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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
初日 超アグレッシブ異世界召喚
6/62

お城のてっぺん、夜、星の下で

 思いもよらぬ美羽の大量出血のせいで、出発はあくる日の朝に延期されていた。


 せっかく手に入れた装備には血がついてしまい、そもそも横になるのに適したものでもない。

 代わりに就寝用の真新しいファンタジー風村人系ファッションに身を包んで、美羽は食後に城の屋上に来ていた。

 お休みなさいと言われたものの、興奮で眠れたもんじゃない。適当にテクテク歩いていたらお城の上の方まで来ちゃって、というすごくアバウトな流れで今、屋上的な部分にいる。


「わあ」

 台詞の後に音符のマークをつけて、美羽は両手を広げた。

 屋上にはあちこちに大きな松明が設置され、パチパチと音を立てながら煌々と城の壁を照らしている。


 空を見上げれば、星がビッシリと輝いていた。

 美羽が暮らしていた現代の日本、それも首都圏では星なんて一個二個ハッキリ見えれば御の字だというのに、この世界の空ときたら見え過ぎちゃって真っ白じゃないのと苦情を述べたいくらいにピッカピカだ。


 空に浮かぶたくさんの星々の合間には、一際大きな輝きが七つ浮かんでいる。


「月、なのかなあ」


 地球には一つしかない月的な衛星がいっぱいあるんですとかマジファンタジー。異世界の夜の空気をすうっと吸い込むと、胸の中にヒヤリとした感覚が走っていく。


 吸った息を感謝にかえて、美羽は空へ叫んだ。


「神様ーっ、ありがとうございまーす!」


「うるせえなあ」


 物陰からあがった声に、さすがの美羽も驚いて小さく跳ぶ。

 灯りの届かない暗がりから出てきたのは、長いエルフ耳のヴァルタルエルガルなんとかだった。


「人が寝てるのに、騒いでんじゃねえよ」


 そこで? とまず突っ込みたい。真っ暗だし、外だし、剥き出しの石は固くて冷たかろうと。

 いや、それよりも「これってフラグじゃね?」感がハートに溢れてたまらない。


「こんなところで寝てたんですか?」

 あーしまった、例の「書」は持ち歩くべきだった、と小さな後悔を覚えつつ、美羽はエルフ男に向かって歩いた。

「あんな豪華な部屋、落ち着かないからな」

 盗賊ですもんねー、と心の中で相槌を打ちつつ、また一歩前へ。

「なあお前、帰る方法知ってるか? 魔王だかなんだかわからねえけど、いきなりこんな変なところに呼び出されてよ、迷惑なんだ」

「帰る方法なんて知りませんよ。倒さなきゃ駄目って、ユーリも言ってましたし」


 召喚魔法がどんなものかは不明だが、ランダムマッチングまでしてくれる「パック」だという。その「パック」にはもしかしたら、帰還の条件も含まれているのではないか。これは明日の朝イチで確認しなきゃ、と美羽はまた心のメモ帳を開いていく。


「なんだよ……。こんなおかしな場所で、何日過ごさなきゃなんねえんだ?」


 頭をポリポリと掻き、金属の首輪をぐいぐいと引っ張っている。ヴァルタルは落ち着かなさそうな様子でウロウロと歩き回り、最後は「うわあー」と叫んで空を仰いだ。


 薄い水色の長い髪を三つ編みにして、うしろにぶら下げている。そして耳は長い長いエルフ風。

 けれどよく見てみればヴァルタルの服装は少し、他の三人とは違っていた。今いる世界もそうだが、いかにも中世ファンタジーロールプレイングゲーム風の面々が揃っている中で、ヴァルタルの身に着けている物は「SF寄り」だった。服の生地も、襟の部分には光沢のあるテラテラした素材が使われているし、首や腕につけている輪っかは金属製。表面は滑らかで、加工の技術は高そうに見える。


 支給されたこの世界のファンタジー服と比べると、彼の文明レベルが少しばかりズレているようだ。


「ヴァルタルさんって、どんな世界から来たんですか?」

「あん?」

「あの、私のもといた世界も、こんな風じゃないんですよ。もっと進んでるっていうか」


 そういえばヴァルタルの出身地は「十機都市」と書かれていた。

 妙に心がくすぐられる響きで、美羽の想像は無駄に膨らんでいく。


「進むとかわかんねえけど。でもこんな風じゃなかったな。建物の素材も、こんな石ばっかりじゃないし。植物っていうのか? あれ、あんなに茂っててホントに怖いよな」

 お前のところもそうなのか、とエルフ男は見事に食いついてきた。


 いえ、自然はありますよ。むしろ守らないと的な感じです。なんて話は奥に引っ込めて、美羽はちょうどいい返事を探した。


「その首輪とか、腕輪みたいな感じの物、私のいた世界にもありますよ」

「ホントか」


 これにもアッサリ引っ掛かって、ヴァルタルは笑みを浮かべると右腕をぐいっと前に突き出してきた。

 表面はツルツルで、細かい模様が入っている。幾何学模様的なそれと植物がない発言から、サイバーパンク的な世界から来たのかな、なんて美羽は考える。


「これ、何か機能がついてるんですか?」

「いや、腕のはアクセサリだよ。首のやつは……違うけど」

 またグイグイと首輪を引っ張りながら、ヴァルタルは苦しげに話した。

「これは、囚人を管理するものなんだ。中にはチップが入っていて、施設から出ると通信機が動き出しちまう」


 ああ、牢屋にいたの……。と美羽の心はまず一旦フリーズ。処理落ちしつつも頭を動かし、ヴァルタルの今の心境がどんなものか考えていく。


「じゃあ今、動いちゃってるかもしれないの?」

「わかんねえ。だって、違う世界なんだろ? 魔法とか召喚とか訳わかんねえけどさあ。警告音もしないし、麻酔針も出て来ねえし、まだ作動はしてないと思うんだけど」


 施設を出たら警告音がした挙句、麻酔針が出ちゃうらしい。なるほど、彼は「ファンタジー世界」の住人ではないんだろう。

 思いもよらないSF設定に、美羽はニヤーッと笑う。


「この旅が終わったら、またあの収容所に戻されちまうのかな」


 エルフ耳はがっくりと肩を落としている。


 彼のイラつきの原因はそのせいだったんだなあと美羽は心のメモ帳に更なる情報を書き込んでいった。

 愛用の妄想手帳とボールペンがあればなあと心底思うが、持ってこなかったものは仕方ない。


 明日、ユーリに聞いてみたらいい。だって世界を救うんだから、そのお礼に、帰る場所ちょっとズラしてもらうくらい、いいんじゃないだろうか。

 ついでに魔法の力で首輪も外せたらいいんじゃないかな、とも思う。


 そこまで考えて、美羽はギン、と目を光らせた。

 まだ判断材料がちゃんと揃っていないのに、いい人いいキャラ、既に仲間だもんね設定で話を進めるなんて言語道断。


 妄想の基本は、あらゆるパターンの網羅からだ。


 目の前にいるエルフ耳はいわゆる「囚人」であって、普通に考えたら反社会的な人物のはずだ。もしかしたらいい人パターンも勿論あり得るけれど、そんなに都合のいい話ばかりを期待してはいけない。

 もしもこの男が正真正銘のワルだったら――。

 

「考えてもしょうがないよな。すまない、つまんねえ話聞かせちまって」


 さっきまでの不満丸出しの顔は何処へやら、いたずら好きな少年のような清々しい笑顔を浮かべ、ヴァルタルは優しげな瞳で美羽を見つめている。


「あの、ヴァルタルさんはどうして収容所なんて場所にいたんですか?」


 長い耳が、ぴょこんと揺れる。くっそ可愛い反応しやがって、と萌える思いを必死でしまい込みながら、美羽は大真面目な顔を必死で保つ。

「なんだお前、顔が真っ赤だぞ。大丈夫か」


 変な奴だな、とまた笑いながら、ヴァルタルは続ける。


「俺達はギリン族に迫害を受けてるんだ」


 そして急に表情を引き締め、遠くを切なげに見つめ始めた。

 いたずらっこの少年から、下まつげバサバサ垂れ目の色男への華麗なるチェンジ。見事だ、と美羽のヴァルタルへの好感度は一気に上がっていく。


「ギリン族って?」

「お前たちの世界にはいないのか?」

「どうでしょ。どんな種族なんですか?」

 

 詳しい説明を求めると、ヴァルタルのいる世界では、耳の長い者も含む「人類」と、体中に鱗ビッシリの「鱗人(ギリン)」、背中に羽根の生えている「有翼人(ファーファ)」がいるらしかった。


「羽根の連中はいいんだよ。あいつらは高いところで好きに暮らしてる。でも、鱗の連中はよお、硬くて頑丈で、最悪に頭が悪いんだ。同じ平地で暮らさなきゃいけない仲間だってのに、俺達が作った物を散々利用して最後には壊して、壊れたら不便になったって攻撃しかけてくる。俺達を必要としているくせに、疎ましくも思ってるんだ。こっちはただ、平和にやっていきたいだけだっていうのに」


 なるほど、異世界だなあと美羽はこっそりときめいている。

 そういう胸の高鳴りはまとめて心の押入れの奥に詰め込んで、それは大変だったわね的な表情を作って静かに頷いていく。


「あいつらの横暴には耐えられない。俺達の王はあくまで穏便に、争いなんてするなって言うけど、だからってやられるがままなんてもう無理だ。だから、俺達はあいつらの親玉をなんとかしてやろうと必死で戦って来たんだよ」

「それで捕まっちゃったの?」

「そうさ。……ドジ踏んじまってよ」


 イメージと違うなあ、と美羽は思う。

 耳の長い人は、華奢で、長生きで、弓とか魔法とかで戦うと相場が決まっていたのに。ついでに人類とか愚かよねー、私たち森の中で静かに暮らしますからー、みたいなエレガント系種族だと思っていたのに。


 こんな話し方をする上、盗賊で、鱗ビッシリの連中に好き放題されてやられっぱなしのムショ暮らしだなんて。


「魔王とかいうのを倒せっていうのは別にいいんだ。考えてみりゃあ、ギリンにいいようにやられてる俺達と同じだもんな。あの女王様もいい人そうだし、魔王を倒せば大勢が助かるんだろ? 人の為に働けば、神様だって俺達に少しくらい目を向けてくれそうだ」


 やっぱエルフ耳は卑怯だ、と美羽は思った。こんな切ない話を水色のロング三つ編み垂らしたお耳ピョコーンのグリーンアイズイケメンにされたら、キュンキュンせざるを得ないではないか。


「よし、極悪人設定は解除。むしろいい奴確定」

「ん? 何だって?」

「何でもねっす!」


 ぼそっと漏らした独り言を笑顔で打ち消し、美羽は立ち上がって拳を突き上げた。

「明日ユーリに聞いてみましょう! 戻る位置ちょっとズラしてよって」

「出来るか? あいつの師匠はちょっとばかりショボそうだ」

「言わなきゃ出来るかどうかわかんないし、やってみなきゃ無理かどうかもわかんないっすよ!」


 ねっ、と美羽が笑うと、ヴァルタルも目を細めて嬉しそうに微笑んだ。


 再びの鼻血ブー。


 借りた服を真っ赤に染めながら、美羽はエルフ耳男に支えられ、フラフラと自分の部屋へと戻っていった。

 

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