魔王 VS 破壊神 (に、なりそうな予感)
玄関開けたら即魔王。
そんな間取りのお城に入ったはいいが、奥にいる魔王よりも「仲間」の方が存在感があるってどうなの、と美羽は思う。
「ううむ……」
どうやら異世界から来た皆さんは似たような感覚でいるらしく、奥にそびえたつように座っている巨大な「魔王様」と、手前で極悪オーラをもうもうと発しているレレメンド、どちらを見たらいいのやら! と視線を彷徨わせている。
「リーリエンデ様、あれが、魔王なのですね」
唯一反応が違うのは、現地人であるところのユーリとリーリエンデだ。
なんといっても、彼らにとって「魔王討伐」は悲願なのだから。
美羽は頷き、改めて奥にでーんと座っている存在を見つめた。
いつだったかユーリが話した「伝承」はどんな姿だと語っていたか。
とにかく体がデカい。頭の両サイドから長くて鋭い角が伸びていて、顔立ちは人間に近いようで目は二つ、鼻は一つ、口は一つでちょっと大きめ。腕は二本で、胸の前で組んでいる。足元はよく見えない。服は着ているんだか、そういう模様なのか、よくわからないがボディ部分は赤と黒、黄色と白という配色になっている。美羽の脳裏に浮かぶのはドイツの国旗で、もしかしたらビールが好きかもしれないというところまで思いが及ぶ。
そんな巨大な魔王様が口を開いたのだが、なぜかぱかっと開けたところでフリーズしてしまった。
「なんだ……?」
ヴァルタルが木の棒を、ブランデリンが剣を、ウーナ王子も右手を前にさっとあげて構える。
けれどなんにも起きない。
せっかくユーリに調達してもらった武器は、空に向けられたままで止まっている。
「あいつ、でっかいなあ」
魔王様の次のアクションを待ちながらぼやいたのはヴァルタルで、あんな巨大なやつと戦うにはどうしたらいいのか、と二人のマブダチに向けて問いかけている。
「私が魔法でサポートしよう」
「ユーリにも協力してもらえば、顔や体の中心にも攻撃を入れられるでしょう」
確かに大きくて、弱点がスネの辺りだよという話でなければ苦戦しそうなスケールだ。
美羽は部屋の奥に座る魔王について考えつつ、そういえば、と今度はレレメンドに視線を向けた。
すると司祭は、左手を高く掲げたまま、なにやら右手で胸元をごそごそと探っていた。後ろから見ただけなのでこれは美羽の推測でしかないのだが、もしかしたらレレメンドの左手は「魔王の動きを止めている」のではないのか、なんて。
「レレメンドさん! なにしてるの?」
魔王城、多分一階のホールのど真ん中に立つ邪神のしもべに向けて、美羽は叫ぶ。
レレメンドは動かない。
ほんの少しだけ髪を揺らしただけで、なんの動きも見せない。
「もしかして、破壊神呼び出そうとしてる?」
両手を口に添えたヤッホーのポーズで、美羽は再びレレメンドへ問いかけた。
するとようやく祭司は振り返って、そして嬉しそうに笑った。
「素晴らしいぞ、異世界の巫女よ。我が妻は既に三人いるが、今この瞬間、彼女らとは離縁だ。余りにも違い過ぎる」
「なにがぁ?」
「素質が」
振り返ったレレメンドは、胸元からなにかを取り出して床へぽいと投げた。
高く掲げられていた左手が降りて、カランと何かが落ちた音が響く。
「貴様……、一体、……をした……!」
そしてようやく、魔王様は苦しげにこう一言漏らした。
やっぱりレレメンドの兄貴が抑えてたんや! と美羽はドバドバと汗をかきはじめている。
「レレメンドさん、ただものじゃ無さすぎでしょ?」
「我が名はレレメンド・スース・クアラン。破壊神ディズ・ア・イアーンの忠実なる信徒」
両手をくるくると回しながら、レレメンドは得体のしれない不気味な響きの、呪文的な文言を呟き始めている。
すると後ろで魔王が頭を抑えて苦しみ始め、床に落とされたなにかがむくむくと大きくなっていく。
「あれ、ストラップについてたヤツ?」
見覚えがあるエメラルドのラメラメは、兄の部屋から失敬したストラップについていた小さなフィギュアで間違いない。それはみるみる大きくなって、魔王城のホールいっぱいに広がっていく。奥で頭痛に苦しむ魔王様の半分くらいのサイズまで巨大化すると、さすがに造りが雑かなあ、なんて感想が心の奥からはみ出してきてしまう。
「どうする気なの、レレメンドさん!」
巨大化フィギュアの足の間をくぐって、邪神の祭司のもとへ。
行こうとしたのに、走りだした美羽たちをなにかが遮っていた。フィギュアの不恰好なしっぽの手前に見えない壁があるようだ。どんとぶつかり、頭を打って、美羽たちは揃ってひっくり返ってしまう。
「とうとう、時は満ちた」
祭司の胸元から出てきたのは大量の白い羽根だった。
ところどころ赤い染みのついた羽根がふわふわとレレメンドの前に撒き散らされていく。
「あれ、ヴァルタルの翼?」
おそらくは、そうだ。持ち主はどうやらぴんと来ないようで首を傾げているが、あの白さには覚えがある。大体、レレメンドの懐から出てきたのだから、あの時勝手に奪った翼で間違いないだろう。
大量の羽根は、祭司がふうっと息を吹きかけると空に舞い上がって、ドラゴンフィギュアの翼部分をふさふさにデコレートしていく。
「あー、これはヤバいやつだよー、絶対ヤバいやつだよー!」
嫌な予感がしすぎて、美羽はばたばたと足を踏み鳴らしながら叫んだ。
これは間違いなく、破壊神、いや、「終末の獣」を作っているに違いない。
翼の次は、黒いもやっとしたものが祭司の胸から飛び出してくる。
赤みを帯びた黒いもやもやはひどく邪悪な印象を与えてくるもので、美羽にはそれがなんなのかすぐにわかった。
「呪いだ」
ブランデリンにかけられていた、「赤い悪魔」の「呪い」。
人を獣に変え、理性を失わせる呪いはふわっと広がり、フィギュアを包んでいく。
あうあう唸りつつ美羽が振り返ると、仲間の皆さんもひたすらに困惑しているようだった。
美形の皆さんの困り顔がこれまた揃って素敵極まりなく、一瞬「あれ、ここって天国だったっけ?」なんて思考が生まれたものの、美羽は生涯で一番強い意思の力でもってそれを吹き飛ばした。
「あの人破壊神復活させようとしてる!」
なんだと、が全員の一致した答えだった。
魔王は苦しみ、もがいている。頭いたーい、といった様子で体を縮めており、この場で楽しそうに笑っているのはレレメンドだけだ。
いきいきとした笑顔が、奥にいる魔王よりもずっと禍々しい。
ブランデリンから奪った「呪い」に包まれて、ドラゴンの体が変化していく。
無理矢理巨大化したせいで雑だった細部が、細かい鱗で覆われていく。単純に彩色だけで描かれていた爪がとがり、手足は逞しく盛り上がり、明らかに「生き物」と化している。
ウーナ王子が金髪を振り乱しながら叫んだ。
「造り物に命が宿ったというのか?」
その体は小さく震え、ひくひくと指先が動いている。
プラスチックは命を与えられて、明らかに血を通わせ始めている。
「これって、まずくない? 破壊神って、全部滅ぼしちゃうよね。あれが破壊神じゃなくてその前に現れるドラゴンだったとしても、空を駆けてありとあらゆる絶望を振りまくとか言ってたよね?」
美羽が最後まで言う前に、全員が見えない壁への攻撃を始めていた。
ブランデリンは剣で何度も切りつけ、ウーナ王子は炎をボーボーとぶつけている。ヴァルタルも光の鞭を用意して振り回しているが、なにも起きない。びくともしない。
通れない、進めない、完璧なバリアーがそこにある。
暗黒バリアーの中では、ゆっくりとドラゴンが動き始めていた。
まだ、ふらふらと揺れる程度でしか動かないようで、目は閉じたままだ。
造り物の体に、翼と呪いで命を与えた。
それが今、美羽たちの前で起きている現象のすべて。
レレメンドが手に入れたアイテムはあと一つ。金色の竜の鱗だ。あれを使ったらなにが起きるのか。考えると、やっぱり「なにかとんでもなく悪いこと」としか思えない。
「どうしよう、ねえリーリエンデ、今すぐ私たちを追い返した方がいいかもよ? このままじゃあ」
世界が全滅してしまう。
けれど、ポンコツ師匠は顔を真っ青にして叫んだ。
「そんなことをしたら、魔王が倒せないじゃないですか」
魔王が倒せなければ、リッシモは滅びてしまう。
多くの魔物を倒して、今は魔王も何故か苦しんでいるけれど、美羽たちがいなくなれば元気を取り戻すだろう。この場にユーリとリーリエンデだけが残り、後はヨロシクと言ったところで倒せる可能性があるのかどうか。
でも、このままでは世界がヤバイ。
この場合の「世界」の範囲は?
今いる、エステリア女王たちのいる世界だけなのか。
それとも、レレメンドが元いた世界まで影響は及ぶのか。
美羽の、ウーナ王子の、ヴァルタルの、ブランデリンの世界はそのまま残るのか、否か。
「うう」
美羽は唸る。
もしも他の世界に影響がなかったとしても。
今、召喚元へ戻すのは「この世界を見捨てる」ということだ。
「そんなの、駄目だよね」
エステリアの美しい瞳の輝きが思い起こされて、美羽はまた唸った。
あんなにも可愛くてけなげなお姫様が頭を下げて、どうかお救い下さいと言ったのに。それに、まかせてくれと答えたのに。
それに応じられないなんて。
自分たちが通ってきたのは、そんな運命をたどるためだったのか?
「レレメンドさん、ちょっと! 今、なにをしてるのか説明してよーっ!」
もしかしたら、あれが「対魔王用必殺最終兵器」かなにかなら、問題ないわけで。
最後の希望を見出して、美羽は叫ぶ。でも、邪神の祭司は高笑いしながらこう答えた。
「巫女よ、そなたなら知っておろう! 我が望みがなにか! それが今成就しようとしているのだと、わかっておろう!」
楽しそうに、歌うように、よく響く低音が魔王城の中にこだまする。
美羽が思い浮かべたのは間違いなく、「破壊神の復活」。レレメンドは「すべての物事の顛末」を見通せるわけで。
はい、最後の希望、消・え・ま・し・たー!
でもガックリしている場合じゃない。
なんとか阻止しなければ、みんなみんな滅んでしまう。
「やめてよーっ! 破壊神とか終末の獣とか、いらないからー!」
見えないバリアをがんがんと全員で叩くが、やはりびくともしない。
どんなに呼びかけても、レレメンドの笑みは消えない。
それどころか、後ろからイヤーな気配が忍び寄っていた。
「貴様ら、魔王様の城にまで侵入していたとはな!」
十二選の皆さんはまた宙にぷかぷか並んで浮いて、プンスカと怒りを丸出しにしている。
いやいや、あんたら遅いよ、とつっこんでいいレベルのタイミングだ。
同じ程度のレベルでプンスカしている美羽も、ムカつきのままに叫んだ。
「悪いけどそれどころじゃないんだよね! あなたたちの魔王様ももうヤバイから! っていうかもう魔王とかどうでもいいくらいだから!」
エメラルド色のドラゴンはゆっくりと長い首を地面へと下ろしている。
最初はフィギュアと同じポーズをしており、無駄に胸を張った姿勢をとっていた。
ゆっくりゆっくり、首が地面へと降りていく。
ドラゴンの顔がとうとう着地して、レレメンドはゆっくりと、そばへと近寄っていく。
「魔王様! どうなされたのですか?」
ドラゴンの首が下ろされたお蔭で、十二選たちはようやく「魔王様が苦しんでる」ことに気が付いたらしい。頭を抑えてもがき苦しむ様に、急におろおろと慌て始め、駆けつけようとして全員がバリアに衝突、ぼろぼろと地面へ落ちてくる。
そんなコントが繰り広げられる中、レレメンドだけが自分のペースを保っていた。
ドラゴンの額にむけて手を伸ばし、指を順番に折って拳を作り、ぐるぐると回している。
「貴様! ケレバメルレルブの鱗を返せ!」
ウーナ王子が叫ぶが、当然祭司は止まらない。たどりついたところで竜の鱗を額にぐいっとはめて、レレメンドはうっとりと恍惚の表情を浮かべている。
美羽は心の中で、うわあ、と唸り声をあげていた。
あの顔、そして「ドラゴンの鱗」なんていう特別感あふれるアイテムの登場。
どう考えてもこれで「完了」だ。
だってほら、エメラルド色のドラゴンが、ゆっくりと首を持ち上げ、翼を広げ、尻尾をくいくい動かし始めているじゃあないか――。
「レレメンドさん、滅亡まであと何秒?」
「まだだ」
祭司様は余裕の表情で、美羽に答えつつ視線はドラゴンから離さない。
「あれは別にディズ・ア・イアーンじゃないってコト?」
だったらきっと、世界にありとあらゆる絶望を振りまく神獣の方なんだろう。
「だからなんなの。どっちも駄目だよ」
安心してる場合じゃない。一体なにをやらかす生き物なのか、せっかくのドラゴンなのにときめきよりも畏怖の方が勝っている。
いや、むしろその方が正しいかも? と囁く心の中の自分の口にガムテープを貼って、美羽は仲間達へ振り返り、少し焦った。
「どうしよう、敵の人達放っておいていいかな?」
十二選はよほど強くぶつかって行ったのか、白目をむいてひっくり返っている。
背後で気絶している敵と、壁の向こうで起きようとしている「最後の聖戦」。
どちらに注視してたらいいのやら、美羽は悶える。
「どうしよう、どうしたらいいの?」
アイディアなんて浮かんでこない。
エメラルドのドラゴンは、ゆっくりと魔王に向かって進んでいく。
どんなに叩いても、突き刺しても、レレメンドバリアーはまったく壊れる気配がない。
「レレメンドさん、なにをする気なの!」
ドラゴンの隣を進んでいく背中にむけて「教えろ」と美羽は叫ぶ。
ここから先はまったく予想がつかない。
終末のドラゴンはまっすぐ前に進んでいき、このままでは魔王とぶつかってしまう。
「もしかして、魔王を食べちゃうとか?」
まさかね、と思った瞬間、祭司は振り返ってニヤリと笑う。
うーわ、それが答えなの? と美羽は激しくのけ反る。
原型になるドラゴンのフィギュア。
血で汚れた翼。
狂戦士の呪い。
黄金の竜の鱗。
そして、「世界の平和を脅かす魔王の命」ときたか!
全員で呼びかけても、レレメンドたちの足は止まらない。
どんなに攻撃しても、見えない壁が破れない。
背後では十二選が唸り声をあげて、目覚めようとしている。
この状況で戦いが起きるのか。彼らにしても、魔王様の大ピンチの状況だ。もしかして協力してなにかできるんじゃないか、なんて思いも浮かぶが、あの暗黒司祭に敵うのかどうか?
「もしかして、詰んだ?」
せっかくここまで辿り着いたのに。
やっと「チームワーク」を手に入れたのに。
元の世界に戻る前に、真っ暗闇に包まれるバッドエンドになってしまうのか。
「リーリエンデ、やっぱり、駄目だよ。このままじゃ助かる可能性がゼロだもん」
「しかし、皆さんの力がなければ我々は……」
「確かに『今は』倒せないかもしれないけど、でも」
ゼロよりはマシなんじゃないか。
そう思うものの、これが一番正しい決断なのかどうか、自信はまったくない。
美羽はすっかり途方に暮れて、三人の頼もしい勇者さんたちの顔を順に見つめた。
ウーナ王子は自慢の金髪をいつもよりしっとりさせて項垂れている。
「我々の力がもっと強かったなら……」
ヴァルタルの耳も垂れて、先端が肩に乗ってしまっている。
「あいつ、あんなに強かったとはな」
ブランデリンも哀しげに目を伏せている。
それは見慣れた、特に旅の初期によくしていた顔だったが、騎士は突然スパーンと、自分の右頬を引っ叩いてみせた。
「どうしたの、ブランデリンさん」
「諦めてはなりません。レレメンド殿の力が強いのはわかりましたが、我々だって負けてはいないはずです」
いちいち「キリッ」という擬音を浮かべたくなる程、ブランデリンの表情は力強いものになっていた。
腰抜けと散々ののしられ、いじられ、泣かされていた騎士は隣に立つ王子様とエルフの手を取り、こう告げる。
「力を合わせましょう。一人の力で駄目なら、三人で合わせるのです。今の私たちになら、それが出来ます」
ヴァルタルが弓を、ブランデリンが剣を構えてレレメンドバリアーに向かって立つ。
ウーナ王子が二人をサポートし、一点を集中して狙おうという話があっという間にまとまっていた。
これや、これが見たかったんや! と美羽は感激の渦の中にいた。
たとえ世界が滅びても、このシーンが見られればほんの少しくらいは、無念の度合いも減るだろう。
いや、違う。彼らが手を取り立ち上がったんだから。だから、信じるべきだ。応援しなければ。
心を立て直して、美羽は拳をグーにする。
頑張って、と声をあげると、たちまち勇者さんたちも微笑んで、一面に花が咲き乱れていく。
「ヴァルタル、ブランデリン、行くぞ!」
ウーナ王子が叫んだと同時、背後でゆらりと黒い影が動き始める。
「十二選が!」
美羽が悲鳴をあげたが、すかさずユーリが答えた。
「僕とリーリエンデ様でなんとかします!」
心が決まっていないのはリーリエンデのみ。
男気を見せた少年に一瞬だけ笑顔を向けると、ウーナ王子は激しい風を巻き起こして二人の戦士に力を送った。