表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

執事? ふざけんな。


 こないだの日記:俺は人間をやめてしまったぜコンチクショウ。




 あ~、本日は晴天なり。俺の気分は曇天なり。

 今日も今日とてついてない。

 藪から棒に何かって? まあ、少し聞きゃ分かるさ。


 この館、今俺含めて4人しか住んでいない。

 ……どう考えても人数と広さがあっていない。どう考えても使用人が20人は必要だぞ……

 前はその仕事を1人でこなす鉄腕執事が居たらしいが、つい先日運悪く強盗に遭い、銀の弾丸が心臓に命中なさったそうだ。

 下手人は既にとっ捕まっている。まあ、これはどうでも良い話だ。

 でもって、館の管理はその執事に全て委任していたらしく、どうすりゃいいのか分からんのだそうだ。

 そいで、この間何か管理のマニュアルが無いかどうか倉庫や書架を漁っていたんだが、どうにも妙な気配がする。


 あ? 異世界の文字が来たばっかの人間に読めるのかって?

 ……例え話をしよう。アンタは1つの言語を死ぬ気で覚えるのと、普通なら間違いなく死ぬ目に遭うのとどっちが良い?

 …………つまりはそう言うことだ。もっとも、俺は死ぬ気で頑張って死ぬ目に遭ったが。


 さて、話を戻すとしよう。

 だが特に異変は無いんでそのまま放置して夜まで漁り続けたんだが、結局見つからんと来た。

 諦めて出ようとすると、


 「失礼ですが、貴方様はどちら様ですかな?」


 と、きわめて紳士的に話しかけられた。


 「うっひゃおぉう!! いきなり何だ!?」


 そりゃおったまげたのなんのって。

 何せ4人しか住んでいないはずの館に見知らぬ5人目が居たんだからな。


 「これはこれは驚かせて済みませんでした。私めはこの館で執事を勤めさせていただいたサバスという者でございます。失礼ですが貴方様のお名前をお伺いしても宜しいですかな?」


 良く見りゃそいつはきっちりと執事服を着込んでいて、物凄く風格のある老齢の男だった。

 反対側が透けて見えるってことはこいつは幽霊のようだ。


 「あ、粟生永和だ。つい先日人間をやめる羽目になって此処に厄介になることになった」


 「ああ、此処に御逗留になられるお客様でございましたか。ようこそ、我が主の館へ。住み心地はいかがですかな?」


 「……別にこの館に罪は無いよな……」


 俺が煤けた声でそう答えた瞬間、サバスの笑顔が引き攣ったものに変わった。

 どうやら今の一言で全てを察したらしい。

 彼とは何だか仲良くなれそうだ。


 「と、ところで永和様。何をお探しだったのですかな?」


 何かを振り払うように話題を変えるサバスさん。

 良い発音だ、下手な日本人よりも綺麗な発音をする。

 それにしても何だか必死だ。此処は人を助けると思って乗っかるとしよう。


 「ああ、この館の管理方法を書いたマニュアルみたいなもんが無いかなって探していたんだ」


 「左様ですか。しかし、残念ながら私めはそのようなものを残してはおりません。私がこのような身体になっていなければ今もまだ執事を続けているというのに……」


 悔しげな表情を浮かべるサバス。

 余程悔しいんだろうな。


 「管理方法をリリア達に教えるってのはどうだ? そうすりゃ一応館の管理は出来るだろ?」


 すると突然サバスは固まった。額には大量の冷や汗が流れている。


 「ハロー、サバスさん? どったの?」


 「タシカニオシエナケレバナリマセンダガシカシミツカッタガサイゴワタシハケンキュウザイリョウサマザマナヤクヒンゴウセイセイブツサマザマナジゴクヲクグリワタシハワタシハ、アアアアアアアア……」


 突然サバスが凄まじい勢いで壊れたロボットの様に錯乱し始めた。

 ちょ、ま、こいつはやばい。何か危険なスイッチが入ったらしい。何とかして戻さなくては。


 「お、落ち着け!! 今此処にリリアもミリアもシリアも居ない!! しっかりしろ!!」


 どうすりゃいいか分からんのでとりあえず叫んでみる。

 リリア達は館の反対側に居るので聞こえることは無い。


 「ハッ!! し、失礼致しました。あまりのことに私めとした事が混乱してしまいました」


 いや、幾らなんでもあれはあんまりだろ。


 「……んで、今の反応を見るにアンタはとある都合でご主人様に会えないって事でFA?」


 「FAです。このような身体になっていますからペンも持てません。このままでは館が廃れてしまいます……」


 心底残念そうな顔でサバスが返す。

 そいつは参ったな。さて、どうしたものか……


 「あの……大変申し訳ございませんが、お願いをしても宜しいでしょうか?」


 「ん? 何だ?」


 「私めが永和様に管理方法をお教えしますので、それをお嬢様方にお伝えして頂けないでしょうか?」


 ああ、なるほど。それならばサバスがリリア達に会うことなく伝える事が出来るな。

 

 「OK、引き受けた。しっかりと伝えておくよ。何処で知ったかはボロボロになっちまった本を繋ぎ合せて何とか読んだって事にしとく」


 「お気遣い感謝します。それでは早速お教えしましょう。まずは……」

 

 そうして俺は屋敷の管理方法を覚えるまでサバスの居る書庫に通った訳だ。ついでに美味い紅茶とコーヒーの淹れ方も教わった。

 何? 何でんなもん聞いたのかって? 悪いかよ、数少ない俺の趣味だ。

 そんでもって、3人に対して結果を報告したわけだ。


 ……さて、どうなったと思う?


 「管理方法分かったぞ」


 「あらあら~、見つかったのね~ はい、良く頑張りました~」


 とりあえずほにゃほにゃした笑顔で人の頭を撫でまくるリリア。

 ……下は向かない。角度的にヤバイから。てか、胸元開きすぎだろ……


 「……うう、ヒサト君が目を合わせてくれない~……」


 そりゃ目を合わせようとすると目の毒も一緒に見るだからだ。少しは男心も理解して欲しい。

 あに? それを見ないで何が男かって?

 ……悪いかよ、どうせ俺は女性が苦手さ!! 文句あっかこの野郎!!


 「こうなったら……えりゃ!!」


 強引に目を合わせようとして俺の頭を押さえつけるリリア。


 「ほぶっ!?」


 歳を重ねた強力なヴァンパイアの力に耐え切れず勢い良く崩れる俺。


 ぽよん。


 気が付きゃ目の前は真っ暗。代わりに両側の頬に柔らかい感触。

 俺は何が起きているのかを即座に理解した。いかん、頭に血が上ってきた。

 脱出を試みるが、どうしたことかリリアも固まっている。

 頭を押さえつけられているので呼吸が出来ん。息苦しくてもがく。

 抜け出そうとして突いた両手にグニャリとしたした感触が伝わってくるが俺はそれどころではない。


 「ん~~!! ん~~!!」


 「あっ、あうっ、きゃっ、く、くすぐったいわよ~!」


 お互いに混乱してどうすればいいのか分からない。


 「……アンタ……何してんのよーーーー!!!!」


 「げふぉぉぉあああああああああああ!!!!!」


 結局、シリアの踵落としが怒号と共に俺の延髄を捕らえるまでそれは続いた。……こりゃ首逝ったな。


 「で、でだ。その管理のマニュアルなんだが、劣化が酷くて読めたもんじゃなかったから処分した。そのかわり、此処に繋ぎ合せて何とか内容を書き写したメモを取ったからこいつを参考にしてくれ」


 気を取り直して報告を続ける俺。

 恐らく顔は真っ赤であろう。

 ついでに世界が横に90度回転している。首痛い。


 「それで、そのメモは何処にあるんです?」


 「ああ、此処にある。項目と手順が思いのほか多いからこの手帳丸々一冊使ったがな」


 それを聞いて苦い顔をする皆様。

 その表情から、面倒だという心境が即座に見て取れる。

 お前ら、今までそれを何一つ文句を言わずサバスはやってたんだぞ、ちったぁ感謝しとけ!!


 「まあ良いです。そのメモ少し見せてください」


 「ん、良いぞ」


 ミリアにメモを渡す。すると、ミリアの表情が変わった。

 少し辟易したような表情から、訳が分からなくて固まったというような感じだ。


 「……あの、ヒサトさん? これなんて書いてあるんですか?」


 「はい?」


 ん? おかしいな、俺はちゃんと読める字を……あ、いけね。うっかり日本語で書いちまった。


 「あ、済まん。うっかり俺の母国語で書いちまった。ワリィ、書き直すわ」


 「待ってください。一緒に読んでいただけますか? 貴方の母国語には興味があります」


 ミリアからメモを返してもらおうとすると、ミリアは俺のメモ帳を見ながらそんな事を言った。


 「あ? まあ、別に構わんが?」


 「ありがとうございます。はい、メモはお返しします。読んでみてください」


 ミリアからメモを受け取って開く。

 しっかし、未知の言語に興味を持つとはミリアって文学少女かなんかかね? 

 そしていざ読もうとしたんだが……


 「な、なあ、ミリア。幾らなんでも顔近くないか?」


 「でも、こうしないと私が見えませんよ?」


 やったら顔近い。どのくらいって、俺の肩の上にミリアの顔が有るくらい。てか、ぶっちゃけ乗ってる。

 あ~、いかん。間違いなく顔が赤くなる。

 ふと見てみると、リリアはいつもの3割り増しくらいの笑顔を見せていて、シリアは顔を手で隠すようにしながらニヤニヤ笑っていた。

 やっぱ退いてもらおうと思い、ミリアを見ると、それはまあ良い笑顔をしていた。

 ……断定、こいつ確信犯だ。

 ……ああ、何でこんなところで生き恥さらさにゃならんのだ。もういい、さっさと読もう。

 で、ひとしきり読み終わった後、シリアが一言、


 「っていうかさ、アンタが管理すりゃ一番早いんじゃないの?」


 等とのたまった。


 「そうね~、そもそも私はそういったこと苦手だし~。」


 「私もお掃除は苦手で……」


 「と、言うわけでメンドくさいからアンタやって」


 全くもってやる気なしのお三方であった。


 「な、ちょっと待て!! 何で俺がんな事やらにゃならんのだ!? 断固拒否する!!」


 その後、俺は善戦むなしく……と言うか、問答無用で議会の賛成多数で館の管理を任されることになった。

 だってさ、下手すりゃ俺は1滴残らず血を吸いつくされる訳で……


 


 更に不運は続く。

 俺はすっかり項垂れて自分の部屋に戻った。

 此処は紅茶でも飲んで少し気分を落ち着かせよう。幸いにして、此処には必要なものは全て揃ってる。

 それじゃ、勢い良く水を汲んでまずはお湯を沸かしてっと。

 沸いたらポットにお湯を入れて十分に暖めてお湯を捨てて、茶葉とお湯を入れまして。

 ああ、心が躍る。向こうじゃ金が掛かってなかなか出来なかったからな。

 さて時間だ。茶漉しを使って別のポットに移し変えて出来上がりっと。

 さてさて、こっちの紅茶はどんな味なんかね? そいじゃ、いただきm


 「あら~? 何か紅茶の良い香りがするわ~?」


 「ヒサトさんの部屋からのようですね。行ってみますか?」


 「アタシは行くわ。あいつの淹れた紅茶がどれくらいのものか審査しましょ」


 ドアの外からあの3人の声が聞こえてきた。

 どうやら俺の部屋に入って紅茶を飲む気満々らしい。

 ……やっぱ神様面貸せや。徹底的にブッ殺す。


 「お邪魔するわよ~?」


 「済みません、その紅茶、私たちにも頂けませんか?」


 「良い香りじゃないの。貰っていいわよね?」


 3人は俺が答えを返す前に備え付けのテーブルに腰掛けた。

 ちなみに、椅子はちょうど3つあるのだった。

 よって、俺は座れない。


 「……もう好きにしろ」


 やってらんねー。趣味ぐらい1人で楽しませろっつーんだ。


 「あら~、おいしいわ~」


 「香りが引き立っていますね」


 「なんか、サバスの淹れてくれた紅茶に良く似た味ね。アタシの好きだった味にそっくり」


 3人ともなかなかに良い笑顔と評価をくれる。

 というか、サバスに淹れ方をしっかり教えてもらったから、サバスの紅茶に近いものになって当然なのだが。


 「ああ、そりゃどうも」


 結局俺は飲めなくなったので、不貞腐れた俺は投げやりに返事をする。

 此処で突然、リリアがとんでもない提案をした。

 

 「ねえ~ミリアちゃん、シリアちゃん。このままヒサト君に執事をやってもらうのはどうかしら~?」


 おいこら待てや。何でそうなる?


 「あ、いいですね、それ。管理はするし、紅茶も美味しいし、私は賛成です」


 「アタシも賛成。この部屋を見る限り、きちんと整頓されてるし」


 だからお前ら少しは待てというに。


 「だぁ~、お前ら俺の意思を無視すんな!! 俺はやらん!! 絶対、ひゃあう!!」


 俺がそう言う主張をしているとペロリと首筋に舌でなぞるような感触を覚えた。

 咄嗟に首筋を押さえてしゃがみこむ。


 「くすくす、やっぱ良い反応だわ。赤くなっちゃってかあ~いいわね~♪」

 

 振り返ればそこにはニヤニヤ笑って俺を見下すシリアの姿が。

 ……今度はお前か。くっ、見た目小中学生の女に見下されるとは何たる屈辱!!


 「本当に面白いわよね~。ね、ミリアちゃん?」


 「はい。困惑した表情、とっても可愛かったですよ♪」


 「ねえ、ヒサト。こうやって弄られるのと執事やるのどっちが良い? 選ばせてあげるわよ?」


 ……結局、俺は執事を引き受けることにした。

 だって、もうプライドがズタズタになるのはご免だ。

 ……とまあ、こういうわけだ。





 …………はぁ、何とかならんかね? 俺の運の無さ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ