表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
5~6日目 北の山で、事件は起こる
37/62

後悔の海でアップ・アンド・アップ

 八階分の階段を登り切って、美羽の息はすっかり上がっている。ぜえぜえふうふう、額から垂れる汗を拭きながら中へ入ると、扉の向こうにはだだっぴろいホールが広がっていて、ど真ん中に大きなテーブルのような石が置かれていた。

 そのテーブルのまわりにある影は七つ。全員が入って来た最後の仲間を見つめており、新しく連れ帰った正体不明の手下のチェックを始めている。


「帰ったッス。かわりないッスか?」

 

 「八枝葉」という名前なんだから、みんな植物っぽい外見をしているかと思いきや、そうではなかった。

 ベルアローの愉快な仲間達は、通り過ぎた外の居住区で見かけた雑魚たちのようにさまざまな形状をしていて、一人はとにかく大きくて真っ赤な一つ目の巨人であり、一人は細かい羽虫の集団のようにブンブンと音を立てていて、残りは猫だったり鳥だったりを想像させる獣タイプが三人と、ゴーレムかなあ、と思える石の塊っぽいのが二人という構成だ。


「どこに行ってたんだ?」

「外ッスよ」


 大小さまざまな八枝葉たちの視線が一斉に向けられて美羽は内心でそっと、ビビった。

 彼らの視線は揃いも揃って、レレメンドには決して向けられないようだ。


「おれっち、ちょっと一休みするッスから」

「お疲れー」


 そんなやり取りだけで見逃してもらえるのだろうか。

 明らかに怪しまれていたような気がして、美羽はまったく落ち着かない。


 ベルアローに案内された先には小さな部屋があったが、中には何もなかった。壁はまあるくカーブを描いて、壺の中のような形をしているようだ。

「おれっちのプライベートスペースなんで、安心していいッスよ」

「本当に大丈夫なの?」

 ここまでとまったく同じペースで明るく話すベルアローへ、美羽は声をひそめて問いかけた。

「話とか全部聞こえちゃうんじゃない?」

「聞こえないッスよ。大体みんな、手はだせねえッスからね」 

 だから何をしようが自由なんス、と低木系の魔物はまた笑う。

「そんなに自由なんだ、魔物の世界」

 呆れる美羽に、ベルアローはにこにことしながら頷いて、がさがさっと手を叩いた。

「腹ごしらえしなきゃッスよね。ミハネさんたちが食べられそうなもの、持ってくるッスよ」


 おれっちが一人で行ったらおかしいんで、アニキも一緒に。そう言うとベルアローはレレメンドを連れて、あっさりと部屋を出て行ってしまった。

 あまりにもナチュラルでスピーディな展開。疲れ切った美羽に、止める術などない。


 魔物の中でも力がある層ばかりが集う高層マンションの一室に取り残されて、さすがに今回ばかりはエキサイトよりも不安の方が強い。レレメンドの言葉を信じて、自分たちの前に道が開けているのだと思う以外に出来ることはなくて、美羽は散々部屋をうろつきまくった挙句、最終的には覚悟を決めるしかないと、ど真ん中にどーんと座り込んでいた。


 ここまでの道中にどれくらいの時間がかかったかはわからないが、色んな光景を目の当たりにしてきた。何か役に立つ情報があるかもしれないのだから、メモをしておくべきだろう。


 荷物の中からノートとペンを取り出して、書き留めていく。


 魔物たちがどんな風に暮らしているか、どんな形状のものがいたか。

 思い出しながら、美羽ははっと気が付いた。ベルアローの言葉の中に、ヒントがたくさんあったのではないかと。たとえば、「十一鋭」の弱点について。


「アカシのフリコ、って言ってた気がする」


 あの時出てきた気持ちの悪い二人一組の名は「セバスッチアーン」。彼は「十一鋭」で、「アカシのフリコ」は全員についていて、切ってしまえばポックリ逝く。重要な情報だ。

 それに対して「八枝葉」は、あれこれ正しい手順を踏まないと死なない。彼らと相対する機会があるかどうかはわからないが、これも重要な話だった。万が一敵に回ったらと考えると、あまりにも厄介だ。


 額につけた枝をカサカサと揺らしながら、美羽は記憶を辿っていく。

 ベルアローのおしゃべりが正しいという保障はないけれど、真実ならばどれだけ有用かわからない。彼は他に何を話していた? ミッチョンと、ドガンデを食べているらしい。正体不明のそれは一体なんだろう。そういえば、森の中で出会った時は歌っていたはずだ。どんな歌だった? 思い出せない。でも、こぶしはきいていた。


 そしてはたと思い出したのは、自分達への「監視」の話だ。

 美羽は特別な力がなくて、感知できない。

 レレメンドの気は完全に魔物。

 異世界から来た特殊な力。それに気が付いて見に行って、「四人でやってきた」――?


「四人って、なんだろ?」


 城を出た時から、ずっと六人だったはずだ。

 ブランデリン、ヴァルタル、ウーナ、レレメンド、ユーリ、美羽。

 ユーリが捕えられて、リーリエンデがやって来るまでの間でも五人。ベリベリア戦の時は七人、その後リーリエンデが消えて、やっぱり六人体制になった。

 

「そういえば、ジャルジャードも言っていたような」


 何故六人もいるんだ。あの哀れな瞬殺されし三賢者はそう言った……、ような気がする。もしかして非戦闘員は数えられないだとか、そんな決まりがあるのだろうか? 魔物以上に邪悪なオーラを放つレレメンドのカウントは、どうなっているのだろう。


 ベルアローの部屋のど真ん中で胡坐をかいて、美羽はぶつぶつ、一人で呟いている。

 ぶつぶつ、ふんふん。

 おいらの父ちゃんは大魔王、だったか。森の中で聞こえてきたベルアローの歌声が、脳裏にうっすらと蘇っていく。


 額をぽりぽりと掻くと、陽気な魔物からもらった葉っぱが揺れた。

 本当にこんなファッションで通ってしまうなんて、イージーなシステムだと呆れるやら感心するやら。今の自分はベルアローの手下なんだなあと考え、美羽はまた首を傾げた。

「八の、二?」

 レレメンドは「八の三」。じゃあ、「八の一」もいたんだろうか?

 単純に力の弱い魔物が手下になるようなシステムかもしれず、「八の一」は既にお役御免なだけなのかもしれない。でも、それも一応ノートに書き留めておく。


 想像、予想、検証。すべては魔王を倒すためだ。はぐれた勇者さんたちと合流した後、立ちふさがる敵を倒すヒントがあれば、と思う。


 ……無事だろうか。


 空を飛べるヴァルタルは簡単に逃げられるかもしれない。でも、仲間を置いて一人だけで飛び去ることはないだろう。

 強力な魔法を操って、ウーナ王子は危機を乗り越えるかもしれない。けれど、あんな巨大な大穴を瞬時に開けるような敵だ。攻撃ばっかりの王子様は対抗できるだろうか?

 恐るべき剣の使い手のブランデリンなら、あの珍妙な魔物を切り伏せられるかもしれない。だけど、そういえば「病気」の設定を忘れていた。彼は「治らない」「深刻な」病に侵されている――。

 

 三人の仲間の顔を順番に思い浮かべて、美羽はそっと目を伏せた。


 一番生き残る可能性が高いのは、リーリエンデかもしれない。だって彼は臆病だから。仲間を平気で置き去りにして、いの一番に逃げ出せる男だから。

 勇気と無謀は違うだとか、時には退くのが肝心なのだとか、あちこちの物語で使い古されたフレーズが次々と思い起こされてきて美羽は唸る。


「戻ったッスよー」


 一人取り残されたのは罠ではなく、ご機嫌なベルアローと静かな祭司様は何事もなかったかのように部屋へと帰ってきた。


 そして美羽に差し出されたのは、絶妙な色合いのスープのようなものだった。


「ミハネさんが食べられそうなモノ、これくらいしか見つからなくて」


 かなり大きめの木の器の中に入っているのは、メタリックなパステルブルーの液体だ。


「わぁお」


 体の中に入れていい色ではない。こんな色をしているのはちょっと可愛いデザインの小型車だけだろうと言いたい。これを飲めというのか。飲んだら「メタルミハネ」になってしまうのではないか。


「人間に近い形のヤツら(タイプ)は、これが好物なんだそうで。だから、美羽さんたちも大丈夫だと思うッスよ」


 人型ってったって魔物でしょうがあ! と叫びたい。

 眉毛を八の字にした美羽の前から、しかし、大きな器はひょいとさらわれていってしまった。


 取っていったのはレレメンドで、ぐいっとメタリックブルーを傾け、喉をごくりごくりと動かしている。


「問題ない」

 

 飲んだ感想はこれだけで、器は再び美羽へと戻される。


 どう考えても人間が口にするものではない。と困惑していた美羽だったが、レレメンドの大真面目な顔を見ているうちにはっと気が付き、瞬時に深い反省をしていった。


 異世界の、異常識。散々仲間たちに説いたではないか。自分の常識に囚われていては、相互理解は不可能、先へは進めないでしょうと。


 同じ異世界の食事をしてきた仲のレレメンドが平気なのだから、美羽だって大丈夫なはずだ。

 勇気を奮い立たせて、器に唇をつける。


 背に腹はかえられない。だって、お腹はペコペコだし、喉はカラカラだ。魔物のお家に招かれた身分としては、「食べられる物がある」ことが奇跡なんだと思うべきであり。いや、飲んだらむしろ喉が更に乾きそうなメタリックぶりなのだが。でも、やっぱり腹が減っては戦ができないし。

 

 レッツゴー、頑張れ! レッツゴー、ミハネ!

 ミハネ国の民の声が聞こえる。例によって旗をフリフリ、妄想国家の王様を応援してくれている。


 ままよ!

 

 ぐいっと器を傾けて、一口分のメタリックパステルブルーを飲み込む。

 あれ、なんだかいい香り。そう、まるで木の箱に入ったメロンのような、トロピカルな甘さ。鼻から抜けていくのは芳醇な香り。コクがあって、まろやかで、なのに爽やかで軽い口当たり。どろっとしていそうな外見なのに、さっぱりとしたうまみが口の中で大洪水や!


「美味しい、これ!」


 しかも美味しいだけじゃあなかった。

 飲んだ瞬間、体の奥底からごうごうと活力が湧き上がってくる。疲れは一瞬で吹き飛んで、まぶたの上でウロついていた眠気は光と共に消え去った。それどころか、この世界に呼ばれて以来お風呂に入れず、体を拭く位はしていたけれどやっぱりなんだか膜が一枚張っているような。そんな全身を覆っていた不快感までもが払拭されているではないか。髪は頬の隣でサラリと揺れて、首、脇、指の股など、気になっていたすべての箇所がリフレッシュされていて――。


「すごい、すごい、何これ? どういう飲み物なの?」


 なんという裏メニュー。なんという回復薬!

 こんな裏ワザがあって許されるのか。出来れば、他の皆さんのためにも持っていきたい! と思うが、持ち運びに使える容器がなかった。ユーリがさらわれた時に出した水筒は、魔法の天幕に置きっぱなしになっている。重たいからと言って、横着するんじゃなかった……、と後悔するが仕方ない。


「ええと、ッシュルポーのムペとか言ってたッスよ」


 ベルアローは少し困惑した様子で答えた。

 その表情に美羽ははっとして、翻訳されなかった現地の言葉に感謝した。ベルアローの困った顔なんて初めてであり、もしかしたら、その正体はとんでもないものかもしれない。アレとか、アレとか。はたまたアレとか。いや、駄目だ、そんなこと考えたら。


 とにかく体力は回復して満ちあふれ、思考はすっきりとして冴えわたっている。


「ふふふ」


 思わず美羽は笑いを漏らし、それが誰かのものと重なったことに驚いて顔をあげた。

 大きな器の向こうで、レレメンドが笑っている。鋭い目を大きく見開いて、口の両端をあげて、嬉しそうに笑っている。


「どしたの、レレメンドさん」

「我々の勝利はこれでより確実となった」

「……元気、出たもんね」


 メタリックパステルブルーの「ムペ」とやらのお蔭で、レレメンドの体にも活力が満ちたに違いない。

 美羽はそう判断したのだが、事態はもうちょっと先まで進んでいた。


「オクヤマミハネ。我が四番目の妻よ」


 伸びてきた腕は逞しく、肌はツヤツヤとしている。よーく見るとうっすらと毛が生えているが、ゲジゲジは出来そうにない薄さであり、撫でればすべすべとしていそうである。


「……今、なんて?」


 さすがに腕毛だけでは、気は逸らせなかった。

 レレメンドの台詞には聞き捨てならない言葉が混じっていたような気がして、美羽は目をシパシパさせながら祭司へと問いかける。


「我が四番目の妻、と言った」

「なんで?」

球星窯(きゅうせいよう)の器を順に飲み干した男女は、夫婦となる」


 聞いてねえッスけど! という言葉が喉の奥に詰まって出て来ない。

 そういう大事な話は先にしておかなきゃでしょうが、とか、知らなかったんだから無効(ノーカウント)とか、滑らかになった思考は流れが早すぎるのか、口の動きが追いつかずにぱくぱくとしてしまう。


「私の名はレレメンド・スース・クアラン。ディズ・ア・イアーンに仕える最高位の祭司として、最もふさわしい力を供えし巫女を妻に迎えた。今この瞬間我々の勝利は約束された」


 そういうことじゃなくって、と焦る美羽の隣で、ベルアローは驚きながらも手をバサバサと叩いている。


「ちょっと、そんなの、なしだよ! 知らなかったんだから、こっちの同意なしでもいいの?」

「問題ない、と言ったはずだ」

「え? そっちの話だったの?」

 

 でも何にせよ、知らない、出来ない、受け入れられない!

 必死で抗議の声をあげる美羽に、レレメンドは瞳を緑色に輝かせて微笑む。


「レイアード・ヨスイ・ウーナが気になるか? ブランデリン・ウィール、それにヴァルタルエルガルセル・レルエルも」


 余裕しゃくしゃくの祭司様の顔から飛び出してきた「素敵なお三方」の名前に、美羽は思いっきり動揺してしまう。

 いや、そんなんじゃないんですよ。確かにウーナ王子はちょっと、寂しさの余りなんだか好意があるみたいなこと口走っちゃってましたけれども。あと、残りの二人も正直、素敵だわって思ってはいましたけども。でも。ね。うん。そういうんじゃないんです。


 くねくね、もじもじ、美羽はひたすらに手をすり合わせてしまう。

 そこにまた、引き締まった腕が伸びてくる。大きな熱い手は美羽の左手を掴んで、ぎゅっと強く握った。


「案ずるな。なにもかもが問題はないのだ。……最も大切なことはただ一つ」


 レレメンドの力強い手から、何かが流れてきたのかもしれない。

 美羽は思わず、こう答えてしまっていた。


「すべてはディズ・ア・イアーンの意思のもとに?」


 邪神の祭司は、それはそれは満足そうに目を閉じる。


 ベルアローに再び拍手で祝福され、美羽は思いっきり顔をしかめて、ノリで言ってしまった自分の台詞に深く深く後悔をした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ