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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
5~6日目 北の山で、事件は起こる
38/62

新婚旅行はマッハで進む

 いつの間にか輿入れを済ませてしまったというシチュエーションへの呆然と、勝手に嫁にしやがった祭司様への憤り。

 負の感情を散々交差させ、うんうん悩んだ挙句、美羽はダン、と足を踏み鳴らした。

 

「わかった。いいよ、それで。とにかく今はそれどころじゃないから」


 多分、レレメンドには何を言っても無駄だろう。そんな諦めを支えるのは、「無事に元の世界に戻ればいいのさ」というポジティブな思いだった。

 彼の世界は「破壊神の力で無に帰る」のだから、美羽は美羽で、自分の世界で生きていけばいいのだ。わざわざお迎えにやって来て、一緒に滅亡しようぜ! なんて言ってきたりはしないだろう。多分。


 はやいところリーリエンデと合流して、あらゆる詳細について確認をしなければならない。あのぼんくら師匠が生きていることを祈り、いや、もしかしたらやられてくれれば今すぐ戻されて大団円なのでは、なんて邪な考えも通り過ぎて行く。


「いや、違う。全員無事なんだよね、ベルアロー」

「ええ、大丈夫ッスよ。異世界から来た力は三つ、おれっちはビンビンに感じてるッスよぉ!」


 リーリエンデはこの世界の人間だから、感知されないのだろう。

 彼が死んだらこの世界は終わりだ。そうなれば、あの麗しのエステリア様とその臣下たちはみんな――。


 彼らは、美羽の心の中にある国の民とは違う、実在の人々なのだからして。


 そうです、そうです! 今日もミハネ国のみんなは絶好調で、私たちはいくらでも数を増やせる、想像上のモブなんですよ! と騒いでいる。優先すべきは熱く燃える、実在の命の方ですよね、と。


「ねえベルアロー。どうして私たちは『四人』って思われていたの?」

「ん? ああ、なんでなんスかねえ? 最初に偵察しに行ったヤツがうっかりしてたんじゃないスか。一とか二とかのヤツらは、力もおつむも弱いッスから」

 そんな理由なのか、と美羽は首を傾げてしまう。でも、ベルアローに出来るのはこんな回答だけなんだろう。保留にして、次へと進む。

「ついでにもう一個聞いていい? 私が『八の二』でレレメンドさんが『八の三』なんだよね」

 一はどうなっているのか。たずねる美羽へ、低木はにこにこと笑う。

「ミハネさん。へへ。レレメンドさんだなんて、アニキに対して随分他人行儀じゃないですかぁ!」

 うるっさいわ、と美羽が怒ると、ベルアローは慌ててはっぱをがさがさと揺らした。

「すみません、えと、『八の一』はおれっち自身なんス」


 ノートにまとめたあれこれを、ここぞとばかりにベルアローへとぶつけていく。

 そのつもりだったのに、逞しく毛の薄い腕が美羽をさっと、制していた。


「行くぞ」


 するすると指が伸びてきて、美羽の手を取って握る。しかも、指と指が交互に絡み付いてなかなか離れない、いわゆる「恋人つなぎ」だ。 


「レレメンドさん」

「急がねば彼らの命はない」


 はい、以外の返事が出来ず、美羽は立ち上がる。だって多分「彼ら」とは、三人の仲間とオマケのお師匠様のはずだから。


 部屋の持ち主よりも先に扉を出て、残りの八枝葉がぽかーんと見守る大広間の中を、レレメンドはさっさと抜け出し、おもむろに階段を登り始めた。

「この上って、『九』の部屋なんじゃない?」

 邪神の祭司様はどうにもこうにも大変な「強引系」だと察知し、美羽は振り返ってベルアローに確認した。

「そうッス。でも大丈夫ッスよ。九階にちょうど、外へ繋がる通路があるッスから」

 アニキってなんでも知ってるんスねえ、とベルアローは感心しているようだ。

 そんなに呑気でいいんかい、と美羽は不安で仕方がない。


 数字持ちの魔物専用のマンションは各階の天井が高く、階段もやたらと長い。さきほど飲んだメタリック回復薬のお蔭で体は軽く、八階までとは比べ物にならないほどの足取りで三人は上へ上へと進んでいく。

 ベルアローの言った通り、踊り場には二つの出入り口が備えられていた。

 これまでと同じ、それぞれの階の住人の部屋へと続くもの。そしてその向かいに、一回り大きな、両開きの扉がでーんと構えている。

 あっちが外へ続くんだな、と考える美羽を引っ張ったまま、レレメンドはまっすぐに進んでいく。まっすぐ、階段を、更に登っていく。

「えっ? えっ?」

「アニキ、そっちじゃないッス。『十』の部屋に着いちゃいますよ?」


 踊り場で止まったベルアローなんてお構いなしに、レレメンドは進む。多分美羽にしか聞こえないであろう小さな声で、「構わぬ」とだけ答えて、どんどん進む。


「おれっちは入れないんで! ここで待ってるッスよ!」


 バッサバッサと枝を振る音に見送られて、美羽も階段を駆け上がっていった。なにせ手がしっかり繋がれていて、世界で一番自由(フリーダム)な旦那様が離してくれない。


「さすがだな、異世界の巫女」


 レレメンドは呟き、ちらりと新妻を振り返る。

「なにが?」

「何処へ向かうのか、何を為すつもりなのか、問わずともわかったのだろう」


 買いかぶり過ぎ! と美羽はぶんぶん空いている左手を振ってみせた。


「そんな訳ないじゃん! 止めても無駄だって思ってるから何も聞かなかっただけだよ」

「ははは。私と共に往く覚悟が、これほど早く決まるとはな」


 そういう訳でもないんですけどー、と美羽は心の岬で叫ぶ。

 ああ、でも、そうなのかもしれない。危機感や不安はあるけれど、それは「勝手に妻にされてしまったこと」についてだ。今からどこへ飛び込もうとしているのかだとか、危険じゃないのかと思う気持ちは、美羽の中にほとんどない。

 何の根拠もないけれど、この祭司様ならなんとかしてくれるような気がして、ならない。


 考えをまとめている間に、次の踊り場に辿り着いていた。十認魔たちの住む階、のはずだ。これまでもあった、中へ続く扉が十階にもある。しかし、階段はここまでで、踊り場の先は壁だ。「十一」と「十二」は別なところに住んでいるのだろうか?

 しかし、そんな疑問を味わう時間はない。

 

 そういう習慣はないと言われればそれまでだが、レレメンドはノック一つすらせずに、十階の扉を開けた。そうするのが当然だったのだといわんばかりのナチュラルな流れで中へ踏み入り、美羽を引っ張ったままズンズンと進んでいく。


 中にはやはり巨大なホールが広がっていて、ど真ん中にはテーブル、その周りに九人分の大小の影がある。突然乱入してきた得体のしれない二人に、おやつを食べていた手を止めて、ざわざわ、ひそひそ、目をぱちくりとさせている。

 もちろんレレメンドはお構いなしだ。挨拶もなし、会釈もなし、声かけもなしのないない尽くし。でも、誰も何も言わない。巨大な岩状の魔物も、つるりとした球体も、ざばざばと流れ落ちる水も、ただ見送るだけ。


 テーブルの横を通り過ぎて、ホールを囲むように広がる通路を進んで、レレメンドは四番目の扉を開けた。中へ入ると扉はバタンと閉まる。そして美羽は、ふにゃふにゃと崩れ落ちてしまった。


 おっかなかった!

 声にならない叫びを心の中であげて、額に滲んだ汗を袖で拭いていく。


 勢いでここまで来てしまったけれど、十認魔の皆さんはかなり変わった姿かたちのものが多かった。今頃我に返って、なんだアイツら勝手に入ってきやがって締めてやろうぜ、なんて話になっていないか。不安はないなんて大嘘で、単純に考えなしなだけ。やってきたジェットコースターに乗り込んで、はやーい、たかーいとキャアキャア言っていただけだったのだ。


「レレメンドさん、なんでこんなところに来たの?」


 部屋の中は薄暗く、ベルアローのそれよりもだいぶ広い。何もなかった陽気な魔物の部屋とは違って、ここは物があふれかえっていた。床にはところせましと壺のようなものがたくさん置かれ、その隙間に小さなテーブルがたくさん並べられている。椅子はないが、壁にはぶらんぶらんとキラキラしたロープがぶら下げられている。


 美羽の質問に答えぬまま、祭司様は一人で奥へ進み、赤と青のまだら模様の壺に手を突っ込んでいた。破壊神グッズでも入っているのだろうか。その匂いを嗅ぎつけて、わざわざ危険を冒して十認魔ルームまでやって来たのだろうか。

「ねえ」

 美羽はすっかり気が気じゃない。背後の扉がいつ開くか、みょうちきりんな形の魔物達がなだれ込んでこないか不安でたまらなくなっている。そうなると、扉のすぐ前にへたりこんではいられなくて、仕方なくレレメンドのすぐ脇に収まってみたりして。


 褐色の逞しい腕はすっぽりと壺の中に入っており、何かを探すかのようにくるくると回っている。壺はごく小さな、美羽の顔くらいのサイズでしかなく、祭司様の腕はどこへ行ったんじゃという疑問が湧くのは当然の話だ。

「なにか探しているの?」

「もう見つかった」

 ひどく重たそうな動きで、レレメンドの腕がゆっくりと壺から出てくる。

 じゃらじゃらと音が聞こえる。それは少しずつ、大きく大きくなっていく。


 祭司の手に握られているのは、美しい宝石を繋げたネックレスと、小汚いワラのような乾いた植物の束だった。


「なあに、それ」

 悪趣味なカラーリングと模様をした壺から出てきたにしては、随分と美しいネックレスだった。一つ一つの石が美羽の親指の爪くらいの大きさで、どれも柔らかいピンク色。灯りの無い部屋の中で、キラキラと美しく輝いている。あまりアクセサリに興味のない美羽も思わず唾を飲んでしまう程の煌めきで、呪いの類がかかっていないのなら是非、エステリアへのお土産に持って帰りたい。

 それに引き換え、もう一つはあまりにもボロかった。枯れた草が貧相なのは当然なのだが、黒く薄汚れており、パサパサで、いいところがまったくない。

「援軍だ」

 レレメンドはそれだけ答えると、ネックレスを美羽の首にかけ、枯草の束は自分の服の胸元へしまいこんだ。そんなのを素肌に直接当てたら痛くないですか、と美羽は思うが、森の中も山道もこのファッションで貫き続けてきた邪神の祭司が今更「チクチクする」なんていうことはないだろう。


 用はこれですべて済んだらしく、レレメンドはまた美羽の手を掴み、わざわざ指を絡ませて、出口へと向かった。

「ちょっと待った、待った、魔物が」

 いたりしないかなー! と言い終わる前に、あっさりと扉は開かれてしまう。レレメンドさん早い。一歩目からいきなりトップスピードで、美羽、もう着いていけないよう! なんて気分になってしまう。


 結果として、十認魔の残りはすべて、扉の前で身構えていた。しかしレレメンドが進むと、魔物の海はあっさりとまっぷたつに割れて新婚夫婦に道を譲ってくれた。


 鼠のような小さな魔物も、トゲトゲのボールも、何も言わない。でも、じいっと見つめている。

 全身に穴が開けられていくような不快な感覚が襲ってきて、美羽の全身が粟立っていく。


 見てる。見てる! 


 見咎めるなら早く、何か言ってほしい。おい貴様ら何をしているんだとか、ベリベリアの仇だとか。しかし、魔物達は何も言わない。ベルアロー流に考えるなら、大丈夫ッスということなのか。不安がぐるぐる渦巻くが、その一方で安堵も生まれていく。つまり、ベルアローの言葉に嘘はないのだ。魔物たちすべてがグルで、自分達を騙しているパターンでない限り。


「ああ、……そっか」


 そして出口の扉がすぐそこに迫ったところで、美羽はようやく気が付いた。


 先程レレメンドが入ったのは、ベリベリアの部屋だったに違いない。




「どこ行ってたんスか……。アニキたちはただものじゃなさそうだと思ってはいたッスけど、さすがにビックリしておれっち、ホルリエーのお土産ッスよ」


 九階まで一気に駆け下りた先で、ベルアローはちゃんと待っていてくれた。手足を引っ込めた低木擬態の状態から、ばあ、と顔を出して、やけに嬉しそうに体を揺らしている。

「行くぞ」

「うわ、完璧な無視って本当にすごいッスね、大丈夫なんスか、ミハネさんは」

「うん? うん。そうだね」


 ベルアローが心配してくれるのは、やはり「四番目の妻になった」からなんだろう。しかし、魔物に人間の婚姻制度がわかるのか、美羽としてはそっちの方が疑問だ。ついでにこの世界では一夫一婦制なのか、それ以外なのかが気になってくる。

 しかし、レレメンドの亭主関白についての話題は特に弾まない。祭司様がまた勝手かつスピーディに、外への扉を開けたからだ。


 美羽は思わず、わあ、と声をあげた。

 外へ繋がる連絡通路に出るかと思いきや、眼下には街が広がっている。

 白い四角い同じサイズの建物が整然と並び、道路が東西、南北へまっすぐに伸びて、キッチリ正方形を描いている。京都じゃん、と美羽が呟いてしまうほど、美しく整った「街」がそこにはあった。


 美羽たちが立っている場所はまるでバルコニーのようなでっぱりで、数字持ちのマンションの外壁部分から街を見下ろしている状態だ。


「なに、ここ。ちょっと予想外なんだけど」

 てっきり「山の中腹」か何かに出ると思ったのに、まだ魔物ワールドが広がっているとは。

 見下ろした先の街には、明らかに「大勢」がいる。サイズは建物同様ほとんど同じで、色はみんな黒だった。人のような形だが、普通の人間なのかも? と思うほど美羽は能天気ではない。


「ここは魔物の行政区ッス。手続きとか色々、おれっちたちもやることが多いんスよ」

「行政区ときたか」


 じゃあ、道路の一番向こう側にあるひときわ大きな建物は役所なのか。魔物たちの意外なファンキーさに、美羽は呆れつつもニヤニヤしてしまう。


「あっちッスよ。ど真ん中の道路をポューピョの方向へ行くと、ホーレルノ山へ続く道に出られるッス」


 ベルアローがポューピョと言ったのは、役所に向かって右側の方角だった。心の中で情報を反芻してインプット。向かって、右だ。


「ささ、降りましょう。街のど真ん中の通りはちょっと、混んでますから。目立たないように端っこ行きましょう」

「ねえベルアロー、この格好のままで行けば、まだ大丈夫?」

「あー、もう意味ないかもしれないッスねえ」


 なんだと。美羽が眉間に力を入れると、ベルアローは腕をバサバサと振ってこう話した。


「いや、アニキのパワーッスよ。アニキとミハネさん、がっちり繋がってるじゃないスか。オーラ共有してるんで、誰ももう口出しできない状態ッスよコレ」


 美羽が考えていたよりも、恋人繋ぎのパワーは凄まじかったようだ。

「こりゃ安心ッスねえ。じゃあ、これは返して頂いて」


 額につけていた枝や葉っぱを取って、ベルアローは自分の体にぐいぐいと差し込んでいく。なんとイージーな体なのでしょう。それでもう、元通りになるらしい。

「さ、行きましょう。こっちから降りられるッスよ」


 ベルアローの差した先にはゆるやかな下り坂があって、それが地上まで続いている。現代日本のビル五階分くらいの高さから降りる坂は、かなり長い。

 ベルアローが先導し、レレメンドが続いて美羽を引っ張っていく。

 引っ張られるまま歩く美羽は、眼下に広がる行政区を見つめていた。

「ん?」


 黒い人影がうねっている。ホーレルノ山へ続く出口の方から、何かがやってきて、魔物達が道を開けているようだ。

 小さな小さな、黒ではない色の点が、動いている。

 美羽の胸が、ざわりと騒いだ。あれは、なんだろう。それはなんだかひどく、不安になる光景で――。


「レイアード・ヨスイ・ウーナだ」


 すべてはレレメンドさんの言う通り。

 小さな小さな青い点は確かに、ウーナ王子が着ていたジャケットの色。


 じゃあ青と一緒にうっすらと見える金色は?


「ウーナ様!」


 美羽が叫ぶと、待ってましたとばかりにベルアローは走るスピードを一気に上げた。

 

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