ドラゴンライドと胴体着陸
洞窟だとか、魔物達の居住区、行政区を中にそっと隠していたオートリア山を抜け出し、勇者御一行様はとうとう敵の総本山的なアレ、ホーレルノの山頂に辿り着いていた。
高くそびえるホーレルノは険しく、山頂近くにしかドラゴンが降りられるスペースがない。
仕方なくガタガタ震えつつ、美羽たちは雪があちこちに積もる岩肌の上に降り立っていた。
「美羽、震えているな、可哀想に」
ウーナ王子のあったか魔法は、限定でお二人様まででーす!
雪の中に薄紅色の薔薇を撒き散らしながら、殿下はいつもの眩いスマイルを浮かべている。
「んもう、殿下、いけませんよそんな不平等は」
いくらお好きだからって、と言いながら、お姉さんパワーでユーリが他の面々を優しく包み込んでいく。
「ユーリ、いつの間に魔法を使えるようになった?」
「ちょっと理由がありまして」
二人だけのホット・アイランド計画を邪魔されて、殿下は鋭い視線をユーリへ向けている。
「ウーナ様、みんなもあったかくないと死んじゃうよ」
美羽が止めてようやく、殿下は「優しくて頼りになる俺と可愛い君モード」へと移行を始めた。どうだミハネ、暖かいだろう。あいつらも同じような力を使っているようだが、本当に熱いのは我々の愛だけだよとかなんとか、耳元で囁かれながら美羽は真っ赤な顔で辺りを見回していく。
「ベルアロー、どっちに行けばいいの?」
地理がわかる可能性があるとしたら、一人しかいない。
頼りになる低木は頭をぽりぽりかきつつ、うーんと小さく声をあげている。
「上から来たことはないんで、おれっちにはちょっと……」
お前がわからないんじゃお手上げじゃないか、とヴァルタルは言う。
「じゃあ、レレメンドさんの言う通りにしよう」
なんで? と大体のメンバーの目が丸くなる。
美羽としては「これしかない」とっておきだ。レレメンドに賭けるのが最も合理的だと思っている。
とはいえ、さすがに心証が良くないかなあという思いも湧き出してきて、美羽は腕組みをして考えた。
ウーナ王子はレレメンドが喋っている姿すら見た覚えがないだろう。
ブランデリンは祭司を「裏切り者」だと思っているかもしれない。美羽を蹴り落とした「理由」は、まったく伝えていないわけで。
ヴァルタルはいきなり翼をもがれて、助けられたという感覚はあるだろうが、完全に納得がいっているとは思えない。
ユーリとリーリエンデの師弟コンビも同様だ。どちらもちょいちょいレレメンドのやる事なす事を見ているだろうが、どれもこれも「なんでそんなことすんの?」的なシーンにしか居合わせていない。
「とにかくまずは、えーと、あっち。中の方に入ろうか?」
ゴツゴツした岩が作った影の中へ全員で移動していく。
とにかく空から丸見えの状態では落ち着かないので、大きな窪みになっている部分で八人で収まるが、少しばかり狭い。四人の美青年と一人の美少年、気のいい魔物と駄目師匠に囲まれ、嬉しいやら恥ずかしいやらイッツパラダイス。
そんな素敵な仲間たち、主に美青年部分へ目を向けつつ美羽は話した。
「あのね、みんなバラバラになってた時期があるから、ちゃんと情報を整理しようと思うの」
「ミハネはなんと賢いのだろう」
狭い中で手が伸びてきて、美羽の頬にふわっと触れる。
こんなぎゅうぎゅう詰めの中でも殿下の愛情はおかまいなしに炸裂していて、美羽は恥ずかしくて堪らない。
「しかしミハネ、先に私の話を聞いて欲しい」
「なあに?」
「私の呼んだドラゴン、ケレバメルレルヴだが、戦闘能力は一切ないのだ」
なにそれめっちゃ危ない!
という理由で、一行は再びドラゴンに乗って空を旋回していた。
てっきり空の遥か上の方を悠々と飛んで、襲い掛かってきた敵は炎のブレスでイチコロよ! くらいに思っていたのに。
あの窪みに入ったくだりにはまるで意味がなくて、殿下もっと早く教えてよ、と美羽はぶつぶつ呟いている。
「このケレバちゃん、戦えないの?」
ドラゴンは一行を乗せたまま、ホーレルノ山をぐるぐると回りながら降りていく。その途中で魔王様の居る場所への入口が見つからないか、全員が目視でなんとかしようとしている状態だ。
「そう、らしい。強い戦いの力を持つ竜は、私にはまだ呼べなかった」
即席召喚じゃ仕方ないよなあ、と美羽は思う。
エキスパートであるところのリーリエンデですら、最強最高の勇者チームは呼べないのだから。ほんの数時間程度、牢屋の中で全裸の男に教えてもらった程度で最強のドラゴンを呼び出せたら苦労はない。
ドラゴンの上はふんわりとした暖かい空気に包まれている。
最初の飛行で、風は強いわ寒いわ飛ばされそうだわ。その経験を生かして、気の利く美少年がガーリーパワーで見えないドームを作ってくれているらしい。
「ええと、なんだったっけ?」
確認事項も話しておきたいアレコレも、なにもかもが多すぎる。
ちょっと待って、とノートに書き出して、一行はホーレルノの山をぐるぐるとまわる。
「まずはレレメンドさんについてだよね」
悩みつつ、美羽は結局こう切り出した。
「色々納得いかないことが多いと思うけど、レレメンドさんは全部、こうすればうまくいくっていう確信を持ってやってるの。レレメンドさんが大丈夫って言ったことは、基本的に、大丈夫なんだよね。だから」
話しながら、これでは「レレメンドさんマジ最高。至高の存在。大好き。超信頼してる」みたいじゃないか、と美羽の心の中にも影が落ちていく。
愛するマイハニーから発せられた「妄信」ぶりに、ウーナ王子は当然黙っていない。
「ヤツが正しいと、そう思っているのかミハネは」
実際にそうなのだから仕方ない。
レレメンドは能力的に「間違えない」のだから、困った時には彼に頼っておけば安心なはずなのだ。
とはいえ、確かにこの言い方ではおかしかったかな、と美羽は額をぽりぽりと掻く。
「そうじゃなくて、レレメンドさんには特殊な力があってね」
「それが、ミハネ殿にあんなことをする理由になるのですか?」
ブランデリンも声をあげ、王子様がまた反応する。
「あんなこととはなんだ」
金髪がぴりぴりと逆立っていく。王子様に凄まれ、騎士は思わず口を噤んだが、お母さん系エルフはかるーくこう答えてしまった。
「ミハネを妻にしたってヤツだろ? まったく、ははは、おかしいよな」
ヴァルタル、それ言ったらアカンやつや!
と思うがもう遅い。ウーナ王子は辺りに黒い薔薇の花びらを撒き散らしながら、既に怒りの火球をレレメンドへ投げつけている。
「あっつぃ! ああっつういいいい!」
邪神の祭司様はいつものアルカイックスマイルを浮かべているだけなのに、炎の弾はぎゅんぎゅんそれて全部リーリエンデへぶつかっていく。
服が焦げて全裸寸前になった師匠へ、弟子が慌てて水をかけている。即座に新しい服が魔法のカバンから取り出され、よく出来た師弟関係だと感心してしまいそうだが、そんな暇はもちろん、ない。
「どういうことだ、貴様!」
魔法が全部弾かれて、ウーナ王子は前へと進む。
レレメンドの真正面に立って胸ぐらをつかむが、びくともしない。
細い、細すぎる! 魔力は無限大、BUT腕力は皆無。それが薔薇生産機能付きケルバナックの王子様だ。
レレメンドの戦闘能力については、そういえばまったく判明していない。
足が速く、妙な力があるのは間違いないが、肉弾戦となるとどうだろう?
ウーナ王子では敵わないだろうが、その隣にずいっと出てきた騎士だったら?
レレメンドの前には、殿下と騎士が並び、面倒見のいいお母さんも争いの火種をなんとか消そうと前に出ている。
「レレメンド殿、あの時なぜミハネ殿を蹴り落としたのですか」
ブランデリンはちらりと美羽を振り返り、哀しげなオーラをふわっと振りまくとすぐに視線を戻した。
「もしも必要だったとしても、蹴る必要はなかったでしょう」
「か弱いミハネを蹴るとは、貴様!」
イケメンに囲まれるイケメン、そんなイケメンたちの喧嘩をとめようと「まあまあ」となだめるイケメン。
至福に満ちた光景だが、どうせなら和やか、仲良し、一致団結した姿をそろそろ見てみたい。
美羽の願いもむなしく、「蹴り落とした」の部分に殿下の怒りはますますヒートアップしているようだ。
自分が話のタネになっているせいで恥ずかしい気分が出てきて、仲裁をしなければと思いつつ、美羽の足は動かない。
しかし、少し期待ができそうな雰囲気がある。自分が行かずとも彼らが自分たちでなんとか出来るのではないか。
希望はそう、翼をなくしたエンジェルこと、ヴァルタルの存在だ。
「やめようぜ、今は。こんな話してる場合じゃねえだろ、ウーナ、ブランデリンも」
せっかく全員集まったんだぜ、とお母さんは優しく、全員の肩を叩いて回っている。
「細かい話は後だ。俺たちがやるべきは仲間割れじゃなくて」
なんという光景だろう。
あんなに仲が悪くて、炎の弾をぶつけたり、飛び掛かったり、無視したり嫌味をいってばかりだった勇者さんたちが、神妙な顔をして黙っている。
美羽は感動でうるうる、瞳に涙を溜めている。
王子と騎士と偽エルフは、揃って顔を美羽に向けてその表情を確認し――。
「美羽が泣いているではないか! やはり貴様、破壊神に仕えるなど……、邪悪そのものだったというわけだな!」
ウーナ王子は右手を振り上げ、今度は氷の礫をレレメンドに向けて噴き出している。
「ウーナ様、やめて! 危ないよ!」
ドラゴンの背中はそれなりの広さがあるが、大人の男が五人、女子高校生が一人、美少年が一人、そして魔物が一体乗っている。魔物については身を低くしてただの茂みと化しているのでまあいいが、とにかく全面的に争うには少し狭すぎた。
「空の上なんだよ! 落ちたらどうするの」
バシューッと噴き出した氷攻撃を、レレメンドは両手をクロスして防いでいる。
美羽のお願いでやめるかと思いきや、止まらない。それどころか、ブランデリンまで短剣を抜いて祭司に突き付けている。
「納得いく答えを教えて頂けないなら……」
え、斬るの? と美羽は震える。
「やめろって、ウーナ、やめろ!」
レレメンドの反撃はなく、防戦一方になっている。
ヴァルタルは殿下の肩を掴み、ブランデリンにも剣をしまうよう声をかけている。けれど、誰も彼も言う事を聞かず、竜の背中は大騒ぎだ。
やけどにひいひい唸る師匠の介抱をするユーリに、美羽は走り寄っていた。
「ユーリ、なんとか出来ない?」
「今はちょっと厳しいです。皆さんを守る防護壁を作っていますから」
そっちの術をやめたら全員落ちてしまいます、と美少年は困った顔だ。
じゃあそのお師匠様にお願いしたいところだが、彼のポンコツぶりはよく知っている。自分が痛いとか、しんどいとか、そう思っている時には絶対に動かない。間違いない。
「やめろって言ってるだろうが!」
どうする、と思って顔をあげた途端、ウーナ王子が吹っ飛んで美羽のすぐ前に落ちてきた。
二人の位置関係と今とっているポーズ的に、どうやらヴァルタルが殿下を引っ叩いて吹っ飛ばしたらしい。お母さんは次に騎士の方へ振り返って、こちらには脳天へげんこつをお見舞いしている。
そして最後に邪神の祭司にも平手打ちを、しかも左右に一回ずつスパーン、スパーンとかまして、ヴァルタルは腰に手をあててこう叫んだ。
「俺たちが争ってミハネが喜ぶと思ってるのか?」
長い水色の三つ編みをぶんと揺らして、エルフは叫ぶ。
「俺も、お前も、お前も、お前も! ミハネが大好きなんだろうが! 好きなら、喜ぶようにしなきゃ、駄目だろうが!」
小学校低学年かよ、と思うような稚拙な説教に、美羽の顔は真っ赤に染まる。
大好きとかナニソレであり、全員が反論せずむしろ申し訳なさそうにうつむいているあたり、もしかして本当に好意を持ってくれているのかなと期待がむくむくしてきてしまっており、嬉しくて恥ずかしくて、最終的に鼻の下をでろーんと伸ばしてえへえへと笑う。
「これからさっさと魔王のところに行ってぶっ飛ばして、終わったらみんなでミハネの世界に遊びに行こうぜ。ウーナ、お前、すごいよな。本当に召喚覚えたんだろう? 俺とブランデリンもオマケでいいから一緒に連れて行ってくれ。な!」
鉄拳を食らわせてようやく本当にわかりあえたな、みたいな雰囲気でヴァルタルが一人一人の手を取っていく。殿下を立たせ、騎士の肩を抱き、レレメンドの胸元を掴んで美羽の前へと連れて来る。
左から、ブランデリン、ウーナ、ヴァルタル、レレメンドが並ぶ。
それぞれが本当に強くて、本当に見目麗しい「選ばれし勇者」たちだった。
改めて、こんな素敵男子たちと苦難を乗り越えてきたんだなあという思いが美羽の中に溢れていく。どいつもこいつもかっこよすぎて、視線をどこで止めたらいいのかまったくわからない。
「美羽、ごめんな。ほら、ウーナ、ブランデリンも」
お母さんに促されて、殿下は頭を下げ、美羽の手を取って額に当てる。
「済まなかった……、ミハネ」
ブランデリンは膝をつき、胸に手をあてて美羽の前で頭を垂れる。
「申し訳ありませんでした、ミハネ殿」
ドラゴンはゆっくりと、ホーレルノ山の周囲を旋回している。
少しずつ少しずつ高度を下げて、今は岩肌を舐めるような低空飛行の真っ最中だった。
魔王城の入口は見つかったのか、唯一トラブルとは無縁のベルアローへ確認しなければならない。
「お前もだぞ、レレメンド。お前がワケわかんないことしか言わないから、こんなに揉めるんだ」
ぐいぐいと押されて、レレメンドが美羽の前へと進んでくる。
祭司様は絡まれただけ、とは確かに言えない。美羽は苦笑いを浮かべ、目の前に立つ褐色の肌、特にはだけた胸元の辺りを見つめた。
肉体美に気を取られていたというのも、もちろんある。
けれど、それだけではない。なにかがキラリと光った気がして、目がそちらに向いてしまった。
「レレメンドさん……」
それなあに? と美羽が問いかけようとした瞬間、レレメンドはにやりと笑みを浮かべると右手を竜の背中にどん、と強く突き当てた。
響き渡る竜の咆哮。
痛みに苦しむような、胸が締め付けられる切ない叫びと共に、ぐらりと世界が揺れる。
のけ反り、傾き、ひっくり返って最後は激突。
あっさりと浮力を失った金色のドラゴンはホーレルノ山の岩肌へ激しく突っ込み、乗組員を順番にバラバラと落としていった。