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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
5~6日目 北の山で、事件は起こる
33/62

人は、見た目じゃない。

 敵だったはずの誰かが寝返って味方になる。


 それは心ときめく展開であり、美羽の心は躍っていた。怪しげな太鼓を叩く音が響き、ピンク色のスポットライトに照らされながら。薄い衣をひらひらと揺らす妖艶な女性たちの腰の動きにすっかり見とれる美羽の頬を叩くのは、もう一人のちょっぴり冷静バージョンの自分(みはね)だ。


 駄目だ駄目だ。裏切ったと見せかけて、寝首をかいてくるに決まっているでしょう。

 そうだそうだと心の中のミハネ国の臣下たちも拳を振り上げている。

 

 確かになあ、と美羽を腕を組んで唸る。

 勇者たちもリーリエンデも訝しげにベルアローを見ていて、それは当然だと美羽も思う。突然「仲間にしてください」と言われたからって、まるまる信じちゃうなんてあまりにもおめでたい。

 でも、もしかしたら。異世界の常識は、自世界の非常識。もしかしたらもしかしちゃう可能性もあるわけで。


 散々唸って右へ左へ傾いた挙句、美羽は顔をくっしゃくしゃのブルドッグ状にしかめて結論を出した。

「やっぱ駄目!」

 仲間達はほっと安堵の息、陽気な魔物は悲しげに葉をガサガサと小刻みに揺らしている。

「魔物は駄目ッスか?」

「うん……。そう、だねえ、やっぱり、……魔物だから?」

 これって魔物差別かななんて意識が芽生えて、美羽の心に「申し訳なさ」が広がっていく。


「そりゃそうッスよね。わかりました。魔王様は山のてっぺんッス。どうかお気をつけて!」


 しかしフレンドリーな魔物はあっさりと引き下がって、魔王の敵である勇者御一行たちに向かっていつまでも手を振り続けた。



「変なヤツだったなあ」

 再び、憂鬱な暗い森の中を歩きながら、ヴァルタルは小さく笑った。


 すっかり「いつも通り」になった順番で歩きながら、北へと向かう。

 若い体を手に入れたリーリエンデは張り切っており、このまままっすぐ北へ向かおうと一行に提案していた。ベリベリアのせいで大きく東に逸れてしまった進路だったけれど、東の端からも山を登るルートがあるんだとかなんとか、大きなジェスチャーをしながらやたらと偉そうに話している。


「早くここを抜けて、さっさと魔王とかいうのを倒しちまおうぜ」

 肩を叩かれ、ブランデリンは力強く頷いている。

 振り返れば麗しの殿下もえらくシリアスな表情で、まかせておけと微笑んでくれてイッツパラダイス。


 やっぱり、団結を強めるのは「一緒に乗り越えた危機」ですなあ。

 美羽は満足してにこにこ、いや、ニヤニヤと笑いを浮かべながら歩いた。


 異世界にきて初めて使ったふんどし型、及びサラシ型のインナーにも随分慣れてきた。歩いてばっかりの行程で足が鍛えられて来たのか、感じる疲労も随分少なくなったように思う。


 でも、それより何より、いがみあってばかりだった素敵な皆さんに友情が芽生えているのが嬉しい。

 水色の長い三つ編みが揺れ、隣のフル装備がっちがちの騎士と冗談まで言い合っている。


 リーリエンデ入りユーリの今後と、いまだまともに意思疎通が出来ていない邪神の祭司様という問題はあるけれど、とりあえず戦いになったら泣いちゃうような展開はないだろうし、剣と魔法とサイキック、攻撃のバリエーションは揃った。

 なんと頼もしい「選ばれし勇者様たち」!

 ルンルン気分で足取りはすっかり軽く、冷たい土を蹴りながら、美羽の歩みは踊るかのようだ。本当はもう一つ困っていることがあるんだけれど。それは、えへへ。情熱的な王子様からの熱い視線。きゃっ、恥ずかしい!


 時々いやんいやんと腰をくねらせながら歩く美羽へ突っ込めるのはリーリエンデくらいか。

「ミハネ様、どうかしましたか? お腹を壊したとか?」

「そんなことないよ。今日も絶好調だかんね」


 ざっくざく、冷たい黒土を踏みしめながら進んで、魔法の天幕で休んで。

 集中して歩いた甲斐あって、一行は森を抜け、眼前にそびえたつ高い高いホーレルノ山を見上げていた。


「この上に、例の魔王(ラスボス)がいるの?」

「すぐ上ではありませんが、大体はそうです。今目の前にあるのはオートリア山で、その奥にホーレルノ山があるのです」

「じゃあ、登って、降りて、また登るの?」

「いえ、オートリアの山頂付近とホーレルノの中腹は繋がっているのです。ですから、登って、登って、ですね。それで辿り着きますよ」


 現地のガイドって必須だなあ、と美羽はしみじみと思う。こうなると、リーリエンデ入りユーリ、略してユーリエンデが頼もしく見えてきて、多少のわがままは許してやろうなんていう寛容の精神も生まれてきたりする。


「なあ、あの上の方が白いのは何なんだ?」

「雪だよ、ヴァルタルの世界にはないのかな」

「聞いたことないぜ」

 もしかして雨もなかったりして、なんて美羽は思う。

 ウーナ王子に聞いてみると、雨も雪も知っているらしく、ブランデリンは実際には見た経験はないが、北方のキジャ山脈は常に冠雪している云々、と静かに話した。


「レレメンドさんとこは、雨も降らなさそうだよね」

 

 最近すっかり、「黙ってついて来てるのが当たり前」と化してきた邪神の祭司に美羽はてへへと笑いかけた。たまたま視界に入って気が付いただけだが、そこまで「エア仲間」になってしまったのかと逆に思い知らされて、慌てて笑顔を向けたような形だ。


 懸命に仲間の架け橋になろうとするマネージャーの努力は実らず、レレメンドの口はきゅっと結ばれたままだ。砂漠のどこかにゆらゆらと浮かんでは消えるオアシスあたりで暮らしていそうだというだけで、「雨なんてないんでしょ」発言はまずかったか。

 それとももしかしたら、軽口が飛び交うみんなの会話が気に入らないとかだったりして。不安になって、美羽はしばしレレメンドを見つめた。


 すると、今度はラブ街道まっしぐらの王子様が機嫌を損ねてしまう。


「ミハネ、行こう。寒くはないか? そうだ。風を操って、暖かい空気に包まれる魔法が出来ないか試してみよう」

 もちろんミハネにだけだ。そんな台詞を言われてはハートがきゅんきゅん程度では済まず、耳や手や頬の辺りがカッカして止まらない。


「なんだそれ、俺にもかけてくれよ! なあ、ウーナ!」

 ブランデリンにもやってやれよ! 元気母ちゃん系翼エルフは太陽のような笑顔を振りまきながら王子様の肩を抱いてガシガシと揺らす。

 結果、ブランデリンが炎の弾を三個も投げつけられるというとばっちりを受けて、一行はようやく魔王の待ち受ける山を登り始めた。



「むしろ、東側から登った方が安全だと思うのですよ」

 ユーリエンデはこう語る。リッシモの城からまっすぐ北へ向かえば魔王城があるが、そこは魔物たちの通り道なわけで。

「無駄な戦いを避け、東側から奇襲する形ですね」

 えっへんと威張る笑顔はたいへんキューティだが、ベリベリアもベルアローも、美羽たちの様子を見てどんな連中がやってくるか「知っていた」ようだった。

「バレてるんじゃないのかな、こっちの動きは」

 冷静な言葉にユーリエンデの顔は一気に強張ったが、そんなのは一切気にせずマネージャーは顎に手をやって思案タイムに入っていた。


 気になっていたのはあの奇妙な、何度も何度も生き返る「不死鳥のベルアロー」の言葉だ。


 彼の台詞がもしも、すべて真実なら。とても大きなヒントをもらっていたのではないかと、美羽は思う。魔王軍の序列だとか、システムについてだとか、それはもう明るく一気に暴露をされた。


「本当なのかな、例の、数が大きくなるほど強くて、下っ端は用無しになっちゃうっていう話」

 まず問いかけた相手は、ミハネ国に仕える忠臣たちだ。会議室にはもうみんな、勿論高名な北の賢者も招聘済みで、ポテチとチョコレートをつまみながらわいわいと盛り上がっている。


「なんといっても魔物ですから、罠でしょう」

「でも、罠にしては随分のんきな雰囲気でしたぞ」

「明るくて好感の持てるキャラクターでしたなあ」

「あいつが敵になったら厄介ですね。倒すたびに蘇ってきて」


 結局、罠かどうかなんてわかりゃしなくて、会議は愉快な方向にズレていく。頼みの賢者様も何故か今日は生チョコレートに夢中で、お紅茶とピッタリね~とメイドたちと盛り上がっている。

 

 鼻をひくひくと鳴らして会議を解散させ、美羽はまっすぐ前を見据えた。

 ごつごつとした岩山ばかりが続く、まだなだらかな坂の上だ。冷たい黒土は森の中からあまり変化がなく、草はぱらぱらと点在している程度。寒々しい光景の中振り返れば、裸の上に布を二枚巻いたきりのファッションを貫くレレメンドの姿が眩しい。


「よし、ミハネ。出来そうだ」

 スイートの視線が別の男に向けられたのがよっぽど嫌なのか、レレメンドの前にずいっと進み出てウーナ王子は笑った。今までにない少し引きつった笑顔に、戸惑うやら恥ずかしいやら照れるやらで、美羽は無駄にもじもじとしてしまう。

「出来そうだっていうのは、さっき言ってた魔法が?」

「そうだ。ミハネはこんなに小さな可愛い手をしているのだから」

 

 そうなんです。ウーナ殿下は迫害を受ける程に極細ボディをしているけれど、やっぱり「男性」なんです。手を握られたのは何回目だったか、すべすべで綺麗な白い肌だけど、やっぱりなんだかんだ大きくて、ちょっとくらいはゴツゴツ感のある手をしておられるのでござ候。

 殿下にラブ絡まれると美羽の思考回路は一気に乱れて混乱していく。手を取られナデナデされながら、あったかふんわりの空気に包まれていく二人。そう、そこは愛の無人島(ラブ・アイランド)


「おいウーナ、ずるいぞ自分たちばっかり! 俺とブランデリンにもそれ使ってくれよな!」

「あのう、よければ私にもお願いできませんか」

 ほんのりピンク色のオーラに包まれた殿下と美羽に、即座にヴァルタルとユーリエンデの抗議があがる。

「悪いがこれで魔力は尽きた。戦いが起きた場合は貴様ら、頼んだぞ」

 ブランデリンの顔は悲しげに歪み、ヴァルタルは何を思ったか自分の三つ編みを掴んでグルグルと回しはじめ、それに顔を直撃されてユーリエンデが吹っ飛ぶ。


「はは、噂通りの連中だ。我らが偉大なる主の、その庭に足を踏み入れてもまだこんな調子とはおそれいった」


 楽しい勇者御一行様たちの、緊張感のない空気が一気に凍り付いていく。全員が、いや、レレメンドはどうか見て確認してないからわからないけれど、とにかく大体のメンバーが低く鋭い声のした方へ一斉に顔を向けた。


「あら、ビックリしているわよ。まさか何も出ないなんて思っていたワケじゃあないわよね?」


 道の先、寒々しい荒野の坂の上には二つの人影があった。


 右に立つのは眩い真っ黄色の全身タイツ。背が高く、胸板が厚そうなゴツゴツとしたいいガタイをしている。

 左に立つのはやっぱり眩いセクシーな薄紫色の全身タイツだ。小柄だが、色に似あったなまめかしいボディラインがやたらとそそる。


 全身タイツのシルエットはほぼ人型で、それぞれお尻から細長いコード状のしっぽが生えている。それが、アクセサリなのか自前のものなのか美羽はわからず、まずそこに意識を奪われてしまう。


「阿呆が! これは我ら、十一鋭(とおいちえい)の証ぞ! 証なのだぞ!」


 薄紫色から思いっきり指をさされて怒鳴られ、美羽は思わず身をすくませた。先に話したえらく渋カッコいいバリトンボイスが、まさか薄紫色の方から発せられたものだなんて。

 じゃあもう一方の、今にも「うっふん」とか言い出しそうなセクシーな声があの、ごっつごつのイエローボディのものなんですかと。そもそも全身タイツってどういうことなのか、小一時間は問い詰めたい。


 二つの影が歩きだし、ゆっくりと勇者たちへ近づいてくる。

 ヴァルタルとブランデリンが前へ出て、ウーナ王子は美羽をかばうようにして両手を広げた。


 真っ黄色も薄紫も、体は全身タイツで覆われている。それは本当に、現代の地球の全身タイツとよく似ており、顔の部分だけがまあるくくりぬかれているところまで同じだった。

 「十一鋭」と名乗った二人の魔物は、具合の悪そうな薄緑色の顔をしている。

 全体的に、「もしかしてふざけているのかな」と思わされるビジュアルだが、顔はかなりシリアスだった。人間とよく似た造りの顔立ちは整っており、鼻は高く、目は鋭く、口は真一文字に結ばれていて、眉毛も一直線に形よく描かれている。


 セクシーボディの美女の方がドスの利いた男らしい声で喋り、パワー漲るマッスルボディの美男子の方が女の色気振りまき放題の話し方をする。

 この局面でこんなお茶目をぶちかましてくる「魔王様」に衝撃を覚えながら、美羽は敵の様子をじっと見つめた。


「このような貧弱な者どもに、魔王様が倒されるとは思えんが」


 薄紫の顔に不敵な笑みが浮かび、ブランデリンとヴァルタルが飛び出していく。


「我々は浅はかな十とは違うのよ。どんなに小さくとも、不安の芽は摘んでおかなければね」


 騎士の鋭い剣を避け、エルフの放った鞭は岩山にぶつかってはね返される。


「喰らえ!」


 薔薇の花びらを撒き散らしながら放ったウーナ王子の風の矢も、虚しく空を切り裂くだけ。


 勇者たちの攻撃を悉く、二人で舞うように避けて、今度は魔物達のターンがやってきた。


「さあ」

「戦いを始めましょう」


 全身タイツの二人は見つめ合い、手を取り合う。その瞬間、大地は震え、地面には大きなヒビが入っていった。


 とても立っていられず、美羽たちは次々に地面に這いつくばるしかない。無事なのは翼を広げたヴァルタルくらいで、ユーリエンデはギャアギャア、堂々と助けを求めてエルフに手を伸ばしている。


「やだ」

 

 ヒビは一気に広がり、山の斜面を切り裂いていく。


「ミハネ!」


 呼んでくれたのは誰だったのか。

 同時に三人分くらい重なった自分を呼ぶ声にちょっと浮かれた気分になった美羽だったが、地割れは容赦なく、そして勢いよく。無力な地球出身の十六歳を飲み込むと、あっという間にその口をかたく閉じてしまった。

 

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