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現代の魔女 

作者: カズト


 この物語は『聖杯の女怪盗』と密接にリンクしています。ネタバレが嫌な方は回れ右をお願いします。

 

 プロローグ


 魔法、魔術。そんな言葉を知っているでしょうか? 

 そう、貴方が思い浮かべたそれです。

 火を生み、水が溢れ、風を吹かせる。おそらくファンタジーな物語にはお馴染みの存在でしょう。非常にポピュラーな単語です。


 そんなポピュラーだけど、何故か現実には数少ない使い手。

 現代の魔女。彼女はそう呼ばれるのに相応しい存在でした。



 現代の魔女 『元凶』



 突然ですが、彼女は魔女でした。たとえ部屋にゴキブリがわくほど生活力に乏しくても、日々の生活が困窮していても魔女でした。

 彼女の日課は毒々しい紫色の毒薬作り、などではなくパソコンを立ち上げてのネットサーフィン。今や魔女もデジタルです。

 彼女、名は樹雨きさめといいますが、樹雨は自他共に認める天才です。術式をプログラムに組み込むことを発案。それをネットで配信し、これが結構な評判で収入源の大半を担っています。大半は研究で消えるためにやっぱり貧乏ですが。


 そんな樹雨には使い魔がいました。毛並みのいい黒猫で名はクロ。名付け親は樹雨ですがクロはあまり気に入っていません。めっちゃストレート過ぎるネーミングでしたから。

 クロはもう二百歳。主の魔力で生き長らえています。不本意ながら樹雨の下僕。ちなみに樹雨への敬愛の念は皆無です。


『いつまで寝てる、主。バカみたいに高いびきをかいて』


 綺麗なイントネーションで日本語をぺらぺらと喋るクロ。実に不思議ですね。どういう喉でしょうか? ま、使い魔だから。そう、無理やり理解してください。

 ボロボロの布団に包まり、ゴロゴロと寝返りを打つ樹雨。流れるような銀髪が目を惹きます。顔も自他共に認める結構な美顔。このごみ部屋でなければ素直に賞賛できるでしょう。


『とっとと起きろ』


 前言撤回。いくら絶世の美貌でも猫に踏んづけられてては賞賛もへったくれもありません。むしろ尊厳というか誇りというか大事なものを踏みにじられてる気がします。


「……あと五分」


 鈴が鳴るような妙なる調べがその整った口から発せられます。でも、内容に色気など微塵もありません。

 まぶたを開けると透き通るような淡い藍色の瞳があらわに。銀髪をクシャクシャかきながら真っ裸で起き上がります。

 雪のようなシミのひとつもない純白の肌。均整の取れた抜群のプロポーション。ヌードの理由はこの際どうでもいいです。


『オイ、飯抜きにするぞ』

「って、それは困るぞ!!」


 樹雨は弾かれたように飛び起きました。クロはその勢いで紙のように吹っ飛びます。


『泣かすぞ。お前』

「ああ、ごめんな」


 クロは黒ずんだ壁にべっちゃりと潰れています。ピクピク痙攣、青筋が額にくっきりと。これは痛そうですね。

 樹雨は手を合わせて、ちっとも悪びれた風ではありませんが、とりあえず形式上は謝ります。


「ふわぁ。まずは飯にしよう。腹ごしらえだ」



 それは世にも奇妙な光景でした。



 リビングルーム、だと辛うじて分かる部屋で”人間と黒猫”が一緒に食事。さすがに黒猫の方は皿にとって食べていましたが。皿には熱々の味噌汁。猫だけど猫舌ではないようです。


「美味い、美味いぞ。さすがは私の下僕、料理だけは美味いな」

『黙れ、主』


 主従関係にしてはおかしな会話ですが。彼らに普通、常識といった単語は通用しません。猫の料理はご想像にお任せします。


『さて、今日はどのような予定なのだ。主』

「そうだな。術式の基本プログラムの仕上げでも」

『それは昨夜、完成していたぞ。寝ぼけ眼でな。いくら腐っていても鯛は鯛らしい』

「そうだったっけ」


 こともなげに樹雨は言いますが。普通の魔法使いなら十年ともいわない高度な術式です。彼女は生活力に乏しくても魔法の腕だけは一級品なのです。


「じゃあ、いつもどおり稼ぎに行くか」

『ふん。世界最高峰の魔女がこんなへんぴな島国で占い家業か。まさに宝の持ち腐れだな』

「相変わらずひねた猫だな。私はこの国が性に合ってるのさ。それにこの国の文化は魔術的観点から見ると興味深いんだよ」

『そうか』

「よし、腹ごしらえも済んだし。行こうか」


 樹雨は指で空に術式を刻み、魔法を発現させます。ごみ山から磁石のように黒い装束が吸い寄せられました。魔法、意外と地味な使い方です。

 魔女の伝統的な装束に着替えると、まさしく西洋の魔女が現れました。生活感丸出しの部屋で。

 相棒の紅蓮樹から削り出した龍木の杖、余談ですが世界最高の魔法杖と名高い、をあろうことか傘立てから引き抜きます。これこそ本当に宝の持ち腐れです。


 ボロアパートの傾いた扉を開けて魔女はいざ稼ぎに朝の街へ繰り出しました。




 この街には評判の占い師がいました。その占い師は怪しげな出で立ちで路地裏の片隅に座っていると言われています。黒猫を肩に乗せていればまさしく本物です。




 まあ、当の本人はゴロゴロと暇を持て余していました。暇つぶしのノミ取りも、クロは嫌々ですが、やり終えてしまい本格的にすることがありません。

 今はもう七時過ぎ。かれこれ時間は経ち、まん丸のお月様が彼女を見下ろしています。


 最初の客は幼稚園くらいの子供。おもらしが悩みというので樹雨は蹴っ飛ばしてやりました。

 二人目は中年のオヤジ。ほとんど魔法なしの他愛もない人生相談でした。

 三人目は初老のおばあさん。腰痛が悩みというので、これは補助魔法を使いました。

 普段の客入りなんてこんなもの。平均的な人数です。おかげで儲けなど少ない少ない。


「あのー」


 けど、今宵は様子が違うようです。

 樹雨はフードに隠れた藍色の瞳で来訪者に視線を移します。


「よく当たる占い師って聞いたんだけど。俺もお願いできません?」


 訪れたのは黒髪でボサボサ頭の少年でした。高校生ぐらいでしょうか、若いエネルギッシュな力を感じます。普通の魔女にとっては極上の精気に見えるでしょう。

 しかし、樹雨はそんな野蛮なことはしません。つーか精気よりお金です。


「ふむふむ、貴方は何かを焦っていますね」

「わ、分かります!?」


 樹雨には少年の色が見えていました。感情の色といいましょうか。焦りは暗い青として映ります。


「して、悩みとは?」


 雰囲気をそれっぽくして樹雨は悩みを尋ねます。


「実は俺。好きなひとがいるんです」


 この年の人間なら誰でも抱くでしょう、淡い想いを発露する少年。樹雨は真剣に聞いてあげます。内心では”簡単な内容だぞ、ラッキー”ぐらい思ってましたが。

 

「そうですか。いや、それ以上の言葉は必要ない。貴方と彼女の相性を占いましょう。相手の生年月日と名前。貴方の名前も一緒に」

「は、はい」


 少年は差し出された紙にスラスラと書いていきます。それを取って簡単な術式を刻みました。薄闇の中、文字が蛍のように発光します。

 これは特定のキーワードに沿って相手の心を読み取る魔法。プライパシーなぞ微塵もありませんが、樹雨は気にしません。

 キーワードは目の前の少年について。早速ですがイメージの中でゲートを開き、魔法を発現します。


「うん?」


 樹雨は少し驚きました。ゲートをつなげた彼女の心が読めません。樹雨は考えます。

 心が読めないのは対象者が魔力に対する抵抗力が強いか、よっぽど彼との事柄に触れて欲しくないかのふたつでしょう。

 しかし、どちらにしても世界最高の魔女を自負する樹雨には面白くありません。それにせっかく来て頂いたお客様、期待を裏切るのも何だか癪です。

 樹雨は少しだけ考え、奥の手である龍木の杖を使うことに決めました。

 

『主、たかが占いに龍木の杖を使うのは』


 今まで黙っていたクロがテレパシーで話しかけてきます。実はクロはテレパシーで喋っていました。謎がひとつ解決ですね。


『大丈夫さ。それに久しぶりに使いたいんだよね。これ』


 樹雨もテレパシーで返します。どうでもいいですが無駄に感度がよくて大音量なのでクロはこけました。


「少々、難しいですね。仕方ない。魔力、じゃなかった。強いパワーをこめた杖を使います」

「お、お願いします」


 少年の心境としては何でもいいので早くしろということなんでしょう。樹雨はうなずいて龍木の杖を使います。

 高速呪文と省略術式の組み合わせで高度な魔術を発現。見事に成功しました。――樹雨の予想とは違う方向で。

 

 バチバチと青白い光が飛びます。見ると虚空で術式が暴走していました。魔力が実体化し次々と術式が組み替えられています。


「……あちゃー」

『ヤバイんじゃないのか。コレ』

「やっぱり二百年のブランクはきつかったか」


 樹雨とクロはたらたらと冷や汗を流します。さすがは龍木の杖。膨大な魔力と複雑怪奇な術式。高次元で圧縮された魔力がまるで放電するように光を放出しています。

 それは柱となって天空に立ち昇り、落雷のように目の前の少年へ落ちました。あーあ。


 もくもくと上がる煙が消えると、そこには。


「きゅー」


 奇声を出して目を回す少女がいました。


『……オイオイ』

「……”反転の魔法”が発動したみたいだ」


 おそらく暴走した魔力が変化して魔法対象者に暴発したのか。なんとなくやっちまった感じです。

 樹雨は右往左往する前にとりあえず彼女に覚醒の魔法をかけました。


「う、うーん。痛てて」


 魔法の効果で少女はすぐに気がつきました。純白の衣に呪文が入ったリングで髪を留め、紫紺の瞳がのぞきます。


「あたし、どうしたんだろう。――って。あ、あたしぃ!?」


『魔法で精神が女性化したみたいだな。さすがは主の魔法だ。無駄にややこしい術式を』

「というより偶発的に生み出された術式だな。宝くじみたいに偶然セレクトされた術式の組み合わせだろう」

『なるほど』


 混乱したり、放心したり、忙しい元少年を放っておいて魔女と黒猫は魔術論議に花を咲かせます。

 そこで元少年、現少女は樹雨に目をとめます。今、彼女はやっと事の元凶に気づきました。


「も、もしかしてアンタの所為か。そうなんだろ。こら、あたしを元に戻せ!」

「私の所為なのは認める。でも、それは偶発的に生み出された術式だ。簡単には解けない」


『オイ、主なら解けるだろ』

『いや、まあ、強引にやれば解けるだろうが。それではこの子に負担がかかる』


 ふたりのテレパシー談義はそこで終わらざるを得ませんでした。


「じゃあ、あたしは永遠にこのまま? 我が子を腹で身篭る? 嘘ぉ!?」


 完全にパニック状態です。何十年も当たり前のように男だったこともあるでしょうが、なにより好きな人に想いを告げられないことが一番ショックでした。


『主、このままではあまりに不憫だ。なにか手はないだろうか?』

『あることにはある。けど気は進まない』

『言ってやれ。気休めにはなるだろ』

『……そうだな』


 樹雨は珍しくクロの言うとおりにします。


「君にかけられた魔法を緩和することはできるよ」

「え? ホント!?」

「普段は魔法の効力を消せる。けど、魔力が高まる月夜はやっぱり反転の魔法が発動する。あくまでも応急処置だ。時がたてば魔法の効力は復活する」


 少女はうつむき、とうとう涙を流し始めました。さすがの樹雨も心が痛みます。心が痛むなど彼女にとっては飼っていた猫が死んだ時以来でした。


 見かねたクロがゆっくりと口を開きます。違いました。テレパシーを送ります。


『……そういえば主。昔、魔力解除の魔法宝石を作らなかったか。ほら、主の魔力が絶頂期の時。あれなら魔法を解くことも可能かもしれないぞ。何せ、主が魔女の王を倒した頃の代物だからな』

『そんなの作ったか?』

『作ったさ。ほら、東洋の魔術師に依頼されて』

『そういえばそんなのを作ったような……』


 たしか毒術の使い手だったヤツに保険として作った気が。書にしたためては怪しまれるというので宝石に術式を細工した憶えがありました。

 それを魔法のことも含めて少年に話してみます。すると彼女は、ぱあっと瞳を輝かせました。内に希望の炎が灯ります。


「その宝石を捜せばあたしの魔法は解けるってわけか。上等!」


 第一印象は気弱。そんな印象を抱きましたが意外に芯はしっかりしているようです。


「んで、形は? それはどんな宝石だった?」

「忘れた」

「……ハア?」

「作ったのは相当昔だからな」


 少女は怪訝そうに樹雨を見ます。フードで顔は隠れていますが声は若い女性のものだったから。実は下手なばあちゃんより年上だと知ったらどんな顔をするのでしょう。


「だから君は君のやり方で宝石を見つけるといいさ」


「あたしの……やり方」


『主、面白がっているな』

『ふふ、二百年ぶりの楽しみが出来た』

『やれやれ』

 


 エピローグ〜すべての元凶〜



 ごみごみしたアパートの一室。ひとりの魔女と一匹の猫はテレビのワイドショーを見ていました。

 ブラウン管の向こう側に映るのは純白の女怪盗。


『――さて、主よ。どうやって責任を取るつもりだ?』

「ふむ、どうしようか。彼もそこまでして元に戻りたい理由があるんだろうし。内に秘めた純粋な正義と悪。実に興味深い」

『不謹慎な発言だぞ。主も真剣に探せ。アンタが元凶だ』

「へいへい。やりますよ」


 髪をくしゃくしゃとかいて冷蔵庫から取り出した牛乳を一気飲みする樹雨。


『ところで、主。いまさら言うのも何だが……』

「ん?」

『暴走した術式は相性占いの対象者に影響を与えた。ならば対象はまだいるのではないだろうか。ほら、主のゲートを通って……』

「――あ!」


 END

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