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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
8日目 緊急指令:すべてのフラグを回収せよ!
52/62

奇妙な信頼感と、発想の逆転と、剣の鬼

 背中に走った衝撃、迫りくる地面、一瞬のブラックアウト、瞬く星。

「ミハネ殿!」

 ブランデリンの叫びと同時に、ビッターンと激突。体も心も痛くて、一瞬、なにもかもがわからなくなってしまう。


「レレメンド、貴様!」

 ガチャガチャと響いているのは鎧の音か。

 ぐるぐるとまわる。視界も、思考も。

「人間は得意よの、仲違いというやつが」

「あちらの黒いには今は用はない。残念だな、金属の」

 ブランデリン以外の声に聞き覚えはない。当たり前だ。彼らは多分、十一鋭の残りなんだから。九人勢ぞろいで今、おそらく、ブランデリンと美羽を取り囲んでいる。


 一気にどばっと汗を流しながら、美羽は顔をあげた。

 想像通りの光景がそこにある。九つの人影は皆色とりどり、人型だったりそうではなかったりしつつ、頭から足元まで真っ黒いマントで覆ったやたらと強そうなデザインのヤツが騎士の上に立っている。ブランデリンは顔を踏みつけられ、苦しげに美羽を見つめている。

「ブランデリンさんっ」

 立ち上がって、少し迷った挙句美羽は背後を振り返った。

 そこには行政区の平屋があって、屋根の上にはレレメンドが立っている。しかしどこか様子がおかしい。裏切りの旦那様は水面を覗き込んだ時のような暗さと、歪みに覆われている。


「彼はそこにいる。が、そこにはいない」

 ブランデリンの上に立つ黒マントが朗々と声をあげる。ちくしょう、十一鋭は声がいいのがデフォルトなのか。いや、ネーゲは別にそうでもなかった。でも、セバスッチアーンと同じくらいのイケメンボイスであり、マントの裾を無駄にはためかせながら立つ敵の姿はやたらとカッコいい。


 こんな美羽の内心を読んだのか、黒マントははらりと、顔を隠していたフードをとった。

「兜じゃん」

 真っ黒いフードの下は、漆黒の兜。悔しいことにデザインは非常にエレガントで、無駄な突起がいくつもついていてファンタスティックだ。この下は間違いなく若くて美形な素顔が隠れているよね、と期待をさせるデザインであり、妙な敗北感を覚えて美羽はぐぬぬと唸っている。


「ミハネ殿、すみません……」


 踏みつけられているブランデリンは苦しげに、目を伏せてしまった。

 顔の下には赤黒い染みがじわりじわりと広がっている。そういえば、右腕をだらんと垂らしていたはずだ。負傷しているのだと気が付いて、美羽はぎゅっと歯を噛みしめ、更に唸る。


「のこのこと現れてくれて感謝している。どのような体制になっても我々は残るが、やはり更新は不快なものなのでね。それに、生意気な八枝葉が弱点をぺらぺらと話したというじゃないか」

 人間たちが知っていい話ではないのだよ、と黒い兜の下から声がする。笑っているような響きを含んだ、とても冷酷な声だった。


 これはアカンやつや、と警報が鳴っている。

 国民の意見は百パーセント統一されて、逃げるべきだと、王に告げている。


 ここまで、美羽と十一鋭の対戦成績は二勝〇敗。完全なる勝利を収めてきたがしかし、あれはまったくもって偶然、ハサミとカッターで弱点を切るチャンスに恵まれただけの話なのだー!


 脳内解説者が説明する声を遠くに聞きながら、美羽はぐぬぬのポーズのまま動けずにいた。

 ブランデリンの大ピンチであり、レレメンドまさかの裏切りであり、完全に囲まれている状態で、どうしたらいいか本気でわからない。


 こんな混乱の中でぐっちゃんぐっちゃん、わけもわからないまま泥を啜りながら、美羽はふとあることに気が付いた。

 絶望的な状況。今のこの悲劇を作った原因であるところのレレメンドが、「どうして美羽を蹴り落としたのか」、理由がわからない。


 もちろん、邪神の祭司なのだから、根っからの極悪人だったと考えることもできる。

 でも、彼はそんなに単純な男ではない。いつだって真摯な瞳をしていた。見ているものがこの世界とか、共に歩んでいる仲間ではなかっただけで。


 そう、レレメンドが見つめているのは「破壊神 ディズ・ア・イアーン」だ。

 世界に無をもたらし、すべてを終わらせる神の御心にそって彼は動いている。

 レレメンドが求めているものはなにか。

 そのためにはなにが必要なのか。


 わからない。

 わからない時は……では、逆に考えてみよう。


 レレメンドには「無駄な行動」がないはずだ。

 つまり、彼のするすべての行いは、彼の目的を果たすための重要なファクターたりえるのではないか?


 ここまで美羽の脳はフルスロットルで動いており、かかった時間は一秒弱。

 地面に片手、片膝をついたまま目をくわっと見開いて動かない少女に、十一鋭はひそひそ内緒話を始めている。


 もしもレレメンドのやることなすことすべてに意味があるのなら、美羽を蹴り落としたのも「必要だったから」だ。

 美羽のドラゴンストラップを取ったのも。

 ヴァルタルの羽根をもいだのも。

 リーリエンデを魔物に引き渡し、ブランデリンに追わせたのも。

 美羽を一人でトイレに行かせたのも。


 それから彼はなにをした?

 いや、遠い記憶は今はいい。こうして地面に突き落とした理由はきっと、「必要だから」だ。

 彼は「あらゆる未来の顛末」がわかり、異世界に来てなお、自分の目的を果たすためだけに動いている。つまり――。


「観念したか、小娘」


 黒マントとは別の、爽やかな声がして美羽ははっと我に返った。


 汗がたらりと背中を落ちていくのを感じる。

 もしかしたら切られてしまうかもしれないという状況なのに、ゆっくりと、美羽は背後へと視線を向けた。


 屋根の上にはレレメンド。


「声をかけても聞こえぬよ。こことそこはもう別の世界なのだから」


 また十一鋭のうちの誰かの声。

 それはわかっている。美羽は地球でつちかった妄想知識の中から、「これは多分ちょっと次元のズレたところへ隔離されたんだな」とあたりを付けていた。

 暗い水面にはばまれた向こう側に立つ祭司は、まっすぐ前を向いている。

 地面に蹴落とした美羽とは、視線が合わない。けれど、ふと口元が動いた。


「無駄だ、助けは来ぬ!」


 無慈悲な宣告が下される。

 だが、もう焦りはない。


 流れに身を任せるのだ。

 レレメンドの唇は、美羽にメッセージを伝えてくれた。


 問題ない、と。


 彼は門を開ける前にこう言っていた。もうすぐ「時」は来るのだと。

 その時が、破壊神の復活をさすのだとしたら、それはそれで困る気がするけれど。そんな不安もあるけれど、でも。


「どちらから先に逝く?」


 仲間を信じるんだ。彼らはみんな性格にやや難があるものの強さは折り紙付き。ここまでの強制合宿で育んできた友情はまだ小さいけれど、でも確実にお互いを結んでいるはずだから。


「金属の、貴様から切り裂いてそこの娘に絶望を味あわせようか」


 しゃらりん、と音がして、分厚い刃が美羽とブランデリン、二人のちょうどど真ん中に現れる。

 十一鋭はそこにいて、二人を取り囲んでいる。ブランデリンの背に乗り、頭を踏みつけている漆黒の鎧と、砂っぽいのだとか、幻っぽいの、長いマントだとか、ちょっと鹿に似ているのだとか、セバスッチアーンほど強烈なビジュアルの者はいない。なんとなく「その他大勢」感が漂っていて、そう感じていると気が付いて美羽は小さく笑った。


「それとも小娘が無残に嬲り殺される様を見たいかな?」


 二人の強敵を倒して、レベルアップしていたんじゃないかと。

 力も素早さも変わってはいないけれど、異世界順応レベルとか、開き直り度は確実に上がっている。


「ミハネ殿」


 余裕のマネージャーに対して、ブランデリンの声は蚊の鳴くような弱々しさだ。


「大丈夫、ブランデリンさん。私は大丈夫」

 

 美羽の笑みを諦めと勘違いしたのか、騎士の表情には悲壮が浮かぶ。


「いい度胸だ。では望み通り、お前から逝け!」


 分厚い刃が美羽へと向けられる。刃を持っているのは爽やかボイスの、鹿頭の魔物だ。

 鹿といっても、角が立派でたくましい体をした悪魔じみた雰囲気ではなく、バンビっぽいラブリーさの漂う鹿の顔をしていて緊張感にかけている。いや、逆に怖い。悪趣味なホラーの香りはしかし、やっぱりどこかふざけているようで、美羽はまたニヤリと笑う。

 

 この得体のしれない魔女スマイルに十一鋭はほんの少しだけひるんだようだった。

 その一瞬が命取り。

 地面スレスレの位置から凄まじい雄叫びがあがる。どこか哀しげな、魂の底からの咆哮がとどろいて、黒マントがひっくり返って思いっきり鹿と頭と頭をごっつんこしてしまう。


 ブランデリンの動きは野生の獣のように素早かった。鹿の持っていた剣を奪い、腕から血しぶきを撒き散らしながらもすぐ隣に立つ砂っぽい魔物をまっぷたつに切り裂き、更に幻風の一体もズバーンと。こちらはふんわりと粒子が散っていくような感じで、倒したのかそうじゃないのかよくわからないがとにかく、十一鋭のうちの二人をスパスパーンと切って捨ててしまった。


「ミハネ殿だけには手出しはさせない!」


 今の修羅場はこのどシリアスな展開を見越してのものだったのか! と美羽の脳は一瞬で沸騰してしまう。なんというご褒美、なんというレレメンド。


 でも、とても痛々しい姿だった。右腕の怪我の深さはわからないが、地面に小さな赤い花畑ができている。ブランデリンが動き、流れた血が作ったもので間違いない。曲げた肘の先から今も、しずくは落ち続けている。痛くないのか、貧血になってしまわないか、十一鋭に勝てるかどうかよりも騎士の安否の方が気になってしまう。


「貴様、よくもルーミとエリィを!」


 わあ、可愛い名前! と美羽は息をのむ。というか、砂と幻の二体はどうやらあれでKOだったらしい。


 臆病者だったはずの騎士は、強かった。

 ベリベリアも一撃、いや、二撃だったか。とにかく相手に反撃の隙を与えない鋭さがあるのは確かで、「書」に「とてつもない剣の使い手」と書かれていただけのことはある。


 仲間の名を叫んだ球体が繋がった形の魔物も、一番てっぺんの丸を剣先で砕かれてしまう。

 残り六体まで減った十一鋭が「プルーン!」と叫んだので、球体の名はプルーンだったのだろう。


 あっという間に三体の仲間を失って、それでようやく火がついたのか、残りの十一鋭は一斉に動き出した。黒マントと鹿はブランデリンに掴みかかり、長いマントがぺしゃんこにつぶれたかと思ったら足元へささーっと忍び寄っていく。

 残りの三体のうちの二体は仲間の後ろでブランデリン包囲網を厚くし、そして最後の一人。


「小娘ーっ!」


 しゃがれた声の、小さな影は美羽へ一直線。

 かさかさに割れた岩のような皮膚をした、人型に近い形の魔物は空高く飛んで、右手を思いっきり美羽へ振り下ろしてきた。


「いたあーっ!」

 

 もちろん攻撃はヒットしてしまう。美羽は非戦闘員であり、それどころか平均的な高校一年生女子よりもだいぶ鈍くさい。若いくせに妄想ばかりしているので、身体能力は嘆かわしいほどに低いのだ。


 人生初の魔物のグーパンがもろにヒットして、よろけてしまう。

 美羽のあげた悲鳴に反応して、ブランデリンが振り返る。

 それを好機ととらえて、魔物達は一斉に牙をむく。


 美羽と違ってブランデリンの身のこなしに無駄はない。剣で受け止め、体をそらし、足を踏み出して、あらゆる攻撃を喰らわない。けれど、さすがに五対一は不利だ。足元からきた長マントが何をしたのか、ブランデリンはとうとうよろける。そこに、容赦のない追撃。背中に突き立てられた刃に騎士はうめくような声をあげて。

「ブランデリンさん!」

 すぐそばに岩っぽいのがいて、美羽は迷う。

 またパンチを喰らったら今度はどうなることやら。

 でも、騎士様が大ピンチだ。レレメンドの方を振り返りたいけれど、ブランデリンが心配で心配で、たまらない。


 影が蠢く。すごく不吉な予感がして、美羽はびくりと震えた。


「ミハネーっ!」


 再びのシャウトが行政区に響き渡った。


 この声がヴァルタルに届いていないだろうか。

 ユーリと一緒に急いでUターンしてきて、あっという間に残りの六体をやっつけてしまう。そんな夢のような大活躍があって、それで、みんな助かったらいい。


 すぐそこでふりあげられている拳に、美羽は既に気が付いている。脳天を直撃したら、きっと無事では済まないはずだ。それもすべて、ディズ・ア・イアーンの思し召し、なのだろうか? わからない。目を閉じて、美羽は歯を食いしばる。大丈夫、絶対大丈夫、私たちは揃ってみんな無事で、笑顔で、もとの世界に戻るんだから!


 エンディングの麗しい一枚絵がぼんやりとかすんでいく。怖くて怖くて、信じたいのに信じ切れなくて、迫りくる一撃を感じながら美羽はくわっと目を見開いた。


「はゃあーっ!」


 この旅始まって以来何度目かの珍妙な叫び声をあげたのは、すぐ目の前にレレメンドがいたからだ。

 邪神の祭司は片膝を立てた姿勢で、超然とした笑みを浮かべている。

 

 ぼんやりとくすんだ暗い波の向こうから、レレメンドの腕が伸びてくる。

 刹那、世界が繋がる。

 景色には波紋が広がって、にゅうっと伸びてきた両腕は美羽の手首を力強く掴んで引き寄せた。


 ごぼぼ、と水の中のような感覚があったのは一瞬だけのこと。

 隔絶された世界を抜けて今、美羽は無事、レレメンドの胸の中にいたりして。


「どうなってんの」

「すべて計画通りだ、巫女よ。我が神はもうすぐそばに。この地にてすべてが満たされるだろう」


 なんのこっちゃすぎて、イケメンの胸の中という状況へのときめきは一切生まれない。

 そして美羽は慌てて背後を振り返った。


 ゆらゆらと揺れる暗い波間の向こうには、ドス黒いオーラを噴き出した騎士の姿が見える。

 まるでブランデリンらしからぬ姿に、美羽は震えてしまう。

 いつでも誠実で穏やかだった瞳は大きく見開かれ、狂気の黒で塗りつぶされていた。

 剣は持っているものの、まるで野生の獣のように背を丸め、身を低くして歯を剥いている。


「ブランデリンさん!」


 声は届かない。

 手を伸ばしても、なにも起こらない。ただ、暗い世界を囲む暗い色の壁がゆらゆらと揺れるだけだ。


「ブランデリンさんになにしたの?」

「なにもしてはいない。彼の言葉を借りるのならば、『病』がああさせているのだ」


 解説してくれるなんて珍しくない? と美羽は軽くエキサイトしながら旦那様の肩を掴んでゆさぶった。

「病って? レレメンドさん知ってんの?」


 ニヤリ。祭司様は大変整った顔立ちだが、やっぱり邪神に仕える男だった。邪悪すぎる笑顔はある種の完成形と言えるステキさで、腰のあたりがぴりぴりと痺れてしまう。


「あの騎士を蝕んでいるのは病ではなく、『呪い』だ」


 思いもよらない真実に、美羽は勢いよく振り返る。


 暗い壁の向こう側では、血沸き肉躍る「ブランデリン無双劇場」がちょうど開幕したところだった。

 

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