「第五の女」って設定の新しさやこれいかに
「話はとても単純なのです」
ユーリは少し俯いて憂いを醸し出しつつ、話し始めた。
「僕た……、私たちの世界に魔王が現れ、国が滅ぼされようとしています。リッシモが落ちれば次は南にあるトゥーレンスが危ない。それどころか全世界に、全人類に危機が及びます。だから、それを食い止めたい。だから、最強の四人の勇者を呼びました」
呼ばれた四人の様子は、どう見ても不本意そのものといった様子だ。
「それはもう聞いたよ。そいつの正体だって言ってんだ」
またエルフ耳に畳みかけられ、ユーリは「書」で口元を隠しながらこう続ける。
「この四人ならば魔王を倒せるのです。ですが……、その、皆さんの相性は、最悪なんです。リーリエンデ様の力では、最高に強くて、召喚を即座に受け入れて異世界の為に戦おうと言ってくれるような『親切でチームワークを最初から備えている勇者たち』を呼ぶには力が足りなかったと。そう仰っていました」
本人たちの目の前でよくもそこまで馬鹿正直に話すもんだなあと感心しつつ美羽が様子を覗うと、当然だろうが勇者たちの「不本意さ」はますますあからさまになっていった。
「勝手に呼んでおいて、なんなんだその言いざまは」
エルフ耳のヴァルタルが苛立たしげに声を上げ、ユーリは更に身を小さくしている。
「で? そこの小娘の正体だよ。早く説明してくれ」
「はい」
怒りながらも話はちゃんと最後まで聞く。なるほどエルフ耳のヴァルタルは、根はいいヤツパターンの線が濃厚だ。
美羽は心のノートに登場人物メモを追加していく。
「それで、なんです。それで第五の召喚をしたんです。戦いの力は持っておられませんが、皆さんの仲を取り持ち、チームワークを高めてくれる役目を果たせるのはミハネ様、なのだそうです」
「へええ」
豊かな心の土壌に埋められた新しい物語の種が芽吹き、一気に伸びていく。双葉、本葉の辺りは速攻でスキップして、茎はニョキニョキと天を目指して突き上がっていく!
異世界召喚。
最強の勇者。
でもチームワークは最悪。
そこに呼ばれた、第五の女!
「そのパターンは考えたことなかったー!」
立ち上がってのけ反り叫ぶ美羽に、部屋にいるほぼ全員の目が丸く見開かれている。
「わかった。私、やる! 勇者さんたちのマネージャーやるって話だよね」
「マネージャー?」
スポーツものでよくあるやつや! と関西人でもないのに美羽は叫んだ。心の中で。
優秀な選手を集めたものの、どいつもこいつも自分勝手でまとまらない。あんなに強い子ばっかり集めたのに試合には全然勝てないのはどうして? そこで、名は知られてないものの実力は折り紙付き、知る人ぞ知る名監督登場ですよ。まずは合宿したり、そのスポーツとは関係ない特訓やらせたりしながら個々を把握し、能力を更に伸ばした上チームが上手く機能していくように導いていくのだ。あれ、マネージャーじゃないじゃん。でもイエス、よっしゃ了解!
「オッケーわかった。そういうのは初めてだし難しそうだけど、その分やりがい半端なさそう!」
オラ、ワクワクしてきたぞ! とまたまた心の中で叫んで、美羽は親指をビシッと立ててキメる。
部屋中の空気は凍ったように冷たい。なんだこの人を通り越して、理解不能な怪物まで美羽の評価は急上昇していく。
「引き受けて頂けるのですか、ミハネ様」
沈黙を破ったのはエステリアで、流石は女王といったところか。毅然としたオーラを振りまいて部下たちの目を覚まし、まっすぐに美羽の前に立ってその手を力強く握る。
純白の、真っ白無垢無垢のその姿。何段も重ねられた豪華なウエディングケーキのような美しい女王の姿に、美羽の心はキュンキュンと高鳴っていく。
「任せて下さい!」
イケメンとの冒険、恋もいいけれど、可愛いお姫様、しかも国の危機に立ち上がって女王に即位、頑張ってるけどでも、本当はまだ十代の女の子。時には弱音だって吐きたい夜もある。でも、臣下たちの前では弱いところなんて見せられないわ! なんて設定が心躍らない訳がない。
エステリアのけなげ設定はパーフェクトであり、こんな素敵なお方と仲良くなれるんならなんだって頑張っちゃう。
だらしないパジャマ姿のままエヘエヘと笑う美羽とエステリアの姿は、究極なまでに対照的だ。
「とても頼もしいです」
この人なんで笑ってるんだろう。不安を困惑の表情で隠しつつ、エステリアは振り返って勇者たちの方へ向いた。
「皆さまもどうか、どうかお願い致します。ブランデリン様、ヴァルタルエルガルセル様、レレメンド様、そしてレイアード様……。皆さまのお力があれば魔王は今すぐにでも倒せると、リーリエンデは言いました」
四人の表情は冴えない。一人は顔が見えないが、まだシクシク泣いているので多分冴えないだろう。
「そう言われてもなあ。俺たちにも俺たちの暮らしってもんがあるんだぜ? いきなり連れて来られた上なんの報酬もなく、魔王退治なんて危険そうな話、引き受けられるかよ」
なあ、とエルフ耳が声を上げる。
出やがったな問題児、と美羽は思わず力んだが、他の三人から特に賛同の声は上がらなかった。
でも、反対の声もない。
動く鎧のブランデリンは相変わらず小さくなって泣いているし、褐色肌の祭司レレメンドはまったくの無表情でどこか遠くを見つめているだけ。金髪王子のレイアードは目を伏せて、溜息を右へ左へ吐き出しまくっている。
エステリアもユーリも、大臣と騎士団長も困った様子でお互いの顔を見合っている。その全員が同じタイミングで頭にピコーンと「!」を浮かべて、一斉に美羽の方を向いた。
「ミハネ様……」
初仕事、だ。美羽は椅子に座ったまま、両手を組んでじっとテーブルの上に飾られた青い花を見つめた。
このバラバラ過ぎる状態をなんとかしなければならない。自分に課せられた仕事をどうこなしていくか、考えなければならなかった。
考える。
考えるのは、大好きだ。
頭の中であらゆるパターンをシミュレーションしていって、どうなるか想像して遊ぶ。
あのキャラはどんな性格だから、きっとこうする。
でも突然考えてもみなかった状況に陥ったら、どうする?
「ありえる」と「ありえない」、「予想通り」と「まさかの出来事」。
この世に溢れる事件、不思議、確執、友情、愛、裏切り、脅迫、告解、改心、悪堕ち、その他色々、色々、色々……。
繰り返し、繰り返し、たくさんの想像を重ねて楽しんできた。
友達に話してもちっとも理解してもらえない、美羽の愛する「妄想」の世界。
美羽ちゃん頭大丈夫? もしくは「あーハイハイいつものやつね」でサラリと流されてしまっていたイマジネーショントレーニングの成果が、ついに世界を救っちゃう時が来たのだ。
「張り切るに決まってるでしょうが」
ぼそっと呟きニカッと笑って、美羽はまずユーリの下へ歩み寄った。
「ねえ、ユーリって呼んでもいいかな?」
「え? ええ、どうぞ。僕じゃなくて私の事はユーリとお呼びください」
力強く頷いて、美羽は少年が手に持っている「書」を指さす。
「それって、勇者さんたちのプロフィールが書いてあったりするの?」
「はい、そうですね」
「見せて」
ずいっと顔を近づけられて、ビビリながらユーリは「書」を差し出してきた。
他の面々が絶妙な表情で見つめる中、美羽は召喚術師の「書」に目を通していく。
「すごい、なんだこれ」
一体どういう仕組みなのか、古めかしい作りの紙には召喚された勇者たちの名前と年齢、これまでの経歴などが書かれている。
ブランデリン・ウィール。ギュラネル国、王都ミラネール出身。騎士の家の長男として生まれる――。
なるほど二十一歳、独身、婚約者なし。個人情報丸出しの経歴書に目を通しながら、美羽はうんうんと頷いていく。
「すごいな、本当に異世界召喚なんだ」
書かれている単語にはいちいち見覚えがない。ギュラネルなんて聞いたことがないし、もしかしたらまだ残っているかもしれないが、地球上には騎士の家なんてものはそうそうないだろう。
出生からこれまでの人生の略歴の次には、性格などが記されている欄があった。
「恥ずかしがり屋なのね」
鎧の中に籠もって泣くというのは「恥ずかしがり屋」の範疇に収まるだろうか。そう思いつつ、紙をめくってお次の書に目を通していく。
エルフ耳の男、ヴァルタルエルガルセル・レルエル。十機都市プリアールに暮らす盗賊、と書かれている。盗賊なんだーふーん、くらいで職業欄については流したが、年齢二十五歳、窃盗、脱獄、不法侵入、器物破損など「前科二百六十犯」で美羽はようやくめまいを覚えた。
ヴァルタルは頬を膨らませてそっぽを向いている。
色男風の垂れ目に長い下まつげが特徴的で、ファンタジー丸出しの薄い水色の長い三つ編みとド派手な服装はあんまり盗賊には向いていなさそうだ。外見は四人の中で一番お茶目であり、極悪人というよりは悪ガキのような印象がある。
三枚目は謎の祭司。褐色肌のロン毛、レレメンドの物だった。
レレメンド・スース・クアラン、二十三歳。デッセリン国で生まれ、現在はミミラー国で祭司長を務めているらしい。
そこまでは、若いのにすごいねえふんふんと読んでいた美羽だが、次の欄で思わずぶうっと吹き出した。
世界に永遠の闇をもたらす破壊神、ディズ・ア・イアーンに仕えている
邪神じゃないですかやだー! とときめきつつ、目を通していく。性格は真面目、穏やか、表情に乏しい。なるほど納得、書かれたそのままの人物がそこに座っている。
いくら最強を集めたかったからって、破壊神の祭司呼ぶかなあとニヤニヤしながら、最後の一枚。
金髪の王子様はケルバナック王国出身で、名前はレイアード・ヨスイ・ウーナ、十七歳。
第四王子なのに、王位継承権は一番最後の第九位らしい。やせ形、虚弱体質であり、王位は継げないだろうからという理由で魔術師の道を選んだと書かれている。
「実力はあるが出力は不安定」という注釈に、思わず美羽の表情が曇る。
ちらりと向けた視線を感じたのか、王子の美麗な瞳とばっちり目があってしまう。
美羽の冴えない表情をどう捉えたのか、レイアード王子はまたまたため息のハリケーンを無数に吐き出して、最後はとうとう両手で美しい顔を覆い隠してしまった。