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勇者御一行様マネジメント!  作者: 澤群キョウ
2日目 碧の海へ泳ぎに行こう
19/62

深夜の情熱ヘキサ会議

 「碧の海」と呼ばれる深い森の中に、魔法の天幕がぽつんと設置されている。

 時刻は既に真夜中になっていて、空には今日も星がびっしり輝いているが、森の中に光は一切届かない。月も星も目が届かない闇の中で、異世界人五人とお供の少年は、丸いテーブルを囲んで互いに見つめ合っていた。


「ミハネ、済まなかった」

 ようやく起きたウーナ王子の顔色はまだ悪い。けれど、ブランデリンとヴァルタルにひそひそと色々吹き込まれてまず、美羽に向けて頭を下げていた。

 さすが王子、礼の角度が完璧だ。まつげとふぁさっと落ちた髪の毛の金色に、美羽はただただうっとり。している場合ではなく、慌てて「まあまあ」なんて言い出している。

「私が飛び出して勝手に当たったんだもん」

「いや、私が悪い。私が安易にそこの囚人と張りあうような愚かな真似をしたからだ」


 美羽はそっと右手を前に出して、ウーナ王子の白い甲に乗せた。わーい王子の手、触っちゃったー! とウキウキしつつ、ヴァルタルの方に左手を伸ばしてこちらも握る。


「まずは、ちゃんと名前で呼び合おうよ。クソ王子とか囚人とか腰抜けとか、そういうのはもうやめましょう」

 常に挑発し合っているような状況だから、つまらない争いが起きるよね。美羽がそう言うと、ブランデリンはこくこくこくこく、小動物のように細かく頷いた。ウーナとヴァルタルが揃って冷たい視線を向けるので、こほんと咳払いをしてやめさせる。

「ヴァルタルさん、これまで勝手にこう呼んでたけど、ヴァルタル、で切って良かったのかな? 本当の名前はもっと長いよね」

「長いぜ。だから、みんな好きなところで切ってくれて構わない」

「元の世界でもヴァルタルって呼ばれてたの?」

「一番多かったのはヴァルタかな」

「そこで切るとちょっと、親近感がわくかも」


 一気に日本人ぽい名前になったな、と美羽は笑う。漢字を当てるとしたら、武亜瑠太か。うん、かっこ悪い。


「ヴァルタルでもいい?」

「ああ、いいぜ」

 

 「ヴァ」で切る奴もいるんだ、と偽エルフは笑っている。そんなに雑でいいのか甚だ疑問だが、異世界の常識は未知なので、口は出さないのが正解だ。


「ブランデリンさんは、ブランデリンさんでいいよね」

「はい。それで、構いません」

「その死にそうな喋り方、なんとかならないかな? もうちょっと元気出していこうよ」

「はい、努力、します」


 彼がエキサイトするいい材料はないものか。ブランデリン様素敵、抱いて! みたいな美女が出てくればいいのか。でも結局そんなステディが出来ても、連れて帰れないのなら意味はない。大体、女子は美羽しかいないわけで。


 ブランデリンは素敵極まりなく、あのビビり具合が解消されたら割とウェルカムかもしれない。今現在、現実で恋している相手がいない美羽としては、ブランデリンが白馬に乗って迎えに来て、ドレスの裾に口づけして「我が命は永遠にあなたに捧げます」とかなんとか言ってきたら、コロリといってしまう可能性は大体無限大くらいであり得る。


「でも、魔王倒したら元の世界に戻るんだもんね」

「そうですけど、それがどうしたんですかミハネ様」

 ユーリに不安げな表情で問われ、美羽は何の話をしていたんだっけと記憶を巻き戻すと、てへへと笑ってごまかした。


「レレメンドさんは」


 邪神の祭司はちゃんと席についているものの、いつも通り空中の何にもないところを凝視したまま動かない。これが彼の平常運転だとわかってはいるものの、美羽としてはいっぺんくらい会話を成立させてみたいものだと思う。


「ニックネームとかある?」


 「書」を見直しても大した情報はなく、リアクションや返事もない。


「レレぴょんって呼んでもいい?」


 無反応。生きているのか怪しいと思えるほど、まったく動きがない。息とかちゃんとしてるのかなと首を傾げつつ、美羽は最後の一人に目を向けた。


「ウーナ様は」

「様はいらない。ウーナでいい」


 ため息をふうっと吐き出しつつ、麗しの殿下は目を伏せる。そのバッサバサのまつげの上に乗せるべきは、マッチ棒か、それともポップコーンなのか。下まつげ力はヴァルタルがやや優っているようだが、上まつ毛力についてはこの王子様に敵う人類はいないかもしれない。マスカラ要らずの恐るべき天然まつ毛に、美羽は思わず見入ってしまう。


「特にブランデリン、『殿下』と呼ぶのはやめてくれ」

「はっ」


 突然名指しされて、ブランデリンは明らかに狼狽している。視線を王子に向けては外し、きょろきょろ他のメンバーの様子を窺って、人差し指をツンツンさせていじけた様子を見せたり、もじもじしたりして忙しない。


「私はただの魔術師だ。生まれは王族だが、王家とは既に縁が切れている」

 質問をされる前に言ってしまおうと思ったのか。ウーナ王子はそっと視線をそらし、天幕の奥の暗がりに向けて囁くようにこんな告白をした。

「殿下と呼ばれる理由はない。ただのウーナでいい。どうか、そう呼んでほしい」


 どこまで本当の話なのかわからないが、とにかくウーナ王子は悲しげだった。寂しげで切なげで、腕を組んで横を向いた姿は巨匠の描いた絵画のように美しい。


「うぼっ、ぐふっ」

 そこに突然響き始めた汚らしい声。水を差すのは誰だ、と思いきや、美羽の真向いでヴァルタルが顔をくっしゃくしゃにして泣いていた。口をへの字にして、目をぎゅうっと力いっぱい閉じて、涙をじゃあじゃあと流している。

「すまねえっ! そんな事情があったなんてよ……。知らなかったとはいえ、俺、クソ王子なんて言っちまって!」


「どうしたの突然、ヴァルタル」

 いきなりそこまで感情移入してしまうのか、美羽は驚いて偽エルフを見つめた。

「だってよお、あんなに、悲しそうな顔してよお! よっぽど辛いことがあったんだろうさ!」

 うぉううぉうと雄叫びのような泣き方をするエルフの横では、ブランデリンがもらい泣きしている。

「申し訳、ありませんでした! 私は何も知らず、ウーナで……、ウーナさ……、ウーナさんを傷つけていたのですね!」

「すまなかった、ウーナ! この通りだ!」


 ブランデリンは頭を深々と下げたが、ヴァルタルの世界での「土下座的アクション」は一味違った。偽エルフは三つ編みを振り回しながら二回くるくるまわると、逆立ちをしてズバーンと両足を「一」の字状に開脚している。


「それで許せというのか」

「ああ、俺の魂の底からの詫び、どうか受け取ってくれ!」


 もしかしたらからかっているんじゃないかと、美羽は少しだけ思う。異世界の常識は違いますんでと言ってしまえば、今の状況ではなんでもアリなんだから。


 マネージャーは偽エルフの珍妙なリアクションに疑いの目を向けていたが、元・王子様はやはり上流階級の優雅さを備えておいでで、目の前で倒立開脚中の盗賊に優しく微笑みかけて言った。

「私が最初に言えば良かったんだ。何も知らずにいたんだから仕方ない。もう謝るのはやめてくれ」


 ブランデリンは顔をそっとあげ、ヴァルタルは逆立ちを切りあげて立ち上がる。

「すまねえ、ウーナ」

「いいのだ」


 ただ単に、やっぱり人がいいだけなのかもしれない。ヴァルタルはすっかり親友のような気安さで王子の肩を叩き、抱き寄せ、最後には頭まで撫でている。勿論、された側は嫌そうに手を払うのだが、ヴァルタルは「わかったわかった」とひどくしつこい。


「良かった、皆さん仲良くなりましたよ!」

 眠そうに目をこすりながら、ユーリはほんわか幸せそうな笑顔を浮かべている。

「そう、なのかな」


 一旦気を許せば、ヴァルタルは即座に距離を詰めてしまうタイプのようだ。ウーナ王子との仲は問題なくなったとして、ブランデリンまで一緒に仲良くなったと考えていいのだろうか。


 悩む美羽の前には、散々撫でられて髪がくしゃくしゃになってしまったウーナ王子が座っている。

「ミハネ、少しいいだろうか?」

 キラリと輝くブルーアイズに、逆らう術などあろうはずもない。

「いいですよ。なんでしょう」


「はっきり言って、自分のこんな事情は話したくなかった。だが、これから先まだ戦いが続くのなら仕方がない。わかってもらわねば、私の気持ちがもたない。だから、少しだけ話した」


 ウーナ王子の声は小さかったが、よく通った。

 ヴァルタルとブランデリンも泣くのをやめて、もとの席に戻っている。大事な仲間の元・王族ワケあり魔術師が語り出したんだから、真面目に聞かなきゃ。そんなオーラを醸し出しつつ、背すじをピンと伸ばしたいい姿勢を取っている。


「だがこの際だから、もう少し話そう。私は王家の第四王子として生まれた。他にも男子が五人、女子が三人の九人兄弟だが、王位の継承権は私が一番最後になっている。それは、私のこの体型が理由だ」

「ミモーナのせいなのか」

「ミモーナが何かはわからないが、さぞかし細いものなのだろうな」


 美羽にとっては、異世界版のもやしだ。でもこれまでの情報から考えると、ヴァルタルの世界に植物は少ないようなので、野菜で考えるのは間違いなのかもしれない。では何なのか。細くてひょろっとしている、頼りないもの。つまようじか。いや、つまようじも木で出来てる。じゃあ、ワイヤーか。ワイヤーは強くて、そんなに頼りないとは思えない。


「とにかく、我々の国では体の厚い者こそが尊いとされる。力が強く、タフで、どれだけ戦っても倒れることのない勇者こそが、王にふさわしい」


 貴様のようにな! とウーナ王子がビシィっと指差したのは、驚いて目を見開いたブランデリンだ。


「ふぁっ?」

「ケルバナックの王家にとって私は異端だ! このような体型の者はごく稀にいるらしいが、王家には不要、王の名を継ぐなどもってのほか、追放すべき存在として疎まれている。私は、……私は、望んでこのような薄っぺらな体に生まれたのではない! どれだけ食べようとしても体が受け付けず、どれだけ鍛えてもちっとも肉がつかない。他の兄弟は、姉妹であっても逞しく健全な肉体の持ち主なのに……!」


 ケルバナック王国はマッチョの楽園だったらしい。なんという勿体ない話なんだろう。ウーナ王子が現代の地球に現れたら、間違いなく引く手あまた、是非ウチで働いてくれ、素敵、輝かしすぎてよく見えない、ビューティフルすぎる十七才などなど、あっという間に美辞麗句の海で溺れてしまうに違いないのに。

 あの姿を「美しい」と認めてくれる人材はいないのか、疑問に思えてならない。市井の人々までマッチョこそ至高! なんて偏った思考で染め上げられているのか。やせ形はみんな国の片隅に追いやられでもしているのか、疑問は尽きず、美羽は握った拳を震わせている。


「だから、私は」

 

 激細型金髪王子はその青い瞳に怒りの炎を浮かべて、涙をちょちょ切らせている騎士に向かって言い放った。


「貴様のような立派な体格の持ち主が、ことあるごとに震え、みっともなく泣く姿を晒しているのが我慢ならない!」


 ブランデリンの唇がわなわなと震える。こげ茶色の瞳に金髪碧眼王子の姿を映して、小さく細かく身を震わせている。

 多分うとうとしていたんだろう、ユーリはビクンと体を起こし、上着の袖で目を擦っている。


「私は話した。お前も話すんだ、ブランデリン。何故、戦えないのか?」


 最強の騎士として呼ばれたんだろう。

 ウーナ王子の声は小さいが、熱い怒りが込められている。


 正念場だ。


 こんな展開になるとは思ってもみなかったが、三日目にして自分達はとうとう突破口を見出している! 

 美羽は思わず天を仰いだ。光の鞭で打たれて鼻血のアーチを作ったのも、無駄ではなかったと。


 こんなにも熱いぶつかり合いがあって、友情とか絆が生まれないワケがない!


 内側から湧き出してくる喜びを必死になって抑え込んで、美羽は鋭い表情を作ると、ブランデリンを見つめた。

 

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