お待たせKnightと裏切りのPriest
魔法の力で雪を蹴散らしつつ、一行はガンガン進む。
「なあ、俺たちはどこに向かってるんだ?」
ヴァルタルの発言に、ユーリも視線を美羽へ向ける。そういえば説明していなかったと、マネージャーは慌てて口を開いた。
「魔物たちの行政区ってところ、だよね、ベルアロー」
「そうッス。捕まえた人間を収容する施設があるッスよ」
そこには一度、四人で入ったのだと美羽は話していく。ベルアロー、ブランデリン、レレメンドと、駆け抜けてあっという間に出てしまったのだけれども。
「まっ黒いオバケみたいなちっちゃい魔物がたくさんいて、並んで歩いてたよ」
「そいつらはなにをやってるんだ?」
「事務仕事、だったっけ」
先頭を歩くベルアローは、そうッスよと明るい肯定の返事をくれた。
戦いにはまったく対応できないので、大丈夫ッス、と。
「そういえばユーリ、首飾りの中の人達とはうまくやってるみたいだね」
魔法少年の出力はしっかり安定、あったかバリアーは途切れることなく仲間全員を守り、雪の中に道を作り続けている。
「はい、僕にはそもそも姉が七人もいますから。むしろなんだか、家にいるみたいで安心します」
なるほど、と美羽は感心するしかない。
あんなにやかましかったガーリー軍団たちなのに、うまくあしらう技術がユーリには既にあったのだ。もしかしたらとんでもない美少女ばかりの一家なのかもしれず、戻ったらぜひ勢ぞろいして出迎えて欲しいな、と夢は広がる。
「ルルーリお姉さんは何番目なの?」
「どうしてルルーリ姉さんを知ってるんですか?」
師匠のけなげな片思いについて、黙っておくべきか、否か。
考えた末、リーリエンデから聞いたんだよと美羽は話した。ほのかな思いは内緒にしておいて。
「ルルーリ姉さんは五人目の姉さんで、十六歳なんです。ミハネ様と同じ……? です、ね?」
このやろう、まだ十万歳だと疑っているのか。
可愛い少年がびくっと体をすくませたので、美羽はおかしくなってくすくすと笑った。
そんな話をしているうちに、目の前に高い高い壁が現れていた。
いつの間にか空は晴れ渡って、太陽の光が眩く巨大な扉を照らし、輝かせている。ちょうどお昼なんだなあと考えつつ、美羽は左右を見渡して騎士の姿を探した。
「ブランデリンさーん!」
時系列がどうなっていて、リーリエンデが攫われてからどのくらい時間が経っているのか。
よくわからない。ブランデリンが歩いた痕跡らしきものは雪の中になかったし、もしかしたら通ったルートが違うのかもしれなかった。
「ベルアロー、ブランデリンさんも捕まってるとか、そういう可能性はない?」
「どう……でしょうねえ。特にそういう情報はないッスけども」
「ベルアローってどうやって情報得てるの? 頭の中に速報でも流れるの?」
魔物たちのネットワークから切り離されているのではないか。そもそも、「八枝葉短波」はもうなくなっているはずだ。
美羽が問いかけると、気のいい魔物は少し恥ずかしそうに笑った。
「そうッスねえ。もしかして偽の情報流されてたら……、困っちゃうッス!」
例のひゅうはあ音をたてて、低木系魔物は楽しげに体を揺らしている。
笑っている場合じゃないでしょうが、と思うが仕方ない。
ブランデリンの行方は気になるが、少なくともウーナ王子がこの中にいるのは確かなわけで、行政区に来たのは無駄ではない。そう、無駄ではないのだ。
何度か呼びかけたものの、結局騎士からの返答はなかった。
「リーリエンデもここに閉じ込められてるんだよね?」
「攫われていっちゃいましたからね。恐らくは」
他に収容施設なんかありませんし、とベルアローは語る。
魔物についての知識は彼に頼る以外ないわけであり。もう、行政区には辿り着いたわけであり。
「行こう、でもこの扉、開くのかな?」
「大丈夫ッスよ、魔物なら触っただけでバターンってなりますからね」
そうなんだ、と感心する美羽だったが、次の瞬間大いにのけぞり、飛び上がってしまった。
後ろから突然、腰のあたりをまさぐられたからだ。
「いやああっひーっ!」
初めての感触に、思わずおかしな悲鳴を上げてしまう。
ヴァルタルもユーリも、ベルアローもなにごとかと目を丸くしている。
つまり、犯人は。
「なにすんの、レレメンドさん!」
急にそんな、痴漢のような行為だなんて破廉恥極まりなさ過ぎて恥ずかしくてドッキドキ。いや、別にお尻を触られたとか、そういう過度に性的なアレコレがあったわけではないのだけれどもだがしかし、紳士は突然女性の体に触るもんじゃないしそれくらい異世界の人だからって共通なんじゃないでしょうかとかそういう考えが爆発を起こして美羽を真っ赤に染め上げる。
レレメンドさんはいつも通り、さらりとした受け答え。
「良いではないか」
悪代官かよ、と激しく心の中で突っ込みつつ、美羽は旦那様の手に握られていたものにようやく気が付いた。
「あれ、それって」
褐色の逞しい手に握られているのは、ウーナ王子とわけあったドラゴンストラップだ。兄の部屋から失敬した、ゲームセンターのプライズであるところの、レアな彩色バージョンのストラップだった。
ラメ入りのエメラルド色のドラゴンの名を、美羽は知らない。ドラゴンの名前は似たようなものばかりで、兄は一生懸命語ってくれていたのに、妹はちっとも覚えられなかった。
「どうするの、それ」
なぜ、今、このタイミングでドラゴンストラップを勝手に持っていくのか。
疑問に思って当然のシチュエーションなのに、邪神の祭司の返答はこうだった。
「妻のものは夫のもの。夫のものは妻のものだ」
わかっていた。レレメンドと深く理解しあえる可能性は限りなくゼロに近いことくらい。
こんなジャイアニズム炸裂風の台詞も、レレメンドなら仕方ないと美羽は思う。
「なんだ、妻とか夫って」
それよりも周囲の反応だ。ヴァルタルもユーリも、ナニソレ丸出しの表情で美羽の返事を待っている。
「いや、なんていうかちょっと」
「我々は球星窯の器を順に飲み干し、夫婦の契りを交わした。ミハネは我が四番目の妻となった」
美羽にとって救いだったのは、二人のじっとりとした視線の中に「なに言ってんだコイツ」オーラが満載になっていたことだ。
いかにもレレメンドのことを信用していなさそうで、ありがたや、ありがたや。
美羽としても、ほんとにもー勝手なことばっかり言ってこのお茶目さん! 的な雰囲気でうまくやり過ごせそうでありがたや。
「それがいるんなら、あげてもいいよ。勝手に持っていくのはちょっとアレだけど」
「我々の勝利は今、約束された」
宇宙人と話しているような、この会話の繋がってない感をどうしたらいいのか。ひたすら斜め上へと駆け抜けていく邪神の祭司を適当にあしらい、美羽は改めてベルアローの背中を叩いた。
「よし、行こう」
準備はいいか。いいはずだ。だってみんな、身一つで飛び込むしかないのだから。
そびえたつ高い壁は、黒い石を積み上げた物だ。真っ黒い石はとても不吉で、少しゴージャスで、ところどころに苔が生えていてロマンが溢れている。
この先は、魔物だらけの場所だ。
今までもいつ襲われるかわからない危険地帯を歩いてきた。
でもここからは、確実に敵満載、戦闘を避けられないエリアなわけで。
「ミハネは下がってるんだ。レレメンド、ミハネを守れよ、絶対」
ケッコンしたんだろ、とヴァルタルはニヤリと笑う。
対して、レレメンドは無言。そして真顔だ。怖い。さきほどのブランデリンの安否について聞いた時の余りにも邪悪な笑みが思い起こされて、美羽の胸を不安が満たしていく。
「ユーリ、サポートしてくれ。俺がずっと前に立つからな」
「わかりました」
それに比べて、お母さん系エルフの頼りがいのあることよ――。
さすが一番最初に打ち解けた人だよね、と美羽はうんうん、出会ったあの日を思い出しながら頷いてしまう。
「ベルアローはどうなんだ、やれるのか?」
「おれっち、戦いはそんなに得意じゃないッス。でも、足手まといにはなりません。下の方からついていって、進路とか教えまスんで」
どうやら地面スレスレまで身を隠してついていくらしい。その場合、走っているのか、滑っているのか。魔物の移動手段は謎に満ちている。
でも、とにかくこれで作戦会議は終了だ。
行政区に入り、魔物が襲ってきたら蹴散らし、王子たちが囚われているであろう庁舎に入る。
「派手にやってれば目立つから、ブランデリンがそばにいたら合流できるんじゃねえかと思うんだ」
もう全部、この水色ヘアーの言う通りでいい。美羽は頼りになる勇者様に、微笑みを浮かべるだけだ。
「ちゃんとついて来いよ、レレメンド」
返事がないであろうと予想していたのか、ヴァルタルは祭司へ歩み寄り、突然左右の眉毛を掴むという暴挙に出た。
美羽とユーリは驚いたが、さすがレレメンド。まったく動じないらしい。
邪神に仕えるためにはさぞかし厳しい修行があるんでしょうねと、むしろ感心してしまうほどだ。
「まったく、返事くらいしたらどうだ?」
「異なる世界よりいでし翼の男よ」
「おっ、返事した!」
いや、返事ではない。レレメンドの言動は大体、他のみんなにはわからないようになっている。
「終末は近い。ディズ・ア・イアーンへの供物はすぐにすべて揃えられ、我々は『時』を迎える」
「はいはい、わかったよ」
ウェービィな髪をぽんぽんし、ヴァルタルは木の棒を構えると、よっしゃよっしゃと気合を入れた。
「ミハネ風だぜ」
キュン。まともなアクションをしたかと思ったら、地球風にしてくれていたなんて。
ここにきてヴァルタルのポイントは急上昇、他にポイントを競う相手もいないので、断トツの一位に躍り出て突っ走っている。
ベルアローが扉に手を伸ばす。
ヴァルタルが前に立ち、ユーリが斜め後ろに続く。
美羽は一歩下がって、レレメンドのすぐ前に立った。
「行くッスよ」
いいぜ、とヴァルタルが答えて、魔物の手が扉に触れる。
巨大な扉は意外にも、バッキャーンと勢いよく開いて行政区へと一行を導いた。
大勢の黒いオバケが溢れているだろうと思ったのに、そこには誰の姿もなかった。
まっすぐに続く通路と、整然と並べられた建物だけしか見えない。
しかし、遠くからかすかに、音が聞こえていた。
「なんの音?」
「戦いだ」
異世界のエルフさんは目だけでなく、耳もいいらしい。
長い耳をぴょこぴょこ動かして、あれはブランデリンだ、ときっぱり言い切った。
「どこにいるの?」
「わからねえ。建物の上に登ってみるか?」
行政区の建物はみんな平屋の一階建てで、ユーリが風の精霊を呼ぶと、ジャンプ一つで飛び乗ることができた。
「あっちだ、土煙があがってる」
ヴァルタルの指差した方向には確かに、かすかに茶色いもやがかかっているようだった。
ブランデリンがどこから入って、何故あんな街のど真ん中で戦っているのか。それはわからないけれど。
「助けに行かなきゃ」
「おう、そうだな」
ユーリは再び風の精霊を呼び出し、仲間達全員の身を軽くする魔法をかけてくれた。
通路の上をひとっとびして、屋根から屋根へ、美羽たちは行政区を駆け抜けていく。
やがて、明らかに景色が変化していった。
通路の上に散らばり始める、黒い衣。それはきっと行政区で働く黒いオバケ状のもので、剣で切り裂いたであろう跡が残っている。それはどんどん枚数を増やしていって、途中からは通路を覆ってしまうほどになっている。
「ブランデリンさん!」
たった一人で、どれだけの魔物を切っているのか。
道を黒で埋め尽くした騎士の雄叫びが少しずつ、近づいてくる。
「ブランデリン!」
ヴァルタルも叫び、一際大きく飛び上がる。
ユーリもそれに続く、かと思いきや少しスピードを緩めて美羽の隣に並んだ。
「ミハネ様、あの木の実、もらってもいいですか?」
もちろん、と答えて袋から一つ取り出す。ベルアローはどこにいるのか、わからないが、今は恥ずかしがらずにナビゲートしてほしい。
ベルアローの実を齧りながら、ユーリは走っている。
本当に逞しく、頼もしくなった。すっかりお母さん気分で、なんだか涙が浮かびそう。
なんて考えている場合ではなく、美羽はきりりと表情を引き締めて足を動かした。
魔法の効果で体はとても軽やかだけど、やはり遅い。ヴァルタルの三つ編みはどんどん遠ざかっていき、食べながら走っているはずのユーリも、いつの間にか先を走っている。
振り返ればそこには、美羽と足を合わせて進むレレメンドの姿があった。
「……ありがと」
なんだかんだ、守ってくれているのかな、なんて。
これまでの行程も、色々と不明瞭な点が多かったものの、レレメンドは決して美羽たちを裏切らなかった。
彼も含めて全員で、この世界の魔王を倒す仲間なのだ――。
胸を熱くする美羽の耳に、ブランデリンの叫びが届く。
「ミハネ殿、早く走って下さい! 罠です!」
剣戟の音と、騎士の雄叫び。
切られた黒いオバケの道の先から聞こえたはずのそれとは、違う場所から聞こえた悲鳴のような声。
それは美羽のすぐそば、ちょうど乗っていた建物の真下から聞こえてきた。
足を止めて、視線を下へ。
早く走れと言われたのに。
そこにはずらりと大きな魔物たちの影が並んでいる。
並んだ集団のど真ん中、一人一歩前へ出たところに、ブランデリンが立っていた。
右手をだらんと垂らしていて、顔色は真っ青で。
「ようこそ、行政区へ」
ヴァルタルの姿は遠い。ユーリも追いつこうと懸命に走っている。
ベルアローはきっと、ヴァルタルのすぐそば、足元にいるんだろう。
「君が我々の仲間を討ったという、オクヤマミハネかな?」
この言い様はつまり、十一鋭だ。
数えてびっくり、九人もいる。要するに、勢ぞろい。
真ん中の一人がブランデリンの背中を打って、跪かせている。
高いところからすみません。
その余りの威圧感に、美羽は委縮して震えだす。
そしてそんな美羽を、背後からレレメンドが思いっきり蹴りを入れて落とした。