乗り切れ! 魔物達の大決起集会
この危機的状況に、気合を入れなおして挑む――。
本気だった。そのはずなのに、今はしなしなに萎えてしまっている。気力、体力、そして時の運も尽きてしまったのではないか。すっかり不安の塊になって、美羽は一人、心細さの余り泣いている。ただし、心の中で。
ベルアローの枝の光は尽き、辺りはまっくら。自分の手を掴んでいるのは正体不明の魔物。この絶望的な状況を支えてくれたのは、首飾りに閉じ込められた少女たちの魂と、レレメンドが「追いかけて来ない」ことだ。彼にとって「問題なかった」から、美羽を一人で行かせたのであって。
いやでももしかしたら、「用を足したいならさっさと行ってしまえ」くらいにしか考えてなかったかもしれない。その場合だと、安全の保障なんてカケラもない。
(ミハネ、大丈夫ですよ。私たちがついています)
震えれば手を掴むオバケに不信を抱かれてしまう。だから、美羽は耐える。けれど、やっぱり不安でたまらない。
だってほら、向かっている先にぼんやりと、たくさんの影がうごめいているのが見えてきたから。
「あれはなんでござあますの?」
「何って、ふぉっふぉっふぉ」
冗談は大概にせいよ、とオバケに窘められ、美羽の意識はみるみる遠のいていく。
だってだって、あれは、魔物達が大勢集まっている集会場でしょう――!
発光するタイプがいるお蔭で、その場所は明るかった。
七色の光を全身に流しているもの、とにかくピカピカ光っているものなど、発光タイプは少なくとも五、六体はいるようだ。わいわいがやがや、山のように大きかったり、砂のように小さかったり、大勢の異形が集まって騒いでいる。
オバケに手を引かれて広場に足を踏み入れた美羽を見咎めるものは、とりあえずいないらしい。
(ほら、大丈夫でしょう)
そう言われても、不安なものは不安だ。爺さんオバケにだって、かなり疑われてしまったし、もしも何かやってみせろと言われたら、……出来ないし。
「さあさあ、みんな静まれ、静まれ」
ぶおーん、とスピーカーのスイッチを入れた時のような音が鳴る。どうやらそういう音の出し方をする魔物がいるらしく、喋りのすべてが拡声器を通したようなものになっている。
「今から六つの組に分かれる! よく説明を聞いて、どの組に入りたいか考えてくれよ」
大声を張り上げているのは、全身が真っ青の怪獣の着ぐるみのような魔物だった。彼は一人、何かに乗っかっているようで高い位置にいる。
「九弦臣のガガガーだな。奴は本当に出たがりだのう、ベリベリア」
「そうなの?」
ガガガーだなんて、雑なネーミングがあったものだ。そして、初めて現れた「九」。これから何が起きるのか、美羽も集中しなければならない。
「今回の人間は手強い! チャンスはこの三日だけだ。更新が嫌なら、やるしかない!」
ガガガーは両手を広げて、下からぶんぶんと煽るように振る。それに、魔物達は「おーっ」と雄叫びをあげている。
そういうノリは人間と変わらないらしい。なるほどと頷き、話に耳を傾ける。
「一人は既に捕えられてキパラッテの中だ。後、六人もいる。それぞれ手分けして、全員を生け捕りにするのだ。最悪の場合殺してもいいが、生け捕りの方が魔王様の評価は上がるぞ。成し遂げた者には特別な『配慮』があるかもしれない! わかるか!」
うぉおーん、と色んな種類の叫びが上がる。中には電子音のような声を持つ者がいるようで、美羽はなんとなく懐かしい気分になっていたりもして。
「一人は剣を使う。体がギラギラしていて、頑丈だ! 一人はピカピカのジョロリみたいな頭をしていて、飛べる。こいつらは手強いぞ。腕に自信がある奴がかかるんだ!」
うぉおーん、の響きがほんのりと控え目になっていく。
ブランデリンと、ヴァルタルのことだろう。ピカピカのジョロリとは一体何なのか、わからないが空を飛べる仲間は一人しかいない。
「一人はヒョロヒョロのチューモッゲで、こいつは簡単だ。なにせ弱い。そしてシューママだ! だから、居場所だってすぐにわかるだろう」
まったく意味不明の単語が並べられた誰か。「なにせ弱い」と言ったからにはリーリエンデなのだろう。そうでしょう皆さん、と心の中で問いかけると、ガーリーたちもあっさりと肯定した。
「そしてこいつが問題だ。ンンコールのパー。感知し辛く、不可思議な術を使う。こいつに最も人員を裂かなきゃならん。協力して事に当たれる者だけが参加するように」
ンンコールのパー。誰だろう。目を閉じて美羽は一人、思いを馳せる。
消去法でいったら確実にレレメンドだ。魔物の気を振りまく、ケッタイな力を持った暗黒祭司。「感知し辛い」という特徴から考えれば、彼で間違いないはずだ。
囚われているウーナ王子。それ以外は、ブランデリン、ヴァルタル、レレメンド、リーリエンデ、……そしてユーリと美羽。これで六人。
うう、ちゃんと頭数に入ってる! と美羽は拳を強く握った。
そして同時に、気が付いて焦る。魔物達は人数のカウントを間違えていたはずなのに、ちゃんと気が付いて修正しているじゃないかと。
「あと二人だぞ! 一人は、謎に満ちたロギン。こいつだけはさっぱりわからん! シューママじゃあないらしいが、かといってチョープの特徴もない。かつて対応したことのないタイプなので、ありとあらゆる属性の者が組んで探しに行かなければならない!」
シューママじゃない誰かとは。
より謎に満ちているのは、美羽とユーリどちらだろう?
(これはあなたのことよ、ミハネ)
はい、なんとなくわかっていました。
それにしてもとんだ過大評価をされているようで、背筋が凍ってしまう。
それとも、ありとあらゆる属性の攻撃を受けたら「ハイパーミハネ」にパワーアップできたりするんだろうか?
こんな妄想の中で逃避行を繰り広げたいところだけれど、そんな暇はもちろんない。
「そして最後は、一番やりがいのない仕事だ。これは正直、オヒマな『十』以上の皆さんに引き受けてもらいたいがね!」
ガガガーはこう叫び、手を大きく上げて、くいくいっと素早く振った。
すると背後から、小さな塊がぽーんと投げ込まれてくる。
「ひゃああああーっ」
ぐるぐる巻きに縛られ、魔物集団のど真ん中に放り入れられたのは、間違いなくユーリだった。かなり綺麗な部類の少年だったはずが、泥にまみれ、服は汚れ、髪の毛はぐっしゃぐしゃで、声は枯れており、あちこちに傷もあってとにかく痛々しい。
美羽は思わず、背をぐっと伸ばして辺りをきょろきょろと見回した。
(どうしたの、ミハネ?)
「ヴァルタルがいるんじゃないかと思って。だって、ずっと一緒にいたはず」
「なんだってぇー? ベリベリア」
「なんでも、ねえですのよ、ほほ、独り言ですの! 最近とても、独り言に凝ってますのんやでえ」
オバケに慌てて言い訳をして、美羽は視線をユーリへと戻した。
ヴァルタルと居るだろうというのは想像に過ぎず、いや、そうであってほしいという願いでしかなかったのだ。彼の体にはリーリエンデがついさっきまで入っていたわけで、あの根性の曲がり切ったポンコツ師匠ならば、全身全霊をかけてヴァルタルから逃げていたとしてもおかしくはないのだ。
そのとばっちりを、あの可愛い少年はたった一人で受けている。
なんて可哀想なユーリ! なんて健気な美少年!
「この通り、既に捕獲済み! 後はこいつをキラパッテへ運ぶだけの簡単なお仕事なのさあ!」
魔物達からは一斉にブーイングめいたどよめきがあがる。
彼らの求めているものはただひとつ。魔王様に「いいところを見せ付ける機会」なので、あんなにも弱った小僧を一人連行するだけなんて、出来れば引き受けたくないに違いない。
「さあ、どうだどうだ。まずはこいつから決めちまおう。どうだい、安泰の『十』以上の皆さんよ! やってはくれないかい。さあ、どうだい!」
安泰の「十」以上。
ベルアローの話した通りだ。編成が変わっても、「十」「十一」「十二」は残る。どんなにやらかしても、何にもしなくても、彼らは消えない。だから、チャンスは「九」以下に譲ってくれよという話なんだろう。
「は、はあい!」
これはチャンスだ。美羽はそう察知して、手をぶん、と振り上げて叫んだ。
「アタクシがやって差し上げますわあ。この、十認魔のベリベリアが、引き受けまして候でございますの助」
ざわざわっと、魔物達はどよめく。そしてさあっと道を開けていく。
中央のボロ雑巾と化したユーリのもとへ、美羽は進む。
堂々と。ふてぶてしく。ちょっと気取って、しゃなりしゃなりと。
ベリベリアなんだから。魔物なんだから。キョドっていたら怪しまれる。十認魔なんだから、割と偉いはずなんだから。
「ミハネ……様?」
乾いた蔦のようなもののぐるぐる巻きで拘束されているユーリは、瞳を大きく見開き、潤ませている。もちろん、それを聞きつけ、そういや随分姿が違うんじゃないの? と見咎める者も現れてしまう。
「ざんねーん! ミハネではないんですわよ。アタクシの策略で、大好きなガーリーの体を手に入れちゃったんですもの! アタクシは正真正銘、一万パーセント超の確率でベリベリアでやんすの! ウッフフン、ウッフフフフン!」
うわあ、慣れてくるとベリベリアごっこ、すごく楽しい!
にたぁーっと笑う邪悪オーラ満載の美羽に、ユーリは絶望したのか涙をぽろぽろと流し始めた。
「そんな、……ミハネ様が……」
さめざめと泣く少年の姿のお蔭もあってか、魔物達はちょいちょい首を傾げつつも、誰も何も言わない。
「じゃあ、こいつの係はこれで決まりだな。一人で充分だろう。ありがとうよ十認魔さん」
「どういたしましてでござーですの!」
ぐるぐるに巻かれた少年の腕を掴み、引っ張り上げる。
ユーリはぐったりとして一切の抵抗をしない。抜け殻のようになって涙をぽろぽろと流す姿に胸が痛むが、今はどうしようもない。とにかく、この場から離れるのが先決だ。
魔物達は誰がどの組に入るのかで早速揉め始めており、これ以上ないチャンスが訪れていた。
ユーリの腰を抱き上げるようにして、美羽はさっさと来た道を戻っていく。
「ユーリ、ごめん、騙して。ベリベリアなんかじゃないの、私、美羽だよ」
魔物達の喧騒から離れたはいいが、今度は真っ暗でなんにも見えない。
ベルアローの枝は既にただの木の棒と化していて役に立たず、ここは魔法のカバンを持ったユーリ君の出番だ。
ぐるぐる巻きのままのユーリは、警戒しているのか返事をしない。
「本当だってば。色々あって、魔物は私のことをベリベリア扱いするんだって」
その理由について話すと、長くなりすぎる。できる限り魔物の大集合から離れたいし、レレメンドとブランデリン、ついでにベルアローとも合流したい。
「待ってて、今ほどいてあげるからね」
しかし蔦はおそろしく絡んでいて、暗い中ではどうにもこうにもほどけない。
「ユーリ、魔法のカバン持ってる?」
返事をまたず、美羽は少年の体をまさぐる。途中で「ふぁっ」と力ない声が聞こえたが、無視だ。だって見えないんだもん! とぶつぶつ呟きながら、なんとか指先で探り当てていく。
ユーリはカバンごとぐるぐる巻きにされていた。なんとか蔦の隙間からカバンを引きずり出して、美羽は無理矢理腕を突っ込んでいく。
確か、家の階段の下の物置部分にあったはずだ。家族みんなの、共用スペース。あそこに、非常時用の工具キットがあったはずであり。あれさえあれば、なんとかなるはずであり。
「よし!」
狭い隙間から無理矢理、コンパクトサイズの工具セットを引きずり出す。
隣に一緒に置かれていたはずのペンライトも引きずり出して、それでまず手元を照らす。箱を開け、中からハサミとカッターを取出し、ついでにハンマーも自分のカバンの中に突っ込んでいく。
さすが日本製のハサミはよく切れる。
ニヤリと笑いながら、美羽はユーリを縛っていた蔦を切って切って切りまくっていった。
(すごいわ、それは一体なんなの?)
「ただのハサミだよ」
異世界にハサミは存在するのか? それは後で確認するとして、とにかくユーリの拘束は解けた。
「ユーリ、良かった。ごめんね、ヴァルタルと一緒にいるとばかり思っていたから」
「本当にミハネ様なんですか?」
ここは、ゆっくりと頷くだけ。
重要かつ、重厚なシーンだ。無力なマネージャーが機転を利かせて、大ピンチに陥っていた一行のマスコットを救うなんていう感動的な場面なんだから。
「申し訳ありません、うっすらとしか覚えていませんが、とにかく、リーリエンデ様が勝手なことばかり言いまして、それで皆さんバラバラになってしまわれて」
「わかってるよ。ユーリは悪くない。リーリエンデはちゃんと自分の体に戻ったし、ブランデリンさんが一緒にいるから大丈夫。はだかんぼうだし、もう好き勝手にはできないはずだよ」
なんですかそれ、とユーリはきょとんとした表情を浮かべている。
可愛い顔を久しぶりに見られて、美羽は嬉しくてたまらず、少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「魔物達が突然大量に現れて、ヴァルタルさんは飛んでいたせいで吹き飛ばされてしまったんです。それではぐれてしまって」
「そうだったんだね。私は、……うーんと、最初はレレメンドさんと一緒で、仲間になってくれた魔物が一人いて、で、ブランデリンさんとうまく合流できたんだけど」
「今は何故一人なんですか?」
「それはちょっと、話すと猛烈に長いんだ」
とにかくここから離れよう。
珍しくシリアスな表情な美羽に、ユーリは気圧されたかのように静かに頷いて答えた。