その勇者御一行、最強につき
幹部的な地位のある敵を倒しても、暗い森はまだまだ続く。勇者一行は先頭のブランデリンの兜で先を照らしながら進んでいた。
昼間のはずなのに光が届かない「碧の海」は静かで、生き物の気配がない。あるのは鬱蒼と繁った木々と、その根にこびりついた苔くらいだ。
しかし、魔獣は出る。自称「三賢者のうちの一人」を倒した後、木の陰から魔物はちょいちょい出現していた。ギャオー、とか、ヌボオオ、とか、叫び声をあげながら走って来てくれるのでわかりやすく、非常に助かる。
ほめられて気を良くしたらしく、ヴァルタルはずっと細長い棒を持っていて、それを弓にしたり、時には剣にしたりして敵をバッサバッサとなぎ倒していた。
あのビームサーベルは一体なんなのか。美羽は興味津々で張り切る偽エルフの武器を観察していた。本人が言う通り魔法でないのなら、フォースとかそういう感じの何かが形になっているのだろう。さすがSF寄りの世界から来ただけあるな、とマネージャーは勝手な想像をしてニヤニヤ笑う。
勇者たちの先に道はないが、勇者たちの後には死屍累々。
ヴァルタルが斬って捨てれば、次はウーナ王子が風の刃をいくつも飛ばす。
ウーナ王子が何匹もいっぺんに倒してみせると、次はヴァルタルが矢を同時に三本放ってすべて命中させる。
出てくる敵は元気に張りあう二人にあっさり倒されて、戦闘終了のファンファーレが森の中に何度も響き渡っていた。特にレベルアップした感覚はないし、お金もお宝も手には入らない。実際、見ているだけで経験値も何もあったもんじゃないよねと美羽は納得し、レベル1の素人女子高校生のまま、戦いを後方で見守りながら考えていた。
見よ、これは伝説だ!
いや、これではありきたり過ぎる。貧弱すぎる語彙に、美羽は自分のことながらガックリとうなだれた。
超絶に「強い」だけではないのだ。イケメン揃いの素敵な勇者さんたちにふさわしい、ファンタスティックでマジェスティックなキャッチコピーを考えなければならない。
魔獣の脅威なんてすっかりないような気分で、美羽はふんふんと鼻歌交じりに歩いていく。
青くてぷよぷよした、まあるい雑魚っぽい敵は剣で斬られてはじけ飛ぶ。
ファンシーなピンク色のコウモリ状の敵は、魔法の風でボロボロに刻まれて落ちていく。
小さいものも、大きいものも。みんな平等に、そして順調に倒されていく。
「ふはははは」
そして突然響き出した笑い声と、再び忍び寄る白い霧。
六人は足を止めて集まり、暗い森の狭間を漂い始めた濃霧に身構えた。
「三賢者が一人、ジャルジャードを倒したのはキサマらか……」
低くしゃがれた声は、ジャルジャードのものとよく似ている。まさかお次の中ボスか、と美羽は暗い木々の中へ視線で彷徨わせた。
もちろん、最強の勇者たちはこんな素人女子高校生とは違う。
「そこか!」
ウーナ王子とヴァルタルの叫びは同時。息ピッタリじゃん! と美羽が感心している間に、二人の放った光の矢は左手前方の木の上へ飛んでいた。
「ぐぼあーっ!」
太くゴツゴツと伸びまくった根の上に落ちてきたまっ黒い塊が、しゅうしゅうと音を立てて崩れ去っていく。正体も何もあったもんじゃない。瞬殺過ぎて、ジャルジャードのお友達かな、程度しかわからない敵はあっさり消えて、ついでに霧も即座に晴れていく。
「さすが、最強の勇者様ですね」
ユーリは興奮した様子で笑っているが、美羽は鼻に皺を寄せたブルドッグ顔で腕組みをし、深いため息をついていた。
最初っから最強、レベルはカンスト。この緊張感のなさと来たらどうだろう。
もちろん、ピンチにつぐピンチは困る。みんな腕だの足だの一本ずつ失っちゃうような展開があったら大変だ。隻眼とかカッコいいけど、実際失ったら絶対困る。
強さは力。強さこそセーフティ。この圧倒的安心感があるからこそ、高みの見物を決められるというものであるのはわかっているがだがしかし! やっぱりなんだかちょっとねえ、なんて美羽は思っていた。
友情は欠けているが、これを育むにはそもそも時間がかかる。だからいいとして、その他だ。
努力あってこその勝利なんじゃないのか。世界で一番熱い物語を紡ぐためには、ちょっとくらいのピンチとか、苦戦があるべきで。
「どうしたミハネ! ブッサイクな顔をして」
ヴァルタルは美羽の肩をバンバン叩いて、耳をぴょこぴょこと動かしている。
美羽の思いはただ一つ。あの耳が自由にとりつけられるようになれば、きっとモテ出すに違いないというものだ。だってなにしろラブリー過ぎる。
もしも彼氏が出来なくて悩んでいる子がつけた場合。特に、正直になれずについ突っ張ってしまうタイプがつけたら効果は絶大だろう。顔うんぬんじゃなくて、その仕草で男子のハートはとろっとろ。キュンキュンさせるに違いない。とか今は、本当にどうでもいい。
「ううん、別に……」
妄想を打ち切って顔をあげた美羽の視界に、世にもビューティフルな景色が映っていた。
蒼白い顔のウーナ王子が右手で額を押さえた姿勢で、ふらーっと、優雅極まりない髪のはためかせ方をしながら、長いジャケットの裾をひらひらと揺らしながら、倒れていく。
しかも、いち早く仲間の異変に気が付いたブランデリンが、世にもカッコいいシリアスな表情で両手を差し出して受け止めているではないか。
普段はまるで興味のない禁断の世界、ボーイズなんちゃらへの誘いってこんな風に突然訪れるのか! この麗しい組み合わせなら悪くないやもしれぬ。いやいや、やっぱり本当は王子様も騎士様もちゃんと「清楚系純真一途乙女型のお姫様」に恋焦がれたり、結ばれたりしてほしい。それでロイヤルベビーが生まれて国中に祝福が満ちあふれて欲しい。これぞワールドピース。世界が平和で万歳三唱!
それにしても、王子の金髪サラサラ過ぎて異世界のシャンプーの威力がどんなものか知りたいし、騎士のゴッツゴツの鎧に包まれた腕に抱かれたら、もしかして痛いんじゃないか。
美羽の脳は、普段使わない部分までフル回転。生み出された余計な思いに圧迫されて、正常な思考がきれいさっぱり失われている。
「ウーナ殿下、大丈夫ですか」
「触るな、腰抜け!」
のぞきこんできた騎士の顔に思いきりグーパンをかまして、ウーナ王子はよろけながらも立ち上がった。
と思いきや再びフラついて、誠実な騎士は性懲りもなく殿下を支えようと手を伸ばす。
「触るなと言っているだろう!」
怒りの叫びと共に炎が噴き出し、ブランデリンの鎧が赤く染まる。騎士が飛び退くと、とうとうパワーが尽きたのか殿下は冷たい土の上に倒れてしまった。
「ウーナ王子、やだ、大変」
レレメンドを呼び、ユーリにも協力をあおいで、美羽もウーナのもとへと急いだ。
ブランデリンは悲しげに目に涙をためて、どうしたらいいかわからないのだろう、直立したまま動かない。
そして余計なことを言い出すのは、最後の一人。
「はは、なんだよ王子様、もう体力が尽きちまったのか?」
ミモーナはしょうがねえなあ、とヴァルタルは笑っている。
ミモーナは多分、もやしみたいなものなんだろう。異世界語については後でメモするとして、今はウーナ王子をなんとかしなければならない。
レレメンドがファイト一発、喝を入れたら即回復、みたいな都合のいい展開はないものか。
「レレメンドさん、ウーナ王子を助けてあげて」
祭司の反応は鈍い。鈍いというよりは、ない。傷は治してくれたのに、マッサージだってしてくれたのに。今回は助ける理由がないのだろうか。とにかく、レレメンドが動く条件はわからない。
「ユーリ、薬ない? 滋養強壮とか、疲労回復系の」
「そんなものは必要ない」
やっぱり完璧美形の怒り顔は迫力がハンパなかった。
細い金色の髪を逆立てながら、王子様が睨んでいる相手は天敵のエルフ耳男だ。
「ひえーっ、怖い怖い。王子様の魔法は凄まじい威力だからなあ」
黙って立つブランデリンの鎧のコゲをペチペチと叩きながら、ヴァルタルはヘラヘラと笑ってみせる。ブランデリンは静かに泣いているが、そちらは今はどうでもいい。
挑発的なその態度に、もちろん気の強い王子様が黙っている訳がなかった。
「盗人風情が!」
魔法がとび出すぞー!
脳内で回り始めた警告ランプにしたがって、美羽は慌ててウーナから離れた。それにつられてユーリも飛び退き、レレメンドはそもそも少し離れたところにいて何の影響もない。
小さなつむじ風をぶつけられて、ヴァルタルとブランデリンの髪が一気に乱れていく。頬に傷がついたのか、小さな赤い血の粒もパラパラと舞っている。
「お高くとまりやがって!」
ヴァルタルの持った細い棒の先がキラリと光る。力は光に変わり、細長く伸びていく。
「ちょっと、やめて」
弓でも剣でもなく、今回の武器は鞭らしい。イケメンが鞭とか、よく似合いますなあ! と普段なら褒めるところだが、狙われている王子様は顔がすっかり真っ青で、立ちくらみでも起こしたのかガックリと地面に両手をついている。
浅く吐き出した息は白く森の中を漂って、あれは多分いい匂いするんだろうなあ、なんて変態的な思いが美羽の中で浮かんでは消えていく。
美しい。そして、儚い。人の夢と書いて、「儚い」。いやいや何をいってるの。頭の中のかなりどうでもいい思いを、美羽は慌てて振り払っていく。
ヒュン、と空気を切り裂く鋭い音が響いて、反射的に飛び出していた。
ヴァルタルの放った鞭の一撃は、思いっきり顔のど真ん中にヒット。
鼻血で描いたアーチをぼんやりと見つめながら、美羽の意識は森の暗闇の中に沈んでいった。