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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
3~4日目 荒ぶる波を乗り越えて

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26/62

それぞれの、戦いへの決意

「何やってんだかなあ。今日は急がないとダメなんだからよ、ゴタゴタしてるのは全部明日にまわして、とにかくユーリを助けに行こうぜ」


 美羽の止血をしている間、こんな風に一行を諭してくれているのはお母さんことヴァルタルだ。

「なあウーナ、あんなしょうもない弱虫の言葉なんて間に受けるなよ」

 王子の肩を強く掴んで揺らし、

「ブランデリン、今日はやるって決めたんだろ? しゃんとしようぜ」

 騎士の背中をバンバン叩き、

「お前は余計なこと言ってんじゃねえよ」

 師匠の足にはローキック。


「どうだミハネ、血は止まったか?」

 最後に貧血気味の美羽の前にしゃがみこんで、耳をひょこひょこと揺らす。ありがてえ、ありがてえ。いつの間にこの偽エルフさんはここまでの精神的成長を遂げたのか。いや、最初から熱い男ではあった。仲間とみなせば次の瞬間即ファミリー。単純(シンプル)で優しい心の持ち主に、美羽は小さくうんと頷いている。

「大丈夫そうなら行こうぜ。一番ちっこいのが一人で我慢してんだから。早く行ってやらねえと」


 大人たちを黙らせるには、これが最も効果的な言葉かもしれない。

 今一番優先すべきなのは「ユーリの救出」なんだから。


 ところがどっこい、そのお師匠様は余計な口を挟むのを一向にやめようとしない。

「そうだそうだ。可愛い我が弟子を助けに来たんだ。つまらない争いなんかに巻き込んで、お前らは」

 王子様はハッキリと敵と認識したらしく、舌鋒鋭く嫌味を返している。

「自業自得だろう? 年長者が聞いて呆れる」


 雰囲気は旅立ちの初期レベルまで戻ってしまっていて、美羽の気分はすっかりブルーだった。今日だけ我慢してユーリを助けだせたとしても、この空気のまま進むなんて気が重い。


 ついでに、かすかに耳をくすぐる「恋のメロディ」がものすごく気になって、美羽はお尻のあたりがむずむずしてたまらない。


 ブランデリンさんカッコいい。

 ウーナ様素敵、綺麗で怖いくらい。

 ヴァルタルいっつもありがとう。

 レレぴょん、何か意見ある?


 言われてみれば、四人に対して距離が近すぎたかもしれない。素敵な素敵な勇者さまたちは、四人ともみんな見目麗しい若い男性ばかり。ミーハー根性と異世界召喚というまさかの夢叶ったりの異常なテンションのせいで、ちょっと気安く接しすぎていたのではないか。

 でもそれは自分に与えられた役割のせいでもあり、そうしなければ元の世界へ戻れない訳でもあり、そういえば魔王倒したら元の世界にビューンと戻って多分皆さんとは会えなくなる訳であり、そう考えると恋愛感情とか不毛であり。


「リーリエンデは、今日ユーリを助けられたらお城に戻るの?」

 ウーナ王子、ブランデリンと話すには、まだ気まずい。何から片付けるべきか散々考えて、美羽は隣を歩くぼんくら師匠へこう問いかけた。

「勿論ですよ、オクヤマミハネ様。私はこの通り、体が弱くて……。私は魔術を使えはしますが、本来は『知の探究者』なのです。この世のあらゆる知識をこの身に収める。それが、私の使命!」

 なので危ないことはごめんなんですよ。と、リーリエンデはドヤ顔で決める。

「ははー、じゃあ、ユーリを代わりに行かせるために、腰が痛いとか情けない理由で引っ込んでやがったんだな、お前は」

「なんなんだ、この耳長! おかしな言いがかりをつけるのはやめたまえよ!」

「やめて、もうやめて」


 今日で帰ってしまうというなら、優先すべきはやっぱり勇者さんたちだ。

 「仲良くやろう」なんて言っても無駄に思えて、美羽は前を歩くヴァルタルに向けて声をあげた。

「今日だけだから、ヴァルタル、我慢しよ」

 偽エルフはニヤっと嬉しそうに笑ったが、ボンクラ師匠は即座に抗議を始めている。

「我慢って……、我慢ってなんですか、オクヤマミハネ様」

「だってリーリエンデは年長者がどうこう言う割に、すごく自分勝手なんだもん。威張り散らして、みんなに年下なんだから我慢して持ち上げろなんて、本当に出来た人なら絶対に言わないよね」


 こんな嫌味ったらしい台詞も、出来た人相手なら決して言わないだろうけど。

 そう悩んだ末に、美羽は厳しい言葉をリーリエンデにぶつけた。効果は絶大で、師匠の体力ゲージは赤く点滅した状態まで追い込まれている。口をパクパクさせて青ざめ、足をよろめかせている姿は気の毒だけれど、これでいい。勇者さんたちをこれ以上無駄に煽られては、ユーリを救えない。


 次はブランデリンとウーナ王子の説得だ。うまくいきそうだったのに、ブランデリンの心は軽く折れて、ウーナ王子の金髪は逆立ってしまっている。さっきの微ラブなムードも相まって、話しかけにくい。困った。恥ずかしい。照れる。なんて言おう。


 もしも自分が百戦錬磨の恋のツワモノなら、こんな事態にはならなかったのに。


 友人たちの恋の話に感化されて、あたしもカレシが欲しい! と奮起しておくべきだった。想像上のキャラクターの方が素敵だもんね、と一人でルンルンした状態で満足なんてしている場合じゃなかった。一昨年、同じクラスの流山君に告白されてとうとう恋がスタートしたかと思いきや、二日後に「ごめん、奥山ってなんかちょっと考えてたのと違ってたわ」といきなりフラれた時に、何が原因だったのかちゃんと追究しておくべきだった。

 現実にはそこまでイケメンって言いきれるレベルの容姿の男の子っていないよねとか、世界を救う強い決意なんて決められそうなタフなメンタルの持ち主は現れないよねとか、そんなつまらないケチを同級生たちにつけている場合じゃあなかった!


 寄せては返す後悔の海でアップアップ、美羽は溺れかけている。つまり、どうしたらいいのかよくわからない。チラチラとブランデリンの切なげな背中を見つめたまま話しかけられず、後ろから感じる冷たいような熱いような視線が怖くて振り返れない。


 昨日までのフェスティバル&カーニバルが嘘のように静まり返った心の中のミハネ国。いつものにぎにぎしさはどこへやら、まるで国民総お通夜状態だ。民草たちは国王様の心中を慮ってか、目を口を閉じ、胸に手を当ててひっそりと過ごしているらしい。

 そんな民衆の姿を見て、美羽ははっとして立ち上がった。こんなテンションで、危機を乗り切れるか。いや、乗り切れない。可愛いユーリの笑顔を思い出したら、ふぬけたままではいられない。


「ウーナ様!」

「ミハネ」


 美羽が振り返るのと、王子様が決意を固めました的な表情で声をかけたのはほぼ同時。

「ふぁいっ?」

「少しいいだろうか。ヴァルタル、止まってくれ! みな、悪いがすぐに済む。二人だけで話をしたいから待っていて欲しい」



 薄暗い森の中で二人。

 何そのドキワクウキ萌えシチュエーションは! と体温を急上昇させられていた美羽は、すっかり拍子抜けしながら「二人」を見つめていた。ウーナ王子が指名した相手はリーリエンデで、二人の魔術師は巨大な木のそばで厳しい表情で睨みあっている。


 見張りをするから、とヴァルタルは木の上に登っており、美羽の隣にいるのはブランデリンとレレメンド。騎士様とはちょっぴり気まずく、祭司様とはまだなんのドラマも始まっていないので大丈夫。


「まずは謝らせて頂きたい。先ほどは失礼した、リーリエンデ殿」


 緊張感漲る中、ウーナ王子はそれは華麗に頭を下げた。髪とジャケットの裾を揺らした瞬間、「ファサッ」という効果音が鳴り、一面に薔薇が咲き乱れたんだとか。そんな伝説が出来てしまいそうな、世にも美しいお詫びだった。


「え? あ、ああ、そう。うん、いいんだよわかってくれたら」

 王族パワーに気圧されたのか、プリプリしていたはずの師匠は一気に弱腰になっていく。

「いや、今日やるべきはあなたの弟子であり、我々を導いてくれていた勇敢な少年ユーリの救出だ。わかっていたのに、下らない罵り合いをしてしまった私のこの未熟さをどうか許して頂きたい」

「許すも許さないもないよー。いやいや、感心な若者ですよ、レイアード殿下は。少し気の短いところもあるようだけれど、いやしかし、ああやって即座に炎を出してみせるなんてそんじょそこらの見習いには出来ない高度な技だ。まだ十七なんでしょう? 私が十七の時には、あんな芸当は全然できなかったなあ」


 頭をぽりぽりかきながら、リーリエンデは偉そうにふんぞり返っている。

 ウーナ王子は伏せた目からその姿を見上げるようにして、微笑んでいる。


「リーリエンデ殿。この世のすべての知の探究者であるあなたに教えて頂きたいのです。私は敵に直接攻撃するような魔術しか知りません。そのようなものしか必要なかったので、覚えてこなかったのです。そこにいる騎士ブランデリンは力はあるが、訳あって戦いを恐れている。彼を助けられるいいやり方をどうか、ご教授願えませんでしょうか」


 美羽の隣で、ブランデリンが小さく震えていた。金属の部品が触れあってカチカチと音を立て、切れ長の鋭い目はうるうるとして輝いている。


 リーリエンデは随分単純な男のようで、唐突に下手に出てきた王子様が「何故そんなことを言ったのか」まったく気にした様子もなく、まばゆい笑顔を浮かべてルンルンし始めている。


「いいともいいとも! なるほど攻撃用のものしかわからないとは! いやはや若い若い。私の蓄えてきた知識の中に使えるものが山のようにある。うん、ユーリの気配はもう近くにある。それまでになんとか、ひとつ、ふたつ、使えるように教えてしんぜよう!」


「なんだありゃ、ウーナのやつ何考えてるんだ?」

 美羽のうしろにシュタっと降り立ち、ヴァルタルは顎を撫でながら呟く。

「ユーリを助けるために、ぐっとこらえてくれてる……のかな」

 

 だからってあの気の強い王子様が、いきなりあそこまで態度を変えてしまうだろうか。

 首を傾げる美羽の前で、師匠と臨時弟子入りした王子様の会話はまだ続く。


「どうかよろしくお願いいたします。もし見込みがあると思って頂けたのなら、異世界召喚の術についても教えて頂きたい」

「むっ。あれはすごく難しくて、大袈裟で、パワーがいるものなんだぞ?」

「承知しています。私のいる世界にも、異なる世界へ渡る術は存在していました。ごく一部の限られた者たちだけが使える門外不出の術ですが、以前から興味があったのです。世界で最も素晴らしい知の探究者リーリエンデ様。どうかこの若輩者に、その秘術についてお教えください」


 ぺこりでまた、一面に薔薇が咲く。金色の髪と青い瞳によく似合う、白い薔薇が森の中にぶわわっと咲いていく様子が、美羽の「妄 想 眼イマジネーション・アイ」にはハッキリと見えた。



 少し待つよう上機嫌なリーリエンデから伝えられて、美羽たちは魔法の天幕の中に入っていた。ぼんくら師匠が言うにはユーリはもう近い位置に居るらしく、時間もそろそろお昼になろうとしている。決戦の前の腹ごしらえをしておこうと、カバンから食料を取り出して用意をすすめていく。


「あいつ、異世界召喚だなんて何を考えてんだろうなあ」

 エプロン取り出してつけてあげたいほど、ヴァルタルは一人でせっせとお昼ご飯の準備のために動き回っている。

「何か出来そうって思ってるのか?」

「そうかも。……もしかしたら、竜を呼び出そうとしてるとか?」

 美羽も手伝いながら、お母さんの言葉に相槌を打つ。

「俺にも何か出来ないかなあ」


 カップに水を注ぎつつ、ヴァルタルは小さくため息を吐き出していた。

 ここまで「最強の二人」で敵を蹴散らしてきたのに、突然「お前らの攻撃は効かないもんねー!」と言われては悔しいだろうと美羽も思う。

「あいつの剣で俺が戦ってやろうと思ったんだけどよ、ビックリするほど重くて、全然使えなかったんだ」

「そうなんだ」


 ブランデリンは天幕のすみでズーンと暗く沈んでおり、その隣ではレレメンドが静かに瞑想をしている。

 暗いオーラに包まれた騎士は今日、本当に、戦えるのか。不安が募る。


「これさえ取れればな」

 ブランデリンに向けていた視線を戻すと、ヴァルタルは首にはめられた輪っかを引っ張って顔をしかめていた。

「収容された時につけられる物なんだっけ」

「そうなんだ。通信機付きで、これをつけたまま外へ出ると警報がなるし麻酔針が出てくる」

「そういえば、リーリエンデに聞けばいいよね。戻る時に場所をズラせるかどうか」

「ああ、そうだったな。でもよおミハネ、その前に、お前の世界にはこれを外せる道具があったりしないか? ヘンテコな物がたくさんあるみたいだし、ちょっと見てくれよ」


 食事の入った最後の包みを開けてセッティングを終えると、ヴァルタルは椅子に座り、おもむろに上着を脱いで上半身を晒してきた。

 ウッヒョーいい体! という叫びはもちろん、心の中に留めておかなくてはならない。ほどよくビルドアップされた体は、エルフらしからぬ見事な細マッチョ。そりゃあ人前で堂々と脱げますよね、と感心しつつ、美羽はカッカと頬を赤く染めながらヴァルタルの首の後ろをのぞきこんだ。


 水色の長い長い三つ編みをよけて露わになった首輪の後ろの部分には、小さな丸い突起があり、十字の形が彫られている。


「プラスドライバーで回すと、いかにも取れそうな感じがするかも……」

「プラスドライバーって何だ?」

「ネジを取る道具だけど、これって囚人管理用の通信機なんでしょ? そんなに簡単に取れるかな」

「やってみてくれよ。この首輪が取れたら、俺だって戦えるんだから」


 見慣れた形だった。美羽からすると本当にただのネジにしか見えないものだが、でも異世界の「囚人を管理する首輪」だ。無理に取ろうとすれば麻酔針が刺さるかもしれないし、爆発するような仕掛けがあったら?


「爆発なんて聞いたことないぜ。しないと思う。爆発すればあいつらだって困るだろうし」

「そういう問題かなあ? でも、麻酔針が出たらヴァルタルが危ないでしょ?」

「これがハマったままなら、俺はユーリを助ける戦いにはどうせ参加出来ない。同じことだ、ミハネ」


 俺も仲間だから。


 ヴァルタルは強い瞳でまっすぐに美羽を見据えて、言った。


「わかった。ちょっと待ってて」


 もしも首輪が取れれば、元の世界に戻った時に収容所を脱出できるようになるかもしれない。

 こんな希望を胸に浮かべて、美羽は魔法のカバンに手を入れた。

 

 クローゼットにあったはずだ。緊急時用の工具セットが。

 その中にプラスドライバーが入っていたはずだと記憶を掘り起こしながら、指先に触れるプラスチックの感覚を探した。

 

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