十万年生きた美魔女(嘘)
出てきた魔獣はみんなウーナ王子の魔法で焼かれて炭になり、草原に焦げた臭いを振りまきながら一行は進む。
やがて日が傾き出して、山の向こうに落ちていく。
空も森も昏い青に染まっていく。
「野宿、かな、もしかして」
あるのは焚き火と、腰かける為の倒れた木の幹とか切り株とかだけなのでは。
ファンタジックな夜明かしの一枚絵が脳裏に浮かんで、それはなかなかときめくものだけれど、実際やるとなったらどうだろう? 美羽は考え、イヤンとじたばたしていた。
順番で起きて見張りしたり、敵だ、起きろって言って勇者さんたちがガバッって起きて守ってくれたりだとか、そんなファンタスティックな展開があるかもしれない。いや、あってほしい。
おっかないけどエキサイティング。無責任な興奮に身を委ねて悶える美羽の隣では、ユーリが魔法のカバンを探っている。
「そろそろ休みましょうか。足元もすっかり暗いですし」
「もう少し行ってもいいぜ? まだまだ明るいし」
こう言い出したのはヴァルタルで、ブランデリンとウーナ王子は小さく「えっ」と声を上げている。
「もう灯りがなければ進めないだろう」
麗しの殿下が腕を振ると、ブランデリンの兜が眩く輝き出した。
「おお、明るい」
ユーリは拍手をしているが、勝手に電球化させられた騎士様にはだいぶ迷惑だったようだ。
「ウーナ殿下、これでは、何も見えません……!」
世界が白い、と慌てるブランデリンの隣で、王子様はサディスティックな笑みを浮かべている。
「戦いの度に逃げていくのだから、照明係くらいは引き受けたらどうだ?」
呆れた騎士がいたものだ、までオマケにつけられて、ブランデリンはガックリと肩を落とし地面を煌々と照らしている。
「これはいいですね。松明だとすっごく熱いですし、危ないですから」
僕も早く使えるようになりたいです、とユーリの瞳は王子への憧れでいっぱいだ。
ピカピカ光る頭に蛾のような昆虫が集まり出して、観念したのかブランデリンはとうとう兜を脱いだ。照明と化した兜をじっと見つめ、目の端には涙をじわじわと浮かべている。
この光景に対して美羽が思うのは、やっぱイケメンやったなあ、というエセ関西弁の感想だった。
ヴァルタルはエルフ耳の色男風であり、ウーナ王子は幻想系美形、ユーリはラブリー美少年。レレメンドは中東系濃い顔風で端正な顔立ちだが、好みとはちょっと違う。
きわめて個人的な感覚だが、一番正統派なのはこのブランデリンさんですな、と美羽はニヤニヤしていた。
あんなキリっとした美丈夫に「この剣と命は貴女に捧げます」とか言われたいし、危ない時には身を挺して守ってくれた挙句、額から血がたらーっと出ているのにも関わらず戦い続けてもらいたい。
「わかりました、照明の係、引き受けさせていただきます」
しょんぼりとぼとぼ、兜を抱えてブランデリンは歩いていく。
「まだ進むんですか?」
そろそろ休みましょうよ、とユーリは言う。そして勇者たちを見上げると、あっと声をあげて指さした。
「ウーナ様、顔色がよくありませんよ」
つられて美羽も覗いてみると、確かに王子様の顔色は悪かった。額にじっとりと汗を浮かべて、辛そうに目を伏せている。
「なんだあ、もうへばっちまったのか? だらしねえな!」
焦がされた恨みが残っているんだろう、ヴァルタルはヘラヘラと笑いながら挑発の言葉をぶつけ、少し短気な王子様はギラっとエルフ男を睨みつけた。
「なんだと!」
「元気ならさっさと来いよ。早く魔王とかいうのを倒して、元の世界に戻りたいんだからな!」
「ヴァルタル様、休みましょうよー」
ユーリが止めても構わず、盗賊の男は軽い足取りで進んで行く。
脂汗まみれの王子も、苦しげな顔のままその後をついていこうとしている。
「ウーナ王子、やめた方が」
「あのように馬鹿にされて、休んでなどいられるか!」
ユーリは魔法のカバンに突っ込んでいた手を出して、慌てて二人を追って走っていく。ブランデリンはまごまごし、レレメンドは動かない。
コンプレックスなのかなあ、と美羽は考えた。腕組みをし目を閉じて、名探偵の気分で。
ウーナ王子の「書」には、虚弱体質と書かれていたはずだ。実力はあるが、出力は不安定だとも。
プライドは高いけど、体力はない。強いけど、体はとにかく細い。王位を継げない理由は詳しくはわからないものの、虚弱体質はきっと無関係じゃないだろう。
もしも気にしているのなら、やめようだとか、無理でしょうなんて言葉は逆効果だ。じゃあなんと言えばいい? ヴァルタルもうまく止めなければいけない。
「ホント、みんな勝手なんだから……」
美羽はこう呟いた。それはもう嬉しそうに、世話焼きの姉さんのような口調で、ニヤつきながら。
「ブランデリンさん、レレメンドさん、とりあえず追いかけて止めよう。手伝って!」
騎士と祭司の手を引いて、美羽は走りだした。光る兜のお蔭で辺りは明るいが、羽虫も沢山群がってくる。それを手で払いつつ、問題児たちの後を追う。
「ユーリ、待って!」
「ミハネ様早く来てー! 暗いよ怖いよー!」
追いかけながら、考え続ける。
灯りの魔法は使っていないのか、前を行く三人の周囲は暗い。
でも、ヴァルタルは先頭に立ってグングン進んで行く。王子はムキになって追いかけているだけ。ユーリは暗くてビビっているらしい。
「ヴァルタルさーん! レジスタンスは団結が必要なんでしょー!」
この人でなしー、までオマケにつけて、ようやく偽エルフの足が止まる。
走って走って追いつき、ようやく草原の途中で六人が揃った。
「人でなしとはなんだ。そこまで言われる筋合いは」
「あるよ。みんな暗くて見えないんだからね、あなたと違って!」
ヴァルタルも含め、そしてレレメンドを除いた四人はきょとんとした表情を浮かべている。
これは勝手な想像であり、ゲームだとこういう設定よくあるよねという非常に安易な発想からの、一方的な決めつけでしかない。理由は「だってエルフっぽい異種族だもん」だけだ。
けれど、自信満々で美羽はビシッとヴァルタルを指差し、言ってのけた。
「暗視能力……。暗闇でも見通せる目を、あなたは持ってるんでしょう?」
四人の視線は美羽の指差した先、一点へと集まる。
「暗視?」
「そのような力をお持ちなんですか?」
言われた偽エルフは、顔を困惑でいっぱいにして頭を掻いている。
「お前らは、見えないのか?」
ないない、と一斉に答えられて、さすがにバツが悪そうだ。
「そうなのか……。すまねえ、いや、そんな、暗いのか? 本当かユーリ?」
「本当ですよ。ヴァルタル様は何故見えるのですか?」
「何故って、耳の長いヤツはみんなそうだよ。生まれつきだ」
「ほらね、言ったでしょ! 異世界から来た者同士、みんな違う常識があるんだよ」
えっへんえっへんと美羽は威張る。根はいいヤツのヴァルタルは素直に謝り、ウーナ王子は悔しげな様子ながら、安堵の息を漏らしている。レレメンドに変化はないが、ブランデリンは何故か切なさマックスの表情で美羽を見つめていた。
ユーリのカバンからはヘンテコな箱が取り出されていた。
出した本人の顔と同じくらいの大きさのソレは一体なんなのかと思いきや、開くなり大きなテントが出てきて召喚された四人は、大いに驚かされていた。
「魔法? これ、魔法?」
「はい。リーリエンデ様の兄弟子が作ったという、魔法の天幕です!」
行軍の時などに使われるのですよと、ユーリも先程の美羽同様、胸を張りまくっている。
「カバンより大きな物が出ないって言ってたから、てっきり野晒しで寝るのかと思ってた」
「いえいえ、これがあるから安心して行けるんですよ」
天幕のサイズは結構な大きさで、中には小さなテーブル、簡単な造りだがベッドまで完備されている。照明器具はないのに明るいし、気温も冷えてきた外と比べるとぐっと温かい。
「さすが魔法さん、ホントにハンパないよ」
「そうでしょう、そうでしょうミハネ様。リーリエンデ様はすごいんです」
カバンも天幕もご本人作ではないのでは、という疑問が頭の中をすっ飛んでいく。しかし温かい天幕の中に入るとどっと疲れが出てきて、美羽は突っ込むのはとりあえずやめて床に腰を下ろした。ウーナ王子もやはり疲れていたらしく、隅に青い顔で倒れこんでいる。
「レレメンドさん、祭司って、元気になる魔法とかないんですか?」
座り込んだまま、直立不動で動かない邪神の信徒へ問いかける。
するとレレメンドは無言のまま王子のもとへ歩き、うつぶせに寝かせると大きな手で背中を揉み始めた。
「マッサージなの?」
魔法で元気一発じゃないのかいとガックリする美羽の背中に、声がかかる。
「ミハネ殿」
ユーリはカバンから食料を取り出すのに夢中で、ヴァルタルはその隣で「しょーがねえなあ」顔を浮かべながら、並べる手伝いをしている。
背後を振り返ると、ブランデリンが下唇を噛んだ悲しげな表情で立っていた。申し訳なさそうな、寂しそうな、悔しそうな顔から出てきた「申し訳ありませんでした」の語尾は小さすぎて聞こえない。
「ブランデリンさん」
「私が不甲斐ない所為で、ウーナ殿下が必要以上にお疲れになってしまいましたし、それにヴァルタル殿と喧嘩になってしまいまして」
蚊の鳴くような声ってこれか、と美羽は思った。ユーリが何かをテーブルに置く音がする度、声はかき消されて聞こえなくなってしまう。
「ブランデリンさんのせいじゃないよ。ヴァルタルだって悪いし、ウーナ様だってよくないところがあったもん」
「そのような……。私が、騎士で、戦士でありながら前に出るのを恐れ、自分を守ろうとばかり考えて、いるから、争いが起こりましたし、無駄な力を殿下に使わせる羽目に、なったので、ありまして」
「そんなに緊張しなくていいよ。私はほら、ブランデリンさんの上官でも、リーダーでもないんだから」
ただの十六歳の小娘なんだよー! とおばちゃんのごとく手を振りながら美羽は笑った。
ブランデリンは声が小さいだけではなく、今にも死んでしまいそうな程ゼエゼエしながら話してくる。涙目で、震えていて、そこまでビビらなくたっていいじゃないと思い、緊張をほぐせればと思ってこう言ったのだが。
「ミハネ様、十六歳なんですか?」
横から割り込んできたのはユーリだ。
「そうだけど。例の『書』に書いてあったでしょ?」
「いえ、ミハネ様の分については少し違うのです。なにせ予定になかった召喚ですから、お名前くらいしかわかっていませんでした」
これに関しては、そうなんだ、くらいしか返事はない。しかし、次の言葉にはさすがの美羽も盛大にズッコけてしまった。
「十万十六歳、ってことですか?」
「何その、とってつけたような悪魔年齢!」
呆れ果てる美羽とは対照的に、ユーリの顔は恐怖で引きつっていく。
「ミハネ様、……悪魔だったんですか」
「ちーがーうーよー!」
何故そんな風に言うのかユーリを問い詰めると、意外な返事がかえってきた。
「だってミハネ様は、一万回の召喚を生き抜いてきた人なんでしょう?」
なんのこっちゃ、と美羽は思う。
そのうち、エステリアに「一万回呼ばれた」発言をしたなあと思い出し、ユーリに向けてパタパタと手を振って説明をしていった。あれは、冗談で言ったんだよと。
「一万回召喚されていないんですか?」
「される訳ないでしょ。初めてだよ」
しかしどうやら、疑いはこれっぽっちも払拭出来ていないようだ。怯えたような目をして、ユーリは美羽を見つめている。
「それにしては落ち着いていらっしゃいますから……」
「それで、十万年も生きてると思ったの?」
少年は大真面目な顔で、はい、と答えている。
なかなか逞しい妄想力を持っているじゃないかと、美羽はやけに嬉しくなって、少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
ユーリはその不気味な反応に体を小さく震わせながら、青い顔で目の前の魔女を見つめた。