(そろそろ)クライマックスだよ! 全員集合(して欲しい)!
美羽はとても鈍くさい女子高校生で、体育の成績は悪く、ゲームは好きだけれどもアクションは苦手。反射神経を求められるものは、やってみたいけれどクリアできない。
なのでそういうものは、見るだけ。兄がプレイしている後ろでやんややんや、お菓子片手に好き勝手にコメントするのが常だ。
今、薄暗い水面の向こう側で繰り広げられている光景は、兄が愛してやまない英雄無双というタイトルのゲーム画面のようだった。
鹿頭から奪った剣を手に、ブランデリンは敵を蹴り飛ばし、逃げる者は追って背中から斬りつけ、真っ二つにして屍の山を築いている。ゲームと違うのは、主人公から怪光線が出ず、空を飛びまわったりしないところくらいだろう。
大勢の敵をいっぺんに倒して気分爽快、がウリのそのゲームと同じように、ブランデリンは自分の周囲にいる「動くもの」をすべて斬って、斬って、斬りまくっている。
十一鋭のうちの誰が呼んだのか、青い布をかぶった「いかにも雑魚です」オーラを振りまく小柄なオバケ状の魔物がわらわらと湧いて出てきたが、ブランデリンの前では恐ろしく無力だった。
わーっと大勢で来て、一薙ぎで十体ずつ飛ばされていく。辺りにはどんどん、青い小さな山が出来ていく。
ブランデリンの強さについては、よくわかった。
けれど、様子が普通ではない。美羽を探すことなく、狂ったように剣を振り回すだけ。まるで敵を倒すだけの機械と化したかのようであり、敵の海に飛び込む騎士の後を、美羽は慌てて追っていく。
「レレメンドさん、あれはどういう状態なの?」
知っているのなら全部教えて、と美羽は問いかけた。
間違いなく、目の前の祭司は「知っていた」はずだと思うから。
「いわゆるひとつの、狂戦士的なあれとか、そういう感じ?」
レレメンドは美羽の隣で、いつも通りの無表情のまま速度を合わせて走っている。
「その言葉の意味はわからぬが、巫女の考えとほぼ同等の災厄が騎士には降りかかっている」
それ以上の説明はなく、美羽は小さく首を傾げた。
ブランデリンには呪いがかかっていて、なにかの弾みで我を失い、戦いの鬼と化してしまうようだ。
戦いを恐れていたのはこのせいだったのか。
マネージャーは考え、嫌な予感にとらわれて震える。
ああいう「我を失って戦い続ける系」が止まるのは、力尽きた時と決まっている。戦いの中で傷を負って、遠くから矢を射かけられて、針山のような状態になって仁王立ちで燃え尽きてしまうのではないか。それはちょっと、いくらなんでも、この危機を乗り越える代償としては大きすぎる。
「レレメンドさん」
なんとか止めてよ、と言いかけた口があんぐりと開いたまま止まる。
十一鋭の姿は既に見えない。今は雑魚敵が大波小波を作りながら前から尽きることなく押し寄せてきている真っ最中だ。
時折咆哮をあげながらブランデリンは波を斬り、前へ前へと進んでいく。
その向こうに、ヴァルタルとユーリが立っているではないか。
「え、なんで? なんでヴァルタルとユーリがいるの?」
道路にあふれる青い雑魚敵の隣、屋根の上を二人は駆けてくる。
目のいい偽エルフはブランデリンを見つけて、手をあげて大きく振って合図を送っている。
「ブランデリンさんは閉鎖された空間の中にいるはずだよね」
ブランデリンと美羽が二人で十一鋭の仕掛けた罠、水面の向こう側的な場所に連れ込まれ、美羽だけがレレメンドの力で戻った。そう理解していたのに、実際には違ったようだ。
なにせ、レレメンドがいい笑顔を浮かべている。初めて見せる「ふははは!」みたいな顔で、大きく口を開けたまま遠くを見つめてニヤニヤしているのである。
どんなカラクリがあったのかはわからないがとにかく、別な空間に移動しているのは美羽とレレメンド、二人の方だったようだ。
青い雑魚軍団の隣の道を、ヴァルタルが駆けてくる。
ブランデリンの名を呼び、手を振って、合流しようと建物から飛び降りてしまう。
薙ぎ払われた雑魚が作った小さなスペースへと降りたヴァルタルに、ブランデリンはなんの躊躇もなく斬りかかった。
「危ない!」
美羽のシャウトは届かない。
ヴァルタルは驚き、慌てて再び屋根の上へと飛び移って難を逃れた。
音声が聞こえないのでなんとも言えないが、見えている様子と性格的なものから想像するに、「どうしちまったんだブランデリン」みたいなことを叫んでいるようだ。背後からやってきたユーリを制し、様子がおかしな仲間と距離を開けていく。
ブランデリンはヴァルタルを追わず、目の前に溢れる青い雑魚を切るのに夢中になっている。
「敵も味方も関係なくなってるよね、ブランデリンさん」
残念ながらレレメンドは返事をしない。言いたいことしか言わない男だとはわかっていたが、それにしたって勝手な大人がいたものだと美羽は呆れてしまう。
「もう、知ってること全部教えてよ! こんなにピンチな場面でまだ黙ってるとかズルくない? ねえ、ちょっと、レレメンドさん! 結婚した仲なんでしょ! 妻のものは夫のものっていうなら、夫の秘密は全部妻に教えるべきでしょうが!」
両肩を掴んで、美羽は邪神の祭司をがっくんがっくんと揺らした。
返事はやはりないのだが、さすがに迷惑そうな表情だ。
「おーしーえーてーよー!」
これはワンチャンあるか、と美羽はもっと激しくレレメンドを揺らしていく。最終的には肩の上に乗って、頭を掴んでぐるぐるまわし、耳元で喚き、髪を引っ張ってさきっちょを三つ編みにしながらぎゃあぎゃあ騒いだ。
ここまでされると、動じないのがウリの邪神の祭司も参ったらしい。
胸元に手を入れると小さな葉っぱを取出し、それに左手の小指をあてて「ふん!」と気合をいれた。
「あれっ? なんスか! なんなんスか!」
ボン、と現れたのはベルアローで、頭のてっぺんをレレメンドに捕まれた形であわあわしている。
慌てて祭司の肩から降りて、美羽は超お役立ち系魔物に駆け寄ると即、質問を浴びせかけた。
「ベルアロー、今の状況を教えて!」
「ええーっ? おれっちの方が知りたいッスけど。なんなんスか?」
「ここは安全な場所。ブランデリンさんの様子見た?」
辺りをきょろきょろ見回す魔物の顔をスパーンと両手で挟んで、いいから報告せんかい、と美羽は凄んだ。
余りの迫力に、ベルアローは小刻みに震えながら答えていく。
「あ、いえ、あんまりあの騎士のお兄さんの様子は見られてないッス。翼の兄貴は様子がおかしいから離れろって、言ってたッスかねえー?」
そのくらい知ってるわい、と美羽は顔をしかめた。
不満爆発の十万歳にますますビビって、ベルアローの背丈はみるみる縮んでいく。
「ええとあの、騎士のお兄さんの声がするって行った方に、お兄さんはいませんで、そこにいたのは十認魔の皆さんだったッスよ」
十認魔。ベリベリアと同じ数字の魔物が待っていた。
やっと出てきた新情報に、美羽はふん、と鼻息を荒くする。
「何人いたの?」
「九人いらっしゃったッスよ。十認魔さんたちは魔法の類が効かないんで、戻ってアニキと合流しなきゃって話になってえ、それでえ」
十認魔が待っていた。
彼らは魔法が効かない。
ブランデリンの声がするよう、偽装がされていた。つまり罠が仕掛けられていたということだ。
本当のブランデリンは十一鋭に捕まっており、こちらは美羽を捕える罠になっていた。
ぐるんぐるん、妄想パワーが頭の中を駆け巡っていく。
相性が悪い組み合わせになるよう、パーティは見事に分断されてしまったという訳だ。
そして何もかもを見通していたレレメンドが、更にその上をいっていた……?
「うわ、怖っ! レレメンドさん怖っ!」
ヴァルタルとユーリは屋根の上、少し離れた場所へ避難している。
そこに、追って来た「十認魔」らしき魔物達が到着して今、ブランデリンに次から次へとやっつけられているではないか。
ちょっと目を離した隙に、騎士の周囲には山のように魔物達が屍の山を築いている。
青いチビオバケだけではなく、おそらくは数字持ちであろう者たちも。
「ふはは、お前らの攻撃など効かぬわー!」と意気揚々とやってきたであろう十認魔たちも、手を付けられない、狂犬と化したブランデリンに屠られて今は夢のあと――。
「やだ、あっちも怖い!」
ブランデリンの鎧はやたらとカラフルに染まっている。蛍光グリーン、黒、光沢のある紫、どピンク、青、水色、そして赤。
あれはもしかして血なんじゃないかと美羽は考えて、頭を抱えた。
「このままじゃブランデリンさんが死んじゃう」
へんてこなカラーは異世界の魔物たちのだとして、赤は彼自身のものなんじゃないか? だとしたら、結構な量が流れ出している気がする色合いだ。
再会した時に、右手をだらんと提げていた。
手当も血止めもしていないまま、あんなに暴れまくって、無事でいられるはずがない。
ヴァルタルは心配そうに暴れる騎士を見つめ、ユーリへ振り返って相談を始めている。
あいつ、なんとかならねえのか。畳みかけられて、ユーリはおろおろしつつ、ガーリー軍団へ確認をしているとか、そんな雰囲気が漂っている。
「ねえ」
この状況をなんとか出来るのは、ブランデリンを救えるのは、多分レレメンドだけだ。美羽はそう思い声をかけたのだが、待てよ、と腕組みをして目を閉じた。
さっきも考えた、「レレメンドが求めているもの」。
もしかしたら、それにブランデリンの狂戦士化も含まれているのではないか?
「レレメンドさん、ブランデリンさんを死なせないで」
助けてよ、という台詞は引っ込めて、美羽はレレメンドの手をとる。
「あなたが求めてるものがなにかはわからないけど、邪魔はしないから、だから」
いや、マジで破壊神呼ばれたら困らない? と心の中の黒い美羽が笑う。
駄目よ、そんなこと言ってる場合じゃないわ! と白い美羽は目をうるうるとさせて叫ぶ。
そんな二人をまとめてゴミ箱に突っ込んで、美羽は手を握る力を強めた。
「彼奴が死んでは目的は果たされぬ」
レレメンドが立ち上がり、にやりと笑う。
先程暴れた効果で、珍しく祭司のビジュアルは乱れきっていた。頭はぼさぼさ、髪の先は中途半端に三つ編みにされているし服もよれよれになっているが、瞳に浮かぶ妖しげな輝きだけはそのままだ。
右手を伸ばし、美羽の左頬に添えて、優しく撫でて満足そうに笑う。
「さすがは我が妻、異世界より来たりし巫女。これほどまでとは、とても嬉しく思うぞ」
なにについての発言なのかは言わない。それがレレメンドクオリティ。
黙って了解して、美羽は小さく頷いて答えた。
細かいことは言っていられない。絶対にコントロールできない男だとわかっているから。
ブランデリンの命が保証されるなら、それで良しとしなければならない。
しかし、祭司はにやりと笑ったきり、なにもしなかった。
ブランデリンは止まらない。動くものは斬らずにいられないらしく、次から次へと湧き出してくる青いオバケを倒しまくっている。周囲には青い布きれが次々に積まれていって、十認魔の皆さんたちがどうなったのかは最早わからなくなっていた。
「ベルアロー、他の数字持ちは出て来ない?」
「わからないッス。多分でスけど、大抵の連中はもうやられちまってるっぽいッス」
八枝葉、十認魔、十一鋭。彼らについてはわかる。
八枝葉はネーゲに倒されてあとは裏切り者が一人だけ。
十と十一の残りは今、眼前に広がる青い海の下に埋もれているんだろう。
「九の魔物は?」
「もういないみたいッス」
九弦臣たちはみんな、洞窟の中でヴァルタルに倒されたんじゃないかとベルアローは言う。
なるほど、みんなバラバラになった時にも戦いは起きたはずだろうと美羽は頷き、だとしたら、と次の予想を立ててみる。
「じゃあ後は、十二選だけ?」
「そう、みたいッスね……」
ベルアローの返事はやたらと弱々しく、視線がぼやーっと泳いでいる。
怯えたようなその態度は明らかにおかしく、美羽はベルアローの見つめる先へと視線を動かした。
「わあ」
行政区の奥には巨大な建物がひとつ建っているのだが、その前にぷかぷかと浮かんでいる集団がいた。
その数はまんまと十二で、左右に六人ずつ分かれて、真ん中が高くなるよう、かっこよく見えるフォーメーションを作って空に浮かんでいるではないか。
「あれが十二選?」
「そうッス。とうとう出てきちゃったッスよ!」
ふいに、青いチビオバケたちが姿を消していく。
振り下ろした剣が空を切って、ブランデリンはよろけ、そして咆えた。
「ブランデリンさん」
獣じみた雄叫びに鳥肌を立てつつ、美羽は祈った。
彼の身が守られるように。仲間の命が失われないように、と。
「人間たちよ……」
これまでの数字持ちたちとは違って、十二選はみんな「人型」をしているようだ。
ただし肌の色はみな蒼黒くて、いかにも悪そうな雰囲気をぷんぷんと出している。
服のセンスも悪くはなく、珍妙なデザインの者はいない。十一鋭にもちょっとわけてやって欲しかったなと思えるくらい、全員の姿がまともだった。
こんな風にキメキメで並ばれると、本気なのが伝わってきてしまう。
しかもこれまでで一番多い十二人、一ダースが欠けることなく勢ぞろい。これはどう考えても強敵に違いなく、手負いの獣のブランデリンがどう出るかわからない今、こちらの分はかなり悪いと言わざるを得ないのではないか?
だよね、だよね、そうだよねと、脳内ミハネ王国議会は大騒ぎの状態で、無駄だと思いつつ美羽はレレメンドの顔を真正面から覗き込んだ。
「レレメンドさん、ねえ……、問題ない?」
この状況でも、いつものアレが飛び出してくるかどうか?
邪神の祭司の太鼓判があれば、少しくらいは勇気が出そうだし、ヴァルタルたちの戦いだって安心して見ていられるだろう。
祭司からの返事はない。
代わりにレレメンドは黙ったまま、右手をまっすぐ前へと伸ばした。
びしっと人差し指を立てて、行政区のど真ん中の建物を示している。
「よくぞ――」
並んでいる十二選のうちの、左から六番目がリーダーなのか、彼が口を開いた途端。
背後の建物が突然、爆発を起こして弾けた。
石の破片が飛び散り、空からばらばらと振ってきて美羽は慌てたが、どうやら「こちら側」に影響はないらしい。
それよりもなによりも、建物の中から飛び出してきた巨大な影だ。
「なに、あれ?」
日差しを浴びて黄金色に輝くそのシルエットは、どうみても、いわゆる「ドラゴン」に見えた。
それが空に向かって一声叫ぶと、レレメンドの作った空間がびりびりと破れていく。
「ミハネーッ!」
遥か上空から聞こえる呼び声。
ドラゴンはびゅうっと空を旋回すると滑るように降りてきて、美羽の前へお久しぶりの金髪キラキラプリンスを送り届けた。