「切り札」って書いてなんて読む?
泣く、怒る、無反応、ため息。
勇者たちの反応にポジティブ要素は欠片もない。さて、ここから何をどうしたら事態が前向きに進展するか?
美羽は考えたが、さすがにすぐにいいアイディアは思いつかなかった。特に動く鎧については、何人がかりで押せば動くのか想像もつかない。
「ねえ、ユーリ。魔王のところまではもしかして、徒歩で行くの?」
「そうです。森の中も山の中も、馬車が通れるような道はありませんから」
そっかーやっぱ大自然ってそうだよねー、と美羽は頷く。
四輪駆動のバカでっかい車があったとしても、森だの山だのを走るのは大変そうだ。まともに行けるのはヘリコプターくらいだろうか。でも用意できないし、あったところで操縦できなきゃ意味がない。操縦できても、給油出来なきゃ仕方ない。
「じゃあ、自主的に歩いて行かなきゃなんだよね」
美羽はペラペラと四人の「書」をめくりつつ、小さく唸る。
顎に手を当ててうんうん考え、最後にピンポーンと閃いた。
「ユーリ、あなたの『書』はないの?」
「え? ええ、ありませんよ。ある訳ないです」
それは召喚の時に出てきた物ですから、と少年は話す。
「どういうこと? 召喚の時に出るって」
「異世界召喚をする時のシステムなんです。よその世界から誰かを召喚する時の条件は色々ありまして、召喚士の力に応じてちょうどいいパックを選ぶんです」
「パックときたか」
「はい。望みの人数の勇者を異世界から探し出すんですが、ええと、これは召喚する際にオートでマッチングされます。その際に、召喚可能な条件を組み合わせて決めるんです。最高に強くて四人の相性もピッタリ、何も言わなくても世界を救う為ならいくらでも戦ってやるみたいな人たちですと、ものすごいパワーが必要になってしまいまして、残念ながらリーリエンデ様には無理でした」
美羽の頭に浮かんだのは、旅行代理店の店頭に置かれているパンフレットだった。
土日祝日にかかるツアーは高い。朝食、夕食付だと高い。お部屋をスイートにすると高い。特急に乗る時に指定席にすると更にプラス。
素敵な旅をしたいけれど、予算は足りない。だから、どこかで妥協する。朝食は簡単なバイキングで、夕食はなし、お部屋はスタンダードツインで我慢して。
「あれと同じシステムなんだね」
「どれですか?」
召喚術師のリーリエンデが呼び出せる、予算を目一杯限界ギリギリまで使った組み合わせが現在の四人なんだろう。
魔王を倒す強さは持っているものの、チームワークは皆無、自主性もなし。一人は鎧の中に引きこもり、一人は邪神に仕え、あとは囚人と出力不安定なアンニュイ王子様。
「私を呼ぶ分の力はあったの?」
「いえ、ミハネ様は特別な力がないので、必要なパワーはほとんどなかったんです。占星術師がこの子がいればなんとかなると助言をくれたので、召喚させて頂きました」
私は無料のオプションだったか、と美羽は腕組みをして頷いた。
それでも結構、夢の異世界召喚だもの。無名の凄腕監督という妄想は当たっていたらしい。実績はゼロ、特別な力はなし。
そんな少女が勇者たちの心を一つにし、最後には世界と人類を救うというスペクタクルなのだ。
「いいじゃん! 俄然張り切っちゃうよね」
「頼もしいです。ミハネ様、よくわかりませんが、すごく頼もしいです」
美羽の瞳の中に宿る炎が見えたのか、ユーリは小さく震えたものの、最後は笑みを浮かべてみせた。
「ユーリは使える魔法とかあるの?」
「いいえ、僕はまだ修行中の身ですので。ただ、皆さんの身の回りのお世話と、道案内の為について行くだけです」
部屋の中では相変わらず、四人の勇者たちが不満そうな様子で待っている。
全員が大人で、レイアード王子以外はガタイもいい。彼らの身の回りの世話と簡単に言っているけれど、歩いて行くならとんでもなく大荷物になるのでは。そんな疑問が美羽の脳裏にボヨーンと浮かぶ。
「どうするの、食料とか。魔王の城まで行くっていうけど、さすがに一日や二日で着く距離じゃあないんでしょう?」
廊下から見えた山が、魔王のいる場所なんだとしたら?
遠かったように見えた。山登りなんて林間学校でした経験しかないけれど、中学生がワイワイ登るようなショボイ山とは比べ物にならない程、ホーレルノ山は高そうだった。冠雪しているし、寒いだろうとも思う。
「大丈夫です。荷物に関しては心配いりません。用意がありますから」
「全員で手分けして持っていくとか?」
「いいえ、簡単に持っていく方法があるんですよ」
ユーリはそこまで言うと、えっへんと胸を張ってみせた。説明になっていないが、可愛いので許そう。美羽はにっこり笑って、再び勇者たちの様子を窺う。
引きこもりの鎧は微動だにしない。邪神の神官もぴくりとも動かなくてなかなか不気味だ。エルフ耳はイライラした様子で、首につけた輪っかをしきりにいじっている。金髪王子はいつまでたっても、ため息を右へ左へ吹き出しまくっている。
「今日、もう、すぐに出なきゃいけないの?」
「本当はすぐにでも出たいところですが、無理な召喚でしたから。誰も納得いかないような状態で無理強いは出来ません」
本当は日本で一番有名なテーマパークにあるアレよりも立派なこのお城で、一泊したい。美羽の胸は膨らむが、夜が明けるまでに四人のうち何人かは逃げちゃうんじゃないかという気もする。なんといっても、彼らの実力は「最強」の折り紙付きなのだから。
「もう出ちゃおうよ」
こういうのは勢いが大事だからね、と笑う美羽に、ユーリは首を傾げている。
「行けますかね?」
「行けるよ、多分。なんでもやってみなきゃわかんないでしょ」
明るい声につられたのか、ユーリは嬉しそうに顔を輝かせている。
「じゃあまず、私に着替えちょうだい。アウトドアに向いてる感じの装備、用意してもらえるかな」
長袖のシャツに、厚手の布で出来たベージュのズボン。ひざ下までの長さのブーツには皮のベルトが何本もついている。腰にさげたポーチも革製で、デザインはとにかく古めかしい。というか、いかにも中世ファンタジー系で胸がズッキュンとしてしまう。綺麗な赤い上着は腰までの長さで、その上に羽織った長い革のマントの色はキャメル。寒さ対策にと手袋も用意され、それらをすべて身に着けると美羽は叫んだ。
「パーッフェクツ!」
完全なファンタジー風衣装。こんなカンペキなコスプレがあったものか! 素人では出来ない、本物の仕事にやっぱりワクワクが止まらない。
ゲームの登場人物になったような気分で鏡の前でうっとりし続け、たっぷり五分は過ぎただろうか。
「あの、ミハネ様、もういいですか?」
「あ、うん、ごめんね。嬉しくってつい!」
「ミハネ様、これは一体何で出来ているのですか?」
早速出発しようと言い出した頼もしい切り札に、エステリアも満足したのか付き添っていた。女王様は異世界からやって来て美羽の着ていたパジャマの、ボタンの部分に注目している。
「このようなもの、見たことがありません」
プラスチックだよ、と言っていいやら悪いやら。
異世界に新素材を持ち込んで、タイムパトロールとか異世界警備隊みたいな組織が現れないか、逞しい妄想力で美羽は「少し怯える自分」に酔ってみる。
「私のいた世界だと、やっすい素材なんですけれども」
まあ、とエステリアは驚いた表情を浮かべている。笑顔もいいけど、そういう顔もいいよね、と美羽はまたまたときめきの海で溺れていく。
「ちょうどいい服があって、よろしゅうございました」
「私もこんな服が着られて、とってもよろしゅうございます」
うふうふ笑いながら、美羽はエステリアに向けてウインクを飛ばした。
「任せて下さい。勇者さんたちに魔王を倒せる実力はあるんでしょう? 絶対倒して、世界に平和を取り戻しちゃいますよ!」
マントをぶわっと翻してポーズを決めると、純白の女王は突然、唇を噛みしめて涙を一粒こぼした。
「わ、どうしたんですか、エステリア様」
「嬉しいのです……。魔王が攻めてきて、お父様が亡くなり……、勇者を召喚するしか勝つ道はないと言われて……、でも、皆さんまるで戦ってくれる気はないようだったので」
とても不安だったのです、という言葉がピンク色の唇から零れ落ちていく。
美羽は胸はキュンキュンさせながら、その余りの可愛さ、健気さに身悶えていた。
「頑張る! エステリア様、私、超頑張るからね!」
「ありがとうございます」
白いレースの手袋には、涙の染みが出来ている。
けなげで可愛いお姫様とか大好物です、ごちそうさま! と美羽はよだれを垂らす寸前だ。
「ユーリ、あれを持って来て下さい」
「あれとは?」
「あれです。水晶を持って来て下さい」
「水晶?」
普段から王宮にいるものの、エステリアに直接仕えている訳ではないユーリにはわからなかったらしい。改めて大臣が呼ばれ、「あれ」が運ばれてくる。
差し出された仰々しいフカフカの上には、ロマンチックな輝きを放つ何かが乗せられていた
「ミハネ様、これをお持ち下さい」
「これは?」
手のひらにすっぽり収まるサイズの美しい水晶だった。
サイズは絶妙に小さい。占いに使うような神秘的な物ではなく、ドでかいビー玉と言った方がいいくらいの小ささだ。
「私も同じ物を持っています。念じれば、この水晶を通してお話が出来ます。込められている魔力が少ないので一度に使えるのはほんの短い時間ですが、どうか旅の共にお持ちください。私に出来るのはせいぜい、励ますくらいですけれど」
エステリアの瞳はキラキラと輝いていて、妄想で濁りまくった美羽とは純粋さが段違いだ。
「ごめんなさい、ミハネ様。最初はどうして術師があなたを呼ぶよう言ったのか、何かの間違いではないかと思っていたんです。でも、魔王討伐の為には、ミハネ様の力が必要なのですね」
女王は手袋を外すと、美羽の手を取って強く握った。
白い手はすべすべで柔らかく、なにより、熱い。
「どうかこの国をお救い下さい」
キラキラパワーの圧力のせいなのか、異世界から呼ばれた切り札は鼻血をじゃあじゃあ流し始めて、侍医からしばらくの間安静にしているよう指示が出された。