買い物とはかくも苦痛の伴うものなり也?
こないだの日記:気が付けば俺の周りは愉快な人たちが揃っていた、無駄に。
今日は買い物に行くことになった。
いつもの俺なら自由だヒャッハァ!! なんだが、今日はそうも行かない。
その理由はまあ大体想像つくだろうが、
「あ、あの店寄っても良いですか、ヒサトさん?」
とまあ、今日はミリアの付き添いで街に来ている。
どうやら俺は荷物持ちに呼ばれたようだ。因みに現在手ぶらである。
ミリアに付き添っていく時はそこまで大荷物になることは無いから良い。
これが他の2人となると酷いんだ、これが。
「そうですね……これとこれ下さい」
ミリアが買ったのはそれなりにお値段のする肉の塊。ペロその他ペットの餌である。
1回に買う量が100kg単位なので流石にこれは郵送である。ぜひとも一部貰ってステーキにして食いたい。
「お待たせしました。それじゃ、次に行きましょう?」
「その前に1つ質問。今日は何を買うんだ?」
「ペロちゃんたちのブラッシング用のブラシが1本と、お洋服を少し見てみたいですね」
少し考えてからミリアは欲しいものを挙げる。
その行き先を考えて俺は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
「げ。……なあ、俺帰っていいか? 俺あの店近づきたくないんだが……」
本気で勘弁してもらいたい。
その店の店員、碌なもんじゃないから。
「駄目ですよ。しっかり付き合ってもらいますからね」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、にこやかに笑ってしっかり俺の腕をロックするミリア。
ああ……なんて悪夢。よりにもよってあの店に行くことになるとは……
「それじゃあ、まずはブラシを買う前に洋服を見に行きましょう?」
俺の右腕をぐいぐい引っ張っていくミリア。
「や、やめろぉぉぉぉぉ!!! 奴らにあったら間違いなく狩られる!!!」
必死に抵抗する俺。だがしかし、
「もう、うるさいですよ。あんまりうるさいとこうです!!」
「ふばばばばばばばばばばば!!!!!!」
ミリアは何処から取り出したのかスタンガンを俺の腹に押し当ててきた。って言うか、何で持ってる?
ヴァンパイアになってから色々と耐久性は上がったからこの程度で失神することは無いが、全身痺れて力が入らん。
俺はそのまま洋品店にドナドナされていくことになった。
* * * * *
「いらっしゃい。あら、今日は貴方も一緒なのね、ヒサト? 随分久しぶりじゃない」
獲物を見つけたような視線で洋品店の店長は俺を見る。
……逃げたい。
「あれ、ヒサトさん、フォリーナさんと知り合いなんですか?」
「……俺は二度と会いたくなかったけどな……」
俺がこの洋品店のオーナー、フォリーナを苦手とする理由は多々ある。
まず、素肌の上にYシャツを着て、そのうえボタンを空けまくったりするのは止めてください、貴女のスタイルでそれをやると滅茶苦茶危険です。
どんなスタイルか言うと、89,58,89と言えばお分かりだろうか。因みに、リリアはその上を行っている。
え、何で知ってるのかって? そりゃ本人が思いっきりぶっちゃけたからだ。
それからこの人、ファイスの姉である。つまり、サキュバスだ。
……うう、初めて遭った時の事を思い出す……
―回想中―
あれはとある俺の休日だった。
俺は1人で街中をウロウロしていた。すると、目の前にいきなりファイスがやってきて、
「よう、ヒサト。悪いが、うちに来てくれないか?」
と言い出した。表面上平静を保っているようだが、額からは大量の冷や汗と、申し訳なさ全開の表情を作っていた。
「……まあ、良いけどよ」
俺はファイスが何か困っているようなので何とかしてやろうと思い、それを承諾した。
……ああ、此処で断って置けばよかったと今でも思う。
「そうか、恩に着るぜ。それじゃ案内する。こっちだ」
で、ファイスに連れられて奴の家に行ったわけだ。
奴の家はそれなりに大きな家で、聞くところによるとファイスが訳あって資産家の女性を落とした時に、半ば押し付けられる形で貰ったものらしい。
俺が世の中の不公平さ具合に呆然としていると、
「お帰りなさい、ファイス。その子がヒサト?」
下着にYシャツ一枚と言う素晴らしく凄まじい格好で出迎えてくれたわけだ。
もう即座に眼をそらしたね、俺は。
ヘタレっていうな。
「姉貴、頼むからもう少し何か着ててくれ!! 一応客だぞ、ヒサトは!!」
「いいじゃないのよ、自分の家なんだし。それに私の裸見た人なんて大勢居るわよ?」
「そう言う問題じゃねえ!!」
玄関先で言いあう二人。
……なんてぶっ飛んだ会話だ。ついて行けん。
つーかファイス、一応とは何だ、一応とは?
とりあえず、彼女のことは直視できなかったので天を仰ぐようにしていた。
「まあ、お客さんって言うんならそこで待たせるのもあれだし、とりあえず上がってらっしゃいな」
「あ、はい。お邪魔します」
で、はにかむような笑顔と共にそう言われて家の中に入ったわけだ。
「……自分でヒサトを呼ぶよう俺を脅迫してたくせに……」
ファイスが小声で何か言っていたようだが俺は気にしなかった。敗因その1。
で、応接間に通されるとフォリーナが話しかけてきた。
「始めまして、フォリーナと言います。うちの弟がお世話になってます」
「あ、粟生永和といいます。弟さんにお世話になってます」
それから自己紹介をしてしばらく話したが、その時点では気さくな良いお姉さんだった。そう、その時点では。
「あ、お茶を淹れてくるから少し待ってて貰える?」
「あ、はい。何か手伝いましょうか?」
「ああ、1人でやるから大丈夫よ。座って待ってて頂戴」
そう言ってフォリーナが席を立った。
それからしばらく待ったが、なかなか戻ってこなかった。
お湯から沸かして紅茶を淹れるにしても時間が掛かりすぎだなと思った頃、
「お待たせ、少し遅くなっちゃったわね」
フォリーナは苦笑いしながら戻ってきた。
お盆の上にはアイスティーが乗っていて、それが俺の目の前に置かれた。
「あ、ありがとうございます」
「そんなに畏まらなくっても良いわよ。私はあんまり敬語は好きじゃないから、普通にタメ口聞いてもらった方が嬉しいわ」
俺が敬語を使ってると、フォリーナは苦笑しながらそう言った。
「そうか。なら遠慮は要らないな。これで良いか?」
「良いわよ。ああ、それからその口調で話すんなら私のことは呼び捨てで呼んで欲しいわ。私も貴方をヒサトって呼ぶから」
何も知らない俺は、不覚にも綺麗に笑いながら話すフォリーナに見惚れてしまったものだ。
そのエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれそうになる。
成程、これが異性に効果を発揮するサキュバスやインキュバスの魔力か。そりゃ、ファイスもモテるわな。
……等と考えていたから「その方が燃えるから」と言うフォリーナの言葉の意味を考えなかったんだよな。敗因その2。
少し喉が渇いたのでアイスティーを一口飲む。
最近は夏が近づいてきていて暑かったのでその冷たさが心地よく、アイスティーも少し苦味が強いがとても美味かった。
……これが罠と気付けなかったのも敗因となった訳だが。敗因その3。
しばらくすると、体が痺れると同時に何やら妙な感覚が全身を走った。体が熱を持ち、呼吸が上がる。
「ふふふ、漸く効いて来たわね……」
声がしたほうを向いて見るとそこには眼を妖しく光らせ、妖艶に笑うフォリーナが居た。
どうやらさっきのアイスティーに何か仕込んでいたらしい。
「く、何を俺に飲ませた?」
「痺れ薬と媚薬だったかしら?」
フォリーナは悪びれた様子もなく、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて俺にそう言った。
「な、何故そんな事を……」
「前々からファイスと一緒に居るのを見ていてたし、良く話をされるから気になっていたのよ。見た目もそれなりに可愛いしね。だからサキュバスらしいアプローチをしてみたって訳」
「うっ……」
俺の頬を撫でながらフォリーナは話し続ける。
神経が過敏になっていて、些細なことでも辛い。
冗談じゃない。俺は救いを求めてファイスを呼ぼうとしたが、
「ああ、ファイスなら外に居るわよ? でも、助けには来れそうにないわね。何なら、見てみる?」
言うなりフォリーナは俺を抱き上げ、庭が見渡せる部屋に運び込んだ。フォリーナの部屋である。
そして、俺が窓から見たものは……
「ファ、ファイスーー!!!!」
そう叫んでしまったのも仕方がないと思う。
何故なら、ファイスは頭から流血した状態で十字架に貼り付けられていたからだ。
実の弟に何と言う酷い仕打ちをするのだ、この姉は!?
「ね? 助けに来れそうにないでしょう? まあ、安心しなさいな。あれくらいじゃ死なないわよ」
笑いながらフォリーナはそう言い、俺をベッドの上に横たえ、上に覆いかぶさってきた。
逃げようにも、痺れ薬が効いていて動けない。それに媚薬の効果も洒落にならない。
腹の上でぐにぐにと動く双丘の感触に俺の精神にひびが入りかける。
「ねえ、私の名前を呼んでくれる?」
甘えるような声で俺の胸に頬を摺り寄せながらフォリーナがそう言ってきた。
フォリーナからは甘い匂いが漂っていて、ただでさえ麻痺している思考が余計に働かなくなる。
「な、何をいきなり、はぅ!?」
「良いから、呼んでみて?」
俺が問い返そうとすると、今度は首筋に触れるだけのキスをした後に耳元で囁くようにそう言った。
首筋へのキスや耳に掛る吐息で背中に電流が流れるような鮮烈な感覚が走る。
やばい、こんなのを繰り返されたら狂う。
逆らうと大変なことになりそうだったので素直に従うことにした。
「フォ、フォリーナ……うっ!?」
すると今度はペロリと舐めて甘ったるい声で一言、
「もっと、はっきり呼んで?」
と言ってきた。媚薬のせいでかなり神経が過敏になっているようで、些細なことでも反応してしまう。
この状況では気恥ずかしいが仕方がない。1回深呼吸して、落ち着いてから言うとしよう。
「フォリーナ」
すると、今度はウットリとした顔で笑って、唇にキスをして、
「フフフ、合格。これからはそう呼んでね? それじゃあ、始めましょう?」
と言って、フォリーナは俺の服に手を
―――おっと、お楽しみの傍観者の諸君には悪いが、此処から先は検閲させてもらうよ。そう言うのが見たければ他の場所を当たることをお勧めする―――
ありがとう、リニア。お陰で黒歴史を深く思い出さなくて済む。
とまあ、こんな事があったのだ。お陰で俺はこの人がトラウマになったと言うわけだ。
ついでに言うと、その後も何回かファイスに(涙ながらに説得された後)拉致られて大変なことになった。
「この間は良かったわよ。ねえ、また家に来ないかしら? またあの可愛い声が聞きたいわ」
「冗談じゃない。むざむz「あ、分かります!! 可愛いですよね、あの声と表情!!」……」
フォリーナの一言に全力で乗っかるミリアさん。
ブルータス、お前もか。
おまいら揃いも揃って何っつー趣味嗜好をしてるんだ。
「とにかく、俺は行かないからな」
俺がそう言うと、フォリーナは不満げな顔をした。
「何よ、つれないわね~。大体あの時は何だかんだ言って結構楽しんでたじゃない。無抵抗だったし」
「痺れ薬を飲まされてりゃ誰だって無抵抗だろうが!!」
「でも、少なくとも嫌じゃない様に見えたわよ?」
……2人の視線が痛い。
仕方ねえだろ、俺だって男なんだからよ。
俺は店の外で大人しくしてるか。
しばらく待っていると、ミリアが洋服を選び終わったようだ。
だが、一向に出てくる気配がない。どうしたのだろうか。
店の中に入って見ると、ミリアとフォリーナが真剣に何やら話をしていた。
「あ、ヒサトさん。丁度いい所に」
「少しこっちに来て欲しいんだけど、良いかしら?」
大真面目な顔で2人は俺を呼んだ。
何だ? 何で俺が出てくるんだ?
あの真剣な表情だ、きっと何か大事な話に違いない。
近くに行って見ると、フォリーナが俺を採寸し始めた。
全くもって訳が分からない。何で俺を採寸するんだろうか?
「OK、いいわよ。それにしても、細いわよね。どうしたらそうなるのかしら?」
「ん? ああ、それは鍛えることで体が細く見えるように見える筋肉があってだな。そこを鍛えると細く見えるらしい」
これは本当のことだ。例を挙げるなら上腕三頭筋が良い例だ。此処を鍛えると腕が細くなる。
「そうなんですか。あ、それからもう1つ確認いいですか?」
「忘れてたわ、私も確認したかったことがあるのよ」
「ん? 何だ?」
そう言うと2人は俺の肩を掴んで、両側から俺の首を舐めた。
全身をぞくぞくっとした感覚が走り、思わずその場にしゃがみこむ。
「うくぅ!? いきなり何をする!?」
俺が全力で抗議すると2人は、
「あ、やっぱりですね」
「本当にヒサトは首筋が弱いわね」
等とすっきりした表情でそう仰った。
……ああ、俺はこの2人から全力で逃げたい。
―――いや、全く持って気の毒だがお前がその2人から縁を切るのはお前が天界に行くのよりも厳しい……というのは言いすぎだが、そう言いたくなるほど難しいぞ?―――
……ありがとよ、リニア。今度は見事に俺をどん底に突き落としてくれたな。
とにかく、買い物が終わったので次の店に行くことにした。
* * * * *
次にやってきたのはペットショップ。
「いらっしゃいませ。お、ヒサトじゃん。ああ、そうか。ミリアんとこで執事やってるんだっけか」
店に入ると青白い髪の毛を後ろで束ねた少し背の高めの女性が俺に声をかけてくる。
その表情は何か面白いものを見つけた表情をしていた。
「あれ? シアンとも知り合いなんですか?」
「……ああ、コイツと会うたびに酷い目に遭うけどな……」
此処のバイトのシアンは人狼で、普段は人間と変わらんが、青白い毛並みの狼になれるのが特徴だ。
コイツとの出会いは凄まじいものだった。
―回想中―
あれは別の休みの日の事だった。
俺はその日、ガストさんから新しい紅茶を入荷したと言う知らせを聞いて嬉々として喫茶店に向かっていた。
そしたら、柄の悪い連中が3人ほど前に出てきて、
「よう、兄ちゃん。お前、あの屋敷の執事だな? ちょっと来てもらおうか?」
等と言う訳の分からない戯言をのたまった。どうしようか思案していると、
「ちょっとアンタ等、3人がかりで何してんだ?」
とシアンが現れた。……決して駄洒落を言っているわけではない。
「何だ、お前。……へえ、上玉じゃねえか。俺たちと遊びたいってか?」
「まあ、そう言うところだね。そりゃあ!!」
「ぐあっ!?」
シアンは涼しい顔でそう言うなり突然下品な笑みを浮かべた男の1人にとび蹴りを放った。
その一撃を受けた男は派手に吹き飛び、背後の壁に当たって崩れ落ちた。
あーあ、それじゃ正当防衛にならないじゃないか等と考えていると、
「くそっ!!」
等と考えていると、俺を誘拐しようとしていた奴が掴みかかってきたんで、
「ほいっ」
「うおわ!?」
と、相手の右手を左手で取って、鳩尾にひじを入れ、軽く投げてやった。
いや~、合気道って強いわ、やっぱ。俺のはもどきだけどな。
「ぎゃああ!!」
「は、雑魚が。出直して来な!!」
向こうも残り1人を完璧に伸したみたいだ。
手をパンッと叩きながらこちらに向かって歩いて来る。
「怪我は無いか? ……て、その様子じゃ無さそうだな。おや? コイツこの辺りを荒らしまわっていた集団のリーダーじゃないか」
興味津々と言った表情で倒れている男の顔を覗き込むシアン。
そうなのか? まあ、向こうも相手がひょろいと思って油断してたんだろう。
……何だか途轍もなく嫌な予感がする。
「なあ、アンタ……アタシと一戦どう? 久々に強い相手とやれそうなんだ、いいだろう?」
突然ギラギラとした眼で笑いながら俺を見てくるシアン。
なに、この戦闘狂? 何で相手が俺なんだ!?
じりじりと近づいて来る戦馬鹿。
「待て、何で俺がアンタと勝負せにゃならんのだ!?」
「問答……無用!!!」
「わーっ!!!」
その後、俺はシアンの攻撃を受け流しながら町中を逃げ回る羽目になったと言うわけだ。
で、お互いの体力が尽きた頃に強制的に自己紹介をさせられて別れたんだが……
それ以来、街中でコイツに見つかるたびに追い掛け回されることになったと言うわけだ。
-回想終了-
「次こそアンタに一撃加えてやるからな。覚悟しとけよ」
ギラギラとした金色の眼で俺を見ながらそんなことをのたまうシアンに俺は頭を抱える。
「勘弁してくれ……あんな馬鹿力でまともに喰らったら俺木っ端微塵だぞ……」
「そりゃ大げさだ……って、誰が馬鹿力だって!?」
俺に掴み掛って食ってかかるシアン。
そりゃお前、鉄筋コンクリートのビルディングに素手で穴をあけるとか馬鹿力以外の何でもないだろうがよ。
「ははは……ところでシアン。あのブラシ、届きました?」
「ああ、届いてるよ。待ってな、今持って来る」
軽く引きつった様な笑みを浮かべてミリアがそう言うと、シアンは奥に引っ込んでいった。
しばらくして、デッキブラシ並みにでかいブラシを持ってシアンが戻ってきた。
「ほい、これが注文の品だよ。ちっ、今がバイト中じゃなければな……」
恨めしそうに俺を見るシアン。
俺はバイト中で本っっっ当に良かったと思っている。
さて、買うものも買ったし、サッサとずらかるとしよう。
* * * * *
館までの帰り道に大通りを通って帰る。
途中で全身青タイツ見たいな格好で腕が銃みたいになってる男がイガ栗を踏んで爆散していたが気にしてはいけない。
本当は公園前の細道を通った方が近道なんだが、先の2人との会話で精神をすり減らしすぎた。
今、シルフィ達の相手をしたら間違いなく力尽きるだろう。
しばらく大通りを歩いていると、
「こんにちは、ミリアさん。……お隣の男性はどなたですか?」
ミリアの知り合いと思しき小豆色の単を纏った女性が話しかけてきた。
長くて艶やかな黒髪と穏やかで優しい光をたたえた黒い瞳が印象的だ。
「こんにちは、ユキちゃん。彼が前に話した家で執事をしてもらってる人ですよ」
「粟生永和と申します。以後お見知りおきを」
「そうなんですか。始めまして、東雲雪乃と申します。ミリアさんにはお世話になってます」
恭しく礼をする雪乃さん。
何というか、今まで居なかったタイプの人だ。
結構なお嬢様なのであろう、動きが洗練されている気がする。
でも、彼女は何で此処に居るんだろうか?
普通の人間がここにいる訳は無いのだが……
「ミリアさんはお買い物の帰りですか?」
「ええ、洋服とペット用のブラシを買いにいったんですよ。ユキちゃんはどうしたんですか?」
「これから夕御飯のお買い物です。今日は里芋の煮つけと焼き魚にしようと思ってます」
にこやかに微笑みながらそう語る雪乃さん。
う~む、実に家庭的な人だ。
「女の1人暮らしは大変じゃないですか?」
「そうでもないですよ。周りの人も良くしてくれてますし、生活にも問題はないです」
朗らかに笑いながら話す雪乃さん。
ふむ、今の話から察するに最近越してきたみたいだな。
「何か困った事があったら言ってくださいね。すぐに私かヒサトさんが相談に乗りますから」
ミリアさんの発言に思わず硬直する俺。
はい? 何でいきなり俺に振るのか?
「分かりました。それじゃ、とりあえず魚が安い店とか教えてもらえると嬉しいんですが……」
少し言いづらそうに雪乃さんは話す。
どうやら、人と話す事にあまり慣れていないらしい。
「ヒサトさん、分かりますか?」
ミリアが俺に確認する。
一応知っている。何故なら俺はヴァンパイアになったものの、未だに普通の飯の味が忘れられなくて、自分で作って食っているからだ。
材料費は自前なので、なるべく安くて良いものを買うべく、まず店を選ぶところから始めている。
レシピは本屋やネットで調べて、調理法は自分で工夫して作る。
そうして出来た料理が美味かった時の満足感がたまらない。
今はこれが俺の楽しみにまでなっている。
血と違って、ちゃんと腹も膨れるしな。
……俺はいつから主夫になったのだろう。
「一応分かります。此方です」
若干心に傷を負いながらも俺が案内したのは、八百屋、魚屋、肉屋である。
調味料は卸問屋に頼っても良いが、流石にそこまですることはないだろう。
それぞれの問屋に行く交通費を考えるとスーパーで買ったほうが安くつくしな。
「ありがとうございます。此処までしてくれるなんて良い人ですね」
笑顔で雪乃さんは俺に向かってそう言う。
そう言うことを面と向かって言われると少し参る。
「いえ、頼まれた事をしただけですし……」
俺は雪乃さんから視線を切った。
そして、その先には良い笑顔でこっちを見るミリアの姿が。
……こっち見んな。
「くすくす、照れてますね。でも、どうしてこんなこと知ってたんですか?」
必要無いのに何で、と言うようにミリアは俺に尋ねてきた。
「町に良く買い物に行ってますから」
……数少ない楽しみを邪魔されてたまるか。
適当な答えでお茶を濁す。
「それでは私はこれで、……クシュン!!」
雪乃さんがくしゃみをした瞬間、俺の周囲が瞬時に冷凍された。
わぁ~、周りがきらきらと光って綺麗だな。
……現実逃避はやめよう、冷凍されているのは俺自身である。
漫画のような氷漬け状態だ。
そうか、彼女は雪女だったのか。
氷の外で何か大騒ぎしているみたいだがもうどうでも良い。
俺の意識は窒息すると共に順調に落ちていった。
ああ、今日もまた生命の危機だ。ついてねえな。
ツヴァイトスの街の愉快な者ども。
大本からかなり加筆修正したなぁ。
……うん、精進せにゃ。
ご意見ご感想お待ちしております。