかなくなっていた。

 愛用のペンもそう。カバンの中にはチョコレートの包み紙を丸めたものと、ベルアローの実の芯の部分くらいしか入っていない。

 飛んだり、放り投げられたりしたから。

 美羽は笑い、しゅんと落ち込む。

 怖い思いもしたけれど、もうお終いかと諦めかけたりもしたけれど。

 でも、楽しくて最高の日々だった。

 

 ウーナ王子の金色の髪と碧い瞳。ストレートすぎる好意がくすぐったくてたまらない。

 ヴァルタルの長い下まつげと、長い三つ編み、ぴょこんと揺れる耳。明るくて世話焼きで、寂しんぼうの優しいお兄さん。

 ブランデリンのきりりとした視線。腰から提げた重たい剣、顔を隠していた兜、命を捧げると誓ってくれた時のときめき。死んだ妹に似ているって話は、本当なのか。あれが本当は諦めた彼女だったりしたら、大変なことになる。


 そして妄想仲間(フレンド)のレレメンド。破壊神に仕える祭司になりきったこの旅は、きっと彼の人生で一番楽しく、生き生きとした時間だったに違いない。誰も自分を知らない、誰も自分を責めない、誰も自分を頼らない。もう一人の自分になりきって、孤独な現実(リアル)を振り切って。

 おかしなことばかりしていたけれど、結局この世界が救われたのはレレメンドのお蔭だ。魔王と直接対決せずに済んだし、ブランデリンの呪いは解けた。

 ヴァルタルの翼は取って良かったのかわからないし、黄金の竜は痛い思いをしたけれど。

 それでもきっと、これはとても良い結末だったのだろうと美羽は思う。

 もう「人間を襲う」魔王はいない。友好的な平和主義の巨竜が、これからはリッシモを守ってくれるだろう。脅威がなくなり、平和が約束された。へんてこなオネエ軍団と化した新生十二選だが、無念に終わった命を再び取り戻したわけであり、あのポジティブさでもって見た目の問題も乗り越えるだろう。


 旅の総括が心の中を行き過ぎていって、美羽はベッドにつっぷして溜息を吐いた。

 終わってしまう。

 わかっていたけれど。

 終わってしまう。

 この日々が、勇者様たちとの日々が、終わってしまう。


 まさか、この世界にずっと留まるなんてできない。

 もし留まることになったら、何の問題もないのはきっとヴァルタルだけだろう。

 いやでも、待っている人はいる、と彼は言った。

 孤独だと語ってはいたけれど、もしかしたらとても大事に思ってくれている人がいるかもしれないわけで。


 ドラゴンたちはウーナ王子を待っているだろう。

 弟を選んだという好きな人も、実はブランデリンが立ち上がると信じているかもしれない。

 神に選ばれた預言者が突然いなくなれば、ミミラー国は混乱するだろうし。


 美羽にも、大切な家族がいる。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、愛犬が二匹。


 帰らないわけにはいかない。

 だから、明日、帰る。


 それがとても、寂しい。


 特別な体験をしてしまったから。

 特別な日々を一緒に過ごした、仲間ができたから。



 ヴァルタルの涙が思い起こされてきて、美羽もベッドの中でグズグズと泣いた。

 

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