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やってきましたツヴァイトス。


 こないだの日記:俺は綺麗にローストされましたとさ。もうやだ。




 なんとか地獄の修行を耐え切った俺は太陽を克服することに成功した。

 もう前と同じ感覚で外を歩けるようになった。日光浴で心地よく眠れる。

 そして俺は町に今買出しに出かけている所だ。冷蔵庫の中の食料が尽きたので買いに行くのだ。

 リリアから町の簡単な地図を貰っているのでとりあえず迷ったりはしないだろう。

 だが、俺には1つの懸念事項があった。

 ヴァンパイアになっちまった俺が町の人間を襲ってしまう可能性が0とは言えないのだ。

 もし、事件なんざ起こしたときにゃサバスと同じく心臓に銀玉を喰らう羽目になるだろう。

 もうすぐ町に着く。俺は滅茶苦茶緊張しながら町の中に入った。




 結論から言おう、俺の懸念は全くの無駄だった。

 何でかって? そりゃ町には人間が1人もいなかったからだ。

 それじゃそこにいたのは何か?

 そこにいたのは、天使に悪魔、ゾンビに動く人形、幽霊に妖怪等のばけもんばかりだった。

 うっわ~、何じゃこりゃ。今更だが、本当に此処は異界なんだな。


 「だから、困っている人間に無償で救いを差し伸べるのが私たちの喜びなんです!! 何でそれが分からないんですか!?」


 「んな事ばかりしてたら人間堕落すんだろうが!! だから俺達は嫌われながらも願いを叶える時には対価を貰ってんだよ!!」


 テレビの中じゃミカエルとバフォメットという大天使と大悪魔の対談が行われていた。

 もう少しギスギスしたものかと思っていたら、わりかし平和的だ。


 「上司はああ言うけどさ、安い給料で大いに働かされている僕達の気持ちになって考えたことはあるのかな? こっちは家族を養っている身なのにさ……」


 「それでも安全な仕事だから良いだろうがよ。俺らなんざ教訓を与える事が仕事だって言うのに人間どもは全部俺達のせいにして都合よく解釈してやがる。おまけに俺達悪魔を見つけたら殺そうとする始末だ。給料は高いがやってらんねえよ」


 食堂を見てみりゃ、テレビの前で悪魔と天使が仲良く食事をしている。

 ……やっぱ、誰でも上司に文句はあるもんなんだな。そういや、こんなことになるんならあの店長一発殴っときゃ良かった。ちぇ。

 そうやって町を眺めていると、


 「おや、そこのお前、ちょっと来い」


 と、後ろから声が掛かった。振り返ってみると、そこには水晶玉を覗き込んでいる魔女がいた。

 見た目の年齢はリリアと同じくらい。赤紫色でウェーブが掛かった髪を肩の長さで切っている。


 「ふむ、こいつは稀に見る酷さだな。総合的に見て運が無さ過ぎる。特に女運に関しては群をぬいて悪い。お前の全体運を数値に表すとすれば-5か。長年此処で占って来たが、此処まで悪いのは初めてだな」


 ……いきなり失礼なことを言ってくれる。んなこたぁ最初から分かってるっての。


 「……占ってくれと頼んだ覚えは無いが? それに運が無いのはもう自覚している」


 「まあ、待て。今回はタダだ。聞いていくのも悪くは無い。それにお前はこの世界に来てまだ日が浅いだろう? ならば私の話を聞いていったほうが良い」


 魔女はさらりと重要な事を口にする。


 「おい、何で俺が元々この世界の人間じゃないって分かった?」


 「これでも一応魔女なんでね、少し魔法でな。それに、別世界からこの世界に来るのは別にそこまで珍しいことではない。もっとも、多くも無いがな。10年に1回といったところか」


 何て事の無いように魔女はそう言う。

 どうやらそれはここでは普通の事のようだ。


 「待て、それは一体どう言うことだ?」


 「まあ待て、話には順序と言うものがある。まずはこの世界について説明しよう。お前が身をもって知った通り、世界は1つではなく無数の世界が存在する。その中には当然お前が元居た世界も含まれている。だが、この世界はその世界の中には含まれていない」


 そう言うと、彼女は紙を取り出して沢山の円を書き始めた。そして、それを何本もの線で繋ぐ。


 「この円がそれぞれの世界だ。世界はバラバラの様でいて、その実、似たような世界が近くに集まっている。そうだな、お前が知っている例えで一番合うのはユグドラシルだな。同じ枝から枝分かれした世界は似ているという訳だ。通常、この枝と枝を乗り換えることで世界間の移動が起こる。だが、それは色々な要因が複雑に絡まりあって起こるもので滅多にない」


 「ちょっと待て。十年に一度が滅多にないって言う頻度か?」


 「人の話は最後まで聞け。確かに普通なら世界間の移動は滅多に起こらん。だが、この世界は違う。例えば、何らかの原因、そうだな、例えばお前のように別の生物になるなどしてその世界の法則に合わなくなったものや、余程運の無い輩が世界から外に弾かれる。その時に丁度枝に飛び移れれば良いんだが、飛び出した先に何も無いと言う奴が稀に出てくる。そういった奴は世界樹から転落する。もう解るな?」 


 「つまり、そうやって零れ落ちた奴が来るのがこの世界って訳だ」


 魔女は一つ頷いて話を続ける。

 その動きは一つ一つが優雅で、気品にあふれていた。


 「理解が早くて助かる。そう言うことだ。無数にある世界から落ちてくるのだから、例え1つの世界から零れてくるのが稀だとしても短いサイクルで落ちて来ることになる。ただ、お前のように連れてこられる希少な例も有るし、そもそも零れ落ちてきた奴に殆どまともな奴はいないがな。居るのはお前の世界で言う妖怪だの化け物だのそう言うところだ」


 「で、俺が元の世界に戻ることは出来るのか?」


 これが肝心。ここまでの知識があるのならば帰る方法を知っていてもおかしくはない。


 「出来なくはないさ。だが、世界樹を上るには特殊な条件が必要でな。満月の夜に一度だけ、それも1日の間だけ別の世界に居る事が出来る。この世界に落ちた以上、完全に元の世界に帰ると言うのは諦めた方が良い。まあ、一部例外も居るがな。天使や悪魔は仕事上他の世界に行くし、私の知り合いに腰の高さから落ちては死に、石に躓いては死ぬ奴が居るんだが、そいつはその度に世界に呼び戻されているよ」


 魔女は少しだけ憐憫のこもったまなざしで俺を見た。

 ……見た目は冷たそうだが、結構優しい人なのかも知れない。

 現に、始めて会う俺にここまで親切に説明してくれたしな。


 「……そうか」


 それにしても……やれやれ、もう帰れないのか。まあ、月に一度は帰れるのだし、そこまで悲観することは無いか。留まる方法を探せばいいだけの話だ。

 そんな事を考えていると、魔女は少し驚いたような顔をした。


 「おや、思ったよりも落ち込まないんだな。その場に崩れ落ちるくらいはしそうなものだが」


 「何、月に一度は戻れるんだろ? なら留まる方法を探すさ。幸いにして、何度でも帰れるんだからな」


 すると、魔女は感心したように頷いた。


 「そうか、見た目より強いんだな。少しお前に興味が沸いた。何かあったら来るが良い、特別にタダで相談に乗ろう。私の名前はリニア・ミムス。お前は?」


 「粟生永和だ。サンキュ、話、結構面白かったぜ」


 そう言って立ち去ろうとすると、


 「ああ、言い忘れていたがヒサト。お前の不運はまだまだ序の口だ。特にお前の女難はその程度では終わらん。女と関わる時には慎重にな」


 ……くっ、折角気分良く立ち去ろうとしていたのに台無しじゃねえか。まあ、肝に銘じておこう。

 そう言えば、何でただ通りすがっただけの俺を占ったんだろう? 聞いてみるか。


 「なあ、何で俺に占ってみようと思ったんだ? 通りすがりの人間を占っても何の得もないだろうに。」


 すると、リニアは少し考えて答えた。


 「そうだな……何となく占ってみたくなった。理由などそれで十分だろう?」


 「そうか。……ありがとよ、話を聞かせてくれて。じゃ、何か困ったら相談をしに来るさ。またな」


 「ああ、いつでも来るが良い」


 リニアはそう言って仕事に戻った。

 何だか、これから先結構お世話になりそうな気がした。



 さて、買い物を始めることにしよう。

 まずは紅茶が欲しいな。これは3人からもリクエストがあった。

 地図を見ながら歩いていくと、裏道に一軒の茶葉の専門店があった。

 店の中は歴史を感じさせる造りで、多種多様な種類の茶葉があった。


 「いらっしゃいませ。ゆっくり見ていってください」


 店番の人は人形のように整った綺麗な顔の人だ。

 ……って言うか、マリオネットだな。身体の上から糸が伸びている。これで表情が出せるんだから凄い。何処の世界から来たんだか。

 う~む、無難なのは俺が知っているダージリンやアッサムなんだが、他の世界のも試してみたい。


 「すみません、お勧めのものって何かありますか?」


 「う~ん、そうですね……あ、今日はこちらのリグナスが良いのが入ってます。渋みが強いですが、ミルクを入れても風味が全く落ちないので是非ミルクティーでいかがですか?」


 店員の受け答えは実に丁寧なものだった。

 成程、アッサムの亜種みたいなものと解釈すれば良さそうだ。試してみるか。


 「それじゃ、それ200gお願いします」


 「ありがとうございます。紅茶に関して聞きたい事がありましたら気軽に来てくださいね」


 ……良い店だ。目印も覚えたことだし、また来よう。

 



 さて、次は……俺の普段着か。

 流石にずっと執事服と言うのは嫌だ。休みの日くらい自由な格好で居たい。

 男物の服の店は……此処か。随分でかいな。


 「お? いらっしゃい。試着したけりゃ勝手にしてくれ」


 店員は若い男で、店の隅で煙草を吸いながら新聞を読んでいた。なんとまあ、やる気の無い奴だ。

 見た目は普通だが、恐らくこいつも人間じゃねえな。

 お言葉に甘えて自由に選んで試着することにした。

 いや、まあ種類が多いの何の。カジュアルウェアにフォーマルスーツ、果ては作業着まで何でも揃っていた。

 どれにしようか悩んでいると男がこちらを向いた。


 「うん? そういや見ない顔だな。此処に来てどれ位経つ?」


 「……は、はあ。1ヶ月半ですが……」


 「……そうか、アンタがね……ま、頑張れ」


 ……会話の意味がよく分からん。というか、その哀れむような視線は何だ?

 とりあえず、ジーンズと黒いシャツにデニムのジャケットを買って店を出た。




 さてと、一旦一休みしますかね。

 近くにあった喫茶店に入る。喫茶店の中は小奇麗で、所々に高そうなアンティークのインテリアのようなものが置いてあった。


 「いらっしゃいませ。1名様御案内致します」


 案内されたのはバルコニーにある屋外の席。俺はとりあえずコーヒーとクラブサンドを注文した。

 余談だが、メニューにはちゃんと色んな種族に対応したものもあった。


 「お待たせいたしました。こちらクラブサンドとホットコーヒーでございます」


 ウェイターが持ってきたクラブサンドを食べながら町の人通りを眺める。

 ……何ていうか、人間とあんま変わんねえな。ただ、歩いている奴の姿は全く違うから見ていて飽きないが。


 「ねえ、ひょっとして貴方、フローゼル家の新しい執事さん?」


 余程暇だったのか、ウェイトレスが話しかけてきた。

 ウエイトレスは腰まで伸びた明るい茶髪を後ろで束ねていて、人間で言うならミリアと同年代であろう幽霊だった。


 「んん? ああ、そうだが。」


 「へぇ~ホントに新しい執事さん居たんだ~」


 何か面白いものを見つけたような感じでウェイトレスは話しかけてくる。


 「何だ? 何で俺の話が出てくるんだ?」


 「あれ、知らない? フローゼルの館って、今別名「断末魔の館」って呼ばれているのよ。男の声だったから新しい執事でも雇ったんじゃないかって噂が流れてたのよ」


 「は、はああああああ!?」


 なんと、俺の毎度毎度の叫び声は町にまで響き渡っていたと言う。くっ、何という恥。


 「マジか……」


 「ありゃりゃ、そんなに凹むこと無いじゃん。ま、その内良い事有るって」


 俺がマジ凹みしていると、慰めるようにウェイトレスは話しかけてくる。


 「そうだな。此処で凹んだって無駄だな」


 「うわっ、立ち直り早っ!!!」


 俺が勢いよく顔を上げると、ウェイトレスは勢い良く後ずさった。

 そりゃあな。もう慣れたし。


 「ふぅん、思ったよりも面白い人だね。それじゃ、私は仕事に戻るね」


 「ああ。仕事頑張れよ~」


 笑顔でこちらに手を振るウェイトレスを何となく応援してみる。む、もうコーヒーが無いな。


 「む、もうこんな時間か。早く帰らんとまたミストにどやされる」


 隣で紅茶を飲んでいたダンディーなフランケンシュタインが慌てて立ち上がる。

 俺も食べ終わったことだし、さっさと用事を済ませるとしよう。


 「あ、もう帰るんだ。また来てね~!!」


 「ああ。だが、後ろのウェイターが渋い顔をしてるから出来るだけ敬語でな」


 「あはははは~……気をつけます」




 喫茶店を出た後、ちらりと町の真ん中にある時計塔を見る。……15時か。まだ結構時間があるな。少し街中を散策してみるか。

 街中を当ても無く歩く。新しい町でこれをやると割りと気分転換になるから好きだ。

 しばらく歩いていると、何処かから子供のすすり泣く声が聞こえてきた。

 ……ちっ、周りの奴らは無反応かよ。しゃあない、少し見に行くか。


 鳴き声のする方向へ行ってみると、そこには、1人の10歳前後に見える天使の女の子が居た。

 見ると、膝を擦りむいて血が出ている。恐らく、そこらで転んで出来た傷だろう。


 「おい、大丈夫か?」


 「うう……痛いよ……痛いよ……」


 「今消毒してやるから少し待ってろ。まずは水道で傷を洗おう。少し沁みるが、我慢してくれよ?」


 少女を水道まで連れて行き、傷口の砂を洗い流す。


 「う~~~っ!!!!」


 凄く痛そうだが、こうしないと化膿してもっと酷いことになるので続ける。

 次に、ポケットから消毒液と軟膏を取り出す。

 これは、怪我をした時にわざわざ取りに行くのが面倒くさいので常に所持しているものだ。


 「うきゅっ!?」


 消毒薬が沁みるのを眼をギュッと閉じて我慢している少女。……なんだか微笑ましいな。

 後は化膿止めの軟膏を塗って、はい終わり。


 「よし、消毒終わり。大丈夫か?」


 「うん……大丈夫……」


 「そうか、それは良かった。それじゃ俺はこれで……」


 そう言って立ち去ろうとすると、少女は俺の服の裾をしっかりと掴んでいた。


 「い、行かないで……」

 

 「え?」


 「一人ぼっちはやだ……」


 サファイアの様な青い眼に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな声でそう言う彼女。

 参ったな。俺は時計塔を見た。15時15分か。まだ時間はあるな。


 「わかった。傍に居てやるから、な?」


 「ありがと……私、シルフィって言うの。名前は何ていうの?」


 「粟生永和。永和が名前だ。そういえば、お母さんは居ないの?」


 「……お父さんもお母さんもいつもお仕事。兄妹も居ないから家に帰っても誰も居ないよ……」


 シルフィは、寂しくてたまらないといった表情でそう言った。


 「……そっか」


 むむう、共働きの家か。俺はこの年齢の時に経験した事が無いから解らんが、このくらいの子供にしてみりゃ寂しいのだろう。


 「それじゃ、俺はまだしばらく時間があるし、何かして遊ぶか?」


 「うん!!」


 それからしばらく俺達は2人で出来る遊びでひとしきり遊んだり、お喋りをしたりした。

 ……あの館の執事だって言ったら頭を撫でられた。ううっ、悲しくなんてないやい。

 しばらくしてから、シルフィがこんなこと言い出した。


 「ね、ねえ、ヒサ兄って呼んでも良い? 私ね……ヒサトみたいなお兄ちゃん欲しかったんだ。だから……ね?」


 ああ、そう言うことか。それならもう答えは決まっている。


 「ああ。良いぜ。こっちが呼ばれて困ることも無いしな。」


 すると、シルフィの顔にぱぁっと笑顔が咲いた。


 「ありがとう、ヒサ兄!!」


 それと同時に抱きついてきたのでしっかり受け止める。

 なんだかこっちも妹が出来たような感じだ。

 しばらく経つと、シルフィの身体から力が段々抜けていった。


 ん? なんだか様子がおかしいぞ?


 「シルフィ? どうした?」


 「ごめん、ヒサ兄……少し頭が痛い……」


 む、それはいかん。急いで家に送り届けるとしよう。


 「わかった。それじゃ家まで送っていこう。案内頼めるか?」


 「うん……こっち……」


 シルフィに案内されて着いた家は、住宅地の中の一軒で、それなりに大きな家だった。

 中に入って、シルフィをベッドに寝かせる。


 「ひ、ヒサ兄、傍に居てくれる?」


 おっかなびっくりと言った感じでシルフィは俺にそう言った。


 「わかった。いつまでもは居られないけど、せめて寝るまでは傍に居てやるよ」


 「うん。それじゃ、トイレに行ってくるからちょっと待ってて」


 そう言って廊下に歩いていくシルフィ。

 言われたとおりに待つ俺。

 しばらくして、ガチャリと鍵が掛かる音と共にシルフィが入ってきた。

 無言でベッドに入るシルフィ。すると突然、


 「ねえ、ヒサ兄。一緒に寝てくれる?」


 等と言う強烈な一言を下さった。


 「はい?」


 「今までお父さんもお母さんも夜遅くまで働いてたから、添い寝してもらったこと無いんだ。だからして貰いたくて……駄目?」


 無邪気な顔して上目づかいで俺を見ながら甘える様にそう言う。

 ……まあ、子供だから良いか。それに、病気で心細いのだろうし、仕方ない。

 …………おい、今このロリコンとか言った奴出て来い。思いっきり殴るから。


 「ああ、良いぜ」


 「ありがとう。それじゃ、ここ入って」


 シルフィに言われたとおり布団の中に入る。


 「フフフ……」


 軽く笑いながら俺の胸の上に頬を寄せるシルフィ。

 何か様子がおかしいな。そもそも何で鍵なんて掛けたんだ?


 「くすくす、どうかしたの、ヒサ兄?」


 やけに艶っぽい笑みを浮かべるシルフィ。

 あ、あら? 良く見ると何か白かった筈の背中の翼が黒くなってらっしゃいますよ? えっと、堕天使? 

 

 「し、シルフィ? どうしたんだ?」


 「ん? 私はヒサ兄を自分の物にしたいだけだよ? 優しいし、執事さんなら家事も出来ると思うから、今の内に先物買いを、ね?」


 此処に来て漸く俺の頭の中に警鐘が鳴り響いた。俺は逃げようとしたが、


 「うふふ……駄目だよ、私が寝るまで傍に居てくれる約束だったでしょ?」


 と言って、両手両足を俺に絡ませ、俺の胸から離れないシルフィ。

 それはそうだが、今とは状況が違うって!!


 「い、いや、もう少し考え直さないか? 何も今そんな先のことを考える必要は……」


 「良いでしょ? 私のことなんだから自分で決めるの」


 チロチロと鎖骨の辺りを舐めたり、キスしたりしながら話すシルフィさん。すんません、それメッチャくすぐったいっす。

 すると、突如シルフィの様子が急変した。


 「うっ!? あ、頭が痛い……」


 突然シルフィが頭を抱えて唸りだす。

 すると、黒かった翼がどんどん白くなっていった。

 そして、完全に翼から色が抜けるとポテッと俺の胸に倒れこんだ。


 「お、おい!! 大丈夫か!?」


 「う……ん? あ、あれ? 私いつベッドに戻ったの? それに何で私ヒサ兄の上で寝てるの?」


 シルフィはキョトンとした顔で周りをキョロキョロと見回した。

 ……マジか。二重人格者かよ。しかも、今さっきあったことを覚えていないとは恐ろしい。


 「変だなあ……まあいいや。そうだ、ヒサ兄。このまま寝ちゃ駄目?」


 ……結局添い寝はするのね。


 「まあ良いけどせめて俺の上で寝るのは止めてくれないか。俺も仕事があるからさ」


 「うん、わかった。おやすみ、ヒサ兄」


 シルフィは俺から下りてピッタリと俺の隣に付いた。

 しばらくすると、静かな寝息が聞こえてきた。

 やれやれ、漸く開放か。途中のあれは本当に心臓に悪かった。

 そっとベッドから抜けて家から出る。

 はあ……リニアの言った通りだ、子供ももう油断できんな。

 ふと時計を見る。


 ……18時……30分だと!?


 拙い、早く帰らなければ何をされるかわかったもんじゃない。

 俺は全速力で走って帰ることにした。




 館に着いてすぐに時計を確認する。……なんてこった。20時かよ。もう1時間も食事の時間に遅れている。

 玄関を潜るとそこに待っていたのは、


 「……随分遅かったわね~。一体何処で何をしていたの~?」


 一見いつも通りの笑顔で話しかけてくるリリア。

 最初の間に全ての感情が込められている気がして怖いです。


 「ずーっと待っていたんですよ? 待たされるこちらの事も考えてください。もうお腹がペコペコです」


 見るからに怒ってます、と言う感じのミリア。

 ああ、頼む。頼むから俺の首筋から目を離してくれ。


 「あら? ねえ、ヒサト。この鎖骨にあるキスマークは一体何かしら?」


 悪戯っぽく笑うシリア。……目が全く笑っていない。


 「どうやら色々説明してもらう必要があるわね~?」


 いつもと変わらない口調でそう言って左腕を固めるリリア。


 「聞かせてもらいますよ、色々とね」


 絶対零度の声で話し、俺の右腕をロックするミリア。


 「それに食事前の運動にもなるわね。さ、早く行きましょう?」


 準備運動をしながらついてくるシリア。


 「あ、待て、話すから待って……」


 懇願虚しく、俺は屠殺場にドナドナされていった。そして、


 「あんぎゃああああああああああああああああ!!!!!」


 今日も断末魔の館から悲鳴が上がりましたとさ。




 ……ああ、神様殺したい……



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