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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
8日目 緊急指令:すべてのフラグを回収せよ!
54/62

特攻と書いて、「ぶっこみ」と読もう!

「ああ、ミハネ! ミハネェーッ!」


 ドラゴンの背中から飛び降りるなり、かわされた熱い抱擁。

 王子様お元気そうでなによりですね、くらいしか美羽の頭に浮かぶ言葉はない。ぎゅうぎゅうふわふわ、柔らかい金色の髪が鼻をくすぐってきて堪らない。それになにより今、大ピンチですし?


「ウーナ様、良かった無事ででもちょっと落ち着いて!」


 やんわりと体を引き離し、辺りの様子を窺おうとした美羽を、今度はリーリエンデが邪魔をした。ドラゴンの背中に乗ったぽんこつ師匠は本当に残念なことに素っ裸で、股間をおさえた姿勢でおろおろしている。


「やだあ、もうっ!」


 美羽の悲鳴を聞きつけて、ヴァルタルとユーリが飛んでくる。

 全裸のリーリエンデを偽エルフは指をさしてゲラゲラと笑い、ユーリは慌ててカバンに手を突っ込んで着替えの用意を始めている。


「ブランデリンさんは?」


 確認したい事はたくさんあって、ウーナ王子の乗って来たドラゴンについてもものすごく気になって仕方ない。なにせ、鱗はまさかのゴールド。ラスボス街道まっしぐらのキラッキラの黄金色で、どこから呼んできたのか、捕まってたくせにどういうことなのという思いが募る。


 そして十二選の皆さんが襲い掛かって来ないか。


 でも優先順位をつけるなら、やっぱりブランデリンの挙動が心配だった。

 小さい青いオバケ軍団が消えた今、もしかしたら次に襲われるのは美羽たちかもしれないわけで。


 辺りを見回すと、ブランデリンは行政区の通路のど真ん中で倒れていた。

 隣に大きな石のかけらが落ちているあたり、多分、当たってしまったのだろうと思われる。


 いつの間に移動したのか、隣には既にレレメンドが立っていて、邪神の祭司は「ふはははは!」と笑い声をあげながら右手を大きく振り上げ、なんとブランデリンの背中に突き刺したーっ! 

「うわああーっ!」

 美羽が叫ぶと、不満そうなウーナ王子も事件現場へ目を向けて小さく唸った。


 ブランデリンの背中には、レレメンドの腕が突き刺さっている。

 なにその超常現象、としかコメントできない、異様な光景が広がっている。


「なんだアイツ! おい、ブランデリンになにしてやがるんだ!」


 ヴァルタルもやってきて、美羽の隣で叫ぶ。

 レレメンドは動じることなく、すぐに右腕を引き抜いてみせた。


 右手の中には、黒く輝くほわほわしたなにかが握られている。

 祭司はそれをぎゅうっと握ると、例によって胸元へしまい込んでしまった。


「なんだアレ?」


 ヴァルタルが呟き、王子は顔をしかめる。

 リーリエンデは着替えに夢中で、ユーリは師匠のお世話があるので気になりつつも現場の様子は見られない。


「あれは多分、呪い……だよ」

「呪いとは?」


 右からウーナ、左からヴァルタルが覗き込んできて、美羽のヒロイン感が一気に上がる。

 イケメンサンドの具になりながら、美羽はカッカしつつ、こう答えた。

「ブランデリンさんには呪いがかかってたって……、病気じゃなくて呪いがあって戦えなかったみたいなことを、そのー、レレメンドさんが言ってた」

 ヴァルタルはへえ、と頷き、ウーナ王子は青い瞳をキラキラさせながらこう叫ぶ。

「ヤツがまともに話したのか?」


 必ずみんなこういう反応をするんだな、とマネージャーは深く頷いてしまう。


「そうだ! ウーナ、お前、無事で良かったなあ!」

 色々とショッキングなあれこれが次々起こっているせいですっかり遅れたが、ヴァルタルの言う通りだった。お母さん系エルフは笑顔で王子様を抱きしめ、頭をくしゃくしゃ、顔を両手で挟んで頬をなでなでし、最後はなぜか両足を掴んでぐるんぐるんジャイアントスイングをかましている。


 それをよけつつ、美羽は上と下、二箇所に視線を動かしていた。

 

 上空では十二選が集まってひそひそと話し合いをしている。

 なんだあれは、とドラゴンを指差し、どうするあれ、と建物を指差してわあわあ騒いでいるようだ。

 

 ブランデリンはぐったりとしたまま動かない。

 レレメンドが取り出したものはなんなのか、わからなかった。聞いても答えるかどうかわからないので勝手に想像してみたが、美羽の答えはやはり「呪い」で落ち着いている。


 ヴァルタルの翼、ブランデリンの呪い、美羽のドラゴンストラップ。


 単純にせっかく仲間になったんだし記念になにかちょうだい! という話ではないだろう、と思うが、案外そんなパターンだったらちょっと面白いなと考える自分もいる。


「ミハネ様、ブランデリン様をお助けします!」

 ブランデリン周辺をガン見している美羽に声をかけたのは、仲間の中で唯一「常識と良識」を兼ね備えているユーリ少年だった。しかし、振り返れない。

 そんな不安も、美少年はきちんとくみ取って一言添えてくれる。

「大丈夫です、リーリエンデ様はもう服を着ておいでですから」


 考えてみれば、ウーナ王子も上着くらい貸してやればいいのに、という結論が出てくるが、貸さないところが王子らしいというかなんというか。

 すっかり異世界異常識軍団にしてやられているな、と自覚しつつ、美羽はユーリに問いかけた。


「助けるって?」

「このままではあの強そうな敵が来てしまいそうですから、とにかく皆さん集まった方がいいと思うんです」

「ホントそれだわ」

 出来るのならば是非! 

 ここにきてきわめてマトモな申し出に、美羽はぶんぶん首を振って頷いた。

「あの、でも、……僕ちょっとだけレレメンドさんが怖いんです。ミハネ様も一緒に来て頂いていいですか?」

「だよね、オッケーわかった」

 頭をくしゃくしゃと撫でて、美羽はユーリの手を取る。


 その瞬間、ヴァルタルに放り投げられた王子が美羽の背中に激突して、三人は団子になって屋根の上から落っこちてしまう。


「ああ、すまない! ミハネ、大丈夫か?」

 ユーリを下敷きにしたまま、ウーナ王子はどさくさに紛れて美羽を抱きしめて離さない。


「んもう、殿下、急がないといけません!」

 ユーリが釘をさし、

「ごめんごめん、つい嬉しくて思いっきり投げちまった!」

 ヴァルタルも降りてきて、

「私を置いて行かないで下さい!」

 リーリエンデも慌ててついてくる。


 衝突と落下の衝撃でくらくらしつつ、美羽はガッツポーズを決めた。

「やった、これで全員揃うよ!」

 しかしちらりと上空を見上げれば、十二選は話し合いを終えたようであり。

 一ヶ所にまとまっていた影はふんわりと広がり、元通りのフォーメーションに戻ろうとしている。

「急いで!」

 

 美羽の声と共に、全員で駆け出す。ところが号令をかけた主が一番遅いという体たらくだ。

「ミハネ、掴まれ!」

 ヴァルタルが伸ばしてきた手を、ウーナがぴしゃりと叩く。

「ミハネは私が引っ張る!」

 美羽が競うように引っ張られた結果、一行はあっという間に残りの二人のもとへ辿り着いていた。


 血だまりの中で動かない騎士と、ご機嫌な邪神の祭司様。

 どうみても「事件現場」でしかない。

 犯人はレレメンドだ! と叫びたくなる光景だが、そうではない。我を失ったまま戦い続けて体力が尽き、たまたま落ちてきた石に止めをさされただけだ。そう、レレメンドがなにかしでかしたのは倒れた後なんです! 彼は、無実なんです! 的な状況なのだ。


「レレメンドさん」


 彼はこう言ったはずだ。

 彼奴が生きていなければ目的は果たせぬよ、と。だから大丈夫――。


「ん?」


 さっきまで生きてたけど、今はもう死んでまーす、もあり得るか。

 そう気が付いて、美羽から一気に血の気が引いていく。


「ブランデリンさん、生きてるよね?」


 レレメンドはニヤリと笑って右手を伸ばす。ひゃーっと悲鳴をあげたのはどこにいたのかわからない低木便利系魔物のベルアローで、祭司のもとへ引き寄せられたと同時にガツンと頭を殴られている。

「アニキ、なにするッスかー!」

 するとポンポポンと、ベルアローの頭にはいくつもの実がついた。

 それをむんずと掴み、レレメンドは倒れた騎士の上でぎゅうっと、その場で生絞りにしていく。


 何個も何個も果汁をかけられ、ブランデリンの表面はすっかりベッタベタだ。

 しかしどういう効果なのか、騎士は震え、鎧がかちゃっと小さく音を立てた。


「ブランデリン!」

 こういう場面でなりふりかまわず駆け寄ってくれるのはヴァルタルで、倒れた騎士をよいしょとひっくり返し、抱き起こしている。

「ヴァルタル殿……」

 小さな小さなうめくような声。やはり傷は深かったのかと思いきや、次の瞬間割と元気そうにブランデリンは自力で立ち上がっていた。


「ウーナ殿下、それに……ミハネ殿! 無事だったのですね」

「こっちの台詞だよ、ブランデリンさん。助かって良かった!」


 名前を呼ばれたからなのか、それとも美羽が駆け寄ったからなのか。ウーナ王子も続いて、これで五人の「召喚されし異世界人」が揃った。ユーリとリーリエンデも集い、ベルアローは頭をさすりさすり、よかったッスねえと微笑んでいる。


「貴様ら、なにを和気藹々とやっているのだ!」


 これに異を唱えたのはもちろん、空中で律儀に待機してくれていた十二選だ。


 いるもんだなあ、と美羽は小さな感動を覚えていた。

 これまでにお約束を守ってくれたのは、三賢者のジャルなんとかさんだけだった。

 あとはもう、卑怯な手を使い、珍妙な格好をし、はたまたとぼけた爺さんのふりをしていたり、不死身だけれど他にはなんの能力もないとか、へんてこな設定の魔物たちばかりだったから。


「ミハネ、こっちへ」


 ウーナ王子がぎゅっと美羽の手を引く。

 ブランデリンははっとしたようなどシリアスな表情で二人を見つめ、レレメンドもギラリと瞳を輝かせている。

 ヴァルタルは何故かルンルンとした表情で足踏みをしており、準備は万端そうだ。


 美羽の手を握りしめたまま、麗しの王子様はぴいっと口笛を吹く。すると黄金色のうろこを煌めかせながら、ドラゴンが優雅に飛んできて一行の前に降りたった。

 ドラゴンの体は大きい。二階建て、全部で十部屋のアパートくらいのサイズで、降りたつなり行政区の平屋がばきばきと崩れていく。

 ドラゴンはそんな破壊活動についてまったく気にしていない様子で、煙をもうもうと巻き起こしつつ澄ました顔で待っている。体を低くして地面に這わせ、まるで「乗れ」と言っているかのようなポーズをとっている。


「もしかして、乗っていいの?」

 空には敵が待ち構えており、非常に危険な状態だ。でもドラゴンの背に乗っていいよと言われて断る妄想家元がいるだろうか。いや、絶対にいない。

「もちろんだ、ケレバメルレルヴ!」

 ウーナ王子はもしかしたら、二人きりで乗りたかったのかもしれない。だが、誰よりも先にヴァルタルが喜び勇んで背に飛び乗って、その後にユーリが続いてしまっている。ユーリが乗ればリーリエンデも後から続くし、レレメンドはいつ乗ったのかわからないがとにかく既にそこに佇んでいる。

 こんな割り込み乗車に、殿下はすっかりおかんむりだ。


「さ、ウーナ様も!」

 苛立たしげな王子の表情も、久しぶりで、懐かしくて、ちょっぴりいとおしい。

 怒った顔がよく似合うなあと微笑む美羽に気が付いて、王子様もにっこり笑う。相変わらずのその破壊力に、美羽の頬は真っ赤に染まる。

「ブランデリンさんも早く!」


 奇跡の復活を果たした騎士は、戸惑いの色を浮かべながらも竜の上へと進んだ。

「ベルアロー、いる?」

「おれっちも乗っていいッスか」


 さきほど散々実をつけさせられたせいか、ベルアローの樹は若干痩せて見えるような気がして、美羽はまた笑った。

 こんな危機的状況で笑っていいわけがないのだが、そんな余裕はないはずなのだが、でもようやくそろった仲間たちの姿が嬉しくてたまらない。


「行くぞ!」


 ドラゴンの背中はごつごつしていて、眩しい。

 妄想ノートに書いておきたいが、飛んでいる最中は無理だった。これについても後でメモしなければと思いつつ、必死になってしがみつきつつ、美羽のハートは最高潮にエキサイトしている。

「ウーナ様、このドラゴンどうしたの?」

「もちろん呼んだのだ、私のいた世界からな!」

 殿下は髪をなびかせつつ、愉快そうに笑った。

「囚われていた牢にリーリエンデが放り込まれてきたから、召喚術を教わったのだ」

「なるほどー」


 魔物たちも随分油断しているというか、ナメてかかってきたのだな、と美羽はイヒヒと笑う。


 でもきっと、ウーナ王子でなければ成し遂げられなかったことだろう。

 なにせ、教師役のリーリエンデは全裸(マッパ)だったのだから。

 王子のドラゴン愛と底抜けの魔力が、そんなすごくアレな状況をも乗り越えさせてくれたに違いない。


「この子の名前、ウーナ様がつけたの?」

「いや違う。会ったことはなかったのだが、私の召喚に応じてくれたのはこのケレバメルレルヴだったのだ」


 リーリエンデの召喚術を応用したのなら、この金色の竜にももしかしたら「書」があったりするのだろうか。なんて美羽は思う。そんな想像を膨らまして、あれこれ考えて、そしてはじき出されたのはこんな疑問だ。


「……あれ、どこに向かってるの? 今」


 来たぞ、とか、戦いだ! みたいな雰囲気はカケラもない。

 進む先に十二選の皆さんの姿はなく、雲一つない晴れ渡った青い空と、高い山が一つ見えるだけだ。


「あんな雑魚ども相手にしていられるか。全員揃ったのだから、行き先は一つしかないだろう」


 それって、もしかして。


「魔王のところ?」


 かつてリッシモの王城の長い長い廊下から見た「ホーレルノ山」。

 魔王が住まうというその山が、もうすぐそこに迫っている。



 突然すぎて、心の準備が出来ていない。

 後ろの、勇者様御一行たちはどうだろう?

 ユーリは、リーリエンデは大丈夫なのか。


 十二選の皆さん、どう思っているだろう。

 彼らが活躍する時間はあるのだろうか?


「あははは!」


 心配だらけなのに、美羽は楽しくてたまらなくなって笑っている。


 いろんな気持ちが生まれていく中に、「もしかしたら負けてしまうんではないか」という不安だけはカケラもない。


 ただひとつ嫌なのは、もうすぐこの旅が終わってしまうのかという予感だけ。

 奇跡が起きて参加出来た、この素晴らしすぎる異世界ファンタジー冒険譚はそろそろ閉幕。そう思うと寂しくてたまらない。


 途中であんなに辛い思いをしたのに。

 つい昨日体験した散々な一日をすっかり忘れている自分に気が付いて、美羽はまた、笑った。

 


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