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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
8日目 緊急指令:すべてのフラグを回収せよ!
59/62

みんながそれぞれに出来る事をしたら こうなる。

 獣のような雄叫びをあげ、ブランデリンは剣をバリアに突き立てる。ヴァルタルの放った矢が当たるのと突撃はほぼ同じタイミングで、危なくないかと美羽はハラハラしながら見守っている。


 何度も何度も繰り返し、とうとう剣が折れてしまった。

 部屋の奥ではレレメンド産ドラゴンが首をぐわっと持ち上げて、苦しむ魔王様に噛みつく寸前だ。

 背後ではユーリが必死になって十二選の皆さんと立ち会っている。


「リーリエンデ殿! それを貸してください!」


 折れた剣を放り投げ、ブランデリンはガクガク震えるぽんこつ師匠から魔法のカバンを奪った。

 中に手を突っ込み、全身から闘気を放出させながら、騎士が取り出したのは長い長い槍だった。

 魔法のカバンから取り出せるのは、カバンよりも小さなものだけ。

 強引な騎士様のせいで、カバンはびりびりと裂けていく。けれど、気合が勝利したのか、槍は無事にブランデリンの手の中に収まっていた。


「ウーナ王子、もう一度お願いします!」


 殿下は既に汗びっしょり。腕をぶんぶん振っているだけにしか見えないが、確実に力を消耗しているんだろう。金髪をぺったりと額につけて、歯を食いしばった表情で二人の仲間に力を貸している。

 ヴァルタルは何本も光の矢を出現させては弓を引き絞り、バリアに向かって放っている。こちらも辛そうに息を荒くしており、美羽のハラハラ感は急上昇中だ。


「ねえ、リーリエンデ、力を貸して。ユーリにでも、みんなにでもいいから」

「そうしたいのはヤマヤマなんですけども」


 師匠はどうやら怖いらしい。

「わかってるよ、リーリエンデはインドア派なんでしょ? 研究とか調べものとか、そういう方が得意なんだよね」

「そうなんです。こんな風に戦うだなんて、私にはとてもとても」


 なんと言えば動くのか。

 こんなにも追い込まれてなおビビリっぱなしの召喚術師の心を、動かす為に必要な言葉は?


 目を閉じてミハネは考える。

 あれやこれや、想像して、シミュレートしていくのが今までのやり方だった。

 でも今は、そんなヒマはない。

 

 だから、素直に。美羽の今の思いをそのまま、伝えるだけだ。


「リーリエンデ、もしかしたらどうにもならないかもしれないけど、でも、なんにもしないままやられちゃったら、すごく後悔すると思うんだ」

 震えるぽんこつ師匠へ寄り添い、美羽はぎゅっと手を握る。


「リーリエンデは魔法が使えるでしょう? 私はなんにもできない。なにかしてあげられたらいいのに、なんにもできないの。祈るだけ。十万歳でも魔女でもないから。本当に十万年生きてて、すごい力があればいいのに、私にはなにもないの。ただの十六歳の学生だから、あなたみたいな特技はないの。お願いリーリエンデ、みんなを助けて」


 話しているうちに自分の無力さが哀しくなってきて、美羽の目には涙が浮かんだ。

 女子力低めの美羽でも、女の涙は武器になるのか。リーリエンデの震えはあっさり止まって、勢いよく立ち上がり、こくこくと細かく頷いてみせた。

「わかりました。ええと……」


 腰の後ろから短い棒を取り出して、リーリエンデはくるくると回す。


「ええと……、なんでもいいから……出てこい、出てこい……」


 頼りなさマックスの台詞だが、声とともに地面に小さな光の円が浮かぶ。

 なにが出てくるのか見守りつつ、美羽は周囲にも視線を動かしていく。


 ユーリの前では十二選がラッシュをかましている。

 どういう魔法を使っているのか、少年は必死になって十二人もの集団の攻撃を止めているようだ。


 ブランデリンは大きな槍でバリアに突撃をしている。

 殿下は片膝をつきながらも、まだ戦っているらしい。

 ヴァルタルが大声をあげて王子を励ましつつ、騎士と攻撃のタイミングを合わせている。


「あ、あ! ああ?」


 リーリエンデの声に振り返ると、小さな円から誰かがにゅうっと姿を現していた。

「えっ、誰?」

 あたまのてっぺんはツルツル、白いふんわりとした髭は盛り盛りのおじいちゃんが、ビックリした表情を浮かべながら円からゆっくりとせり上がってくる。

「お師匠様です!」


 ユーリが言っていた、「床に伏せっているお師匠様」を呼び出してしまったらしい。

 紺色のゆったりとした寝巻に身を包んだおじいちゃんは、目の前のあんまりな光景に固まってしまっている。


「リーリエンデや……ここはどこじゃ」

「魔王との戦いの真っ最中です」

 想像以上に弱っているようで、お師匠様は立つこともままならないらしい。


 そして、光の円に押し込めば帰れるような作りではないらしく、リーリエンデはお師匠様を抱きかかえたり、自分のマントをかけてあげたりしている。つまり、完全な戦闘不能(リタイヤ)状態に陥ってしまった。


 なにやってんだ、という怒り。

 どうすんの、という不安。


 二つの思いがぶつかりあって激しく火花を散らし、最後に美羽の中に残ったのは「自分でなんとかしなければ」だった。

 諦めずに、十一鋭と戦った時のように。


 リーリエンデの作った小さな光の円はまだ、目の前でキラキラと輝いている。

 誰か、レレメンドを止められる人はいないのか。

 強くて、正義感があって、頼れる誰かが出て来てくれればいい。


 けれど、美羽の脳裏に浮かんだのはほわんとした笑みを浮かべる祖父の顔だった。

 いや、おじいちゃんは別に歴戦の勇者でもなんでもないし。中肉中背、ごくノーマルな六十代男性の日本人でしかない。


「おじいちゃん、どうしたらいいの?」


 今よりもずっと幼い頃。幼稚園の帰りに寄った「ママじいじの家」の縁側で見た風景が頭をよぎっていく。

 花が咲いて、蝶がどこからかやって来て舞い、オレンジジュースにいれた氷がカランと音を立てる平和な風景。涼しげな風鈴の音が時折鳴って、優しく花咲くママじいじスマイル。


「いや、ダメダメ。違うよ。おじいちゃんは呼べない。おじいちゃんじゃないの、もっと他の、このピンチを切り抜けられる最終兵器が必要なの」


 祖父が出て来てはリーリエンデと同じ状態に陥ってしまう。


 別な誰か、と改めて考える。

 次に心に浮かんでくるのは、自分がかつて作って来たキャラクターたちだ。


 誇り高く凛々しい女騎士のユリーファ。

 気功を自由に操れる僧兵のダンガー。

 転生を繰り返す賢者の魂を持って生まれてきたミローミ。


 たくさんのキャラクターを作って、物語を紡いできた。

 彼らは強くて、清い心を持っていて、悪を倒すためならばどんな局面であろうとも怯んだりしない。


 彼らが実体を持って現れて戦ってくれればいい。

 でも、「空想」を「現実」に変える力なんて、持っていない。


「どうしよう」


 視界の端でユーリが倒れる。

 ウーナ王子は苦しげに胸を抑え、ぎりぎりのところで踏ん張っている。

 ヴァルタルとブランデリンの声はすっかり枯れて、雄叫びは掠れ、もう響かない。


「誰か……」


 うるうるっと涙が大挙して押し寄せてくる。泣いてる場合じゃない。泣いてはいけない。美羽は必死に堪えるが、視界はぼんやりと霞がかっていく。


 そしてとうとう涙が一粒、地面にぽろりと落ちてしまった。


 その瞬間見えた、一際強い煌めき。


 はっとして円を見つめる美羽の前に、ぼんやりと誰かの姿が浮かび上がっていく。


 涙のせいかと思いきやそうではなく、その人物の姿は透けていた。


 オバケを呼んでしまったか、と慌てる美羽に次の衝撃が走る。


「ウーナ様?」


 透けながらもはっきりと浮かび上がったその人の姿は、ウーナ王子とほとんど同じシルエットをしていた。

 けれど、違う。髪は殿下よりも少し長く、背中の真ん中あたりまで伸びて揺れている。

 顔立ちもほんの少しだけれど違う。そう、少しだけ。大人びた印象だった。


 白いケープつきのロングジャケットに身を包んだ金髪碧眼のウーナ二号は、美羽をまっすぐに見つめ、魔王城の入口へと美しい細い指を向ける。


「あっちに、なにがあるの?」


 返事はなく、白ウーナは消えていく。

 誰やねんと質問をする間もなく、あっさりといなくなる。


 オバケなのか、それとも未来からやってきたウーナ王子の魂か。

 わからないが「敵じゃないだろう」と判断をして、美羽はしばしのシンキングタイム。


 魔王城の入口。外。それがヒントだ。この窮地を救うための切り札があるに違いない。


「そっか!」


 行政区での戦いの時に起きた「あの現象」。

 もう一度出来れば、暗黒司祭の力を破れるかもしれない。


「ケレバちゃん! お願い、力を貸して!」


 美羽が叫べば、光は強く、円は大きくなっていく。

 地面が激しく揺れ始め、小さな小さな円が破れ、広がって、中からは黄金色のドラゴンがめりめり音を立てながら飛び出してくる。


「怪我は大丈夫? ごめんね、無理させて。でも大ピンチなの。あの時、ウーナ様と一緒に逃げ出した時に、レレメンドさんのバリア破ったのはあなただったんでしょう?」


 ドラゴンの咆哮と共に、世界は一つに戻ったはずだ。

 これが美羽の勝手な思い込みなら、もう仕方がない。その時は諦めるだけ。目の前に現れた神々しい金色の竜の頬をなでなでしつつ、やだードラゴン超可愛いとか少しだけ思いつつ、美羽は告げる。


「いける?」


 きゅるる、という小さな唸り声はおそらく、オッケーの返事だ。

 美羽はきりっと表情を引き締めて、ケレバメルレルヴと共にまっすぐに魔王のいる方角を見つめた。


 ドラゴンが飛び出してきたせいか、リーリエンデとお師匠様、ユーリと十二選は全員揃ってひっくり返っている。

 ウーナ王子は地面にうずくまりながらも顔をあげ、愛する竜を見つめている。

 ヴァルタルとブランデリンは、なにごとかと様子を窺っているらしい。


 そしてそして、まったく動じないのはレレメンド。

 エメラルドの獣は魔王の首に噛みついており、無力な魔王様はじたばたと暴れるくらいしかできないようだ。


「ケレバちゃん、お願い!」


 乙女のお願いに反応して、黄金竜は空に向かって吠える。

 空気が、地面が揺れ、レレメンドの張ったバリアも震えた。


「揺れてる」


 見えないはずのバリアが、揺れている。

 見えないけれどはっきりと、力が働いていると感じられる。


 金色に輝く竜はなんて神々しいのだろう。

 邪神の力を打ち砕く清浄な光を放ち、世界を救うため、今勇者たちは再び立ち上がるのだ――、とかなんとか。

 

 この場面にふさわしいあおりを考える美羽の首根っこをぱくっとくわえ、ケレバメルレルヴはひょいっと後方へ放り投げた。

「のわーっ!」

 投げ出された美羽は、竜の背中に落っこちる。

「ミハネさん、や、なんなんスかこの状況は?」

 べったりとうつぶせになって唸る女子高校生の耳に届いたのは、しばらく行方不明だった仲間の魔物のものだ。でも、それに答える暇はなくまた、一声。竜の咆哮は再びバリアを揺らし、ど真ん中にとうとう大きなヒビを入れた。


「今です、ウーナ殿下! ヴァルタル!」


 ブランデリンが叫んで、疲れ果てた王子様も立ち上がる。

 力強く両手を突き出し、行くぞ、と声を張りあげて。


 光の弓と、仲間の力をまとった長い槍が突き刺さり、とうとうレレメンドの作った壁は粉々に砕けて消えた。



 誰がゴーサインを出したのか。

 壁が消えた瞬間、黄金の竜はなぜか魔王めがけて進み始めていた。

 はじめの一歩から既にトップスピードに乗っていて、翼をバッサと動かしてあっという間に上空へ。それほど「高い」わけではないが、ごくノーマルな住居の三階程度の高度はあるか。

「ちょっと、ケレバちゃんなんで飛ぶの?」

 

 一気に進んで、下に一瞬だけレレメンドの姿が見える。

 スピード、高さ共にそれなりで、美羽は竜の背中にしがみついているだけで精一杯だ。

「うわ、ちょ、なんスかあれ、どうして魔王様食べられてるッスか?」

「ベルアロー、なんでここにいるの?」

「わかんないッスよお。地面の下を移動してたら急にぎゅわーっと引き寄せられちゃって」

 リーリエンデの召喚の円から一緒に出てきたと考えるのが妥当か。


 美羽は考え、魔物は焦る。


 ベルアローはおろおろ、美羽の背中をバンバン叩きながら、もう片方の手で哀れな上司を指差して問いかけた。

「あのでっかいケモノはなんなんスか?」

「レレメンドさんが作ったの」

「アニキが?」


 ただいま地上では、魔王様が頭からかじられている真っ最中でございます。


 ケレバメルレルヴは何故か、魔王対破壊神の対戦会場の上でくるくると旋回を続けている。


 レレメンドが命を与えたドラゴンよりも、魔王の方が大きかったはずだ。

 なのにどういう訳か、今は頭から丸呑みにされてしまっている。エメラルドのドラゴンは魔王様を少しずつ、ぐいぐいと飲み干していく。

 魔王様はほんの少しだけ、手と足の先をバタつかせるだけだ。抵抗できない強い力があるのだろうか。レレメンドの底抜けの邪神パワーに、美羽は改めて脂汗をかいている。


「魔王様、魔王様……! 酷いッス、アニキ、なんであんな残酷なことができるッスか!」


 それを、魔物の君が言うのかね。と、美羽はちらりと考えたが、口には出さなかった。

 ベルアローは頭から、肩から、腕から、哀しげに葉っぱを撒き散らしている。

 造り物のような目からはじわじわと涙のような水分が湧き出していて、その姿は悲哀に満ちていた。


 魔王はすべての魔物たちの父。ベルアローは人間側につくと決めたが、こんな「正々堂々」のカケラもない戦いであっさり打ちとられてしまうなんてさすがに納得がいかないのだろう。


「レレメンドさん、やめてーっ!」


 美羽は叫ぶ。効果はないと確信しつつも、叫ばずにはいられなかった。

 魔王は倒せるのかもしれないけれど、その先に待つものがなんなのか。

 ベルアロー同様、美羽だってこんな勝手なあれやこれやには納得がいかない。恐怖や不安だけではなく、ロマンが無さ過ぎて頂けない。


 けれど終末の獣の勢いは止まらない。

 魔王は足首まで既に飲み込まれている。


 そのあんまりな光景に、とうとう魔物本来の心が蘇ったか。

 低木系の気のいい魔物は頭を抱えて、うわあっと叫んだ。


「魔王様! すみません、おれっちが、裏切ったばっかりに……」


 ベルアローから、葉っぱがすべて抜け落ち、ぱらぱらと雨のように地上へと降り注いでいく。

 枯れ木のようになった魔物はいやいやと身をよじらせると、ドラゴンの背からえいっと飛び降り。


「ベルアロー!」


 はいつくばっている美羽に、止める術はない。


 地上ではへとへとの勇者三人がレレメンドのもとへ辿り着いていた。

 一触即発。その寸前で、全員の動きが止まる。


 

 飛び降りた魔物は最後の最後、魔王様の足の指と共にエメラルドの竜に呑み込まれ――。


 魔王城の大ホールは眩い緑色の光に包まれた。

   


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